第237話 複数の誤解

 部屋に戻ったアキラは明日に備えて体調を万全にするために早めの就寝を取った。

 ヒカルもそれに合わせて早めに床に就く。昨日ほどの疲れは無いが、アキラに合わせて早起きしたので眠気の訪れは早い。そのまま睡魔を受け入れる。

(……あと1日。昨日の襲撃を考慮して、輸送車両の警備を大幅に強化したって話だし、行きとは逆に西側に向かうんだからモンスターも弱くなっていく。運が良ければアキラの出番無しで終わるわ……。あと1日……頑張りましょう……)

 アキラ達が眠りに就く中、出発準備を終えた輸送車両はクガマヤマ都市に向けて発車した。

 翌朝、アキラは日出ひのでを見ようと再び屋根に上がっていた。ヒカルは前回と同じようにアキラに抱き付いている。風よけのためにバイクの展開式力場装甲フォースフィールドアーマー機能を使用してはどうだろうか、というアキラの提案は、それでどうやって屋根まで上がるのか、というヒカルの問いに対して、輸送車両の側面をバイクで駆け上がる、と答えたために却下された。それにより、アキラ達は今回も傍目はためからは恋人同士のように抱き締め合っていた。

 ヒカルは前回よりは屋根の上の環境に大分慣れて結構平気になっていた。だが異性と抱き合う方への慣れはそこまでではなく、気恥ずかしさを覚えていた。もうすぐ終わる、と思いながら太陽が地平から離れていく光景を眺めている。

 その途中、それを邪魔する者が現れる。アキラ達と同じように屋根に上がっていた者が近付いてきたのだ。それは少年と付き添いの男で、昨日貨物部でヒカル達を見ていたシロウ達だった。

 シロウはカジュアルな服を着ており、ハーマーズは背広を着ている。どちらもこの環境に適したものとは思えない服装だ。だが屋根の上の強風に平気で耐えており、普通の服を装った強化服の着用者か、同等の身体能力の持ち主だと分かる。

 ヒカルがシロウに気が付くと、シロウは気安い様子で軽く手を挙げて、そのままそばまでやって来た。

「よう。そっちも日出ひので観賞?」

「……そうですけど、何か御用ですか?」

 め事防止のためにアキラを他者と関わらせたくないヒカルの思惑が、少々強めな素っ気無い態度となって表に出ていた。だがシロウは全くたじろがない。

「いや、俺も日出ひので観賞でさ、こんなところで同じ趣味のやつを見掛けたから、声ぐらい掛けておこうと思ったんだ。やっぱりじかに見ないと駄目だよな。情報量が違うよ。情報量が。あんたもそう思うだろう?」

 シロウはそう言ってアキラに視線を向けた。アキラが少し考えてから答える。

「すまないが、仕事中の私語は厳禁だと指示されている」

 自分の意を酌んでくれたアキラに、ヒカルが少しうれしそうな様子を見せる。それに対してシロウが僅かに意外そうな顔を浮かべると、ハーマーズが割り込んでくる。

「ほら、邪魔だってさ。シロウ。もう良いだろう。戻るぞ。相手の仕事の邪魔をするな」

 シロウが少しあきれたような様子を見せる。

「全く、どいつもこいつも。こいつ、日出ひのでなんか部屋のモニターで見れば良いだろうとか言うんだぜ? 分かってないよな?」

 シロウがヒカルに視線を向けて同意を求める。ヒカルとしてはハーマーズの意見に同意したかったが、アキラの手前そうもいかず、シロウの方に合わせる。

「そうですね。味気ないですよね」

「だろう? だよな!」

 シロウは少し満足げに笑った後、素人を小馬鹿にするような視線をハーマーズに向けた。ハーマーズの苛立いらだちが高まる。

「お前、い加減にしろよ? 帰るぞ! 第一、お前に本当にそれが分かっているのなら、それを堪能している恋人の間に割り込んで邪魔するな! 空気読めねえのが美徳だとでも思ってるのか?」

「おっと、デート中だった?」

 シロウが半分冷やかしの含んだ視線をヒカルに向ける。ヒカルも、そう勘違いしてくれれば帰ってくれるのならと、否定しない。加えてそう指摘されたことで少し意識してしまい、顔を少し赤くしていた。なお、アキラに変化はなかった。

 シロウが軽く肩をすくめる。

「へいへい。仕事を名目にデートをしているところに割り込んですみませんでした。帰りますよ。帰れば良いんだろう。帰れば。じゃあな」

 シロウは笑ってヒカル達に軽く手を振って帰っていき、ハーマーズもめ息を吐いて後に続いた。

 アキラが僅かに怪訝けげんそうな顔を浮かべる。

「何だったんだ、あれ」

「うーん。日出ひのでを見に、態々わざわざ屋根まで上がってくる気合いの入った観光客?」

「観光客か。情報量が違うとか言ってたし、観光のために荒野に出るやつにとっては違うってことなのかな」

 アキラは軽い納得を示したが、それだけのことだった。逆にヒカルは恐らく顔を僅かに赤くしているであろう自身の状態を自覚していた。平静を保とうとしながら催促する。

「……あ、その、私もそろそろ帰りたいんだけど」

「ああ、帰るか」

 日出ひのではとっくに終わっている。アキラ達も続いて帰っていった。


 先に車内に戻ったシロウは、贅沢ぜいたくな軟禁室でもある自室への道すがら、ハーマーズの苦情を軽く聞き流し受け流しつつ、先ほどのことへの思考を続けていた。

(格納庫での微弱な反応は、勘違いじゃなかった。同類の可能性を考えて接近してみたが、あれだけ密着していると判別できない。どっちだ? 流石さすがに両方ってことはないだろう。男の方か? 女の方か? 女の我がままで屋根に出て、男が護衛として付いていった。有り得るな。逆に男の我がままで、女が付いていった……ないな。男の方の実力はかなり高そうだが、女の方は素人だ。勿論もちろん、そう偽装している恐れもあるが、そっちはほぼ無いはず。恐らく反応は女の方だ……)

 豪華で堅牢けんろうな自室に入り、ハーマーズと別れてからも推測を続ける。

(そもそも、あの反応は本物か? 俺のダミーだとしたら? なぜクガマヤマ都市職員の制服を着ている? どうして屋上にいた? ……ヤナギサワってやつは、相当切れるらしい。クズスハラ街遺跡の統治系管理人格との取引を成功させているんだ。旧世界製の品を使えば、ダミーの反応ぐらい用意できても不思議は無い。都市職員の制服を着せた人間を輸送車両に送り込み、屋上に先回りさせた。……何のために? 俺の行動パターンを読んでいると、暗に伝えるため、か……? 逃げようとしても無駄だと教えるために……)

 朝食を取りながら顔を無意識に険しくして、思わず食事の手を止める。そして我に返って首を横に振る。

(……考えすぎだ。全て偶然の可能性もある。ダミーだとしても、そこまでの意図はないはず。あいつらは、俺への襲撃を警戒したおとり要員。そう判断するのが普通だ。……最悪の予想をするのは良い。最悪に備える心構えは必要だ。だがそれで萎縮するな。それで絶好の機会を逃したら何の意味もない)

 食事を再開し、食べ終える。高級品だが、特に感動は無い。もう慣れてしまっている。部屋の内装も豪勢で、優遇されていると知っている。自由もそれなりにある。十分恵まれた待遇だと理解もしている。

 だがシロウには、その全てを捨ててでも、やり遂げたいことがあった。

「……待っててくれ。俺が何とかしてみせる。頼むよ」

 シロウは真剣な表情でそうつぶやき、それを実現するために、坂下重工の施設の外にいるというこの絶好の機会を逃すまいと、覚悟を決めていた。


 アキラ達を乗せた都市間輸送車両であるギガンテス3は、行きとは移動ルートを大幅に変更して荒野を進んでいた。

 移動要塞、又は陸上戦艦と呼んでも差し支え無い巨大な車体では、ちょっとした瓦礫がれきの山を吹き飛ばす推進力をもってしても、空でも飛ばない限り通行可能な場所は限定される。そこに都市間移動用としての条件を加えれば、移動ルートは更に狭まる。更に安全面などを考慮し、最終的に決定した4ルートがギガンテス3の予備ルートも含めた当初のルートとなっていた。

 だが最も安全だったAルート、及びその近場を通るBルートは、ネスト級の巨虫類ジャイアントバグズの影響で現在使用不可能だ。これにより部外者が知り得るギガンテス3の移動ルートは、4択から2択に変更された。

 それが何らかの事態で1択になると、安全上の懸念から輸送そのものが中止になる。少なくともその公算が大きくなる。それは都市間輸送に関わる者ならば、当たり前の知識だった。


 警備の受け持ち時間が近付いてきたアキラは、ヒカルと一緒にバイクをめている格納庫へ移動した。そして準備を済ませてバイクにまたがったまま開始時刻を待つ。

「ヒカル。そろそろじゃないか?」

「あ、うん」

 ヒカルが若干戸惑いながら輸送車両の警備側に連絡して格納庫の扉を開けてもらう。本来は飛行可能な人型兵器などが移動中の車両から出撃するための機能だ。

「アキラ。その、大丈夫なのよね?」

 開いた扉からは高速で流れ続ける荒野の景色が見える。落ちれば死ぬ光景だ。アキラのバイクが、タイヤそのものが存在しない完全な飛行バイクなら、ヒカルも不安は覚えない。だがアキラが乗っているバイクには、両輪がしっかりと付いている。搭載されている機能を知らない者が見れば、自殺にしか思えない。

 アキラも大丈夫だと思っている。だが不安そうな顔で念押しされると、確認を取りたくなってくる。

『アルファ。大丈夫だよな?』

『大丈夫よ。安心しなさい』

 アルファはいつものように笑って答えた。それでアキラも安心する。

「大丈夫だ。行ってくる」

「頑張ってね。また見てるから」

 ヒカルに見送られながら、アキラがバイクを発進させる。格納庫内を加速しながら進み、開いた扉からそのまま外へ飛び出した。そして地上で鋭角で曲がるように、空中でバイクを大きく傾ける。同時に両輪の力場装甲フォースフィールドアーマー機能を起動して空中に見えない接地面を作り出す。勢い良く回転するタイヤと力場装甲フォースフィールドアーマーが接触し、その衝撃変換光が空中にブレーキ痕のような光の線を残す。

 アキラはその線が描き出す存在しない面の上でバイクをドリフトさせて、移動方向を輸送車両の側面方向に強引に切り替えると、一気に加速した。そのまま空中を走行して車両の側面に着地すると、次は上方向に駆け上がり、勢いのままに端から飛び出て空中に飛び上がる。そして車体の体勢を前傾よりに傾けると、前輪を車両の屋根に付けて前輪だけで前に進み、その後に後輪を屋根に降ろして着地した。

 ヒカルはその一連の動きをアキラから送信されている視覚情報で一緒に見ていた。自分の感覚では最初から最後まで頭がおかしいとしか思えない動きを目の当たりにして、日出ひのでを見た時にバイクを使う案を却下して良かったと、心底安堵あんどした。


 アキラの警備時間が何事も無く過ぎていく。モンスターとの遭遇は地上から走ってきた2体分しかなかった。その内の1体は地面から輸送車両に貼り付こうとして跳躍し、失敗して地面に落ちて車両にかれて粉微塵みじんになった。もう1体は車両側面への貼り付きに成功したが、その直後にアキラに撃ち落とされ、1体目と同じ末路を辿たどった。

 バイクの高度な姿勢制御機能のおかげで、支えもないのに不自然なほどに静止しているバイクにまたがりながら、アキラは暇を持て余していた。

 そのアキラを遠距離から見ている者達がいた。先頭車両に配置されているタツカワ達だ。タツカワは自前の人型兵器に乗り込み、その高性能なカメラで先ほどのアキラの戦闘とも呼べない交戦の様子を見ていた。

「あの部下達の話じゃ相当強いらしいが、あんな様子じゃその強さは見られそうにないな」

 その人型兵器の肩に座っているメルシアが軽く笑う。

「あんまり強そうには見えない?」

「いや、まあ、強いとは思うぞ? 幾ら配置箇所が後方車両とはいえ、普通は部隊で配置される場所を単独で受け持って、しかも余所よその場所を援護する余裕まであるんだ。俺らほどじゃないにしろ、強いんだろう。ただ何というか、昨日のキバヤシの態度に納得するほど強そうには見えないんだよな」

 タツカワはメルシアがヒカルにアキラとの接触を拒まれた後、キバヤシに連絡を取って軽く事情を説明すると、キバヤシの権限でメルシアをアキラに会わせるように頼んでみたのだ。その時の会話を思い出す。

「まあ、俺とお前の仲だ。俺の方から圧力を掛けてやっても良いが、相応の見返りはもらうぞ? 結構デカい貸しだと思ってくれ」

「デカいって、どれぐらいだ?」

「そうだな。お前達の活動拠点を1年ぐらいこっちに移してくれ」

「……ちょっとまて、そこまでデカい借りになるような話か?」

「こっちはこっちで事情があるんだよ。言っておくが、俺とお前の仲だから、こっちも妥協して言ってるんだ。そこらのやつなら鼻で笑って終わりにしてる。まあ、割に合わない話だってのには全面的に同意する。余程の事情でも無い限り、これを受けるのはお勧めしない。それでも構わないって言うのなら、やっても良いぞ。そっちにそれだけの事情があるなんて、俺には想像も付かないけどな」

 タツカワはそのキバヤシとの会話でいろいろと勘ぐっていた。

 別にキバヤシもうそは言っていない。ヒカルとアキラの件は都市間輸送関連の契約に関わっているので、一見下らないことでも外部から横やりを入れるのは相応に大変なのだ。だがキバヤシ個人の事情としては、自分がヒカルに圧力を掛けてしまうと、ヒカルはそれを喜々として受け入れた後に、それを口実に全責任を自分に押し付けてくると、容易に想像できる部分に問題があった。その防止のために、少々大袈裟おおげさに答えていたのだ。

 メルシアもキバヤシの話はタツカワから聞いて知っていた。

「ああ、それ、私も気になったからちょっと調べてみたんだけど、多分あの子、クガマヤマ都市のエージェントよ」

「えっ? そうなのか?」

「その調査資料を送るから、タツカワも自分で判断して」

 タツカワが送られてきた資料を確認する。するとその顔にあきれがにじんでいく。資料にはアキラの経歴が載っていた。

 それ以前の経歴の信頼性など全く無いスラム街の出身で、身分証明書等の無いハンターランク1から開始。そして比較的短期間でランク10に到達すると、精力的にハンター稼業を続ける。特にクズスハラ街遺跡関連の出来事に強く関わり、都市からの依頼を受けてハンターランクを伸ばす。特にハンターランク調整依頼で急激にランクを引き上げており、その際の直接の交渉相手はキバヤシだった。

 加えてスラム街の徒党に深く関与し、都市に対して有害となった大徒党の壊滅にも関わっている。自身が後ろ盾となっている徒党は都市の幹部ともつながっている。その徒党が運営する遺物売却店には、最近話題になっているクズスハラ街遺跡の管理区域から出る品まで流れている。

 それらを知る者がくだんのハンターと都市の関係を考察すれば、邪推するまでもなく容易に辿たどり着く結論だった。

「……真っ黒じゃねえか。怪しすぎて逆に怪しくないレベルだぞ。そいつのオペレーターのヒカルってやつも都市の職員。これ、確定だろう」

「付け加えると、そのハンターを今回の輸送車両の護衛に急遽きゅうきょじ込んだのも、そのヒカルって子らしいわ」

「つまり、2人セットで何らかの作戦中か? ああ、そう考えると、キバヤシの態度にも納得だな」

 タツカワが軽いめ息を吐く。その様子からメルシアが察する。

「もうどうでも良さそうね。興味なくなった?」

「ああ。俺もクガマヤマ都市の出身だからな。あそこからまた活きの良いやつが出たと喜んでたら、実は都市のエージェントだった。萎えた」

「そう? スカウトはめておく?」

「好きにしてくれ。都市のエージェントだと分かった上でチームに取り込むとか、そういう利害判断はお前の領域だろう? 俺は興味ない」

「分かったわ。こっちで考えとく」

「任せた」

 タツカワが操縦席のモニターからアキラを映していたカメラ映像を消して、暇潰し用の映像に切り替える。そこには少々性的な内容のものも含まれていた。メルシアがそれに気付いて文句を言う。

「ちょっと、私がいるのにそういうの見るつもり?」

「良いだろう。暇なんだ。それともこっちに来るか?」

「警備の仕事中なんだけど?」

「俺の勘は当分暇だと言っている」

「そう。じゃあ良いか」

 人型兵器のコックピット部分が開き、メルシアが中に入ると再び閉まっていく。周囲にはタツカワの部下も数名いたが、いつものことだと全く気にしなかった。


 警備を終えたアキラはヒカルに連絡して車両格納庫の扉を開けてもらうと、屋根から車両の側面をバイクで走って格納庫の中に戻った。出迎えたヒカルが軽いあきれを見せている。

「バイクって、そういう乗り物じゃないと思うわ」

「俺もそう思う。でも出来た方が便利だろう?」

「まあ、そうだけど。取りえず、お疲れ様」

 バイクを格納庫に置いて部屋に戻る。その道すがら、ヒカルが少し怪訝けげんな顔で尋ねてくる。

「あのバイクを買ったのは昨日なのに、ろくに試運転もしないでよくあんな真似まねが出来るのね。落ちたら危ないとか思わないの? それとも似たような真似まねを何度もしているから慣れてるの?」

「両方かな? 危ないからって方の話なら、荒野に出ている時点ですごく危ない。だからあんまり気にしない」

「確かにそうだけど……」

「あと、もっと安いバイクでビルの側面とかを走ったことがあるから、あれだけ高級品なら大丈夫だろうとも思った」

「そ、そう。そのバイクはどうしたの? 高級品に乗り換えようと思ったから新しいのを買ったの?」

「前のやつは戦闘中に空中でミサイルを山ほど食らって木っ端微塵みじんになった」

「そ、そう。それなら、新しいのが要るわね」

 なぜそれで生きているのか。そう疑問に思いながらも、ヒカルはもう細かく聞くのはめておいた。

 部屋に戻って休憩を取り、時間になったら再び警備に出る。そして暇を持て余して帰ってくる。それを数度繰り返しても、何事も起こらない。ヒカルもアキラもその状況に満足していた。往路での事態は極めて偶発的かつ不運な出来事であり、巨虫類ジャイアントバグズの群れの襲撃のようなことはもう起こらないと、楽観的に考えていた。

 それはある意味で、気の緩みだった。アキラが警備中に空を見上げて、随分曇ってきたなと、その程度の感想ぐらいしか覚えないほどに。

 もっともその感想以外の気付きや推察を得ていたとしても、それで状況を変えられるほどの運や実力など、アキラは持っていなかった。


 荒野を突き進む輸送車両の上を灰色の分厚い雲が覆っている。東部の雲は色無しの霧の成分を含んでいる場合が多く、降り出すと索敵等に多大な影響をもたらす。天気予報は曇りで降水確率も低い。この環境であればモンスターの群れが遠方から迫ってきたとしても、車両の強力な索敵機器でいち早く探知できる。ただし、それは横方向、雲の下に限る。

 分厚い雲の上、快晴であれば輸送車両に確実に探知される高度の空を、数十機の白い大型人型兵器が飛行していた。機体には程度の差はあれど交戦の痕がある。全ての装備を四肢ごと失い、胴体部の推進装置での飛行しか出来ない機体もいる。

 その一機を大直径の光線が貫いた。大型機にその体積を1割ほど消滅させる大穴がく。機体の防護機能を一方的に無視したかのような高威力の一撃は、ネスト級の巨虫類ジャイアントバグズとの戦闘に耐えうる機体を一撃で大破させた。白い機体が部位ごとに砕けながら落下し、雲海に飲まれて消えていく。

 別の大型機に円盤状の攻撃端末機が直撃する。その直径が大型機の半分ほどもある巨大な円盤だ。高速回転する円盤外周部の刃で相手の装甲を切り裂き続け、接触部から金属を切り裂く派手な火花を飛び散らせる。その勢いのまま目標に深く入り込んでいき、そのまま大型機を両断した。両断された機体が左右に分かれて雲海に落下する。

 他の大型機が味方機に取り付いた無数の黒い円盤を味方機ごと攻撃して撃破していく。それらの円盤の撃破と引き換えに、更に数機の大型機が撃墜されて落下していった。

 味方の損害。稼いだ距離と時間。それらを材料に判断が下る。白い大型機達が一斉に雲海へ高速で降下していく。そして、その大型機達を襲っていた存在、光線と黒の攻撃端末機の射出元も、白い機体達を追ってその後に続いた。

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