貴方、本当に神様なんですか……?



 怪しい神様は去ったようだ。


 真鍋も警備に戻り、成子は眠ろうとしていた。


 御簾は巻き上がったままだが、とりあえず、鬼が出ないのならいいだろうと思っていた。


 命婦は、

「部屋を移られますか?」

と言ってきたが、今のところ、害はないように思える。


 成子はひとり寝所で横になろうとした。


 いや、ひとりではない。


 いつもように、床下に悪霊が居る――。


「あの神様、なにを気にしていたんだろうな」


 ずっと悪霊が話しかけてくるので寝られない。


 神に仕える身だというのに、睡眠の邪魔をする悪霊さえ成仏させられないとは。


 いやまあ、自分が成仏させたいと本気で思ってないからかもしれないが、と成子が思ったとき、悪霊が言った。


「庭の方を見ていたようだが」


「そんなに気になるのなら、見に行ってくればいいじゃない」


 やはり、真鍋に蓋をさせたという井戸になにか居るのだろうかな、と思いながら、成子は言ったが。


「いやいや、単に、お前とふたり、月夜を歩いてみたいと思い、言ってみたのよ」

と悪霊は道雅よりも風流なことを言い出す。


 月、今、出てたっけ?

と思いはしたが、確かに井戸が気になってはいる。


「じゃあ……少しだけよ」

と言った瞬間、足許で寝ていた黒猫がにゃあんと泣いた。


 もうそっちに移ったのか、とその素早さに成子は呆れる。




 僅かな月明かりと、釣り灯篭の灯りだけで照らされた庭を足許をチョロチョロする黒猫とともに、成子は歩く。


 井戸まで行った。


 真鍋が辺りにあった木の板で蓋をしていたようだが、こんなものひょいと退けられる。


 成子はその蓋を退け、中を覗き込んでみた。


 木製の四角い井戸の中では真っ黒な水が揺れていた。


 少しだけ、細い月の灯りで光っている。


「なにかあるか?」

と黒猫が足許から訊いてきた。


「さあ。

 でも、この井戸はこの間、さらったばかりだしね」

と黒猫を見ながら言ったとき、いきなり誰かに手をつかまれた。


 引っ張られそうになる。


 井戸の中にだ。


 成子の手をつかんでいるのは男の腕のようだった。


 着物は見えない。


 水の中に沈んでいるだけなのかもしれないが。


 それにしても、なにかこの腕、見覚えがあるような、と思ったそのとき、誰かが後ろから成子を抱きとめた。


 がっしりとした体躯の男。


 真鍋だった。


 だが、いつもと表情が違う。


 その真鍋がいきなり叫び出した。


「早く井戸から離れるのだ、成子っ。

 道雅が居なかったから、入ってしまったではないか、真鍋の中にっ」


「えっ? 神様……?」


「早く、早く出ねばっ。

 悪に染まるっ!」


 どんな状態なんですか、神様。


 そして、真鍋に入ったくらいで、悪に染まるとか、貴方、本当に神様なんですか、と思いながら、成子は自分の手を引き、井戸から引きはがそうとする神様を見ていた。





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