第238話 上空領域のモンスター

 アキラが再び屋根で警備を続けていると、ヒカルから連絡が入る。

「アキラ。司令部から、進行方向の先で落下物を確認したって連絡があったわ。一応注意して」

「了解。……この辺って、そういうのが落ちる所なのか? 危ないな」

 東部の空には遺跡やモンスターなどが飛んでおり、それらがたまにいろいろな物を落とす。それらが貴重な遺物の場合もある。それでも地上の者にとっては非常に危ないので、基本的に落下物の多い地帯は輸送車両の移動ルートから外す。ヒカルもそれぐらいは知っているので少し不思議に思ったが、余り気にしなかった。

「そういう場所は普通は通らないんだけど、前のルートは巨虫類ジャイアントバグズの巣が出来た所為せいで使えなくなったとか言ってたから、そんな場所を突っ切るよりは落下物の方がましだと思って、移動ルートを変えたのかもね」

「そうか」

 ヒカルの態度から緊急性は感じられない。それでアキラも特に気にしなかった。

 だがアルファは態度を変えた。普段の微笑ほほえみを消し、巨虫類ジャイアントバグズの群れの時より強い警戒を示す。

『アキラ。警戒して』

『……了解。アルファ。そんなにヤバいのか?』

『多分ね』

 情報収集機器に反応が表れる。反射的にその方向に視線を向けると、白い大型人型兵器が分厚い雲を突き破って落下していた。

 機体がそのまま車両から少し離れた地面に激突する。何とか激突の衝撃を抑えようと、背中側の推進装置を地面の方に向けていたことで、周囲の細かな瓦礫がれきなどが派手に吹き飛ばされていた。

 アキラが機体に銃を向ける。アルファの警戒の理由はあの機体だと思い、それならば敵であると認識し、両手のLEO複合銃を介して、装填しているC弾チャージバレットに大量のエネルギーを投入する。過剰だったら次からは減らせば良いと、まずは一撃での撃破を優先して、威力を限界まで引き上げる。

 そのめ時間が終わる前に、銃弾が撃ち出されるよりも早く、別のものが白い機体を襲う。雲を突き破って現れた円盤形の黒の攻撃機が、地上の白の大型機に一直線に飛び掛かる。白い機体は黒い円盤を撃ち落とそうと弾幕を放ったが、その接近を押しとどめることは出来ず、直撃を食らってそのまま破壊された。

 目標を破壊した黒の円盤がすぐさま次の攻撃目標に、一番近い他の白い機体へ高速で飛んでいく。輸送車両の周囲には、白い機体達が次々に降下していた。着地に失敗して荒野に転倒している機体もあれば、車両と並走する機体も、屋根に登っている機体もいる。そして黒い円盤と交戦を始めていた。

 突然の事態に付いていけず半ば唖然あぜんとしているアキラの前で、状況に更なる変化が現れる。余り明るいとは言えない曇りの光量が、日陰のように更に薄暗くなる。アキラが思わず顔を上げると、視界の先に天井が生まれていた。その天井の開口部からは黒い円盤が次々と射出されていた。

 アキラが天井の正体を推測し、誰かに否定して欲しそうにつぶやく。

「……まさか、モンスター、なのか?」

『上空領域のモンスターが降りてきたのよ。アキラ。気合いを入れなさい。追い払うわよ』

 アキラは聞きたくない言葉を聞いて我に返った。だが動揺は強く残っており、思わず顔をアルファの方へ向ける。普段は不審者とならないように気を付けているのだが、それを完全に忘れた動きだった。

『待てって。あれは流石さすがに、気合いでどうこう出来る相手じゃないだろう』

 見上げるモンスターの大きさは、その一台一台が十分巨大な都市間輸送車両で構成された車列の長さを超えていた。その巨体から生み出された影が車列を完全に覆っている。

 険しさよりも驚きを強く出しているアキラに向けて、アルファが軽く笑う。

『大丈夫よ。直接相手をするのは、あっちの方ではないわ』

 アルファの笑顔で幾分落ち着きを取り戻したアキラに、警備側からの指示が飛ぶ。

「全警備員に告ぐ! 周辺に出現した人型兵器を、全力をもって全て破壊しろ! 最低でも車列から引き剥がせ! 上空領域のモンスターが地上まで降りてきた要因を速やかに排除しろ!」

『そういうことよ。アキラ。始めるわ』

 バイクがアルファの操縦で動き出す。アキラもそれで余計な疑問や迷いを脇に置き、意識を再度戦闘に切り替えた。車両の屋根をバイクで高速で駆けながら両手の銃の照準を白い機体に合わせる。同時にバイクの汎用アームに装着している銃も動かして、同じ目標を狙う。

 ゆっくりと流れる世界の中で、アキラの実力とアルファの演算能力により、4ちょうのLEO複合銃の照準が唯一点に合わされる。そして既に限界まで威力を高めていたC弾チャージバレットが銃口から一斉に撃ち出された。

 その環境下で物理的に許す限りの極めて精密な狙撃により、無数の銃弾が目標の一点に同時に着弾する。その相乗効果によって膨れ上がった衝撃が、頑強な人型兵器の片足を吹き飛ばした。

『お? 意外にもろいのか?』

『既に上空領域のモンスターと交戦していた影響でしょうね。破損状態もエネルギー残量も、完全な状態からはほど遠いのよ』

『そういうことか。それなら、何とかなるか?』

 片足の機体がアキラに巨大な銃を向ける。だが片足、強風、エネルギー残量低下状態での姿勢制御は難しく、機体の自動平衡維持装置オートバランサーにも限界がある。加えてアキラ側からの牽制けんせい射撃もあり、照準が大幅に狂う。銃口から撃ち放たれた指向性エネルギー弾、所謂いわゆるレーザー砲はアキラの横の大気を焦がすだけに終わった。

 そのすきにアキラは走行路を車両の屋根から側面に切り替える。屋根からタイヤが離れた直後に力場装甲フォースフィールドアーマーで一時的なレールを作り出し、それを滑らかな接地面にすることで、走行路を切り替えた時にも速度を殺さずに走行する。そのまま輸送車両を遮蔽物にして敵の射線を塞ぎながら距離を詰めていく。

『アキラ。次は刀を使うわ。今のうちに使い心地を試しておきましょう』

 アキラが怪訝けげんな顔で尋ねる。

『良いけど、今試すのか?』

 アルファが楽しげに笑って聞き返す。

『敵が遠距離にいる時に、態々わざわざ近付いて試したいの?』

 アキラは苦笑を返した。そして右手の銃を仕舞しまうと刀のつかに持ち替える。つかに刃は付いていない。

 そのつかの下部分をバイクの接続端子部につなげてから引き延ばす。バイクからコードが伸びてつかと有線で接続された。次につかの上部分を後ろに向けて、バイクの汎用アームに装着している箱状の装置の接続部に差し込む。そして勢い良く引き抜いた。するとつかから液体金属の刃が伸びていた。

 箱状の装置は液体金属の保管庫であり、刃の生成機だ。薄く強靭きょうじんな液体金属の刃は非常に切れ味が良く、対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー効果まで備わっている。しかし刃の形状と切れ味の維持に大量のエネルギーを消費する。その所為せいで基本的に近接武器なのに車両用で使用される大容量のエネルギーパックと接続した状態でなければ使用できないという、少々本末転倒な設計思想の武器だ。使いこなせば高性能ではあるが、それを使いこなすぐらいならば、普通は他の武器を選択するキワモノだ。

 アキラがそれを分かった上で購入したのは、アルファの勧めという部分が大きい。そしてブレード類を手に入れてもすぐに何度も壊しているので、どうせ壊れるのならばと、刃部分が使い捨ての、つまり消滅前提の製品に興味を持ったからだ。

 身の丈を軽く超える長さに伸ばした刀身を横に構えながら、アキラが車両側面をバイクで駆け上がる。そして側面部から屋根側へ続く筒状の走行路の中を駆け抜けるように、バイクの両輪で生成した力場装甲フォースフィールドアーマー製のレールの上をひねるように回転しながら走り抜けることで、速度を殺さずに一気に屋根に上がり、そこにいる白い大型機体に接近した。

 通常のバイクとも飛行バイクとも大分異なる奇抜な軌道、挙動での素早い接近に、白い機体の反応が遅れる。そのすきにアキラは機体のそばを駆け抜けながら刃を振る。その刃はアルファの厳密な制御によって振るわれた瞬間のみ切れ味を限界まで高められていた。

 青白く発光する刃が刀身の液体金属を蒸発させながら機体の脚部を通過する。一瞬遅れて刀身が完全に消滅し、機体の脚部が切り離された。刀身を初めから一振り限りの消耗品とした前提で生み出されたすさまじい切れ味だった。

『アキラ。次はAF対物砲よ』

 背のAF対物砲がアルファの操作で勝手に起動してアキラの前に現れる。アキラはそれを素早く握って構えると、照準を白い機体の胴体部分に合わせて引き金を引いた。

 至近距離からのAF対物砲による銃撃だったが、それでも機体の破壊には至らなかった。だがその一撃で強く押され続け、白い機体が輸送車両の屋根から荒野へ一気に吹き飛ばされた。

『今ので倒せないのか!?』

 驚くアキラに向けて、アルファが笑って補足を入れる。

『目標の破壊よりも車両から引き剥がすことを優先して、効果範囲を大分広げて撃ったからね。当然よ』

『何でそんな真似まねを?』

『上空領域のモンスターが目標の撃破判定を出すのに、目標をどこまで破壊すれば良いのか分からないからよ。だからとどめは任せてしまいましょう』

 脚部を失った状態で荒野に吹き飛ばされた白い機体が、胴体部の推進装置で車両に戻ろうとする。だがその前に黒い円盤に殺到され、ばらばらに切断されて荒野に飛び散った。その光景を見てアキラも納得する。

『確かに、こっちで一々あそこまで破壊するのは面倒だな』

『付け加えると先に目標の脚を切り離したのは、そうしないと脚部の接地維持機能の所為せいで車両から引き剥がすのが難しいからよ。さあ、急ぎましょう。急がないと、巻き添えになった車両が先に破壊されるわ』

 アルファの操縦でバイクがその場から勢い良く離れる。その直後、次の攻撃目標に殺到する黒い円盤が屋根を切り裂きながらその場を駆け抜けていった。屋根に残った深い傷跡を見て、アキラが思わず顔を引きらせる。

『車両や俺達もモンスターの攻撃目標になってるんじゃないのか?』

『いいえ。攻撃パターンから判断して、モンスターの攻撃目標はあの白い機体達だけよ』

『その割にはあの黒い円盤の所為せいで輸送車両もひどい有様だし、さっきも逃げないと俺は死んでたよな?』

『アキラ。モンスターが目標以外の存在を巻き添えにしないように、態々わざわざ気遣ってくれると本当に思っているの?』

『御もっとも』

 アキラが次の目標に急ぐ。両手の装備をLEO複合銃に戻して屋根の上をバイクで駆けていく。屋根の表面は黒い円盤が通った跡でひどい有様だが、そこをアルファの運転技術と空中を走行可能なバイクの機能を駆使して加速していく。

『それで、あの白い人型兵器の連中を何とかすれば、上のモンスター、あの多分機械系の馬鹿デカいやつは本当に何とかなるんだな?』

『恐らくあの防衛型は領空内で白い人型兵器の攻撃を受けたから、それを迎撃しているだけだと思うわ。だからそれらを破壊し終えたら帰るはずよ。多分ね』

『多分!? 多分なのか!?』

 軽く慌てながら疑念を示すアキラに対し、アルファが少し真面目な顔を返す。

『私も相手の明確なロジックを知っている訳ではないの。絶対の保証は無理よ。帰還の判断をするのは向こうであって、私ではないからね。白い機体を排除し終えたら、帰ってくれる可能性が高い。それ以上の保証は出来ないわ』

『そうか。それならこっちは出来ることをやるしかないか』

 アキラが気合いを入れ直して表情を引き締める。アルファがその様子に満足しながら、少し付け足す。

『所詮は間接的な行動しか出来ないことが不満なら、このバイクで上のモンスターの所まで上がっていって、円盤状の攻撃端末機の排出口から内部に侵入して、内側からの攻撃で撃破を目指すという選択肢もあるけれど、生還は絶望的よ? そっちの方が良い?』

『嫌だ!』

 アキラが本当に嫌そうに答えて、その分だけ白い大型機排除の意欲を上げた。アルファは満足した。

 次の目標に向けて、敵の弾幕をくぐりながらバイクを加速させる。そして4ちょうのLEO複合銃による一斉射撃で、今度は大型機の腕を破壊する。大型機用の巨大な銃器を構えるのも困難になった相手のすきに乗じて、更に接近しながら再び液体金属の刃を生成する。そのまま更に加速し、先ほどより倍以上長い刃を両手で上段に構え、相手の股下を通り抜けながら一気に振り下ろした。

 発光する巨大な刃が斬りつける一瞬だけ刀身を崩壊させながら更に伸びて、敵機体を一刀両断する。アキラがその場を駆け抜けた後、左右に分かれた機体が屋根の上に転がった。

『アルファ。さっきのやつは脚からじゃなくて良かったのか?』

『脚の体勢の崩れ具合から、接地機能に振り分けるエネルギー残量が低下していると判断したわ。そこから……』

『あ、うん。ちょっと気になっただけだから、詳しい話はやっぱりいい』

『そう?』

 両断された機体に黒い円盤が殺到し、高速回転する刃で念入りに分解していく。その光景を見たアキラが怪訝けげんな顔を浮かべる。

『両断程度じゃ撃破判定にならないのか? 随分念入りだな』

『破損状態よりも、自機側の攻撃による損傷を重視しているのかもね』

『自分でとどめを刺さないと満足できないタイプってことか?』

『その辺の判断基準には製造元の特色が出るものよ』

 戦闘への集中を維持しながらも、それで疲れ切るのを防ぐために雑談を交えて、アキラは無意識に、アルファは意識的に、緊張と弛緩しかんの配分を調整して戦闘続行時間を延ばしていく。

 その最中、アキラがいる車両とは別の車両の屋根にいた大型機に天井から光線が降り注いだ。白い機体が体積を6割ほど消滅させて一撃で大破する。巻き添えになった車両に大穴がく。光線は強固な力場装甲フォースフィールドアーマーで守られていた車体の屋根を貫通し、内部にも多大な被害を出していた。

 アキラが顔を引きらせて思わず頭上を見上げる。その視線の先には球形の浮遊砲台が天井のそばを浮かんでいた。

『……本当に、急いだ方が良さそうだ。取りえず、さっきみたいに白い機体を下から攻撃するのはもうめよう。巻き添えになって一緒に蒸発するのはごめんだ』

『そうしましょうか』

 アキラは両手の武器を再びLEO複合銃に戻した。


 輸送車両の司令室では怒号のような状況報告と指示が飛び交っていた。

「4号車大破! 自走不能状態です!」

「貨物用のアームで牽引けんいんして、乗員と物資の避難を急がせろ! 作業完了後、状況によっては4号車は捨てる! 全車両の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を最大まで引き上げろ! それによる車両速度低下と装甲維持時間の減少は忘れて良い! 車両の速度では連中を引き剥がせない! 装甲も、今たないと意味がない! 車両のエネルギー残量は、今を切り抜けることに全部ぎ込め!」

「6号砲台大破! 8号と9号も損傷増加!」

「全ての砲台は照準システムに影響が出た時点で使用を中止しろ! 絶対に上に撃つな! 上のデカブツに邪魔だと認識された時点で、車両ごと吹き飛ばされるぞ! 貨物の人型兵器の起動コードの方はどうなってる!」

「要請してますが、まだです!」

 指揮官の男が顔をゆがませる。

「クソッ。どっちだ? 認証コードの生成からやってるから時間が掛かっているだけか、この期に及んで出し渋ってるのか……。とにかく急がせろ!」

 貨物部には多数の人型兵器が積み込まれている。だがそのほとんどが商品であり、警備側の権限では動かせない。投入すれば事態の速やかな解決に確実に役立つ物が、雑多な手続きの所為せいで使用できないことに、男は苛立いらだちを隠せないでいた。

 その貨物部に、シロウ達が立っていた。付き添いのハーマーズが軽く頭を抱えている。

「シロウ。本当にやるのか? 幾ら緊急事態とはいえ、略奪手前の所業なんだがな」

 シロウは調子良く笑っている。

「仕方無いだろう? 緊急事態なんだから」

「緊急事態を理由に全てを許してしまえば、秩序が根底から崩壊する。緊急事態だからこそ、略奪などしない秩序が必要なんだ」

 その小言に、シロウは意味有り気な苦笑を返した。ハーマーズの苛立いらだちが高まる。

「何だ?」

「いや、永遠の緊急事態が続く東部で、そんな言動もどうかなと思ってさ。遺跡の物資を勝手に持ち去っているのも、統企連としては緊急事態を理由にしてるんだよな。その所為せいで統治系管理人格からの心象は最悪なんだろう?」

「こんな時に体制批判か?」

「いやいや、とんでもない。俺もモンスターだらけの東部で生き抜くためには、それぐらい必要だと思うよ? 仕方無いって。で、それに比べれば、一応は坂下重工配下の商品をちょちょっといじるぐらい、大したことじゃないと思うなーって、そんだけだよ。後で社内でその辺の調整を頑張ってもらうだけで良いんだからな」

 ハーマーズがまため息を吐く。詭弁きべんだと分かっているが、状況の緊急性を考えれば、理解も出来てしまうからだ。

「あ、一応言っておくけど、あんたが今から外に飛び出して、外の連中を蹴散らしてくれるって言うのなら、俺もこんな真似まねはしないよ?」

「……分かった。やれ」

「オッケー。許可は取ったぞー?」

 シロウは楽しげに笑うと、自身の力を存分に発揮した。

 僅かな間は、何も起こらない。少なくとも素人目には何の変化もない。だが周辺の情報セキュリティシステムに対しては多大な変化が起こっていた。そしてその結果がついに視認できる形で現れる。

 格納庫内の商品、厳重な認証処理を行わないと起動しないはずの人型兵器が次々に起動し始めた。各自の武装を収めた近くの格納容器も勝手に開き始める。人型兵器達はそれらで武装を終えると、車外に出る扉の前に進んでいく。そして警備側の許可がない限り開かない扉が開き始めた。

 貨物部の異常を察知した司令室がどよめく。指揮官の男がその対応指示を出す前に、ハーマーズから通信が入る。

「坂下重工警備部所属のハーマーズだ。貨物部の異常はこちらで対応する。御理解を」

 指揮官の男は状況をある程度察すると、軽く頭を抱えて顔をしかめながらも、文句は飲み込んだ。

「……いや、この非常時だ。協力なら感謝する」

「すまんね。細々とした苦情は、後でそちらの上から坂下の方へ出すように頼む。そっちから俺てに個人的に苦情を言われても、こっちも対応できないんでね。では」

 ハーマーズとの通信が切れる。シロウ達の所業は輸送車両の警備条項に山ほど触れているが、指揮官の男は坂下重工の仕業という名目で全ての責任を上に押し付けると決めて、現場としては柔軟に対処すると決めた。

 ハーマーズは指揮官の男にお互い所属と規律に縛られる者として同情と申し訳なさを感じながら、それらの規律等に悪い意味での柔軟な対処に抵抗感のない者へ視線を向けた。そしてその柔軟な対応を許される能力を再度目の当たりにして複雑な思いを浮かべる。

(……相変わらず良い腕だ。最前線にも出荷される人型兵器の認証機能も、こいつにとっては無いも同然か)

 シロウは坂下重工所属の旧領域接続者だ。坂下重工から高度な専門の訓練を受けており、各種工作を含んだ情報処理に極めてけていた。

 東部の情報セキュリティの安全性は、その基幹技術に旧世界の技術を現在の技術では突破不能として不明な点が多い状態で使用している部分も多く、旧領域に接続可能な者であれば十分に低い安全性しかたもてない部分も多々存在する。その環境下にいて、安全性を旧領域に依存する認証は現在の基準では極めて強固な認証であっても、旧領域に普通に接続可能な者にとっては、認証機能とはとても呼べない素通りに近いものの場合も多かった。

 その上でシロウは坂下重工が各地の遺跡から収集した情報を基に情報セキュリティ訓練を積んでいた。本来ならば坂下重工の専用施設から一歩も出したくない重要人物だ。今回の外出は特例だった。

 ハーマーズが無人機として出撃していく人型兵器に視線を移す。

「……初期状態の自動戦闘システムじゃ、新兵未満の働きしか出来ないんじゃないか?」

「そこは搭乗者がど素人同然だったとしても、機体の性能に物を言わせて頑張ってもらうってことで。まあ、こいつらも、案山子かかし未満の状態で車両ごとぶっ壊されて、活躍の場もなく鉄屑てつくずになるよりは、派手に散った方が本望さ。そう思わない?」

「知らんな。部屋に戻るぞ」

「へーい」

 シロウ達が部屋に戻っていく。帰り際、シロウは飛び出していく機体の方をちらっと見て、この備えが役に立つことを願った。


 車列の周辺は大混戦に陥っていた。輸送車両の屋根の砲台がネスト級の巨虫類ジャイアントバグズすら撃退する威力で白い大型機を撃破する。その砲台が黒い円盤機に通行の邪魔という程度の感覚で破壊される。ハンター達が大型機を撃破しようと奮闘し、大型機が応戦する。天井からは定期的に光線が降り注ぎ、大型機を破壊し、輸送車両に被害を与えていく。

 そこにシロウが起動させた大量の無人機が加わる。無人機は車両と頭上とハンター達を攻撃しない程度の判断はしているが、白い機体と黒い円盤機の攻撃の区別までは出来ず、どちらにも攻撃を加えている。黒い円盤機も無人機を邪魔と見做みなして攻撃する。

 車列の周囲には砲火と弾幕が荒れ狂い、その銃撃音と砲撃音が響き続けている。そして、そこまで騒げば当然周辺のモンスターも呼び寄せる。車列の移動ルートを急遽きゅうきょ変更した所為せいで事前の間引きも不十分であり、騒ぎの規模も飛び切りの所為せいで、群れで大量に集まってくる。

 それでも本来の警備体制ならば、追加のモンスターの群れは問題なく撃退できる程度の規模だ。だがいろいろとそれどころではない状況に加えて、車両のエネルギーの大部分を車体の力場装甲フォースフィールドアーマーに回している所為せいで車両の速度は大分遅くなっている。それにより、通常なら車両の速度で振り切れるモンスターも車列に近付いていた。

 弾幕をくぐって車両に近付いた巨狼が黒い円盤機に首を落とされる。オクパロスの群れが車列とその上に浮かぶ天井を砲撃して、天井近くを飛ぶ球形の浮遊砲台から放たれた光線にぎ払われる。比較的小型のモンスターが地上から車体に登ろうとして、屋根などにいるハンター達や無人機達に撃ち落とされる。

 それらの激しい乱戦の中、今のところ輸送車両は力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を限界まで上げたおかげで十分な防御を保っており、白い大型機撃墜のための時間稼ぎに成功していた。しかしその影響で力場装甲フォースフィールドアーマーが情報遮断体としての性質を持つようになり、車外と車内の通信などに悪影響が出ていた。司令室はそれに気付いていたが、車体の保護を優先して出力を維持し続けていた。

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