夕顔 その十二

 鶏の声がはるかに聞こえてくる頃、ようやく惟光が到着した。日頃は昼も夜もなく光源氏のそばにいる惟光が、今回に限ってなかなかやってこなかった。そのことを光源氏が腹立たしく思う。しかし、今はそんなことを言っている場合ではなく、すぐに惟光をそばに呼び寄せた。


 昨夜のことを言おうとするが、それがあまりにも夢のようなことなので、すぐには何も言えなかった。


 女房の右近は惟光が来たとわかると、夕顔と光源氏の関わりのはじめからのことが一挙に思い出し、急に泣き出した。光源氏もこらえ切れなくなり、しばらくさめざめと泣くのであった。


 少し気が静まり、



「ここでは信じられないような変なことが起こったのだ。情けない。こうした変死の場合は誦経ずきょうなどをするものだと聞いている。蘇生するように願掛けもしてやりたいのでお前の兄も呼んだのだが……」



 と言った。



「兄は昨日、比叡山に帰ってしまいました。それにしても、実に変わった事件ですね。前からこの方は気分が悪い、ということがあったのでしょうか?」


「そんなこともなかった」



 と、光源氏が泣き出すので、惟光も悲しくなり、一緒に泣き出した。


 そうはいっても、年をとって長年経験を積んだものならこういったまさかの場合に頼りになるのだが、何しろ二人ともまだ若い。なす術もなく困り果てるばかりだった。



「とにかく、この院のものに話すのはまずいでしょう。秘密を漏らすとも限りません。何にしても、まずはここから出ましょう」


「しかし、ここより人目につかない場所などあるだろうか?」


「昔懇意にしていた女房が、尼になって東山のあたりの庵に住んでいます。そこに亡骸を移しましょう。その尼は私の父の乳母だったものです。あたりに人家も多いようですが、そこは本当に閑静なところですよ」



 光源氏も納得し、朝の慌しいざわめきにまぎれて牛車を用意したのだった。


 光源氏は夕顔の亡骸を抱くことができそうにないので、惟光が布団に包んで牛車に乗せた。光源氏は最後まで見届けてやりたいと思うのだが、惟光が



「早く馬でお帰りください。人通りが多くならないうちに」



 と言ってせかす。光源氏は馬に乗り、女房の右近だけ夕顔の供にと牛車に乗せた。惟光は徒歩で牛車のあとを追う。


 惟光にしてみれば、つくづく不思議な事件で、思いもよらなかった葬送に立ち会うことになった。惟光は光源氏の悲しみを理解しているので、このことで咎めを受けようとも、自分はどうなってもかまうものか、と身を捨てたつもりでいるのだった。

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