葵 その五

 左大臣家の葵の上は、日ごろからこうした祭見物の外出など滅多にしない上、今は悪阻で気分も悪いので、見物をするつもりはなかったのだが、若い女房たちが、



「どうでしょうね、私たちだけがめいめいに、ひっそり見物するのもパッとしませんわ。何の縁もない世間の人々でさえ、今日の物見には何よりもまず光源氏様こそ拝もうと思って、みすぼらしい田舎のものまで拝見したがっているそうです。そういうものは、遠い地方から妻子を連れて、はるばる都に上ってくるといいますのに、光源氏様の妻がご覧にならないなんて、あんまりでございます」



 と言うのを、大宮も聞き、



「気分も少しおさまっているようですし、お付きの女房たちも、見物できないのはつまらなそうですから」



 とすすめられたので、急に触れを廻して、見物することになった。


 日が高くなってから、お供廻りもあまり目立たないようにひかえて出かける。物見車が隙間なくびっしりと一条の大路に立ち並んでいるので、葵の上の一行は、美々しく何台も車をつらねたまま、車をとめる場所がなく、立ち往生してしまった。


 すでに立派な女房車がたくさん出ているので、その中で、お供の下人たちのいないあたりを見つけて、その辺のほかの車を皆立ち退かせようとした。少し古びた網代車の、下簾の様子などもいかにも由緒ありげに趣味がいいのかが、二輛あった。中の人は車のずっと奥に身をひそめて、下簾の端からほのかにのぞいている袖口や裳の裾、汗衫などの色合いも上品に清楚で、つとめて人目を避けたお忍びの様子がありありとうかがえる。


 その車の従者が、



「これは、決して、そんなふうに押しのけてよいお車ではございませぬぞ」



 と強く言い張って、車に手も触れさせようとしなかった。どちらの側でも、お供の若者たちが祝い酒に酔いすぎて、たちまち喧嘩を始めて立ち騒いでいるときには、手がつけられない。年嵩の前駆の者たちは、



「そんなことをするな」



 などと言い張っているのだが、とても制止することはできない。


 この車こそは、斎宮の母、六条御息所が、物思いに悩み乱れる日ごろの心の憂さを少しは晴れようか、と忍びで見物に出かけたものだった。六条御息所のほうはわざとさりげないふうを装って、身分を気づかれまいとしていたが、自然にわかってしまった。



「そんな車につべこべ言わせるな。光源氏様の御威光を笠に着ているのだろう」



 などと言っているものの中には、光源氏の供人もまじっていたので、六条御息所を気の毒とは思いながらも、仲裁するのも面倒なので、知らぬ顔を作っている。

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