第264話 いつもギリギリ

 小型ミサイルを移動装置代わりにしてクロエの車両まで戻ったラティスは、空中で小型ミサイルを投げ捨てて屋根の開口部から車内に入った。そして椅子から立って自分を迎えたクロエに頭を下げる。

「……申し訳御座いません。処分は如何様いかようにも」

 クロエが僅かに視線を鋭くする。

「確認するわ。その謝罪、彼を殺せなかった結果に対してのものと考えて良いの? それとも、また私の指示に逆らったの?」

 ラティスはクロエに畏怖を覚えながらも、真剣な表情で答える。

「彼を殺せなかったことへの謝罪で御座います。ご満足頂ける結果をお嬢様に必ずやお届けする。その言葉を妄言と変えた己の不明を恥じるばかりです」

「繰り返すわ。私の指示に逆らったの? 従ったの?」

「……非才ながら、お嬢様の指示に従い全力を尽くしました」

 ラティスは緊張を強めてそう答えた。するとクロエの表情が和らぐ。

「それなら謝罪は不要よ。彼を殺しきれなかった責は、指示を出した私にあるのだからね。ご苦労様。疲れたでしょう。車両の防備はパメラに任せて少し休みなさい」

 クロエはラティスを叱咤しったするどころか、どこか上機嫌な様子を見せていた。ラティスが困惑を深める。

「か、かしこまりました。ご満足頂ける結果をお渡しできなかった私にそのようなお言葉、誠に有り難く……」

「ん? ああ、大丈夫よ。これはこれで満足しているから」

「お、お嬢様。それはどのような意味と解釈すれば……」

 クロエはそれ以上の言葉を返さずに椅子に戻り、再び深く腰掛けた。そして機嫌良く笑いながら今後の計画の思案を始めた。

 ラティスが困惑した表情のまま答えを求めてパメラを見る。パメラは自分にも分からないというように首を軽く横に振った。


 巨大な蜂型モンスターが足先の武装から光弾を敵に撃ち放つ。無人機となった重装強化服が無数の小型ミサイルを発射し、大型の銃で巨大な弾丸を撃ち続ける。アキラはその両方の攻撃から逃げ回っていた。

 全員が真っ向から戦っていれば三つどもえの乱戦になっていた。しかしアキラは巨大な蜂を重装強化服に押し付けようとしており、無人機は蜂と戦いながらアキラを追っている。その結果、アキラと無人機は蜂を中心にして周回するような動きを続けていた。

 アキラが戦闘から離脱してクロエ達の車両を追おうとしないのは、そうした場合、蜂と無人機と車両に挟まれて袋だたきにされる恐れがあるからだ。少なくとも無人機が破壊されるまでは車両は追えない。

 蜂と無人機は互いの火力を真っ向面からぶつけ合っていた。

 蜂の巨体では重装強化服の武装による攻撃を避けられない。無人機から放たれた分裂増殖する小型ミサイルの群れが巨大な標的に直撃し、融合して膨れ上がった爆炎が巨体を包み込む。更に一発でアキラを木っ端微塵みじんにする大型弾が敵の胴体に何度も着弾する。

 その火力の前には、高空領域のモンスターとはいえ無傷では済まなかった。蜂の体を覆う装甲のような外骨格が割れ砕け、肉片と一緒に剥がれていく。しかし内側から新たな装甲が現れ、更に傷口から流れ出た補強材のような体液が硬化して、すぐに外傷を塞いでいく。無人機の攻撃は敵の生命力を確かに削っているが、即死させるのにはほど遠い状態だった。

 そして無人機の方も無事では済まなかった。蜂の脚部武装から放たれた光弾や光線が機体に直撃し、残存エネルギーを大幅に削っていく。

 蜂の巨体に比べれば無人機は十分に小型であり更に高速で飛び回っている。加えて蜂の武装は基本的に自身と同程度の大きさの敵を破壊するためのものであり、威力と引き換えに細かな照準や小回りに欠けていた。その所為せいで小さな無人機を正確に狙うのは難しく、そう簡単には当たらない。

 しかし蜂は弾幕の一部が当たれば問題ないと、大量の光線光弾を放っている。加えて無人機は自動操縦で動いている所為せいで、ラティスが操縦していた時より動きの精度が数段落ちている。無人機は敵の攻撃の大半を避けながらも、残りの一部を食らっただけで甚大な被害を受けていた。力場装甲フォースフィールドアーマーでは防ぎきれなかった衝撃で、機体から衝撃変換光が激しい出血のように飛び散る。強固な機体がゆがへこんでいく。

 無人機はアキラも攻撃しようとしているが、蜂を間に挟むようにして逃げ回るアキラの所為せいでほぼ全て蜂に当たっている。加えて蜂も無人機も自身に攻撃するものを優先して攻撃しており、その攻撃の激しさは場違いな規模になっていた。とにかく逃げ回っているアキラはその火力のぶつけ合いを見て顔を引きらせていた。

『道理で都市上空の飛行が禁止される訳だ。この辺の上空でもあんなのが飛んでるのか』

『それでもあれは結構上空のモンスターのはずよ。普通ならここまでは下りてこないわ』

『じゃあ何で下りてきたんだ?』

『さあ? 上に飛んだ流れ弾が運悪く直撃でもしたのかもしれないわ。あの大型銃なら、真上に撃てば相当上まで届いたはずよ』

『勘弁してくれ……』

 思わず嫌そうな顔を浮かべたアキラに、アルファが笑って補足を入れる。

『でもそれならあの重装強化服を倒せば帰ってくれる可能性が高くなるのよね』

 蜂型モンスターの標的にアキラが含まれているかどうかは不明な状態だ。だからこそアキラは一切攻撃せずに逃げ回っている。蜂に僅かでも攻撃してしまえば、その時点でアキラも確実に標的になるからだ。

『帰還を捨てている上に車両を巻き込む恐れも無くなって、ありったけの火力を使用できるから、あの重装強化服も自動操縦にしては頑張っているわ。あのまま刺し違えてくれれば一番なのだけれど』

『だと良いんだけどな』

 その軽い期待はあっさりとついえた。蜂の針の部分にある主砲の再充填が終わったのだ。そしてその照準が無人機を捉える。次の瞬間、無人機は主砲から拡散して放たれた光の奔流に飲み込まれ、消滅した。

 光波は近距離の標的を確実に捉えるように発射角を限界まで広げていたことで遠方までは届かなかったが、代わりに蜂型個体の前方周囲を光で埋め尽くしていた。その余波である暴風が蜂の背後にいるアキラにまで届き荒れ狂う。そして光が消えた時、そこには光と一緒に地面も大気も消し飛ばした破壊の爪痕だけが残された。

 自分があれだけ必死になって攻撃し続けたのにもかかわらず、ほとんど効いている様子を見せなかった頑丈な重装強化服の呆気あっけない末路に、アキラが思わず顔を非常に険しくゆがめる。

『……あんなに頑丈だったのにちりも残らないのか。何て威力だ』

『既に残存エネルギーの大半を使い切っていて力場装甲フォースフィールドアーマーの強度も弱まっていたのでしょうね。でも倒したことに違いは無いわ。これで満足して帰ってくれれば良いのだけれど……』

 アキラが期待と不安を顔に出して蜂型モンスターの様子をうかがう。だがその期待もあっさりとついえた。

 標的の片方を排除した巨大な蜂が、上空に戻らず残りの標的の方へ体を向ける。無人機との戦闘で体と武装を少々破壊されているが十分な戦闘能力を残しており、加えて足先の砲口をアキラに向けることで戦意も十分に残していることも示す。

 そしてアキラがバイクを最大出力で加速させた直後に、蜂の砲口から光線と光弾の弾幕が放たれた。光線も光弾も対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー効果など無いのにもかかわらず、並の力場装甲フォースフィールドアーマーなどまるで意味を成さない威力を持っている。射線に沿って大気が焦げ、大地に着弾した途端に大きな爆発を引き起こした。

 荒れ狂う光の弾幕から、アルファがバイクの巧みな運転でアキラを守る。同時にアキラにしっかりと告げる。

『アキラ! 仕方無いわ! 倒すわよ!』

『了解だ! あの重装強化服は無くなったんだ! まずはあいつらの車両に追い付く、で良いんだよな?』

『駄目よ!』

『何でだ?』

 この激しい攻撃に巻き込まれればクロエ達の車両もただでは済まない。それをさせないために残ったであろう無人機が無くなった以上、存分に巻き込めば良い。向こうも必死になって蜂を攻撃してくれるだろう。そう思っていたアキラは思わず困惑を顔に出した。

 そのアキラにアルファが険しい表情を向け、アキラの顔を更にゆがませる返事をする。

『もうクガマヤマ都市に大分近付いてしまったわ。この状態で車両を追うと、あのモンスターをアキラが都市に連れて来たことになるの。そんなことをしたら都市に帰れなくなるわ』

 モンスターの群れを引き連れて都市に向かうと都市の防衛隊に群れごと殲滅せんめつされるが、その殲滅せんめつ判定に引っ掛かるかどうかは、群れの数ではなく脅威度で決まる。

 弱いモンスターを十数匹ほど引き連れてスラム街に飛び込んだ程度のことであれば、防衛隊はスラム街に対処を任せて出動などしない。都市の下位区画への被害は軽微だからだ。

 逆に強力なモンスターならば一匹であっても出動する。強力な個体であれば下位区画への被害は大きく、場合によっては防壁付近まで被害が及ぶからだ。

 そこに上空領域のモンスターなど連れてくれば、防壁にまで被害が及びかねない。当然ながら防衛隊も本腰を入れて対処する。強力に武装した人型兵器の大部隊を派遣して都市に近付く前に排除する。どこまで近付かれたら出撃するかの判断は難しいが、既にアキラは大分近付いてしまっていた。

『付け加えれば、向こうは初めからこの状況をある程度想定していたのでしょうね。だから車両からの攻撃は最低限に抑えていたのよ。アキラに近付かれても追い払うだけ。重装強化服の援護もしなかった。恐らく、重装強化服の援護をした所為せいで、車両の方もモンスターの攻撃対象になってしまうのを防ぐためよ』

『クソッ! そういうことか!』

 下手をすると、クロエがリオンズテイル社の施設から態々わざわざ出てクガマヤマ都市に向かったのも、自分の姿を見せてアキラに自分を確実に追うように仕向けたのも、全てこの状況への誘いだった恐れがある。そしてこの状況すらも、次の何らかの誘いの恐れがある。アルファはそう説明を続けた。

 アキラも流石さすがに顔をしかめた。その方向性で疑念を深めれば、クロエのミハゾノ街遺跡での言動すら何らかの誘いだったかもしれないのだ。自分はそれにまんまと釣られてクロエを襲い、死にかけた。そして自分の足掻あがきすら計算に入れられて、向こうの都合で生かされているのかもしれない。そう考えてしまう。

 自分の生も死も、向こうの事情、相手の都合次第。その考えがアキラの心の奥底を刺激した。過去からドス黒いものが湧きあがってくる。

 だがその感情が自身を飲み込む前に、アキラはそれを抑えきった。また無様をさらさないように、その感情に自分を殺させないように、しっかりと冷静さを保つ。

『……アルファ。こいつは倒せるんだよな? とっとと倒して追えば良い。それだけだな?』

 アルファは少し意外そうな顔を浮かべた後、不敵に満足そうに笑って返した。

『そうよ。大丈夫。私のサポートがあれば簡単よ。任せなさい』

『頼んだ。行くぞ!』

 アキラは意気揚々と笑い、巨大な蜂型モンスターへ銃を向けた。


 今後の計画の思案を続けていたクロエが、車両の索敵装置により映し出されている周囲の状況を確認して僅かに考え込む。

「……うーん。少し早いか」

 そうつぶやくと、運転席に連絡を入れて指示を出す。運転手は指示の内容に少し疑問を覚えたが、指示通りに車を減速させた。

 既に強化服でもある執事服に着替えたラティスが表情をかなり怪訝けげんなものに変える。そして少し迷ってからクロエに声を掛ける。

「お嬢様。彼やモンスターとは大分距離を稼いだとはいえ、十分に離れた方が安全なことに違いはありません。当然ながらお嬢様もそれを承知で車の速度を落としたのでしょうが、その安全を引き換えにしてでも速度を落とした理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 クロエがラティスをじっと見る。ラティスはその理由に見当が付いているのに、御機嫌取りを兼ねてえて尋ねることがある。だが今は本当に分からないので聞いている。そう見抜いたクロエは、返答の内容をそれに合わせて軽く微笑ほほえむ。

「ん? ちょっと速いかなって思ってね」

「……左様で御座いますか」

 ラティスは困惑しながらも、それ以上のことは言えなかった。


 アキラは巨大な蜂型モンスターの周囲をバイクで旋回しながら敵の攻撃をくぐっていた。

 蜂の武装から放たれる光弾が空気を焦がして宙を飛ぶ。その流れ弾が周辺の地面に着弾して爆発し、着弾地点を吹き飛ばす。並の車両なら一発で原形ごと消し飛ばす光弾が光の雨となって降り注ぎ、アキラの眼下を地獄に変えている。

 蜂の胴体から発射された無数の小型飛行端末がアキラを追って宙を飛ぶ。鏡面のような側面を持つ円盤状の機体群が、直接アキラを攻撃はしないものの、蜂本体のレーザー砲から発射された光線を巧みな連携で反射し、光線を幾重にも折り曲げてアキラを狙う。更には折り曲げた光でアキラを囲むおりを作り、そこに光弾の嵐を呼び込もうとする。

 アキラはその敵の猛攻に必死にあらがっていた。アルファの巧みな運転で空中を駆け、光弾の弾幕の隙間をくぐり抜ける。反射板となっている小型機を銃撃して光線の角度を変えて回避する。線状の光が地上をぎ払う光景を見て顔を引きらせながら、LEO複合銃で蜂本体の武装や身体を銃撃し続ける。

 限界まで威力を高めたC弾チャージバレットで、銃の性能が許す限りの最速連射で、敵の各部位、武装や装甲に嵐のように撃ち込んでいく。的が巨大すぎて外れようがない。全弾命中した。

 しかし蜂の猛攻に変化は無い。装甲を剥がしてもすぐに再生される。武装を破壊しても同じ武装が生えてくる。飛行装置はそこから噴出する光によって、常時幾層にも生成され重ねられた力場障壁フォースフィールドシールドと同様の防御に守られており、そもそもアキラの撃った弾丸が届いていなかった。

『アルファ! これだけ撃っても効いてる気が全くしないんだけど、これ、どうすれば倒せるんだ!?』

『かなり上空のモンスターだから、それだけ頑丈なのよ。ちゃんと倒せるから安心しなさい。あと、そろそろ敵の主砲のチャージが終わる頃よ』

 回避場所など存在しないような攻撃範囲と、ラティスの重装強化服を消滅させた威力を兼ね備えた敵の主砲を思い出し、アキラが顔を険しく引きらせる。

『分かった。気を付ける』

『ええ。覚悟を決めなさい』

『……、ん?』

 微妙に話がつながっていないような気がすると、アキラは僅かに怪訝けげんに思った。だがそれも敵が主砲の再使用のために大きな動きを見せたことですぐにどうでも良くなる。巨大な蜂がアキラを引き剥がして主砲の攻撃範囲に入れようと急激に上昇し始めたのだ。

 主砲の攻撃範囲に入らないために、ここから先は更に死に物狂いで相手にまとわり付かなければならない。それだけ無茶むちゃを繰り返すことになり、当然更なる負担が掛かる。その覚悟を決めろということだったのだろう。アキラはそう納得した。

 だがアルファにその納得を覆された。バイクがアルファの操縦により、蜂を追って上昇するどころか空中で垂直方向に勢い良くUターンすると、自分から相手の主砲の照準のど真ん中に入るように加速する。

『アルファ!? 何の真似まねだ!?』

 反射的に体感時間を操作したことで恐ろしくゆっくり進む世界の中で、アルファが不敵に、だが自信たっぷりの笑顔をアキラに向ける。

『覚悟を決めなさいって言ったでしょう? アキラが慌てた分だけ勝率が下がるのだから、しっかり覚悟を決めなさい』

『……、分かったよ!』

 アキラは険しくしていた表情を覚悟で塗り潰して笑みを浮かべると、アルファの指示通りに動き出す。LEO複合銃を仕舞しまい、AF対物砲をバイクのアーム式銃座から取り外して自分で構える。そして照準を敵の主砲に合わせた。

 バイクのエネルギータンクからAF対物砲にエネルギーが送り込まれる。安全設定を全て切り、過剰エネルギーによるAF対物砲の自壊を恐れずに、アルファの演算による本当の限界まで供給し続ける。

 その状態で射出方向を極限まで絞った状態で撃つのは、バイクのアームでは照準精度に限界があった。そこをアキラがAF対物砲を自分で構えることで、アルファのサポートを十全にかした精密射撃を実現する。

 蜂は既に主砲の再充填をほぼ終えていたが、あと僅かに時間が必要だった。加えて主砲の発射前に砲口部の力場装甲フォースフィールドアーマーを解除する時間も必要だった。その時間はアキラを引き剥がしている間に終わるはずだったのだが、アキラが自分から主砲の前に来た所為せいで、ほんの僅かだけ時間が不足した。

 そのお陰でアキラは敵の主砲の前に身をさらしながらも、まだ消し飛ばされずに済んでいた。そしてアキラと蜂が互いの最大火力を向け合った。

 次の瞬間、アキラのAF対物砲から放たれた光が蜂の巨体を貫いた。蜂の主砲が撃ち出される直前、砲が攻撃のために強固な防御を解除した瞬間を狙って撃ち出された光線が、巨大な針のような主砲から撃ち出されるはずだったエネルギーをき乱し、混ざり合い、逆流させて、相手の身体を貫通した。

 発射直前だった主砲を破壊されたことで、そのためのエネルギーが大型蜂型モンスターの内側から噴出する。体から噴き出た光が武装も飛行装置も装甲も吹き飛ばす。冗談のように強力な上空のモンスターとはいえ、全身を自身の最大火力で内側から破壊されては耐えきれなかった。原形を十分に残しながらも絶命し、地上へ向けて落下していく。

 アキラは自分目掛けて落下してくる敵の巨体を見て慌ててその場から離脱した。巨大な質量がアキラの横をかすめて落ちていき、地面に激突して派手な音を立て、衝撃で辺りを吹き飛ばした。その様子を驚いた顔で見ているアキラに向けて、アルファが得意げに笑う。

『私に任せておけば大丈夫だったでしょう?』

 アキラも何とか笑って返した。

『そうだな。ところで、さっきの攻撃、どれぐらいギリギリだったんだ?』

『どれぐらいと言われてもね。ミリ秒単位の調整だと誤差が大きすぎて手遅れになるぐらい?』

 アキラの表情が苦笑いに変わる。

『……何で俺はこういつもギリギリなんだ?』

『どうしてかしらね。でも今更気にしても仕方が無いわ』

『何でだ?』

『私と出会った時からずっとそうだったでしょう?』

 そう言って微笑ほほえむアルファを見て、アキラは苦笑いをどこか楽しげな苦笑に変えた。

『そうだな。今更か。……よし、気を取り直して、追うか』

 アキラは表情を厳しいものに変えると、バイクを勢い良く走らせて再びクロエの後を追った。


 クロエ達はアキラが巨大な蜂型モンスターと戦っている間に大分距離を稼いでおり、既にクガマヤマ都市までもう少しというところまで来ていた。だが本来なら既に都市に着いていた。クロエの指示で途中から減速した所為せいだ。

 そしてパメラがアキラの反応を車載の索敵機器で捉える。全速力で車両に向かってきていた。

「お嬢様。彼の反応を捉えました。モンスターを撃破してこちらに向かってきています。このままでは追い付かれます」

「車の速度はそのまま。迎撃も不要よ。攻撃されても車両の防御で耐えなさい」

「し、しかしそれでは……」

 クロエがパメラをじっと見る。それだけでパメラは反論できなくなった。

「か、かしこまりました」

 クロエは軽くうなずくと、表情を僅かに険しくした。そしてつぶやく。

「……遅い。そろそろ来ても良い頃だと思うのだけれど。クガマヤマ都市って案外だらしないのね」

 クロエの指示の意図も、つぶやいた内容の意味も、パメラ達には分からない。それでも険しい表情のまま指示に従う。

 アキラが急速に距離を詰めてくる。だがクロエの指示で迎撃を封じられたことで追い払うことも出来ない。主の安全のために、死を覚悟して主の指示に逆らうべきか。パメラ達がそう悩み始めた時だった。車載の索敵機器に新たな反応が現れた。

 それに気付いたクロエが笑う。

「何があってもまらずに、全速力で都市に向かいなさい。広域汎用通信の送信内容を再確認。私が乗っていると、外部に確実に伝えること」

 パメラ達は顔を見合わせたが、クロエの指示にすぐに従った。


 クロエの車両を目視で捉えたアキラの顔に殺意がにじみ出す。それを見てアルファがくぎを刺す。

『アキラ。冷静にね』

『……分かった』

 分かってる、とは意図的に答えずに、深い呼吸を繰り返して不要な激情を抑える。そのアキラの表情が怪訝けげんそうにゆがんだ。

『迎撃に出る様子が無いな。……わなか?』

『そうだとしても、殺すなら流石さすがに相手が荒野にいる内に仕留めないと不味まずいわ。戦闘の余波で都市に被害を出してしまうと、都市の防衛隊まで敵に回す羽目になるからね』

『そうだな。様子を見る余裕は無いか。行こう』

 アキラがバイクを加速させる。クロエ達の車両からは牽制けんせい射撃も無い。遠慮無く距離を詰めていく。自身に都合の良い状況にアキラは表情をますます怪訝けげんにさせながらも、相手に肉薄していく。

 このままなら相手の車両の屋根に乗って存分に攻撃できる。流石さすがに迎撃部隊が車内から出てくるのではないか。アキラはそう考えたが、車両の様子に変化は無い。その状況に、わなの警戒よりも困惑を強く覚えていた。

 その時、アルファが表情を険しく変えた。

『アキラ! 注意して!』

 同時に、一帯が砲撃された。巨大な弾丸が無数に降り注ぎ、周囲を派手に吹き飛ばしていく。同時に広域汎用通信経由で警告が出た。

「こちらはクガマヤマ都市防衛隊である! 直ちに武装を解除し投降せよ! 抵抗は都市への反逆と見做みなす! 繰り返す! 直ちに武装を解除し投降せよ! 抵抗は都市への反逆と見做みなす!」

 発信元は都市から出撃した人型兵器の部隊であり、先程の砲撃は宙を飛ぶ部隊が撃ったアキラとクロエ達の両方への牽制けんせい射撃だった。


 クガマヤマ都市に比較的近い位置で発生した大規模な戦闘の反応は、都市の防衛隊を動かすのに十分なものだった。その反応の余りの大きさに、人型兵器の部隊が偵察ではなく現場での遅滞作戦まで考慮した重装備で緊急発進する。

 都市による反応の解析により、非常に強力なモンスターが存在している危険性が高いと断定され、それに対抗する重装備の準備のために、部隊の出撃に通常より少し時間が掛かった。

 部隊が現場周辺に到着すると既に戦闘の反応は消えていた。代わりに戦闘域から離脱したと思われる反応が二つ見付かる。隊長機は都市に強力なモンスターを招いた者である確率が高いと判断し、威嚇射撃と共に投降を呼び掛ける。

 だが反応の片方、車両の方には問題があった。投降の呼び掛けを無視するその車からは、リオンズテイル社の創業者一族が乗っているという広域汎用通信が発信されていたのだ。下手な真似まねは出来ない。誤って殺してしまえばクガマヤマ都市とリオンズテイル社の間で戦争になる恐れがある。その所為せいで威嚇射撃も相手の命を気遣ったものにせざるを得なかった。

 そして緩い威嚇射撃では車両の進行を止められなかった。車両が部隊の下を通って都市へ進んでいく。

 隊長機から指示が飛ぶ。

「7、8、9番機は車両を追え! 乗員への被害を抑えて車両を力尽くで止めろ!」

 指示を受けた3機が部隊から離れてクロエ達の車両を追う。

「6番機は戦闘域の調査、1番から5番はバイクの方を囲むぞ! 絶対に逃がすな!」

 その指示に従い隊長機を含む5機がアキラの包囲を開始した。


 人型兵器の部隊から牽制けんせい射撃を受けたアキラは、たまらずに地上に降りてバイクをめた。アキラでもこちらを殺す気は無いと分かる銃撃だったが、クロエ達を撃てない分をこちらにぎ込んだような分厚い弾幕の弾雨を展開されては、流石さすがに強引に突破するのは無理だった。

 そしてそこを人型兵器の部隊に囲まれる。思わず顔をしかめたアキラの視界の先にクロエ達の車両が映る。既に肉眼では豆粒のようにしか見えないが、そちらを思わず注視して拡大表示すると、車両の後部扉を開けてアキラに笑って手を振るクロエの姿が見えた。普通なら互いに視認など出来ない距離だ。だがクロエの態度は確実に自分を見ていると、そして見られていると告げていた。

 アキラは思わずAF対物砲を構えようとしたが、都市の防衛隊に囲まれている状況でそのような真似まねをしてしまえば余計な戦闘が発生すると自身に言い聞かせ、歯を食い縛って何とか抑えた。視線の先でクロエがわざとらしく意外そうな顔を浮かべ、あきれたように首を横に振って車内の奥に戻っていく。そして車両の後部扉も閉まっていった。

 そのアキラに隊長機から外部音声で再度の警告が飛ぶ。

「直ちに武装を解除し投降せよ! 抵抗は都市への反逆と見做みなす!」

 アキラが大声で叫び返す。

「断る!」

 頭の中の冷静な部分は、自分が武器を捨てて投降したところで拘束後に消されるだけであり、事態は全く改善しないと告げていた。激情に駆られている部分は、自分の邪魔をするそいつらも敵だ、殺してしまえと叫んでいた。アキラは何とか冷静さを保とうと努力をしながら、冷静な部分の判断に従っているつもりで声を荒らげた。

 防衛隊の各機がアキラに巨大な銃を向ける。

「最後の警告だ! 武装を解除しろ!」

「断る!!」

 アキラは更に強く叫び返し、AF対物砲を構えた。

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