世の中のものはふたつに分類できる



 おや?

 此処は何処だ?

と道雅は思った。


 気がついたら、斎宮の裏庭を歩いていたからだ。


 何故、こんなところに突然、と延々と続く、まだ新しい木の香りのする木塀を見ながら、おのれの記憶をたどってみる。


 ぶつぶつと途切れる映像が見えてきたが。


 成子ばかりが大写しになっている。


 自分はずっと成子だけを見つめていたようだと思い、気づいた。


 どうやら、またあの神様とやらにのっとられていたようだ、と。


 成子になにか追求されかけた神様は、慌てて成子の許から逃げ出し、此処まで来ると、用なしになった自分の身体を脱ぎ捨てていったらしい。


 いや、だったら、その場で身体から離れて何処かへ行けばよかったのではと思ったが。


 どうも神様は、この身体が自分のものではなく脱げるということをそのとき忘れていたようなのだ。


 本当に人間っぽい神様だ、と道雅が思ったとき、足許をよじよじと歩いているものが居た。


 カメだ。


 この間、歌を詠めなかったカメだ。


 道雅の中ではこの世の中のものはふたつに分けられていた。


 歌が詠めたものと詠めなかったものだ。


 ちなみに、此処に来て、もっとも多くの歌が詠めたのは、成子だった。


 あの美しき斎王を眺めていると、たくさんの煌めくような言葉が自分の中に湧いてくる。


 だが、その湧き上がってくる言葉を、未だ上手く繋ぎ合わせられないでいた。


 彼女のことを思ったように表現できなくて、いつももどかしいというか。


 だからだろうかな。


 斎王様のお姿を見ていると、妙に落ち着かない、満足できない気持ちになるのは……。


 そんなことを思う道雅の目の前を白いカメがゆったりとした動きで横切っていく。


 何処かから現れたこのカメは裏庭の小さな池に入っていこうとする。


 命婦が外に池に放ったらしいが。


 なんとなく戻ってきてしまうのは、このカメがやはり尊いもので、この神聖な斎宮の空気が心地よいからだろうか。


 いや、神聖なはずの、というべきか。


 実際には、悪霊が居たり、鬼が出たりしているようなんだが……と思いながら、道雅は迷う。


 どうしようかな、と。


 連れて帰ったら命婦殿に怒られそうだが。


 まだ歌が詠めてない。


 迷いながらも、道雅は腰を屈めると、ひょいと尊きカメを捕獲した。


 そのとき、誰かが少し離れた裏木戸を開け、夜闇に紛れて出て行こうとするのに気がついた。


 その後ろ姿からして、若い娘のようだ。


「何処へ行くのです」

と道雅は声をかけた。


 こんな夜中に危ないと思ったせいもあるし。


 ちょっとコソコソしている風にも見えたせいもある。


 びくりと振り向いたその娘には見覚えがあった。


 下級の女官である、女孺にょじゅのひとりだ。


 斎王の近くに仕えたりするようなものではないが、斎王の居室近くでよく見かけるので覚えていたのだ。


 こちらを見て、慌てて逃げ出そうとする。


「待ちなさい」

と道雅は声をかけ、カメを抱えたまま、娘を追いかけた。






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