第弐話 井戸の怨霊

夢――

  




 緑の滴る杜。


 神聖な空気に満ちたそこには、ゆったりと蛇行し、流れる川があった。


 水の中に映る己れの顔は、己れのそれであって、それでなく。

 そこから異界に繋がっているようにも見えた。


 側で誰かが草を踏む音がする。


 振り返ると、白い衣を纏った男が立っていた。

 黙って自分を見下ろしている。


 貴方は誰?


 そう呼びかけようと思ったが、声が出ない。

 自分もまた沈黙したまま、彼を見つめていた。


 そんな清らかな夢を見ていたはずなのに、忌むべき空気に包まれた現実に、成子は引き戻された。


 闇の中、誰かが足許から何かが這い上がってくるのを感じる。


 身体にかけている衣の上から肌をまさぐるように手を置き、這い上がって来る。


 重苦しい念のようなものが、身体の上に乗っている。

 誰かの手が頬に触れた。


 自分の上に股がるそれが唇に触れてくる。

 だが、幸い、それらはすべて気配だけだ。


 噂の神か?

 いや、そんなものではない。


 もっと人間的な――。


 目を開けた成子は、

「降りてっ。

 もうっ。

 いい夢見てたのにっ」

と叫ぶ。


 だが、上には何も居なかった。


 今のも夢だったのか。


 成子は床下を叩いた。


「ちょっと!

 おかしな夢見せないでっ。

 せっかくいい夢見てたのに」


 そう叫ぶと、床下の怨霊は、

「あれがいい夢か?


 あれこそ、神がお前を洗脳しようと見せている夢かもしれないぞ。

 お前に自分を焼きつけるように」


 向こうの方が卑怯だろう、と言い出す。


 そのとき、あの黒猫が側に来た。

 成子を慰めるように膝に飛び乗り、すり寄ってくる。


 触れない猫を抱き上げるような仕草をし、成子は、

「お前だけよ、私の味方は」

と言った。


「そいつこそ、怨霊だと思うが……」

と床下の霊が呟く。


 斎宮は今日もいつも通りだった。


 一体霊を始末したからと言って、何も変わることもない。





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