18



  ◇

 雅也とアキラが東北のマンションで結界の装置を破壊したころ、咲弥と玲は南西のマンションの装置を破壊した――中井一麿とともに。


 雅也と時を同じくして骸骨の胸にあった球体を踏み潰した、中井一麿。

 それを見ていた玲は呆れた口調で言う。

「これで三体。〝ナタ・パオペイ〟の模造品とはね……やっぱりお前は馬鹿だ」

「そうか? 那托、金托、木托みたいに魂が宿ってたが」

 返事をしたのは咲弥だった。

 玲は彼女に向かって、文句を続ける。

「魂ね。の勅令を守っていただけじゃないか」

「知性はあっただろう? 誤作動していたからそう思えただけだ」

 しばらく二人は睨み合って、やがて玲が嘆息と、言葉を吐いた。

「昔、デカルトって男がいた。やつは実娘を病で失い、娘に似せた人形を溺愛したそうだ。喋らない、動かない、成長しない人形を自分が息絶えるまで……お前のやったことはそれよりよっぽどタチが悪い」


 前髪をいじりながら咲弥は嘆息をつき、言い返した。

「だったらアキラはどうなんだ? 自画自賛か?」

「ん……」

 虚を突かれたように玲は口を噤んだ。

 咲弥は肩を竦め「デカルトかなんだかしらないが、歳はくっても、もうろくするな……そんな説法に思えるな」と耳に着いている火風輪を鳴らした。咲弥の体が浮き上がって行く。


「これであたしの容疑は晴れたわけ?」と玲が尋ねる。

 咲弥は頷いた。

「宝貝強奪は中井一麿でも無い。日本以外にいるはず――」

 玲は肩の荷が下りたように安堵したが咲弥は続けた。

「でも懸念材料はある。この女は連れていく……雅也と言ったか? ナギの片割れにまた近い内に会いたいからな」


 玲は舌打ちし眉間に皺を寄せて睨みつけた。

 咲弥はそれを受け流すように微笑んで「またな」と火風輪を鳴らしてエレベーターの穴を昇って行った。


 それを見届けた玲は、後頭部を掻き中井に向く。

 中井は先月より一回り小さくなっていた――それでも玲より頭一つ背が高く、筋肉も大きいが――それは分身だった。 


 雅也に憑いていた中井の魂をさらに分割させて、玲たちを手助けして‶装置〟の破壊をしたのだが、両名とも言葉を交わさなかった。


 静寂の中、目を合わせたまま時が過ぎる。

 中井は口を開き、言った。

「今日は俺も退く。二人に憑いた俺の分身も解いた……行ってやれ。皇従徒の元へ」

 玲は無言で頷き、人差し指を立てて横に振る。彼女足元から緑の光が昇り、体を覆っていく。視界も覆われて、どんどん中井の姿が見えなくなった。

 その間、中井の声が響く。

「玉緒玲、あやつの師事はあやつの実姉に任せよ。お前では荷が勝ちすぎる故」

 玲は返事をせず、その場から消える――術を使い、万事屋のリビングに移動して指定席のソファに腰掛けて、ひと息をついてから二階へ向かった。


 二人の身を案じつつ、二階にある私室から探索用宝貝を引っ張り出して使用し、見つけた――だが玲のいる時間と、雅也たちのいる時間に差ができていた。


「ルールを守れよ」と悪態つきながらも、玲は陣を敷く。



 ◇

 今日ほど雅也は玉緒万事屋までの道程を苦しんだ事は無かった。


 骸骨との戦闘後、中井は二人をマンションの入り口まで運んだ――まずトンネルの天井に大穴を開け、乱暴に二人を担ぎ、飛んだ――それら常人を逸脱した行為。そしてすぐさま姿を消したことに気に掛ける余裕など、雅也に無かった。

 アキラは外傷こそ無いものの一向に意識を取り戻さない。雅也は彼女を背負い、人の目を気にせず走って万事屋に向かった。通常の手順で向かうと片道一時間以上は掛かる。もしアキラの処置が手遅れになったらと、最短ルートで万事屋へ向かった。


 ◇

 ルールを無視して万事屋に向かうと、あるはずの住宅兼店舗は更地になっていた。

「玲さん、来てください!」

 大声で玲の名を呼んでも返事は帰ってこない。雅也はそれでもと、更地の真ん中を陣取って座り込み、アキラを地面に寝かせ、呼び続けた。

 

 日はすっかり暮れて、夜になっていた。


 中井の言葉が、雅也の心の中で蘇る。


 ――その娘は作り物。


「でも」雅也は呟いた。「アキラちゃんは生きているんだ……化け物でもない、普通の女の子として」

 地面に寝かせているアキラは息をしていない。脈も無い。だが肌のぬくもりはあった。人と同じぬくもりだった。

「助けてくれ……玲さん……カムイ」

 そう呟いて雅也は目を閉じた。


 すると足音が聞こえ、雅也は目を開ける。

「玲さん!」と雅也が歓喜の声を上げた。目の前には玉緒玲がいた。

 さらには先ほどまで更地だったはずの周囲が万事屋のリビングに変わっていたが、雅也はその説明を乞うことも無く言った。

「アキラちゃんを助けて下さい、早く!」


 ◇

 その勢いに毒気を抜かれ、玲は文句を心にしまい込んだ。

 アキラの腕を触り、頭を触り、胸を触り――触診をして玲は、

「怪我は少ないね。鞭一つじゃ防御まで気が回らないと思ったが……今回は中井に礼を言うべきかもね。一晩すれば治せる。ちょうど良い、お前も来な」

 そして玲はアキラを抱き上げ、二階へ向かった。


 ◇

 雅也もその後を追い、二階へ向かう――その後、玲からアキラの成り立ちをきかされるのだが、まだ知る由も無かった。

 己が、とてつもなく大きな流れに巻き込まれていることに――。

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