葵 その三十八

 光源氏は自分の部屋に入って、中将の君という女房に足を揉ませて寝んだ。翌朝は、夕霧のところへ手紙を出す。やがて届いたあわれな返事を見るにつけても、悲しみは尽きることがなかった。


 光源氏は所在無く、物思いにふけりがちになった。ちょっとした忍び歩きも億劫になり、一向に思い立たない。


 紫の上が何から何まで理想的にすっかり成長し、とても好ましく素晴らしくなったので、夫婦になっても、もう不似合いでもなくなったと見て取られたから、それとなく結婚を匂わすことなどを、時々言葉に出して試してみるが、紫の上の方は、まるで気づかないようだった。


 所在無いままに、光源氏はただ西の対で、紫の上と碁をうったり、偏つき遊びなどをして、日を暮らしている。紫の上の気性がとても利発で愛嬌があり、たわいない遊戯をしていても、優れた才能をのぞかせた。まだ子供だと思って放任していたこれまでの歳月こそ、そういう少女らしい可愛さばかりを感じていたが、もう今はこらえにくくなって、まだ無邪気で可哀想だと心苦しく思いながらも、さて、ふたりの間にはどのようなことがあったのやら。


 もともと幼い時から、いつも一緒に寝んでいて、まわりの者の目にも、いつからそうなったとも、はっきり見分けることができるような仲ではなかったが、光源氏が早く起きて、紫の上が一向に起きない朝があった。女房たちが、



「いったい、どうしたことかしら、姫君は気分でも悪いのでしょうか」



 とそんな様子に心配していた。光源氏は、東の対の自分の部屋に帰るとき、硯の箱を帳台の内に差し入れていった。人のいない間に、紫の上はようやく頭をもたげて見ると、引き結んだ手紙が枕元に置いてある。何気なく取り上げて見ると、




 あやなくも隔てけるかな夜をかさね

 さすがに馴れし夜の衣を




 とさりげなく書き流したようだった。


 光源氏にこんなことをする心があるとは、紫の上は夢にも思わなかったので、どうしてこんないやらしい心の人をこれまで疑いもせず、心底から頼もしいと思い込んでいたのだろう、ととても情けなく、口惜しくてならなかった。

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