呪いのカメ
「わたくし、ある朝、部屋の前の庭をこのカメが歩いているのを見たんですの」
とカメを逃すまいと抱いたまま命婦が語り出す。
「それで変わったカメだな、と思ってエサをやったら、それから毎朝訪ねてくるようになって。
でも、先程、思い当たったんです。
そういえば、このカメにエサをやり始めた頃から、この御簾が巻き上がるようになったのだと。
きっとこれは呪いのカメなのですわ、斎王様っ」
……呪いのカメ。
「カメって呪うんだっけ?」
とその白いカメを見ながら、成子は呟く。
昔は白いカメが献上されたので、めでたい、とか言って元号を変えたりもしていた気がするのだが。
「でも、そういえば、私はカメの甲羅焼いて占われて此処に来たんだったわ。
そういう意味ではカメ、不吉かしらね」
と言う成子の側で、真鍋が、
「……カメの呪いか。
呪われるの遅そうだな」
と言う。
呪いのカメとか言われても、どうにも緊迫感が出ないのは、相手がゆったりした動きのカメだからだろうか。
だが、ひとり熱くなっている命婦は更に言い
「それで、ようやく床下で涼んでいたのを捕まえたんですが。
今から、このカメ、捨てて参りますわ。
これでおさまったら、カメのせいってことですよ」
と言って、命婦は本当にカメを捨てに行こうとしたが、乳母たちが止めた。
「命婦殿、ありがたい白いカメですよっ?」
「帝に献上されてはどうですか?」
帝か……。
子どもの頃の奴がこんなカメ庭先で捕らえようものなら、すぐさま煮て食べてたが、と思いながら、成子は言った。
「もう少し置いておいたら?
特に害もないし、御簾が巻き上がろうと、白いカメがうろうろしようと」
だが、それを聞いた命婦は、まあ、斎王様、と咎めるように成子を見る。
「御簾が勝手に巻き上がったりしては物騒ではありませんか。
斎王様のお姿がなにかの弾みに、下賤のものに見られでもしたら」
それを聞いた真鍋が呟いていた。
「……自ら外に、ひょいひょい出てくる斎王の居室の御簾がどうなってようとあまり関係ない気がするが」
と。
「まあ、捨てる前に、とりあえず、そのカメ、道雅に見せて見たら?
珍しいものだから、なにか歌でも詠むかもよ」
と言う成子の足許に黒猫がすり寄ってくる。
そのやたら身体をこすりつけてくる感じに、猫じゃなくて、悪霊だな、と察したとき、悪霊猫が言ってきた。
「不吉なカメだな」
「え?」
「不吉なカメだと言ったんだ、成子。
そのカメ、早く何処かにやった方がよいぞ」
と言いながら、可愛らしい猫の身体で更にスリスリしてくる。
ふーん、と聞いていた成子は命婦に言った。
「そのカメ、なんか縁起のいいものみたいだから、その辺で飼ったら?」
こらーっ、と悪霊猫が叫ぶ。
「だって、悪霊だか怨霊だかが、何処かにやれというものなら、なにかいいものなんでしょうよ」
「だが、そのカメを嫌がっているのは私だけではないぞっ」
「え?」
「此処のところ、めんどくさい奴が来てないだろうが。
まあ、私は来なくて、せいせいしているが」
と悪霊に言われて、成子は初めて気がついた。
「そうだ、神様来てないわ」
と。
「……不敬も此処に極まれりだな」
まず、気づけよ、と真鍋に呆れられた。
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