葵 その二十二

 この日は、秋の司召しが行われるので、左大臣も参内した。息子たちもそれぞれ昇進を望んでいるから、父の左大臣の側を離れず、誰もが皆、引き続いて参内した。


 こうして屋敷の中に人が少なくなり、ひっそりとなった頃、葵の上が突然、いつものように胸を咳き上げて、たいそう苦しみだした。宮中に報せる暇もなく、そのまま亡くなってしまった。


 報せを聞いて、誰もが、足にも空にも、宮中を退出した。任官の行われる夜だったが、このようなどうしようもない支障が出てきてしまったので、すべてご破算になったようだ。


 ただもう、皆々、大声で騒ぐのだが、あいにく夜中のことなので、比叡山の座主やあれこれの僧都たちも、招くことができない。今はもう大丈夫と油断していたときに、あまりにも思いがけないことに情けないので、屋敷の人々は慌てふためき、物にぶつかったりしている。


 方々からの弔問の使いなどが立て込んだが、とても取り次ぎできるどころではなく、邸中が上を下への大騒ぎで、身内の方々の悲痛な嘆きは、それはもう空恐ろしいほどだった。


 これまでにも、物の怪に葵の上が度々失神させられたからと思って、枕の位置などもそのままにして、二三日様子を見たが、次第に顔に死相がありありとあらわれてきたので、もうこれまで、とあきらめるときは、誰もがたまらなく嘆くのだった。


 光源氏は悲しみの上に、六条御息所の生霊のことを思い合わせるので、いっそう嘆きが重なって、男女の仲をつくづく厭わしいものと、身にしみて感じられた。そのためか、特別深い関係の女君たちからのお悔やみまでもが、すべて不快に感じられるのだった。


 桐壷院も、嘆き、弔問の使者を遣わしたことに、左大臣はとりわけ面目をほどこされて、こんな不幸中にも嬉しいことも交じって、涙の乾く暇もなかった。

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