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第9話 シャロン・コランティーヌ・リディ・レスコンティ
少女がぶるっと身体を震わせた。
「や、あっ、やっぱり……動かさないで……へんな声がでちゃう……」
乱れた吐息だけが、白く、幾重にも重なり合う。
少女は息苦しさに涙をにじませながら、ルロイを睨んだ。息が乱れて、声までがかすれて。なまめかしいほど、目尻が赤く染まっている。
ルロイは今にも暴発しそうな下半身を必死に押さえ、引きつった顔で笑った。
「とにかく、今はだめだ」
解決するには距離を置く。それしかない。
「着ろ」
ルロイは少女に上着を突きつけた。とにかく何か着せてやらないと、目に映るものすべてが危険だ。
少女は力なくうつむいて、小さくなった。萎れた花のようだった。とうてい自分の足で立てそうにもない。
「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしてしまって」
しょんぼりと肩を落とし、へたり込んで座っている。
「全くだ。こんなことしてる場合じゃない。早くここを出て、逃げないと」
ルロイは、わざとつっけんどんに上着を押しつけた。これ以上、少女の裸を前にしていると、溜め込んだイライラを全部、吐き出してしまいたくなりそうだ。
「それより、とにかく話を聞かせてくれ。お前、人間のくせに、何で同じ人間に追われてたんだ」
渡された上着に、少女はだまって袖を通している。
「答えろ」
ルロイは少女を睨んだ。
少女は、答えない。
「答えられないのか」
「いいえ」
少女はルロイを見上げた。眼に涙がいっぱいたまっている。
「本当に……ご迷惑を……おかけして……申し訳なく思っています……でも」
少女は、うつむいた。
「わたし……」
「何だよ、もう。はっきり言えよ」
ぐずぐずと面倒臭い。だから女は嫌なんだ、などと。心許なげにする少女の態度に苛立ってみせることが、逆に自分の男らしさの証明になるような気がして、心にもない乱雑な態度をあらわにしてみせる。
少女は唇を噛む。視線が逃げるようにルロイからそらされた。
「……どうして追われていたのか……その理由も、どうして、ここにいるのかも、ぜんぜん分からないんです」
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時は数日前にさかのぼる。
シャロン・コランティーヌは、不安に両手を握りしめ、息をひそめていた。
白っぽい金色のふわふわした髪をおさえて、周りを見回す。
森には危険がいっぱい。
何度もそう注意されていたけれど、でも、飼っていた子羊が一頭、森の近くで迷子になってしまったと聞いて、皆が心配して探しまわっているのを見ると、そんなことなど頭から消えてなくなってしまっていた。
(フルルが、子羊がいなくなったんですの。あんなに皆で可愛がっていたのに。お願いですわ、シェリー殿下も一緒にあの子を探してやってくださいませんか)
シャロン・コランティーヌを、愛称のシェリーと呼ぶ、たったひとりの友達。黒髪に黒い目、黒いドレスの似合うレディ・マール──シェリーにとってはいつまでも友達のユヴァンジェリンだ──に涙ながらに頼まれると、もう、いてもたってもいられなかった。
(森の方に行ったかも知れませんわ、殿下)
侍女たちがあちこちの茂みにむかって声を掛けているのを横目に、レディ・マールが手を引く。
(庭のむこうに小径がありますでしょ? あの奥に抜け道がありますの。きっとそこから抜け出したに違いありませんわ)
(ああ、何て可哀想なのでしょう。早く探してあげないと、きっと、怖い狼に……)
などと言って駆け回っているうち、いつの間にかはぐれてしまったうえ自分までが迷子になってしまったらしい。
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