恋 壱

 




 真鍋が消えたあと、まだ乳母たちを呼び戻さないまま、命婦が言った。


「斎王様。

 あれはいけません、あれは」


 怠惰に脇息に寄りかかり、成子は、

「なにが?」

と聞き返す。


「あのようなことをされては。

 あれでは、真鍋ばかりを責められません」


 どのようなことをしたっけな? と成子は思っていた。


 ただ、真摯に頼んだだけではないか。


「真鍋だけが頼りだなどとおっしゃって」


「だって、そうじゃないの。

 道雅は怨霊退治には役に立たないわ」


 いや、そりゃそうなんですけどね、と言う命婦は、以前はなかったことだが、道雅の肩を持ち、道雅のために弁解を始めた。


 道雅が如何に役に立つか。


 ……立つかな。


 怨霊を前にしても、神に身体をのっとられても、呑気に歌を詠んでいそうだ。


 いい題材が手に入った、と言って。


 命婦は、別の魂がのり移ったあの美しい道雅を見たから、つい、かばいたくなるのだろう。


 確かに綺麗だったが、なにかこう、釈然としない、と成子は思っていた。


 だって、所詮、道雅ではないか。


 しかし――。


「神が入った道雅は艶があって、美しいけれど。

 普段の道雅はそうでない」


 そう呟くと、

「なんです?」

と辺りを片付け始めていた命婦が顔を上げる。


「てことは、神にあって、道雅にないものは、色気ってことかしらね」


 斎王様、と眉をひそめる。


「何故、神様に色気が必要なのですか」


「だって、人を惹きつけるのには大切なものでしょう?」


「神様にはいらないんじゃないですか?

 ちなみに、斎王様にもそんなものございません」

と切って捨てられる。


 いや、いちいち宣言されなくても、知っている、と思った。







「今日はいつも以上に、身に入りませんね」


 午後、道雅の講義が始まったが、つい、ぼんやりしてしまう成子に、道雅はそんなことを言ってきた。


「今日は庭でも散策してみましょうか」


「海にでも行きたいわ。

 貝殻なんか拾いに」


 道雅は渋い顔をし、

「それもいい勉強になりますが、警備の関係があるので、相談の上、後日」

と言う。


「相変わらず、つまんないわね、道雅」

「なにがつまらないのですか」


「道雅は素敵な歌を詠むのに、現実にはどうしてそうお堅いの?


 貴方の歌は結構情熱的だけど、心に遊びの部分が少なくても、あんな歌が詠めるものなの?


 それともあれって、全部虚構のものなの?」


 斎王様、と道雅は本を閉じる。


「相変わらず、随分とお暇なようですね」


「今日は暇というより、機嫌が悪いのよ。

 ごめんなさい」


 そう素直に謝る。


「他に当たれる人も居ないから。

 でも、貴方の歌を疑問に思っていたというのは本当よ。


 どうして、こんな堅物なのに、あんなに素敵な恋の歌を詠めるのか。

 道雅、好きな人とか居るの?」


 少しの間のあと、道雅は言った。


「……おりますよ」


 そして、立ち上がる。


「庭に出てみましょうか」

と道雅は目を細め、眩しい外を見た。






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