末摘花 その十二

 光源氏は紫の上の可愛らしさにすっかり心を奪われたようで、六条御息所の邸宅にさえ、ますます遠のいている様子だった。まして荒れ果てた末摘花の邸宅には、いつも可哀想と思いながらも、出かけることに気が進まないのは仕方がないことである。


 末摘花の異常なはにかみぶりの正体を見届けてやろうという好奇心もなく、月日が過ぎていった。それでも気を変えてよく見直したらいいところがあるかもしれない。いつも暗闇の手探りのもどかしさのせいか、何だか妙に納得しないところがあった。この目で一度はっきり確かめてみたいものだ、と思うが、かといって、あまり明るい灯の下でまざまざ見るのも気恥ずかしいと思った。


 ある宵、女房たちがのんびりとくつろいでいたときを見計らって光源氏はそっと末摘花の邸宅に入り込み、隙間から覗き込んだ。しかし、末摘花の姿は見えるはずがない。几帳などは随分と傷んでいたが、昔からの位置は変えていないとみえ、片隅へぞんざいに押しやったりせず位置が乱れていないので、奥は見通しがきかない。女房たちが四、五人そこにいた。お膳があって、そこには青磁らしい唐渡りの食器がのっているのだが、それがひどく古ぼけて見苦しく、料理も何も風情のない貧しげなものだった。女房たちは末摘花のところから下がってきてその料理を食べていた。



「ああ、何て寒い年なのかしら。長生きするとこんな惨めな目に会うのですね」



 と言っているものもいる。


 あれこれと聞きにくい愚痴をこぼしあっているのを聞くのも、居たたまれなくなるので、光源氏はそこを立ち退いて、たった今来たふりをして格子を叩いた。女房たちは、



「それそれ」



 などと言って灯を明るくして格子をあげて光源氏を中に入れた。


 光源氏はいつぞやの院で物の怪に襲われたことを思い出す。あたりの荒涼とした様子はここもあの院も劣らないようだが、こちらの邸宅は狭く、人気も少し多いのでいくらか安心していた。それでもぞっとするように不気味で、寝つかれそうもない感じの夜だった。


 それにしてもこうした夜は趣きも深く、しみじみと胸を打つ風情もあり、風変わりな印象を受けても興を添えてもいい情景だ。ところが、肝心の末摘花が、ただもう自分の殻を閉ざすばかりで、一向に愛嬌もなければ何一つ華やかなところがないので、光源氏は情けなくなるのだった。

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