末摘花 その二

 光源氏は前回言ったとおり、十六夜の月の美しい頃に、末摘花の邸宅を訪れた。



「まあ、気の毒なことです。せっかくお越しいただいたのですが、今夜は琴の音が冴えない空模様のようです」



 と大輔の命婦が言う。



「そんなこといわずに、末摘花のところに行って一曲でもいいからひいてくれるように言っておくれ。このまま何も聞かずに帰るのも残念だから」



 と光源氏が言った。


 大輔の命婦はとりあえず自分の部屋に案内し、気恥ずかしくも、もったいない、と思いながらも末摘花の部屋に行った。そこでは末摘花が梅の香りが漂う庭を眺めていた。大輔の命婦は良いタイミングだ、と思って



「今宵のような天気は琴の音色が大変冴え勝るでしょうね。いつもせわしなく出入りしていてゆっくりと琴の音を聞くことができずに残念です」



 と言うと、末摘花は



「琴の音をわかってくれるあなたのような人がまだいたのですね。でも、宮中に出仕していて耳が肥えている人にはとても聞かせられませんよ」



 と言いながらも琴を引き寄せるのはあまりにも素直すぎ、大輔の命婦はかえって末摘花の琴の音を光源氏がどう聞くのだろうか、と心配ではらはらしていた。


 末摘花はほのかに琴をかき鳴らした。その音色はそれほど上手というわけではないのだけれども、琴はもともと音色が味わい深い楽器なので、光源氏もそれほど聞きにくく感じなかった。


 これほどひどく荒れ果てた邸宅を見て、末摘花を憐れに思い、光源氏は末摘花に言い寄ってみたいという気持ちをそそられる。それでも、今すぐそうすれば唐突だと思われるかもしれない、と気後れして、ためらってしまった。

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