第261話 不運ではない

 結果として、パメラは選択を誤った。

 既に相手は死に体だ。後は急がず焦らず確実に潰せば良い。しぶとく生き残っているアキラを見ながらそう思う。立ち上がった仲間には重傷で済んでいる者もいた。勝ちが決まっているのなら、無駄な損害は避けなければならない。そう判断して重傷者を治療のために後方に回し、玉砕前提の行動は既に死亡している者で実施する。

 同時にアキラの様子に疑問を覚える。

 アキラはこの状況でも戦意を欠片かけらも落としていない。普通ならば敗北を悟って自暴自棄になった挙げ句、出来る限り道連れを増やそうと相打ち前提で暴れだしても不思議は無いが、相手の戦い方からそのような様子は全く感じられない。

 ならば何がその戦意を支えているのかと考えて、何らかの時間稼ぎを疑う。だが相手の戦い方から誰かの援護を期待するような気配は感じられない。それどころか、狂気をもって勝機の欠片かけらき集め、この期に及んで自力で勝とうとしている。死地で当然のように足掻あがくアキラの姿は、パメラにはそう見えた。

 自分が到着した時に味方が倒されていた時点で予想外の事態だった。そこから生まれる強い警戒が、パメラにアキラにはまだ何か起死回生の策があるのではないかと疑わせた。勝負を急ぎ、手っ取り早く勝とうとした瞬間、その何かをもって勝敗を覆されるのではないか。その疑念がパメラに、より慎重な行動を促した。

 結果として、パメラは時間を掛けてアキラを殺そうとした。それは十分な時間、ほんの数分の猶予さえあれば確実な勝利をパメラに与えていた。

 死体達がアキラに襲いかかる。頭部を含めて多々欠損した身体で銃を構えて発砲し、両脚と片腕と脊椎ぐらいしかない体で刀を振り回す。流石さすがに基本的な戦闘力は生前時より大分落ちている。だがアキラへの脅威という意味では然程さほど変わりは無い。

 生前も自身の死を許容する動きを見せていたとはいえ、あくまでも部隊の勝利前提での捨て駒であり、死なずに済むならそちらの方が良いという感覚は残していた。生還を完全に捨てた動きではなかった。

 しかし今はパメラの操作により完全に後先考えない消耗前提の動きをしている。その動きの差は大きく、身体の欠損による戦闘能力の低下をかなり補っていた。

 アキラはそれらの死体達を相手に健闘していた。LEO複合銃を振り回して周囲の敵を銃撃し、敵の四肢を吹き飛ばしながら相手の猛攻をかわし続ける。だが確実に追い詰められていた。

 戦意は欠片かけらも揺らいでいない。諦めるなど、その概念すら頭から消えている。だがその決意や覚悟だけで戦況を覆せるのであれば、アキラは初めからこれほどの苦戦などしていない。

 乱戦の中、パメラが攻防の隙間を縫うようにアキラを狙撃する。それをかわそうとして動きを乱したアキラは、近くにいた死体達の攻撃をかわしきれなかった。アキラの強化服と死体の刀が接触し、力場装甲フォースフィールドアーマーの衝撃変換光が飛び散る。同時に強化服のエネルギーをごっそり削っていく。

 エネルギーの低下の所為せいで強化服の動きが更に鈍った。そして相打ち前提で斬り掛かってきた相手の斬撃をかわそうと、アキラが鈍った動きで大きく飛び退いた。次の瞬間、その動きを読んでいたパメラがアキラを銃撃する。銃弾はアキラに直撃した。

 着弾の衝撃でアキラが吹き飛ばされる。勢い良く投げ飛ばされた人形のように水平に飛んでいた。そして地面に何度か激突して跳ねた後、戦闘の余波で木っ端微塵みじんになった瓦礫がれきの山にたたき付けられてようやく止まった。

 アキラはそれでも生きていた。銃弾を避けきれないと悟った時に、次の行動と強化服の残りのエネルギーを防御に振り切ったのがこうを奏した。だが戦闘能力は完全に失われた。強化服は機能を停止し、生身の方も極度の負傷と疲労の所為せいで、立ち上がろうとするアキラの意志に応えられなかった。

 パメラがようやくの決着に軽く息を吐く。そして銃の照準をアキラの頭部に合わせ直す。

ようやくですか。ご心配なく。貴方あなたには起きろとは言いません。そして貴方あなたの健闘ぶりぐらいはお嬢様にもお伝えしておきますよ」

 パメラの仲間達も銃口をアキラに向ける。後は一斉射撃で終わる。撃てば、アキラの姿は原形も残らない。

「では、おやすみなさい」

 そう言ったパメラが引き金を引こうとした瞬間、照準器越しの視界が閃光せんこうで染まった。

 閃光せんこうの発生元はアキラのバイクに搭載されているAF対物砲だった。遠方から効果範囲を最大まで広げた状態で撃ち出されており、拡散した光は一帯を包み込んだ。

 その光にアキラもパメラ達も飲み込まれた。だがパメラ達は反射的に力場障壁フォースフィールドシールドで防御態勢を取ったお陰で無傷だった。

 そしてアキラは近くの瓦礫がれき等が遮蔽物になったお陰で少々焦げた程度の被害で済んだ。それは偶然ではなく、初めからアキラへの被害を抑えるように計算して撃ったからだった。

 バイクがAF対物砲を撃ちながらアキラに向けて全速力で走る。パメラが先程の攻撃は自分達への牽制けんせいだったと気付いた時、バイクは既にアキラの横に辿たどり着いていた。

 その瞬間、アキラは最後の力を振り絞ってバイクにしがみついた。同時にその場からバイクがそのまま全速力で離脱しようとする。

 パメラ達も即座にアキラへの攻撃を再開しながらその後を追おうとする。パメラ達の強化服の性能ならば、アキラを乗せるために一度減速したバイクに追い付くことは、単純な速度差で判断すれば十分に可能だ。

 だがバイクはその性能をかして宙を飛びながら限界まで加速していた。更にアーム式の銃座に搭載されているLEO複合銃で大量の銃弾を全て牽制けんせい目的で撃ち続け、加えて再度AF対物砲を撃ち放つ。今度は広範囲への射出ではなく効果範囲を絞った線で放ち、横にぎ払った。

 光線でぎ払われた場所が派手に吹き飛ばされる。溶解し、即座に気化した瓦礫がれきが爆発して周囲に被害を広げていく。都市間輸送車両を襲った人型兵器にも通用した光の奔流は、それがそこらの建物に使用された場合の結果を、一帯の被害をもって分かりやすく示した。

 だがパメラ達は無事だ。死亡している者達を素早く前衛に配置し、彼らに力場障壁フォースフィールドシールドを重ねて展開させることで、パメラと他の生存者達を光の奔流から守りきっていた。

 それでもパメラの表情が非常に強く険しくゆがむ。バイクはアキラを乗せたまま遮蔽物の無い空中を最大加速で駆けており、既にパメラ達には追い付けない距離まで遠ざかっていた。

「……逃げられた! なんてこと!」

 失態への激情に駆られそうになっている自分を、パメラは自身の忠義で何とか抑えきる。そして状況をクロエ達に伝えるためにすぐにラティスに連絡を取った。

 パメラは相手を過度に警戒した所為せいでアキラを殺し損ねた。時間を掛けて慎重に確実に殺そうとなど考えずに、すぐに全員で殺そうとしていれば殺せていた。

 アキラは絶望的な戦力差にもかかわらず、欠片かけらも諦めずに、死にかけてなお勝利をつかもうとしていた。その異常とも呼べる執念がパメラに疑念と警戒を抱かせ、選択を誤らせた。

 決意や覚悟だけでは戦況は覆せない。だがそこから生まれたものは、本来覆るはずのない結果を覆した。


 空中を疾走するバイクにアキラは何とかしがみついていた。いまにも消えかけそうな意識の中で、バイクから出るアルファの声を聞く。

「アキラ! 絶対に落ちないで! 拾いに戻る余裕は無いわ!」

『……アルファ? ……なんで、そっちで話すんだ?』

「死にかけているのでしょうけれど、死ぬ気でつかまりなさい! 落ちたら今度こそ終わりだと思いなさい!」

『……アルファ? 分かったけど……、いや、待ってくれ、そういえばさっきから姿が……』

「まずはとにかく離れるわ! 絶対に落ちては駄目よ!」

 会話が成立していない。そのことに気付いたアキラが怪訝けげんに思う。

(念話が届いていない? いや、これは……)

 戦闘から脱したことと、アルファの声を聞いたことで激情がある程度収まったアキラが、アルファとの接続が切れていることにようやく気付く。

「……分かった。でも強化服のエネルギーが切れてるんだ」

「バイクに乗っていればバイクのエネルギータンクからワイヤレスで供給されるように改造しているでしょう! 最低限の動力にはなるわ! 今はアキラとの接続が切れているから強化服を操作できないの! だから絶対気絶しては駄目よ!」

「……了解……だ」

 アキラは気を抜けばそのまま気を失ってしまいそうな意識を何とか保って体勢を立て直した。既に強化服には日常生活補助モードであれば動く程度のエネルギーが補給されており、自力では指一本動かせない体でも何とか動かせた。

 バイクがそのまま宙を疾走する。そして遺跡から少し離れた辺りでアキラの視界にアルファの姿が戻ってきた。

『よし。つながったわ。後は私に任せなさい』

「……頼んだ」

 アキラは僅かな安堵あんどを覚えてそう言い残すと、そのまま気を失った。

 その直後、アキラの体が気を失ったまま動き出す。

 バイクから回復薬を取り出して大量に服用し、瀕死ひんしの体を急速に回復させていく。回復薬は高価な分だけあって高性能だ。治療用ナノマシンが全身に素早く行き渡り、身体を速やかに細胞単位で修復していく。強化服無しでは身動きも出来ない状態だった体が僅かな時間で軽く動ける程度には治療された。

 そしてある程度治った辺りで今度は強化服のエネルギーパックをバイクから取り出して交換する。銃の弾倉もしっかり取り替えた。

 緊急時に限ってではあるが、アルファはアキラの体を動かせるようになっている。死にかけの状態は、十分に緊急時だった。


 荒野の半分崩れた廃屋でアキラが目を覚ます。既に治療の済んだ体で素早く警戒態勢を取りながら反射的に周囲を確認すると、かなり不機嫌そうな様子のアルファと目が合った。

『アキラ。おはよう』

『……ア、アルファ。おはよう』

 アキラはアルファの様子にたじろぎながら、気を失う前のことを思い出した。取りえず死なずには済んだと息を吐く。そこにアルファの鋭い視線が突き刺さる。

『体調は問題ないようね。それなら、まずはお互いに状況の整理をしましょうか』

『わ、分かった』

 アキラは気絶であっても一度しっかり休んだことで意識の切り替えを済ませていた。それにより既に激情は治まっており、アルファに少し気圧けおされていた。

 まずはアルファが説明する。

 アキラとの接続が切れたのは、クロエが交渉中に笑いだした直後だった。当然すぐに再接続を試みた。だが失敗した。何らかの通信障害により旧領域経由での接続は完全に不可能となっていた。

 すぐさまありとあらゆる迂回うかい路を探し、旧領域以外の経由で何とかバイクに接続できた時、既にアキラは死にかけていた。

 バイクも銃弾を浴びていたが、自動起動した力場装甲フォースフィールドアーマーのお陰で破損は免れていた。バイクから強化服にエネルギーを送れるように更に大容量のエネルギータンクに変更したお陰で、車体の力場装甲フォースフィールドアーマーの強度も上がっていたのだ。

 むしろ敵のクラッキングに備えて制御装置を改造し、セキュリティーを大幅に上げていたことで、普段とは異なる通信経路で接続するのに非常に時間が掛かってしまった。その後、低品質回線経由の所為せいでバイクを四苦八苦しながら操作し、アキラを何とか救出した。

 それらの説明を聞いたアキラが納得したように軽くうなずく。

『そうだったのか。助かった。でも何でアルファとの接続が切れたんだ?』

『分からないわ。いろいろ推測は出来るけれどね』

 推測でも一応聞きたいというアキラに、アルファがあくまでも推測と前置きして話していく。

 まずはクロエ達の仕業という推測。交渉内容を他者に知らせないために、あるいは交渉決裂後の事態を第三者からごまかすために、一帯に高度な通信障害を発生させたということが考えられる。交渉決裂で戦闘が発生し、誰かに大きな過失があったとしても、詳しい事情が不明であれば後でどうとでも取り繕えるからだ。

 死人に口無し。アキラを殺して情報収集機器も破壊すれば、交渉内容の詳細も、カードの権利を強奪しようとした記録も消える。後は生き残った者達に、突然アキラが攻撃してきたので仕方無く応戦したとでも言わせれば良い。企業を相手に調子に乗って武力を振り回したハンターのありふれた末路が出来上がる。そのために、事前に周囲に通信妨害機器を設置していたとも考えられる。

『そういうことか。でも旧領域経由の通信って、そういう通信妨害機器じゃ妨害できないんじゃなかったっけ?』

『通常の通信に比べて影響を受けにくいだけであって、対応する機器を使用すれば妨害は可能よ。高ランクハンター向けの通信機器には旧領域対応の製品もあるから、それを見越して強力な通信妨害機器を用意したのかもしれないわ。あるいは、単にそういう高級品を気軽に使用できる立場だっただけかもしれないわね。東端側の強力なモンスターの通信は旧領域経由だから、その通信妨害用の物を常備していたのかもね』

 その後、アキラが戦闘中に大分離れた場所まで移動しても通信障害が続いていたのは、アキラ達の戦闘を感知した遺跡が敵の行動を阻害するために通信を切断した所為せいとも考えられる。旧領域以外での通信が可能だったのは、遺跡が現在技術の通信など一々妨害しないだけだったかもしれない。

『何で前に人型兵器が飛び交った時には通信を遮断しなかったのに、今回は処置を実施したのか。単に前回の被害を踏まえて警戒を上げていた所為せいだったのか。それとも別に理由があるのか。その辺は不明ね』

 アキラもアルファの説明だけで完全に納得した訳ではなかった。だがアルファにも分からないことが自分に分かる訳がないと考え直すと、その辺の疑問は棚上げした。

『……まあ、正確な理由が分かったところで俺に対処できるものじゃなさそうだし、そこは運が悪かったってことにしておくか』

『そんなことはないわ』

『えっ?』

 不思議そうな顔を浮かべたアキラに、アルファの鋭い視線が再び突き刺さる。

『不運で片付けられると困るの。私の状況の説明は終わったわ。次はアキラの状況を教えて。私との接続が切れた後、何があったの? 話して』

『いや、えっと……』

 逆上して交渉をぶち壊しました、とは素直に言えず、アキラは説明に困ってしまった。するとアルファが少しきつい口調で続ける。

『言っておくけれど、アキラの情報収集機器のデータを確認したから変にごまかそうとしても無駄だからね』

『それなら説明は無しで良いじゃないか……』

『駄目。データから分かるのはアキラが何をしたかであって、なぜそうしたのかは分からないわ。ちゃんと説明して』

 厳しい視線で追及してくるアルファを見て、アキラは仕方無くその時の心情を交えて話し始めた。

 話を聞き終わったアルファが大きくめ息を吐く。

『アキラ。何が一番の失態だったかちゃんと分かっている?』

 意地を張らずにカードを渡すと答えていれば戦闘を回避できた。それはアキラも分かっている。だが意地を張ったのが誤りだとは、たとえその所為せいで死んだとしても認める気にはなれなかった。

 ただそれでも、もう少しでアルファの依頼を達成できそうな状況なのにもかかわらずに、その依頼を投げ出すかのような自殺まがいの行動を取ってしまったことには負い目もあった。

 それらの葛藤がアキラを黙らせていた。するとアルファが再び大きくめ息を吐く。

『分かっていないようだから言っておくわね』

 聞きたくない。意地を張ったのは誤りだ、とは言われたくない。その思いがアキラの顔を険しく変えていく。かつての自分が胸中で叫ぶままに、暗く黒いものが顔と雰囲気ににじんでいく。かつてと今の境遇の差が大きいほど、にじみ出たものは広く深く濃くアキラを飲み込んでいた。

 アルファが真面目な顔で続ける。

『アキラは私との接続を回復させることに全力を尽くすべきだったわ。激情に駆られて私との接続が切れていたことにすら気付かなかったなんて、それは流石さすがに駄目よ。どんなに怒っても最低限の冷静さは保ちなさい』

 交渉を蹴ったことを叱咤しったされると思っていたアキラは、予想外のことを聞いてきょかれたように驚きをあらわにした。そのアキラの前でアルファが少し大袈裟おおげさに頭を抱える。

『クズスハラ街遺跡の時はすぐに気付いて、私との接続を回復させようと必死に動いたのでしょう? 今回もそうしてくれると思っていたけれど、まさか接続が切れたことにも気付かずに一人で戦うなんてね。冷静さを欠いていたとはいえ、流石さすがにそれは無いわ。しっかりしてちょうだい。一応聞くわ。途中で気が付いたけれど、接続の回復は後回しにした、なんてことは無いわよね? それとも、まさかとは思うけど、もう私のサポート無しでも大丈夫だなんて思っていたりしていないでしょうね?』

 アキラが慌てて首を横に振る。

『えっ? いやいやいや、そんなことは思ってないって』

 そのアキラの様子を見て、アルファは少し機嫌を戻した。

『そうでしょう? だから、アキラは私との接続を真っ先に回復させるべきだったの。分かった?』

『わ、分かった』

 アキラはしっかりとうなずいた。それを見てアルファは満足げに笑うと、まだ戸惑っているアキラに向けてどこか優しく自信ありげに微笑ほほえんだ。

『アキラがあのクロエって子を殺したいのなら、それはそれで構わないし、私もサポートするけれど、一人で何とかしようとする真似まねは絶対にしないで。アキラだけで何とかしようとするのは、クズスハラ街遺跡の時のような状況に陥って、本当にどうしようも無い場合だけにしてちょうだい。良いわね?』

『あ、ああ』

よろしい』

 アルファは再び満足げに笑った。すると少し困惑気味だったアキラが、事態を把握するような沈黙を僅かに挟んでから、どこかおずおずと尋ねる。

『……アルファ。その、良いのか?』

 クズスハラ街遺跡でエレナ達を助けた時も、巡回のトラックから降りて一人でバイクで救援に向かった時も、アルナを殺しにエゾントファミリーの拠点に乗り込んだ時も、アルファはそれを止めていた。

 だから今回も止めるだろう。余計な騒ぎを引き起こした自分を非難するだろう。しかももう少しでアルファの依頼を進められそうな状況なのだ。より強く叱咤しったされるだろう。そう思っていただけに、アルファの返事は予想外だった。

 戸惑いを見せているアキラに、アルファが苦笑を返す。

『良いのか駄目なのかと聞かれたら駄目って言いたいところだけど、アキラはその辺の融通が全く利かない人だってことは今までの付き合いで十分に分かっているからね。だから、良いってことにしておくわ。それに私のサポートは依頼の報酬の前渡しでもあるからね。あんなに弱かったアキラがここまで強くなったご褒美ってことで、ここは協力してあげるわ』

 アキラはアルファのそのどこか軽い態度に驚いたような様子を見せていた。だがその後に余裕を取り戻したように軽く笑う。

『……そうか。じゃあ、悪いけどサポートを頼む』

『任せなさい。私のサポートの有り難さをたっぷり見せ付けてあげるわ』

 アルファはいつものように自信たっぷりに笑っていた。


 休息を終えたアキラは戦闘中に手放した銃を取りに一度ミハゾノ街遺跡へ戻った。既に通信妨害は解除されており、アルファのサポートもあって銃そのものはすぐに見付かった。

 アキラが戦闘前に身に付けていたLEO複合銃は4ちょう。それを敵の攻撃を避けた時に2ちょう、バイクに飛び乗った時に2ちょう失った。そして無事だった銃は1ちょうだけだった。

 2ちょうは完全に破壊されており修理など不可能な状態だ。銃身の保護も力場装甲フォースフィールドアーマーに頼っている所為せいで、それが切れてしまえば破壊は容易たやすい。パメラ達によって念入りに破壊されていた。

 無事だったのは敵の攻撃を避けた時に手放した銃の片方で、もう片方は流れ弾を食らって破損していた。こちらの方は修理が可能なのでバイクに仕舞しまっておいた。

 破壊された銃の残骸を見て、アキラが大きなめ息を吐く。

『……高かったのに』

『ちゃんと私との接続回復を優先させていればこんなことにはならなかったのよ? 高く付いたわね』

『分かってるよ』

 アルファの揶揄からかい混じりの言葉にアキラは苦笑を返した。その程度には冷静さを取り戻していた。

『それで次はどうするつもり? 逃げたクロエを探すにしても、荒野を闇雲に探すなんて真似まねはよしてね。あと、東側に逃げたからって追い掛けるのも遠慮して欲しいわ。あっちはモンスターが強くてアキラの装備だと厳しいから』

『それも分かってるよ。どうしようか……』

 クロエを見付け出して殺すために、リオンズテイル社の施設を手当たり次第に襲うのはアキラも流石さすがにどうかと思った。そして施設を襲撃するとしても、最低でもそこにクロエがかなり高い確率でいるという前提が無いと無駄骨の繰り返しだとも思う。

 手段を模索してうなっていたアキラが、急に何かに気付いたように顔を上げる。

『よし。取りえず、あいつに聞いてみよう』

 アキラはバイクに飛び乗ってその人物の下に早速向かうことにした。周囲を索敵し続けている情報収集機器は、ハンターオフィスの出張所から出てきたキャロル達の姿を捉えていた。


 キャロル達が辺りの光景を見て顔をゆがめている。ハンターオフィスの出張所は強固な力場装甲フォースフィールドアーマーのお陰で無事だが、周辺の建物はほぼ全壊しており瓦礫がれきの山と成り果てていた。

 外での戦闘が収まった後、出張所内にいたハンター達は緊急依頼の一環として安全確認のために周囲を軽く捜索した。そのお陰で既に戦闘そのものは収まったと分かっているが、事態の全貌は判明していない。キャロル達が十分に遅れて出張所から出たのは、緊急依頼を受けずに通信の回復と事態の収拾を待っていたからだった。

 キャロルが表情を心配そうに険しくする。外で待っていたはずのアキラとは通信が回復した後も連絡が取れない。外の騒ぎに巻き込まれたのか、あるいはアキラが引き起こしたものなのか、生きているのか、死んでいるのか、様々な考えが頭に浮かんでいた。

「ヴィオラ。仕事を頼むわ。アキラの状況を探って」

「了解よ。……まあ、生きてはいるようね」

 調べもせずにどうして分かると、キャロルが怪訝けげんな顔を浮かべる。だがヴィオラの視線を追うとすぐに判明した。アキラがバイクでこちらに向かってきていた。

 そのままそばまで来たアキラがバイクを降りる。

「アキラ。無事だったのね」

「ああ。何とかな」

 自分の無事を笑顔で喜んでくれるキャロルを見て、アキラが少し言いにくそうに告げる。

「キャロル。悪いけど護衛は終わりだ。ちょっといろいろあって、別の用事が出来たんだ」

「ちょっと? 何があったの?」

「悪い。その話も後にしてくれ。俺も事情をちゃんと分かってる訳じゃないんだ」

 アキラはそれだけ言って視線をヴィオラに向けた。そして何をどうやって聞こうか少し迷った様子を見せた後に、ヴィオラに真剣で不機嫌な顔と一緒に銃口を向ける。

「端的に聞く。お前の仕業か?」

 ヴィオラがいつもの笑顔を装って答えようとする。

「急にそんなことを言われても、言ってる意味が……」

 だがアキラは銃口を相手の眼前に突き付けて余計な話を黙らせた。

「言っておく。今、俺は、物すごく機嫌が悪いんだ。誤解を招かないように、短く、しっかりと、分かりやすく答えてくれ。もう一度聞く。お前の所為せいか?」

 次に明確な回答を返さなければ殺される。肯定の返事でも殺される。このまま黙っていても殺される。そこに躊躇ちゅうちょは一切無い。それぐらいはヴィオラも分かった。演じきれない部分で表情を微妙に固くしながら視線をババロドに向ける。

 アキラも視線をババロドに向ける。二人の視線を受けたババロドは、両者に対して黙って首を横に振った。

 アキラが視線をヴィオラに戻す。その視線で時間切れを悟ったヴィオラは、頭の中で回答を綿密な根拠を交えて一瞬で論理立てると、それを一言でまとめた。

「違うわ」

 アキラが銃をヴィオラに向けたままアルファに真偽を尋ねる。

『アルファ』

『事実かどうかは別にして、うそは言っていないわ』

『事実なのにうそじゃないって、有り得るのか?』

『事象に対して誰にどの程度の責任があるのか。その辺りの判断は個人の思想や解釈で大きく異なるわ。だから正解は無いのよ。少なくとも、自分の所為せいではないとアキラを言いくるめられる程度の判断基準は持っている、と彼女は思っているのよ。そういう意味で、うそは吐いていないわ。仮にそれが私達の解釈では彼女の所為せいであったとしてもね』

『ああ、成る程。そういうことか』

 アキラは少し迷ったが、銃を下ろした。ヴィオラが大きく息を吐く。

「お前の所為せいじゃないなら一つ頼みがある。クロエってやつを探してるんだ。確か、リオンズテイル東部三区支店の所属とか言ってたはずだ。すごい情報屋なんだろ? 探してくれ」

 ヴィオラが普段の調子を何とか表向きだけでも取り戻すように微笑ほほえむ。

「仕事の依頼ってことね。探すのは構わないけど、それが何かの交渉事なら、交渉人も一緒に請け負っても良いわよ? 彼女を探してどうするの?」

「殺す」

 その端的な短い言葉には、アキラの内心が強くにじみ出ていた。キャロル達が思わずたじろぐ。際疾きわどい交渉で殺気混じりの威圧を向けられることには慣れているヴィオラも、高ランクのハンターとして死地の緊張に慣れているババロドも、アキラの自分達に向けたものでないと分かっている言葉に、無意識に退いてしまった。

「それで、頼めば見付かるのか?」

 ヴィオラが意識的に気を取り直して普段の調子を取り戻そうとする。

「彼女のことなら私も知ってるわ。東部でも有数の大企業であるリオンズテイル社の創立者一族の人間よ。それを分かって言ってるの?」

「それは、クロエを探すのは嫌だ、という意味か?」

 アキラのヴィオラを見る視線が変わっていく。敵か、敵ではないか、でしか人を見られない目が、ヴィオラを敵と見做みなそうとしている。それに気付いたヴィオラが即座に返答する。

「そういう地位の人を殺すための情報は高くなるってことよ。私も情報屋。ただで情報を渡すつもりはないわ。本当に高いわよ? 情報を集めるのだって金が掛かるの。その手の情報は特にね。だから料金は最低でも数十億オーラムで、場合によっては桁が増えるわ。こう言っては何だけど、払えるの?」

 単純に金の問題だと説明されたアキラは、それで納得してヴィオラに向けていた視線を普段のものに戻した。そして軽く頭を抱える。

「た、高いな……。でもまあ、確かに、それぐらい掛かっても不思議はないか……」

 パメラ達のような強力な護衛が付いている者を襲うための情報と考えれば、アキラも高額になるのは仕方が無いとは思う。しかし流石さすがにそんな金は無い。何か良い考えはないかとうなり始める。

 一方ヴィオラは内心で危なかったと安堵あんどの息を吐いていた。確かに解釈によっては、クロエを殺すような馬鹿な真似まねめた方が良いというある種の擁護とも捉えられる内容ではあった。だがそれだけのことでアキラがそこまで反応するとは予想外だった。

 だからこそ慌てて金の問題にすり替えたのだ。料金の妥当性と支払いへの態度であればアキラも敵意は示さないだろう。その推察の正しさがヴィオラを救っていた。

 しかし完全に救われたかどうかは決まっていなかった。アキラが良いことを思い付いたというように提案する。

「それならこうしよう。クロエの情報を渡してくれたら、その分だけ、お前を生かしておいて良かったと思うことにする。そしてこれにどの程度の価値があるか分からないから、その価値の分だけ情報を渡してくれれば良い。これでどうだ?」

 ちょっとした取引のような感覚で話したアキラの様子とは対照的に、ヴィオラは表情をかなり引きらせた。

 ヴィオラはクガマヤマ都市のスラム街の抗争騒ぎの時に、アキラに不利益を与えたことで殺されかけた。そして交渉により、シェリルへの協力と引き換えに生かされることになった。

 その取引通りに、ヴィオラはシェリルの徒党をその手腕で飛躍的に成長させた。加えて徒党内での地位を固めることで、自身を徒党の運営に欠かせない人物にした。それらの事実に加えて、あれから時間もったことで、もう約束は果たしたか、有耶無耶うやむやになったと思っていた。

 しかしアキラはそれをあっさり持ち出してきた。シェリルの徒党をあれだけ発展させても足りないのかと、ヴィオラは内心で冷や汗をかきながら一応確認を取る。

「……それ、駄目って言ったら、殺すってこと?」

「いや、そんなことはない。金の代わりになるかなって思って提案しただけだ。嫌なら良いよ。無理強いはしない」

「そ、そう」

 平然と答えたアキラの様子に、ヴィオラはそこまでは予想通りだったと半分安堵あんどする。そして残り半分の確認を続ける。

「その件を取引に持ち出すってことは、アキラは何かあればまだ私を殺す気だったってことよね? それ、どの程度の感覚で、なの?」

「どの程度って言われてもな。まあ、何かあればだよ。具体的にどの程度って決めてた訳じゃない。殺したくなるぐらいの何かだ。あとは、具体的にってことなら、シェリルに頼まれたら殺そうとは思ってたな」

「そ、そう。一応言っておくと、私はシェリルの徒党の運営にも強く関わっているから、私が死ぬとあの徒党は瓦解すると思うんだけど」

「だから?」

 ヴィオラの笑顔が緊張でゆがむ。その短い言葉が脅しであれば対処の仕様もあった。その手の脅し込みの際疾きわどい交渉には慣れており、切り抜ける方法には事欠かなかった。

 だがアキラは単純な疑問として尋ねていた。それは、その話がヴィオラを殺さないことと何の関係があるのか全く分からないということであり、自身を殺せない理由には欠片かけらもならず、交渉材料としてはまるで意味を成さないと明確に示していた。

 そしてアキラは断っても殺さないとは言ったが、それは断ったことを理由に殺さないだけだ。自分が本当に断った時点で、アキラは生かしておく価値は無かったと判断し、この場でそのまま殺すだろう。ヴィオラはそう推測していた。恐らくアキラ本人にその自覚は無いことも含めて、自身の推測は正しいと判断していた。

 ヴィオラは仕方無く、アキラの無自覚な脅しに妥協した。

「……クロエの居場所を突き止めれば良いのね? それで前の件は相殺ってことで良いのね?」

「その辺は情報次第だ。役に立った分だけ相殺するよ。情報の価値ってのはそういうものなんだろう?」

 アキラとしては、金も払わずに手に入れた情報の精度など高が知れているだろうから相殺もその程度の分しかしない、という程度の意味だった。

 だがヴィオラにとっては、役に立たない情報を渡せば殺すという脅しも同然だった。たちの悪い脅しに顔をしかめて大きく息を吐く。そして情報端末を取り出すと独自の情報網から情報を引き出す。

「ヒガラカ住宅街遺跡だった場所にリオンズテイル社の施設があるわ。そこにいる可能性が最も高いはずよ」

「分かった。じゃあ、俺は急ぐからこれで」

 バイクに股がったアキラに、ヴィオラが不満げな顔で尋ねる。

「一応聞くけど、今の情報の相殺分はどの程度?」

「そこにクロエがいることを期待してくれ」

 現時点では微塵みじんも相殺されていないという返事に、ヴィオラの顔が不満と不安で引きったようにゆがんだ。

 そこでキャロルが慌てて口を挟む。

「ちょっとアキラ待って! もう行くの!? 何も説明しないで護衛も終わりなんて、流石さすがに少しぐらい説明して!」

「クロエってやつに襲われたから今から殺しにいく。護衛を止めるのはそっちを優先したいのと、護衛を続けるとキャロルも巻き込まれるからだ。俺の事情で巻き込まれたら護衛の意味が無いだろう?」

「だから何で急にそんなことになってるのよ!?」

「悪い。俺も詳しい事情は知らないんだ。気になるならヴィオラにその調査でも依頼してくれ。俺はどうでも良い。その辺のことはクロエを殺してから、気が向いたら調べるよ。じゃあな」

 アキラはそれだけ言い残してバイクで駆けていった。

 キャロルが非常に険しい顔をヴィオラに向ける。

「ヴィオラ。アキラの状況を探る依頼だけど、至急でお願い」

 ヴィオラは何とか普段の調子を取り戻そうと、揶揄からかうように答える。

「特急料金、かさむわよ?」

 そのヴィオラの様子を見て、キャロルも普段の余裕をえて出した。

「その辺を負けてくれたら、私もヴィオラに死なれたら困るってアキラに言ってあげるわ」

「仕方無いわね。了解よ」

 ババロドは楽しげに悪女の笑みを向け合うキャロル達を見ながら、恐らくその騒ぎに巻き込まれるであろう自身の境遇を嘆いた。

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