紅葉賀 その十七
そのうち風がひんやりと吹いてきて、夜が次第に更けてきた頃、光源氏と源典侍の二人が少しまどろんでいる様子なので、頭の中将はそうっと入ってきた。
光源氏はとても気を許して眠るような気分でもなかったので、すぐに気配に気づいた。まさか頭の中将とは思わず、いまだ源典侍を忘れられない修理大夫に違いない、と思った。修理大夫のような年寄りに、こんな不釣合いな行為を見つけられるのは面目ないので、
「厄介な。さあ、帰るよ。あの人が来ることは〈蜘蛛のふるまひ〉でもわかっていただろうに、騙すとはあんまりだ」
と言って、脱いであった直衣だけを取って、屏風の後ろへ入ってしまった。頭の中将はおかしさをこらえて、光源氏が隠れた屏風の側に寄っていき、ばたばたと屏風をたたんでしまい、わざと大げさに騒ぎ立てた。
源典侍は年をとっていても、ひどく気取った色っぽい女で、これまでもこうしたことでたびたび肝を冷やした経験があったので、物馴れていて、内心動転していても、男が光源氏をどんな目にあわせるつもりなのか、と心細さにぶるぶると震えながら、頭の中将をしっかり掴まえていた。
光源氏は自分と知られないうちに出て行きたいと思うのだが、しどけない姿で冠などをゆがめてかぶったまま走る後ろ姿を想像すると、何て醜態だろう、と思いためらった。頭の中将も何とか自分と知られまいとして、無言のまま、ただ非常に激怒しているふりを装い、太刀を引き抜いた。源典侍は、
「あなた、あなた」
と言いながら、頭の中将に手をすり合わせて拝むので、頭の中将は危うく噴出しそうになった。
若作りに装ってうわべだけは、まあなんとか見れるが、五十七、八になった老女が、恥も外聞も忘れてオロオロと慌てふためいている様子、しかも格別に美しい二十の若君たちの間に挟まって、恐ろしがっているのは、何ともみっともなくおさまりがつかない。
頭の中将はわざとこんなふうに、まるで別人のように見せかけているけれども、かえって光源氏は目ざとく、頭の中将だとさとってしまった。自分だと知っていて、頭の中将がこんなことをするのだろう、と馬鹿らしくなった。
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