若紫 その十六
光源氏のところからは、兵部卿の宮が来た日の夕方、惟光が使者としてやってきた。
乳母の少納言は惟光に
「これから先、歳月が経ったら光源氏様と紫の上様のご結婚もありえるでしょう。しかし、私たちはどうも光源氏様の本意をはかりかねて思い悩んでいます。実は今日、紫の上様のお父様が来て、『何も心配するな』とおっしゃいました。しかし、私としては厄介に思われ、また、光源氏様とのこうした色事も厄介なのです」
と話した。惟光も一体光源氏と紫の上との間はどうなっているのか、と腑に落ちない様子だった。
惟光は帰ってきて、光源氏に報告する。光源氏は紫の上のことを可哀想だとは思うものの、昨夜のように通うのもはしたないような気がする。人が聞きつけたら軽率な馬鹿げた振る舞いだと思うことだろう。とにかく、思い切って自分の邸宅に連れてきてしまおう、と考えるのだった。
手紙をいくつも出した。日が暮れると、何度も惟光を使いにやった。
「色々差し支えがあって、お伺いできないのをいい加減な気持ちだったとはお思いになっていないでしょうか」
などと書いてある。乳母の少納言は
「兵部卿の宮から明日、急に迎えに来ると連絡があり、忙しくしています。長年住み慣れたこの荒れた邸宅も、いよいよ離れていくのかと思いますと、さすがに心細く、女房たちも取り乱しています」
と言う。忙しそうにしている様子がはっきりとわかるので、惟光は早々に帰ってきた。
光源氏はそのとき、左大臣家にいたのだが、いつものように葵の上は光源氏とすぐに会おうとはしなかった。
そこに惟光が帰ってきて、乳母の少納言の口上を述べる。
「兵部卿の宮のところに紫の上が連れて行かれてしまったら、そこからわざわざ連れ出すとなると好色なことといえよう。幼い人を盗み出したと世間から非難されるに違いない。こうなったら、兵部卿の宮のところに連れて行かれる前に、紫の上をこちらにつれてこよう」
と光源氏は考えた。
「明け方、あそこに行こう。牛車の支度をし、護衛を一人か二人、待機させるように」
と惟光に命じた。
「さて、どうしたものか。これが世間に知れたらいかにも好色めいた振る舞いだと思われるだろう。せめて相手が恋をわきまえる年頃だったら……。しかし、こんな状態で盗み出したら、兵部卿の宮に見つかった場合、体裁が悪いな」
などと思い悩む。しかし、そんな逡巡でこの機会を逃したら悔やんでも取り返しのつかない、とまだ夜の明けないうちに出かけるのだった。
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