第267話 クロエの解釈

 クロエの発言で場に驚きが広がる中、ベラトラムが非常に厳しい視線をクロエに向ける。

「代表の御意向とはどういう意味だ? その言葉に虚偽があれば、壁の外で干からびる程度の末路では済まんぞ?」

 リオンズテイル社の者にとって、その最高権力者の意向をかたる罪悪は途轍とてつも無く重い。クロエの発言を信じられない者達は敵意すらにじんだ視線をクロエに浴びせていた。

 だがクロエは全くたじろがず、逆に笑って返した。

「どういう意味も何も、その言葉通りの意味ですよ。私はアリス代表の御意向に沿って非才を尽くしているまでです。ですので、釈明など欠片かけらも必要とは思えません。それだけです」

 自身に非は欠片かけらも無いというクロエの堂々とした態度に、他の幹部達が怪訝けげんな様子を強めていく。ベラトラムも表情を敵意から懐疑に戻した。

「ほう。では、釈明ではなく説明を求めよう。何をもって代表の御意向と判断したのだね? まさか代表から直々に指示を受けた訳でもあるまい?」

「それは勿論もちろんです。今のところはそのような地位に就いてはおりませんので。皆様と同じように指示を受けたまでです。むしろ皆々様がなぜ行動に出ないのか、理解に苦しみますね。まあ、貴方あなた方の深謀遠慮を理解できない私の浅学非才の所為せいかもしれませんが」

「どういう意味だ」

「その問いが何らかの誘導尋問の類いでないのであれば、リオンズテイル社の発展のためにも、その席を後進に譲ることをお勧めしますよ。支店長」

 明確な上位者に対してあからさまに敵対し喧嘩けんかを売るクロエの態度に場が凍り付く。他の幹部達はクロエの正気を疑うか、あるいはそこまでするのであれば本当にアリスの意向で動いているのかと疑い始めていた。

 沈黙が続く。クロエとベラトラムがどちらも退かずに視線をぶつけ合い、場の緊迫感を高めていく。その空気に他の者達は冷や汗すら流している。そこで、ベラトラムが急に雰囲気を緩めた。

「良いだろう。では、ここは私が代表して頭を垂れて御教授願おうじゃないか。代表のご意向はそれだけ重要だ。我々の浅学非才の所為せいである確率が僅かでも存在するのであれば、それを払拭する必要がある。無学の者へ伝えるように、詳細に、丁寧に教えてもらおう。……出来ないとは言わせない」

 ベラトラムは最後に真顔でそう告げた。それで他の者達が戦々恐々とする中、クロエだけが愛想良く微笑ほほえむ。

かしこまりました」

 そしてクロエが自身の考えを述べていく。話が進むにつれて他の幹部達の表情に驚きと困惑と懐疑が生まれ、半信半疑の様子が強くなっていく。つまり、荒唐無稽な内容だと鼻で笑うことは出来なかった。幹部の一人が思わず口を挟む。

「それはお前の願望ではないのか? あれほどの失態を犯したのだ。それを覆すにはそう考えるしかないという妄想ではないとなぜ言える」

「そうであってほしいという願望を抱いていることは否定致しませんよ。私もより適した地位で社に貢献したいという望みは持っております。しかしどう考えてもそうなるのです。私の考えを否定する根拠に、私の願望や妄想を持ち出している時点で、そちらも否定できる理由が無いと言っているのと同じでは?」

「し、しかしだな」

「付け加えれば、皆様も存じているはずですが、アリス代表はこう言っておられます。私が到着するまで、現地の者で対応するように、と」

 そしてクロエがその言葉の解釈を続けて説明する。それを聞いた者達に動揺が走った。

「更に私はオリビア様と通信越しに話しております。そちらについては皆様もご存じのはず。そしてその時に私はオリビア様から、次は無いとくぎを刺されました」

 クロエはその忠告の解釈についても続けて説明した。それを聞いた他の幹部達に迷いが生まれ、その一人が非常に険しい顔で指摘する。

「……そちらの言い分は理解した。だがそれも結局は、そうも解釈できるというだけではないか? それが代表の御意志であると断言は出来まい」

 クロエが表向きはどこか残念そうに、だが微妙に馬鹿にしたように微笑ほほえむ。

「断言しろと言われましても、私はアリス代表ではないのです。断言は不可能ですね。しかし貴方あなたには断言がどうしても必要でしたら、支店長に御協力頂いて代表に確認を取られては? 私の権限では不可能ですが、支店長の権限であればギリギリ可能でしょう」

 場の者達の視線がベラトラムに集まる。その上でクロエが続ける。

「まあ、私なら出来てもしませんけれど。代表から、その程度の意図もめない無能だと判断されたくはありませんので」

 迷いと葛藤が幹部達から言葉を奪い、険しい表情での沈黙を続けさせた。

 アリスはオリビアの件で近い内に現地であるクガマヤマ都市周辺に来る。そのような時期に大きな騒ぎを起こしたクロエを糾弾する場のはずであった会議は、当初の目的を完全に失い、既にクロエの言葉を信じるかどうかの場へと変わっていた。

 アリスの意向に従っていたのか、逆らっていたのかで、リオンズテイル東部三区支店を含めた現地の者は当然として、他支店の立場まで良くも悪くも激変する確率が高い。慎重かつ大胆な、そしてどちらにしろ取り返しの付かない決断が必要だった。

 そしてその決断を、ベラトラムもこの場では下せなかった。

「本日の会議はここまでとする。続きは後日だ。私から連絡する」

 その言葉で場に僅かな安堵あんどが広がった。決断の先送りではあるが、選択するには情報が余りにも足りていない。この後に各自が全力を尽くして情報収集に動くのは明らかであり、その猶予を得た安堵あんどだった。

 ベラトラムがウダジマに視線を向ける。

「ウダジマさん……でしたね」

 明確に格上の大企業の幹部上位層の視線を受けて、ウダジマが思わずたじろぐ。

「は、はい」

「今回は急遽きゅうきょご参加頂いたのにもかかわらず、発言の機会も提供できずに申し訳ございませんでした。ですが、よろしければ次もご参加下さい。また彼女の扱いに関してですが、もうしばらくそちらのご厄介になるかと。代わりと言っては何ですが、私の連絡先、直通回線のものをお渡ししておきます。彼女を通さずに連絡したいことでも御座いましたら、お気軽にどうぞ」

 そのベラトラムの発言を受けて、他の幹部達もウダジマに連絡先を渡していく。クロエを介さずに情報を流せ、という意図ではあるが、間違いなくリオンズテイル社との伝であり、クガマヤマ都市でのウダジマの立場を強めるものだった。

「では、これで失礼」

 通信を切ったベラトラムが仮想空間から姿を消す。他の幹部達も次々に消えていき、最後にクロエとウダジマが残った。

 クロエが笑ってウダジマに告げる。

「私達も退出すると、会議の終了がクガマヤマ都市にも伝わります。その時点で、恐らく部屋の外でお待ちの方々が入ってくるでしょう。ですので、その前にここで少しお話を。まず、私に協力していただければ、私もそちらに協力できるという話、これで信じて頂けましたか?」

「……ああ、信じよう。それで、そちらは私に何を望む?」

「いろいろあるのですが、まずはラティス達との合流の許可を御願い致します。実は部屋で自分で紅茶を入れたのですが、どうも、慣れていない所為せいか、不味まずくて」

 冗談のように微笑ほほえむクロエに、ウダジマは堅い顔を返した。

「……、良いだろう」

「ありがとう御座います。そちらからも何か御座いますか? 内緒話は今の内に済ませておきましょう」

「そうだな……、まずは……」

 クロエとウダジマはそのまま仮想空間でしばらく密談を続けた。


 クロエの軟禁部屋の外では都市の保安部員達がリオンズテイル社の会議の終了を待っていた。終了の通知が来た時点で、改めてウダジマに出頭を求めた後、それを無視された場合には拘束に動く。その準備を進めていた。

 そこで部屋の扉が開いてウダジマが出てくる。そして少し驚いている保安部員達に向けて軽く笑う。

「いや、待たせてしまったな。悪かった。会議が予想外に長引いてしまってね」

 保安部の者がどこかきょかれた様子で応対する。

「いえ、それは……、仕方が無いことです。ウダジマ様。イナベ様の要望でご同行願います。申し訳ございませんが、抵抗なさるとこちらとしてもウダジマ様を拘束しなければなりません」

「ああ。分かっている。別に逃げたりはせんよ。同行しよう。不安なら拘束するかね?」

 ウダジマは笑って両手を前に出した。保安部の者が慌てて首を横に振る。

「い、いえ、同行して頂けるのであれば、その必要は御座いません」

「そうか。では行こう」

 ウダジマの堂々とした態度に、保安部の者達は戸惑いながらも職務を遂行した。


 アキラがキバヤシからモンスター認定に関する説明の続きを聞いて嫌そうな顔を浮かべている。

「俺のモンスター認定の解除が、クガマヤマ都市内部のゴタゴタで解除されないかもしれないって何なんだよ……」

 軽い呆れまで見せているアキラとは対照的に、キバヤシはよくあることだと笑っていた。

「都市も絶対唯一の権力者によって運営されている訳じゃないんだ。内部のめ事でうだうだすることはある。まあ、お前にとっては良い迷惑なんだろうがな」

 クガマヤマ都市そのものはアキラと敵対している訳ではない。そしてイナベはどちらかといえばアキラの味方だ。しかしそこから反イナベの派閥がイナベの足を引っ張る目的でアキラのモンスター認定解除の妨害に動くことは十分に考えられる。

 更にクガマヤマ都市とリオンズテイル社の力関係や、ハンターオフィスに対して一度通った申請を即座に取り消すのは難しいことなどを、キバヤシはあくまでも自分の個人的な意見であると前置きした上でアキラに教えていた。

 自分とは全く関わり合いの無いところで面倒なことになっており、その所為せいで不利益が出ているが、自分がどうこうして解決できる内容でもない。それを理解したアキラが思わずめ息を吐く。

「取りえず、俺は当面は都市に戻れない。そして都市に強引に乗り込むともっと面倒臭いことになる。その認識で良いんだな?」

「そういうことだ。お前にも思うところはあるんだろうが、この話は一旦ここで置いておけ。さて、ここからが本題。リオンズテイル社に最大戦力で喧嘩けんかを売る方法の話に入ろうじゃないか」

 自分にとっても重要な話なだけに、アキラが気を引き締めて真面目な顔になる。だが非常に上機嫌な様子で楽しげに笑うキバヤシを見て軽く引き気味になった。

「最大戦力と言っても、個人か集団か、何をどこまで巻き込むかとかで変わってくるし、その辺はお前の感覚とかにも関わってくる。だがいずれにしろお前個人の戦闘能力の向上が重要だ。だから今はリオンズテイル社を襲撃するのはめて、まずは坂下重工に頼んだ装備の到着を待て」

「……あれって、賞金首になっても有効なのか?」

 もうあれは駄目になったと半分ぐらいは思っていたアキラが少し意外そうな顔を浮かべると、キバヤシがアキラの不安を払拭する意味も兼ねて意気込んだ。

「当たり前だ。たかが一地方都市からモンスター認定を受けて、リオンズテイル社の支店から賞金を懸けられた程度のことで、坂下重工がハンター相手に報酬の支払いを破棄なんてする訳が無い。そんなことをしたら坂下重工の信用は地に落ちる。下手をすると最前線で坂下と契約しているハンターが一斉に他の五大企業に乗り換えて、五大企業としての地位そのものが危うくなるな」

「そ、そうなのか」

「ああ。契約ってのはそれだけ重い。まあ、統企連そのものを敵に回せば流石さすがに別だろうがな。一企業と遺物の取り扱いでめて殺し合った程度のことで、坂下の判断は揺るがないよ。だからその辺は安心して良い」

「でも確かあのすごい装備って、到着の目処めどが全く立っていないんじゃなかったか?」

「そっちも大丈夫だ。俺の予想ではあるが、早ければ1週間、通常なら1ヶ月、どんなに遅くても3ヶ月程度で到着するだろう」

 アキラが驚く。

「あの時は来年届くかどうかも分からないって言ってたのに、早ければ1週間なのか?」

「輸送の遅れの原因は坂下重工による広域流通規制の所為せいだったんだが、それが最近解除されたんだ。それさえ無ければ目安ぐらいは言える。それでも目安の期間が1週間から3ヶ月って結構長いのは、坂下重工の輸送情報なんて俺にも分からないからだ。もう都市の近くまで輸送されていれば、受け渡し手続きとかで1週間。安全のために荷物を一度戻した所為せいで、ここまで輸送し直すなら3ヶ月ってところだな」

 アキラが説明に納得した様に軽くうなずくと、キバヤシが笑って身を乗り出す。

「だから、それまでは大人しく待ってろ。あのクロエってやつがクガマヤマ都市にいるからって、防壁も防衛隊も知ったことかと突っ込むのは、最前線の装備を手に入れた後にしろ。ちょっと待つだけで、ド派手に存分に今とは桁違いにぶっ飛んだ戦力で戦えるんだ。それまでは、言っちゃ悪いが逃げ回れ」

 キバヤシが更に身を乗り出し、その分だけアキラが体を後ろに引いていく。

「お前のことだから逃げるなんて嫌なんだろうが、我慢しろ。その我慢さえすれば、逃げ回ってまりにまった鬱憤を最前線の火力に込めて、防壁を吹っ飛ばすほど大暴れして、中位区画どころか上位区画までお前の無理無茶むちゃ無謀に巻き込んで、お前を軽く扱ったやつらを台無しに出来るんだ。だから、今は、待て。分かったな? 分かったよな?」

「あ、ああ」

 嬉々ききとした鬼気迫るような態度で顔を近付けてくるキバヤシの態度に、アキラは少し引き気味になっていた。そして話題をらすように尋ねる。

「あのさ、キバヤシはクガマヤマ都市の職員だろう? その職員が賞金首を相手に自分の都市の防壁を最前線の武装で吹っ飛ばせとか言って良いのか?」

 テーブルに両手を付けて身を乗り出していたキバヤシが、腰を椅子に戻す程度には落ち着きを取り戻す。

「良いか悪いかという話なら、悪いな。クガマヤマ都市の職員としてはまるで駄目で、厳重注意では済まない失言だろう」

 思わず怪訝けげんな顔を浮かべたアキラに向けて、キバヤシが車のハンターオフィスのマークを指差しながら笑う。

「だが今、俺はハンターオフィスの職員としてここに来ている。だから全く問題ないな」

 キバヤシはクガマヤマ都市の職員であると同時にハンターオフィスの職員でもあり、その立場の使い分けも上手うまく、抱えている悪評から生じる被害もその使い分けでのらりくらりとかわしていた。

「人間の賞金首といってもいろいろだ。賞金額100万オーラム程度の小物ならハンターオフィスが態々わざわざ出ることはない。だが500億、しかも中堅の統治企業からモンスター認定されるほどの大物なら、東部に余計な被害をき散らさないように干渉することもあるんだよ。どちらもちょっと落ち着きましょうと、両者と連絡を取って交渉とかしたりする。今もそういう口実でお前と会ってるんだ。だから、俺とこうして話している間は、お前は安全だ。少なくとも、賞金目当てで殺されることはない。仮にもう既にこの周辺にお前を狙うハンターがいたとしても、遠方から監視するのが限界だ。狙撃とかは絶対に無い。その辺は安心しな」

 そう断言したキバヤシの説明に、アキラがかなり意外そうな顔を浮かべる。

「そうなのか? 本当に? 500億だぞ?」

「額は関係無い。ハンターオフィスが交渉している最中にその交渉相手を賞金首だからって攻撃した時点で、ハンターオフィス、つまりは統企連への敵対行為となる。仮にお前を殺せても、賞金なんか支払われない。ハンターの身分も消滅。口座も凍結。東部全域でモンスター認定を受けるだけだからな」

 納得して軽くうなずいているアキラに、キバヤシが説明を付け加える。

 交渉中にその者達を攻撃することは、その参加者全てを敵に回す行為だ。キバヤシが到着する前にグートル達の部隊がまるでアキラを護衛するように囲んでいたのも、クガマヤマ都市とアキラの交渉中という意味合いがあった。モンスター認定を受けたアキラに、都市に近付くな、と交渉していたということになっている。

 もっとも500億オーラムという大金に加えてリオンズテイル社との伝を得られるという利益の前には、クガマヤマ都市と敵対してでもアキラを殺そうとする者が絶対に出ないとは言い切れない。グートル達はそれを防ぐために周囲をしっかりと警戒していた。

 俺が着くまで、そいつらはお前の護衛になったとでも思っておけ。キバヤシがアキラにそう言ったのはそのような意味が有り、グートル達は実際にアキラを守っていた。

 防衛隊の仕事は都市の防衛であり賞金首討伐ではない。アキラが都市に近付かない限り、たとえ賞金首であっても、都市からモンスター認定を受けていても、討伐対象にはならないのだ。付け加えれば、キバヤシがグートル達をハンターオフィスの職員という身分も使ってそう説得したからでもあった。

 それらの説明を興味深く聞いていたアキラの前で、キバヤシが時間を気にし始める。

「さてと、話を戻すが、俺も長々と話し続ける訳にもいかないから、今この場で話しておかないと不味まずいことをさっさと話しておく。お前はこれから装備の到着まで逃げ回ることになるが、出来れば、余り都市から離れるな。装備は一度クガマヤマ都市に到着してからお前に渡されるが、この情報は絶対に知れ渡る。だから到着後に可能な限り早く手に入れられるように近場にいた方が良い。遠方から戻ってくる途中を襲われないようにな」

「いや、そう言われても、都市の近くにいた方が襲われる確率が上がるだろうし、クガマヤマ都市に入れない以上、他の都市まで行かないと食料や弾薬も手に入らないし……」

「その辺は近場にいるなら俺が手を回してやる」

「えっ? そんなことして大丈夫なのか?」

 どこか怪訝けげんに少し驚いた様子を見せるアキラに向けて、キバヤシが楽しげに意味深に笑う。

「まあ、そこはあれだ、食料も弾薬も手に入らないお前が自棄やけになって都市に突入しないように、お前を落ち着かせて穏便な解決を目指すために、仕方無く、というところだな。これはクガマヤマ都市の職員としての行動だ。ハンターオフィスの職員としては、肩入れしないために何もしないのが正しいだろうからな」

 アキラという爆発物が起爆せずに終わるように導火線を伸ばした。代償に火力も膨れ上がってしまったが、十分な交渉をするための時間を優先した。交渉が不調に終わって起爆してしまったとしても、その被害は仕方無い、という口実だ。当然だが、キバヤシ自身は大爆発を望んでいる。アキラもそれは相手の表情から良く分かっており、少し引いていた。

 その後、キバヤシは制限時間までアキラにいろいろ話して車両に戻った。既にバイクにまたがっているアキラに、運転席から軽く忠告する。

「俺が車両を発車させた時点で、ハンターオフィスと交渉中という安全は消える。まあ、500億オーラムの賞金首なんだ。ハンターがお前を襲うにしても、事前に調査やら準備やらで時間を掛けるだろうからしばらくは襲われないだろうが、一応注意しておけ」

「分かった。弾薬とかは本当に頼んで良いんだな?」

「ああ。やっておく。何かあれば連絡しろ。こっちからも適宜連絡を入れるから、教えた秘匿回線にはちゃんと出ろ。じゃあアキラ、頑張りな」

 キバヤシは笑ってそう言い残すと、クガマヤマ都市の方へ車両を動かした。

 アキラはその逆方向にバイクを走らせる。都市にも家にも戻れないアキラの、賞金首生活1日目が始まった。


 クガマヤマ都市の防壁内にある自室でレイナが失礼の無い表情を一応保っている。しかし愛想は無い。その視線は大型ディスプレイに映っているベラトラムに向けられていた。

 そのベラトラムが画面の中でめ息を吐く。

「支店長に向ける態度には見えないが?」

 レイナが一応非礼をびる。

「それは失礼を。私も壁の外での生活が大分長いもので、いろいろ装う技量が知らずらずの内に落ちているのでしょうね。おび致します」

 ベラトラムの視線がレイナの背後、シオリとカナエに向けられる。一応は上司への態度を保っているレイナとは異なり、シオリはきつい表情を隠しておらず、カナエもどこか敵対的に笑っていた。

「そちらのメイド達も、自社の幹部に対する態度とは思えないが? 社に対する忠誠はどうした?」

「私の主はお嬢っすから、社への忠誠はお嬢への貢献で示してるっす。勿論もちろん、あんたへの態度も含めてっすよ?」

「ベラトラム様はリオンズテイル東部三区支店の支店長として各派閥に中立の立場を取られています。その上で、クロエ様がお嬢様を襲った件でも中立的に無干渉であり、お嬢様を中立的に見殺しにされるのであれば、最低限の礼儀で十分でしょう」

 シオリ達の態度を再確認したベラトラムが視線をレイナに戻す。シオリの態度は当然としても、カナエの態度からこの問題児まで手懐てなずけたのかと、レイナへの評価を上乗せし、それを僅かに表情に出した。

(クロエもレイナも壁の外に出て変わったということか。一族の無能を壁の外に出す理由には、安全な防壁内では成長の見込めない者に環境の変化による変異を促すためもあると聞いたことがあるが、確かに効果はあるということか?)

 壁の外に出た理由は異なるが、レイナとクロエはどちらも壁の外で今回の騒ぎの起因となった。自分にとってはどちらも取るに足らない者であるはずだった者達が、状況をこれだけ大きく動かそうとしていることに、ベラトラムは軽い称賛と警戒を覚えた。

「君もクロエ嬢も壁の外で随分と成長したようで何よりだ」

 ベラトラムが視線をシオリに移す。

「ところで、私をいろいろ非難しているようだが、君は代表から直々に御指示を受けたのにもかかわらず、この状況で騒ぎの拡大に加担しているとも取れる行動をしている。それはリオンズテイル社のメイドとして、どうなのだね?」

「私が到着するまで、現地の者で対応するように。アリス代表の御指示はそれだけで御座います。現地の者の管轄は貴方あなたの仕事では?」

 騒ぎの責は、クロエを含めた現地の者、つまり東部三区支店の者達を抑えきれない支店長にある。シオリはそう分かりやすく皮肉を込めて答えた。ベラトラムも一応は自身の上司であり、かなり失礼なことを言っている自覚はあった。だがレイナからカードを奪ったクロエの行動を容認するかのように、クロエに何の処罰も下さないベラトラムへ、その怒りを隠しきれなかった。

 相応の反応が返ってくるだろう。シオリはそう思っており、覚悟の上だった。だがベラトラムの反応はシオリの予想とは大分異なっていた。画面の中で非常に難しい顔を浮かべると、半信半疑から信の割合を少々高めた口調でつぶやく。

「……やはり、そういう意味なのか?」

 それでレイナ達の様子も怪訝けげんなものに変わる。ベラトラムからシオリへの叱責が返ってこなかったことに、レイナは逆に嫌な予感を覚えると表情を真面目なものに戻した。

「支店長。そちらも私達とたわいもない話を続けるほどお暇ではないでしょう。そろそろ本題に入って頂けませんか?」

「……そうだな。本題に入ろう。その前に前提情報の共有を兼ねて少し弁解しておく。私は支店長として各派閥に中立的な立場を取っている。考慮を重ね、社の利益を優先した結果、まるで特定の派閥を優遇しているように思われることもあるが、全ては社のためであり、特定の派閥を優遇するつもりはない。だから君を冷遇しているつもりもないし、クロエ嬢を優遇するつもりもない。各自の立場と能力に応じた対応をしているだけだ」

「クロエが私からオリビア様のカードを強奪したのも、社の利益のためであり、支店長としては問題とは思えないと言いたいので?」

 レイナはシオリの代わりにそう答えた。リオンズテイル社のメイドが言うよりも一族の者が言った方が問題が少なく、シオリの立場も悪化しないと考えていた。加えて、自分が言うからシオリは黙っていてという意味でもあった。

 それを理解したシオリが、無意識に険しくしていた表情を緩める。それに気付いたカナエが僅かに苦笑していた。

 そのシオリ達の様子に気付いたレイナは、無意識に笑ってしまわないように注意した。そして今まではシオリに任せきりだった折衝も、シオリの主として今後は自分が主体で進めようと、気を引き締めてベラトラムの返答を待つ。

 そこでベラトラムが再びレイナ達の予想とは異なる態度を見せた。非常に真剣な表情で、多くの権限と責任を背負った支店長の雰囲気を強くにじませる。

「重要なのは、そこなのだ。クロエ嬢の行動を問題視する必要があるかどうか。我々は三区支店の者として、非常に難しい判断を迫られている」

「……どういう意味です?」

「実は私も少し前まではクロエ嬢の行動を問題視し、会議の場で処分を下すつもりだった。会議の内容の詳細までは話せないが、議題となったクロエ嬢の状況は話しておこう」

 クロエがアキラの襲撃に失敗したこと。リオンズテイル東部三区支店の名で500億オーラムの賞金を懸けたこと。クガマヤマ都市からモンスター認定までさせたこと。クロエは都市襲撃犯としてクガマヤマ都市に軟禁されていること。それらの話を聞いたレイナ達が、昨日の今日で状況が余りも動いたことに驚きをあらわにする。

「クロエ嬢の行動は影響が余りにも大きすぎる。三区の者として無視も傍観も出来ない。支援か排除の二択なのだ。だがその判断材料が足りていない。そのために、君達には、オリビア様のカードの入手経路も含めて、いろいろ話してもらう。これはリオンズテイル東部三区支店長としての厳命だ。話してもらうぞ。何があったのかを。初めから、詳細に、全てをだ」

 そう告げたベラトラムの威圧は非常に強く、レイナ達にそれだけ重要な事態なのだと十分に理解させた。

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