女官

 




 深夜、眠っていた成子は誰かが枕許に居るのに気がついた。


 何処からともなく、いい匂いがする。

 嗅いだことのない香だ。


 女官がまとう衣の端が見えた。

 誰かが頭の上に端座している。


 その誰かが、成子の髪を引っ張った。


 最初は弱く、やがて強く。

 そのうち、ぐいぐいと成子の髪を抜こうとするように。


 いや、何処かへ引きずり出そうとしているのか。


 尋常でなく重たい瞼を抉じ開けると、顔が目の前にあった。

 吐息を感じるほど近く。


 頭の上から白い顔の女が自分を覗き込んでいる。


 装束ははっきり見えるのに、何故か目鼻がない。


「斎王様……」


 そう呼びかけてくる彼女の冷たい息が鼻から口から、その声とともに入り込んでくる気がした。


「斎王様。

 貴女はお美しいからわからない。


 気まぐれにかけてもらった情けがどれほど嬉しいものなのか」


 にゃーっ。


 猫が助けてくれようとしているのか、激しく鳴いていたが、女の霊は動かない。


 髪を離すと、そのひんやりした両の手で成子の小さな顔を包んだ。


「この顔、剥がして私につけようか」


 いや~、勘弁っ。

 っていうか、床下の霊はなんで助けてくれないのっ。


 霊は何故か、沈黙している。


 神様はなんで助けてくれないの。


 いや、よく考えれば、あの神様、悪霊が居る場所には入れないようだった。

 では、助けに駆けつけてくれることなどできない。


 清らかすぎるのも困りものだ。


 そのとき、強い波動を感じた。


 いや、音か。


 何処かで聞いたこの音は。


 そうだ。

 あの儀式のときに――。


 びいいいいいいいい……ん。


 空気を震わす音が鳴り響く。


 まるで、力のある神職の祝詞か、僧侶の経のように、大気を震わす。


 霊の姿が薄くなり、消えた。


「成子っ」

 真鍋が几帳を蹴倒し、入ってきた。


 その手には弓がある。

 魔を祓う鳴弦の儀のように、真鍋は弦を鳴らしたようだった。


 こちらに来た彼は言う。


「消えたじゃないか」


「それは、あの霊が弦を鳴らされた霊は消えるものだと思い込んでいたからよ。

 生きているときに、そう知識で知っていたんでしょう?


 だから従ってしまった。

 そんなものよ。


 神様も鈴を鳴らされたら出なきゃいけないと思ってるかもね」


「神様も一括りか。

 無礼な奴だな」

と真鍋は言うが。


 本当のところ、真鍋が鳴らしたからだとわかっていた。


 強い力を持つものがやると、実際に効果があるらしいと初めて知った。


「女官に顔を剥がれるところだったわ」

「女官?」


「たぶん、あの井戸のところよ。

 行ってみましょう」


 その前に、と成子は、どん、と床を踏み締めた。


「悪霊っ。

 なんで助けてくれなかったの?」


「いや~」

と下から声がした。


 やはり、居なかったわけではないようだ。


「私は女の霊は怖くて」


 なんだ、それ。


 本当に肝心なときには当てにならない、と溜息をつきながら、成子は言った。


「あの女官、井戸だけじゃなく、『斎王』にもこだわりがあるようよ」


 行ってみましょう、と真鍋を促した。






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