怨霊退治 壱

 



 

 命婦に急かされ、斎王の居室に上がった真鍋は猫の鳴き声を聞いた。


 几帳の向こうからだ。


 あいつ、完全に此処を縄張りにしているな。

 他の化け猫が来て追い払ってくれないだろうか。


 どうも、成子にベタベタし過ぎるのが気になっていた。


 猫にまで、やきもちを焼いてどうする、と自分でも思うのだが。


 ま、あれも一種の怨霊だしな。

 祓う理由はあるはずだ、と思いながら、几帳の方を見ていると、猫が、ふーっと低く唸った。


 床下の怨霊と同じように、こちらの心が読めるのかもしれないと思う。


「なにやってるの」

と成子の声がする。


「人払いをして」

と成子が命婦に言った。


 はい、と命婦は頭を下げ、みなに下がるよう指示する。


 成子は命婦には下がれとは言わなかった。

 どのみち、彼女が隠れて聞いているだろうことは明白だからだ。


 それもまた、彼女の職務のひとつであることを成子は理解している。


 ただ、本当のところ、追い払いたいようではあった。


 邪魔だからというのではなく、話の内容を聞けば、また、命婦が小さな胸を痛めるからだろうか。


「ねえ、今、井戸になにか出た?」

「手が覗いておりました」


「そんな言葉遣い、しなくていいわよ」


 言いながら、猫を腕に抱き、成子は几帳の奥から出てくる。


 そんな成子の姿は、朝の光を浴びた庭の木々よりも眩しく、涼やかだ、と思った。


 そんな詩的なことを普段は考えないのだが、恋をすると、人は変わるのだろうかな、と自分で不思議に思う。


 恐らく、それは初めての感情だからだ。


「あの女官が水を汲もうとしたとき、井戸の中から白い手が覗いていたな。


 最初は女官にも見えたらしく、悲鳴を上げて飛び退っていたが、すぐに見えなくなったようで、普通に水を汲んでいた」


 俺の目にはずっと見えてたが、と答えた。


 そう、と成子はなにか考える風な仕草をしたあとで言う。


「真鍋。

 あの井戸の霊、始末してくれないかしら」


「どれをだ?

 あの手か?


 それとも、夕べの――」


 そこで、命婦の強い視線を感じた。

 また夜、此処をうろちょろしていたのか、という目つきだった。


 だが、それは自分の元々の仕事なので、責められるべきところではない。


 夜更けに、居室に上がり込んだり、斎王に無礼な口をきいたり、一緒に怨霊退治をしたりするところは、さすがに職務とは違うが。


「その覗いていた白い手とあの女の人は別物なのかしら」

「さあな」


「前から思ってたんだけど。

 貴方が近づくと、霊が活性化する気がするのよね」


 それも主に、悪霊が、と言ったとき、床下から笑い声が聞こえてきた。


「そうだ。

 この男の霊力は我らによく馴染む。


 我らの力を増幅してくれるのだ。


 お前、成子の側から怨霊を遠ざけたければ、まず、お前が遠ざかれ」

とロクでもないことを言ってくる。


「ともかく、あれ、早くなんとか治めてくれないかしら。

 怨霊退治も貴方たちの仕事でしょ」


「いや、別に怨霊退治が仕事なわけじゃないぞ。

 帝やお前たちの身に『なにごともないように』守るのが仕事なだけだ」


 だから、まあ、一応、怨霊に寄る怪異も含んでもいるのだが。


 せいぜい、自分たちに出来ることと言えば、悪霊を祓うために、儀式的に弦を鳴らすことくらいだ。


「あれに意味がないと言ったのはお前だぞ」

「だって、早くあれを始末しないと」


 始末しないと?


「悪い夢を見るんだもの」

と眉をひそめ、成子は可愛いことを言う。


 成子が前へ出たので、猫が飛び降りる。

 悪霊猫は、成子を見上げて、にゃーと鳴いた。


「真鍋」

と近づいた成子の白い手が自分の手に触れてくる。


 びくり、として手を引いた。

 成子は間近に自分を見上げて頼む。


「貴方だけが頼りなの。

 お願い」


 吸い寄せられるように成子の黒い瞳を見ながら、

「……わかった」

と答えていた。





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