第20話
勉強会を開催して今日で四日目。あと三日で中間テストが始まるけど、彩瀬さんの勉強は思っていたより進んでいない。このままではまずいことに気づき、今日からいつもより一時間早く登校して、席で朝の勉強会を開いている。
一年三組の教室には、僕たち三人しかいない。
「今日も放課後になったら図書館で勉強会する?」
朝の挨拶も終わり席につくと、ここ最近の定番となった質問を飯島さんからされた。「今日も」といった表現でわかる通り、意外なことに三人の勉強会は続いている。
勉強会の二日目に「塾に行かなくていいの?」と聞いてみると、ちょうど塾から家庭教師に切り替えたみたいで、勉強会が終わった後に家で勉強しているそうだ。その話を聞いて、遊ぶ時間がない過密なスケジュールに心配してしまった。
「今日も一緒に勉強しようね!」
友達と一緒に勉強できるのが嬉しいみたいで、勉強嫌いな彩瀬さんもサボらず参加してくれている。彼女のために開催しているのだから、サボられても困るけど……。
「うん。でも今日は英語だから私の出番はないかも?」
そういって、僕の方を向いて微笑んでいた。
ここ数日の勉強会が功を奏したのか、引っ込み思案気味の飯島さんも積極的に発言してくれるようになった。今までは僕と雑談できなかったので、大きな進歩だ。
「単語は自信あるけど、文法は感覚で覚えちゃったからフォローしてもらえると助かるな」
日本語の読み書きができるからといって、国語のテストの点数が上がるとは限らないのと同じで、英語の読み書きができるからといって、英語のテストの点数が良いとは限らない。僕はビジネス英語は使えないし、最低限の読み書きができるとったレベルだろう。
とはいえ、日本人に求める最低限のレベルは、国語と英語では大きな違いがある。そのおかけで、英語のテストの点は良いのだけど、正しい文法を教える自信はイマイチもてなかった。
「その代わり実践的な英語を教えてね」
「いいけど受験には役に立たないよ?」
飯島さんは医者になるために過去問題を必死に解いたり、家庭教師を雇ってたりしているので、受験に不必要な勉強をするとは思えないので、思わず聞いてしまった。
「うーん……二人にだけ特別に話すけど、実はずっと前からお見合いするって言われているの」
「お見合い!? すっごくお金がかかるって聞いたけど、さおりってお金持だったの?」
「普通より少し裕福……かな? でね、相手は決まっているんだけど日本人のじゃなくて、外国人とお見合いするらしいの。つい最近決まったことだから慌てちゃって……」
たしかに日本人に絞ってしまうとお見合いが成立しない可能性も高く、選択肢を外国にまで広げるのは一つの手だ。でも、国際結婚は常識・食生活・宗教といった文化の違いを乗り越えなければならず、日本人同士の結婚に比べてハードルは高いと思う。
恋愛結婚であれば、愛情というパワーで乗り切ることができる可能性は高い。または、海外に住んでいたい経験が長ければ、異文化に慣れているので問題にならない可能性も高い。
それが、お見合いで結婚するとどうだろう。時間をかけて愛情を育むこともできるが、その前にすれ違いで疲れてしまうのではないだろうか。飯島さんの性格も加味すると、正直、国際結婚がうまくいくとは思えなかった。
「さおりはそれでいいの?」
何を疑問に持ったのか分からないけど、飯島さんの両肩を抑えて、いつにもなく真剣な表情をして問いかけている。
「それでいいって……どういうこと?」
その返答に納得がいかなかったのか、顔を近づけて無言で問い詰めている。
いきなりの奇行に驚き、視線だけで僕に助けを求めてくるけど、残念ながら彩瀬さんの奇行を止める術は持ち合わせていない。こうなったら彼女が満足するまで付き合ってほしい。
「恋愛結婚に憧れていたでしょ! それなのに、お見合いがあるからって諦めていいの?」
「……それは」
肩を掴まれた時は迷惑そうな苦笑いをしていたけど、気迫に何かを感じたのか言いよどんでいる。
「良くないよね?」
逃がさないぞといったように、さらに顔をグッと近づけて、答えが返ってくるのをまっている。
朝練をしているのだろう、グランドから運動部の掛け声がうっすらと聞こえるだけで、三人しかいない教室は沈黙に支配されていた。
「彩瀬ちゃんは強引だね」
時間にして数秒。やたら長く感じた沈黙は、力が抜けたような一言で終わった。肩に乗っている両手を優しく払い、近づいていた顔を離してからゆっくりと語り始めた。
「世の中の女性と一緒で、私だって恋愛結婚には憧れているよ。でもね、普通の家に生まれた私には叶わない夢なの。だから小説やドラマで妄想して満足しているんだよ。もうそれでいいじゃない……」
涙声になりながらも、恋愛結婚にたいする憧れと諦めを話す姿は正直、痛々しくて見てられない。
「でもまだ高校一年だよ? 頑張れば何とかなるかもよ?」
可能性がゼロというわけではないだろう。でも、それは可能性があるというだけで、決して高いわけじゃない。僕たちの高校はクラスに一名男性がいる恵まれた環境だけど、彼らは中学生ぐらいからハーレムを作っていてメンバーが固定化されている。高校生になってからそのメンバーに割り込むのは難しい。
アプローチしようとしてもハーレムの女性が邪魔するだろうし、男性もハーレムの管理で忙しくて、そこからさらに追加しようとは思わない。何かに優れていなければ、この歳になって自然に出会い、ハーレムに加わると言う考えは現実的ではない。
「彩瀬ちゃんみたいに運がいいわけでもないし、私みたいなのにはお見合いが一番合っているんだよ……ううん違う。お見合いのチャンスがあるだけ幸せだと思わないとダメだと思うんだ」
僕みたいにハーレムを作っていないポッと出の男性は珍しいし、そこにハーレム候補として首尾よく滑り込めた彩瀬さんは、なるほど運が良いと言えるだろう。
そんな運をもっている人間がいくら「頑張ろう」と言葉を重ねても、もっていない人の心には響かない。特に、彼女みたいに楽天家に言われても、言葉の重みが感じられないのも無理がない。
「ごめんなさい。自分の気持ちだけを押し付けちゃった……」
遅まきながらそのことに気づいたようで、最初の勢いはどこかにいってしまい、彩瀬さんの声は小さくなってしまった。
「いいの。でも他の人には言わないでね」
目に浮かんだ涙を拭きながらそう言い終わると、朝の勉強会の時間が終わってしまった。
◆◆◆
その日の夜、いつのまにか溜まり場になった僕の部屋で、今朝の出来事を楓さんにかいつまんで説明していた。
「あなたはまた考えもなしに発言して……」
めまいがしたのか、二本指で目頭を押さえながら小言を言いそうになっている。
「うっ。わかっているよ。ものすごく反省しているから……」
そう言って背中を丸めて顔を下に向けている。
朝の出来事を引きずっているようで、今日一日元気がなかった。放課後の勉強会もろくに集中できず、今も言い返すことすらできないでいる。
「なるほど。反省しているのでしたら、私から言うことはないですね」
その態度から心情を察して、それ以上何かを追求することはなかった。
「ねぇユキト。外国人とお見合いして結婚しても幸せになれると思う?」
深く聞くべきではなかったと思いつつも未だに納得できてないのだろう。しばらくすると、唐突に質問された。
彩瀬さんの性格を考えると納得していないことは分かっていたので、授業中にtamaに調べてもらい情報を集めてもらっていた。明るい材料は一切なかったけど、読んだ感想を伝えることにした。
「どうだろうね。幸せになれるかもしれないし、なれないかもしれない。本人たち次第だよね」
「そうだよね……」
「ただ、とあるNPO団体が調べた国際結婚の調査結果によると、国際結婚した夫婦の約70%が離婚もしくは別居状態になっているらしい。しかも、残りの30%も全てが上手くいっているわけではないみたいだよ」
この世界の女性が離婚することは珍しく、日本人同士の離婚率は10%を切るレベルだ。そのことを踏まえると、この離婚率の高さは異常だ。それでも国際結婚をする人が絶えないのは、男性を手に入れたい女性の気持ちが強いからだろう。
「アメリカ人ハーレムの中に一人だけ日本人がいたら、それは苦労するよね。本人次第といっても、末長く幸せな生活を送れる可能性は非常に低い……と思っているよ」
日本人同士でもハーレム内の人間関係の調整は大変なのに、外国人の夫に加えて、他の外国人妻や愛人的な立ち位置のハーレムメンバーとの良好な関係を維持するのは難しいだろう。特に外国人との付き合いに慣れていない、島国育ちの日本人にとっては、他の国と比べても難易度は高いはずだ。
結局、憧れの男性を手に入れても、人間関係が大変で、結婚生活を諦める人が多いようだった。
「うぁ……」
望まない見合い、困難な結婚生活……飯島さんの未来が明るくないことを実感したのか、絶句していた。
「飯島さんの家庭の事情に深く突っ込むわけにもいかないし、低い可能性かもしれないけどお見合いが上手くいくことを祈るしかないじゃないかな」
飯島さんの事情に深く関われないので、そんな当たり障りのないことしか言えなかった。
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