葵 その二十六

 晩秋の淋しさのいよいよ深まっていく風の音が、身にしみて、馴れない独り寝に、光源氏が夜長を明かしあぐねているその朝ぼらけのことだ。霧が一面に立ち込めているところへ、開きそめた菊の枝に、濃い青鈍色の紙にしたためた手紙をつけて、誰からともいわず置いていったものがあった。折りにふさわしい気の利いたことをするものよ、と思って、見てみると、それは六条御息所の筆跡なのだった。



「悲しみの折と遠慮して、お便りを差し上げなかったこの日ごろの、私の気持ちはお察しくださいますでしょうか。




 人の世をあはれときくも露けきに

 後るる袖を思ひこそやれ




 ただ今の空の色を見ましても、思いあまりまして」



 とある。いつもより更に優雅に書いてものよ、と光源氏はさすがにその手紙は捨てがたく、しみじみ見るのだが、一方では、よくも白々しく弔問するものだ、と心が暗くなった。とは言っても、ふっつりと便りを差し上げなくなることもいたわしく、六条御息所の名を汚すことになるだろうか、と思い迷った。


 葵の上は、どうしたところでどっちみちああなる運命だったのだろうに、どうして自分はあんな生霊のありさまを、ああまでまざまざと見てしまったのか、と口惜しくてならないのは、やはり自分の心のせいとはいえ、六条御息所の気持ちを元に戻せないからなのだろうか。

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