第200話 偶然と推察とその結果

 アキラが家の風呂に入って本日の疲れを取っている。

「……今日もいろいろあったな。あれだけ苦労したんだ。収支は流石さすがに黒字だと思いたい。……大丈夫だよな?」

 同意を求める視線を送ってきたアキラに、一緒に風呂に入っているアルファが不安をあおるような微笑ほほえみを返す。

『どうかしらね』

「そこは大丈夫だって言ってくれよ」

『レイナ達の行動の保証まで私に求められても困るわ。それに、破壊した自動人形も含めて、手に入れた遺物の売却をレイナ達に任せたのはアキラでしょう? その辺を面倒臭がったのだから仕方ないわ』

「いや、壊れた自動人形をカツラギの所に持って行くわけにもいかないだろう。流石さすがにカツラギも買い取らない気がする。それに売却の伝を元々持っているレイナ達の方が高く売れそうだと思ったんだよ」

『別にアキラを責めているわけではないわ。大丈夫だと私に聞かれても困る。それだけよ』

「分かってるけどさ」

 アキラは軽くめ息を吐いた後、気を切り替えたように少し表情を引き締めて、自分に言い聞かせるように続ける。

「大丈夫。大丈夫だ。シオリも何かあったら立て替えるとか言ってたんだ。つまり高値で売れると思っていたはずだ。赤字にはならない。大丈夫だ」

『まあ、最悪の場合は、新調した装備でレイナ達に文句を言いに行きましょう』

「そうだな。……装備か」

 一度は気を切り替えたアキラが再び微妙な表情を浮かべる。

『どうかしたの?』

「……いや、何でもない」

 また装備をいろいろ失ったアキラは、先に手持ちの予算で買える分だけシズカの店で装備調達することにした。まずは銃を優先して、改造部品組み込み済みのSSB複合銃を新たに3ちょう注文したのだが、その時のシズカの顔がアキラの脳裏に残っていた。

 何か聞かれたら開き直ろう。アキラはそう思っていたのだが、シズカは何も聞かずに注文を受けた。しかし軽い驚きやあきれに加えて、優しさや達観すら感じられる何とも言えない微笑ほほえみを浮かべていた。

 もう壊したのか。それぐらいは言われるだろうと思っていたのだが、全く触れずに別の軽い雑談を振ってきたシズカに、アキラは妙な緊張感を覚えていた。

「……何も言われなかったんだ。あれは大丈夫だったはずだ。うん」

『店の主商品の価格帯から外れている苦労して仕入れた高額商品を次々に壊して、平然と新たな注文を入れてくるハンターに対して湧き上がった、商売人として、売上げが上がるのだから、という理由では補いきれない微妙な感情をシズカが覚えたかどうかは分からないわね』

「分からないなら不安をあおるな!」

『中途半端に気にしているからよ。その辺は割り切りなさい。下手に気にして、装備を気遣って大怪我けがしたら本末転倒よ?』

「そうだけどさ……」

『装備は駄目になったけれど本人は無事だった。それで良いのよ。シズカの店の売上げに貢献しているのは確かで、別にアキラもわざと壊している訳ではないわ。だからシズカが何を思おうとも、それが売った商品を手荒に扱われている不満でも、逆に手荒に扱わざるを得なかった状況にまた陥ったことへの心配でも、それをアキラが気にする必要はないわ。第一、今更でしょう?』

「……。そうだな」

 自分はシズカに心配されたかったのだろうか。アキラはそう自問して苦笑した。ある意味で自分で望んで、自分の意思で死地に向かっているのだ。その望みは欲深すぎる。それぐらいは分かっている。自身にそう言い聞かせるように顔を苦笑でゆがませて、気を切り替えるために別の話題を探す。

「……そういえば、あの白いカードって結局何だったんだろうな?」

『あれは営業用の認証カードのようなものよ。オリビアと名乗った自動人形へ連絡を取るための物理認証キーでもあるわ。旧領域接続者なら直接、そうではない者でも旧領域接続装置を使用すれば、あの自動人形と直接連絡が取れるようになるわ。多分営業目的で残していったのでしょうね』

 アキラが思わずアルファを見る。

「アルファ。あれが何か知ってたのか?」

『ええ』

「……何であの時に教えてくれなかったんだ?」

『アキラは知らない振りなんてできないでしょう?』

 アルファは当然のことのように笑っていた。確かに、と思いながらもアキラは釈然としないものを覚えた。

「あれ、実はすごく価値があるものだったりするのか?」

『旧世界の存在に比較的友好的な状態で連絡が取れることに対してどの程度の価値を見いだすか。その考え方次第ね』

「相当な価値がある気がする。……大した価値はないと思ってあげちゃったけど、失敗だったか?」

『逆よ。あれは速やかに手放して正解よ。あのカードを活用するためには、最低でも旧領域への接続手段と関連する知識が必要になるわ。アキラが下手にあのカードに固執したら、その手段と知識を持っているのではないかと疑われるわ。だから教えなかったのよ。さっきも言ったけれど、アキラに知らない振りなんてできないでしょう?』

「……無理だと思う」

 リオンズテイル社の名前を聞いた時点で動揺してしまい、それをシオリに気付かれたのだ。その価値を理解した上で、カードに固執せずにあっさりと渡せる自信はなかった。

『そうでしょう? 一応言っておくけれど、だまし取られたと思って変に気にするのは止めておきなさい。むしろ押し付けたと思いなさい。大事に持っておくと、変な疑いを持たれる可能性があるわ』

「そうだな。俺も監禁されるのは御免だ」

 旧領域接続者だと疑われただけでハンターオフィスに監禁される可能性があるのだ。アキラが本当に旧領域接続者である以上、それが全く関連のない情報からの疑いであっても、絶対に捕まる訳にはいかない。アキラはカードに対する未練をきっぱりと断ち切った。

『そもそもアキラはコロンなんて持っていないのだから、オリビアを雇って協力を得るのは初めから無理よ。それが可能なのは最低でもコロンを支払える企業とか、富豪とか、そういう存在になるわ』

「御もっとも。雲の上の話だな。初めから縁がなかった訳か。……うん? でも何となくだけど、シオリはカードの価値をある程度知っていそうな雰囲気だったな。そういう伝があるのか?」

『まあ、メイド服を着て、レイナのことをお嬢様と呼んでいるのだから、多少の伝は持っているのかもね。カードの価値に対しても、あるいは、もしかしたら、程度の断定を持っていても不思議はないわ』

「確かに。……言われてみれば、レイナ達って何なんだろうな? 防壁内の金持ちが娯楽でハンター稼業をやっているようには見えないし……」

 アキラは湯にかりながら少しレイナ達の素性を想像してみた。しかしこれといったものは思い付かず、その疑問もやがて湯に溶けていった。


 翌日。クガマヤマ都市の下位区画にあるハンター向け高級ホテルの一室に、トガミ、シカラベ、レイナ、シオリの4人が集まっていた。

 トガミが100万オーラムの札束をシカラベの前に置く。シカラベがそれを懐に仕舞しまう。それを見てトガミが不敵に、そしてうれしそうに笑う。

「3000万オーラム。受け取らせたぞ」

「確かに、受け取った」

 どことなく機嫌良く笑っているシカラベを見て、トガミは強い達成感を覚えていた。それを見てレイナが不思議そうにしている。

「トガミ。今の、何だったの?」

「何でもない。気にするな」

 シカラベが気を取りなして表情を真面目なものに戻す。

「トガミ。お前の訓練も今日で終わりだ。今からこの場で始める」

「今から? いや、ここには昨日の稼ぎの分配や遺物の売却手段とかの検討で集まったんだろう?」

「それが最後の訓練だ。ハンター稼業の締めである成果の分配交渉を問題なく終わらせる交渉能力もハンターの重要な技量だ。半分実地でな。トガミ。今回お前はアキラの手を借りた。格上の、付き合いの浅いハンターの助けを、事前の報酬分配の取決めも不十分なままに求めたんだ。命を賭けて手に入れた成果を、れ合って譲ってくれるなんて絶対に思うなよ? むしろ強欲に取り分を求められると思え」

 すごむシカラベに続いて、シオリが真剣な表情で続ける。

「お嬢様。これはお嬢様の訓練でもあります。私とシカラベ様はアキラ様のがわに立ち、お嬢様達の成果を交渉で奪いに掛かります。お嬢様はトガミ様と協力してそれを防いでください」

「先に言っておくが、最悪の場合を想定して、アキラとの戦闘も考慮に入れろ。そしてそれを絶対に避けろ。確実に勝ち目がない相手の恫喝どうかつをいかにかわすか。それも重要だ」

「アキラ様から経費の速やかな支払を求められています。銃、バイク、車両、強化服、弾薬や回復薬。短期間での修理では費用がかさむものもあります。そもそも買い直すしかないものもあります。その経費の総額は10億オーラムほどになります。時間を掛けて遺物を売却していては、速やかな支払など到底不可能です」

「売却予定の遺物を担保に金を借りて先に支払うのか、説明して支払を待ってもらうのか、よく考えて決めろ。10億オーラムの支払を、殺しに躊躇ちゅうちょがなく短絡的な思考のハンターがどこまで待ってくれるのか、慎重に判断しろ」

「報酬も安易に等分などと口にしてはいけません。誰しも自分の命には高値を付けるのです。戦っても勝ち目のない相手から、話の通じない相手から、戦わずに利益を確保しなければなりません。不必要に機嫌を損ねれば、不要な戦闘が発生します」

「ハンターオフィスを介して仲介を頼む手もあるが、当然費用が掛かる。相手の恨みも消えるわけじゃない。最善手ではない。だが必要な場合もある」

「その仲介も無駄になる可能性も十分考えてください。それは安全を保証するものではありません。くれぐれも御注意ください」

「では、始めよう」

「始めましょう」

 シカラベとシオリはやる気十分の気迫を出している。トガミとレイナは引きった笑顔で顔を見合わせた。

 成果を分配し終えてハンター稼業一区切り。トガミとレイナはその最後の工程を自力で頑張った。そしてハンターが交渉役を雇う理由やドランカムの存在意義をよく理解した。

 ドランカムの当初の設立理由はハンター達が負傷等で引退した仲間の仕事を確保するためだった。疑い深いハンターでも気の知れた仲間にならその面倒で信用が必要な仕事を比較的に安心して頼めたからだ。今では組織の在り方が変わりつつあるドランカムだが、今もその面倒な仕事を代行していることに違いはない。

 トガミとレイナはシカラベとシオリから厳しい指摘を受け続けて疲労困憊こんぱいになりながら、日が落ちた頃にようやく交渉を取りまとめた。そしてその後で、アキラは報酬分配は経費を除けば等分で良いと思っていること、経費の支払もそこまで急いでいないこと、つまり今回の交渉は本当に訓練であり、ある意味で徒労だったことを教えられて、思わず叫んだ。


 クガマヤマ都市の防壁内にある都市経営の本社ビル。その大会議室に経営に関わる幹部達が集まっていた。

 その会議の場で、ヤナギサワが非常に不機嫌な顔を浮かべていた。

「後方連絡線の延長を中止するとは、どういう意味だ?」

 ヤナギサワの感情の希薄な顔からにじみ出る怒気が部屋に伝わり、他の幹部達に動揺が走る。クズスハラ街遺跡の仮設基地、及び遺跡最奥を目指して延長を続けている後方連絡線はヤナギサワの管轄だ。そこに口を挟むどころか妨害するような指示を出す。それはヤナギサワに喧嘩けんかを売っているのも同然だ。統企連ともつながりのある人物に一地方都市の幹部程度が面と向かって刃向かえば火傷やけどではすまない。

 都市の中枢に近い幹部がヤナギサワを何とかなだめようとする。

「中止ではない。顧客の不安を和らげるための、一時的な中断だ。後方連絡線の延長が遺跡を刺激して先日の襲撃を引き起こしたのではないか。その手の苦情が多数の顧客から上がっている」

「後方連絡線の延長が先日の襲撃を招いた根拠はない。いや、それが事実だとしても、それは織り込み済みのはずだ。後方連絡線の延長を中止する理由にはならない。建設中の前線基地も、その事態に対応するためのものだ。事実、先日の襲撃でも一定の成果を上げている。成果が足りないというのなら、防衛予算を増額しろ。前回も要望したはずだ。誰が止めている?」

 ヤナギサワの機嫌は悪化し続けている。ヤナギサワより上位の地位にいる者も含めて、自身の地位と引換えに差し違えてでも止めようとする者はいなかった。

「落ち着いてくれ。この短期間に2度も襲撃を受けたのだ。顧客の不安も分かるだろう」

 1度目はヤナギサワの仕業であり、この場にはそれを知っている者もいる。ヤナギサワが僅かに気勢を落とす。

「……クズスハラ街遺跡奥部への道を通し、高価な遺物を入手しやすい環境を整え、都市経済の再活性を促す。後方連絡線の整備はそのためのものだ。防壁内の臆病者のわめき声より、当初の目的を優先させるべきでは?」

「分かっている。我々も中止など望んでいない。飽くまでも一時的な中断だ。顧客は3度目の襲撃を恐れているが、その恐れは都市の防衛力への不満でもある。容易たやすく蹴散らせるのであれば、何度襲撃されようと不安など覚えない。それに、君は例の新型機の配備を要求しているだろう。良い機会ではないか。その新型機を前線基地に配備し、後方連絡路の防衛を実施すれば良い。十全な運用には準備期間が必要だ。その間、後方連絡線の延長を一時的に中断する。君の意見を通すのだ。それぐらいは譲歩してほしい。その間に3度目の襲撃が発生して、新型機で問題なく撃退できれば、その実績は防衛隊本隊への配備にもつながるだろう。どうだ?」

 ヤナギサワはすぐには答えなかった。部屋の中を緊迫感のある沈黙が流れていく。

「……後方連絡線の延長を中断したからと言って、予算の削減は受け入れない。その分の予算は全て配備する新型機に回してもらう」

「その機体を奥部の遺跡探索にも使用してよいのであれば、許可しよう」

 ヤナギサワの表情が非常に物騒なものから普段の笑みに戻る。口調も普段のどこか軽薄なものに変わる。

「そういうことなら、仕方がないな。分かった。了解だ」

 会議室に安堵あんどの息が多数こぼれた。

 その後、幹部達が多数の議題の検討を済ませていく。その中では後方連絡線周辺の探索区域担当同士の小競り合いも発生していた。

「次の議題だが、探索区域評価に関する不正が指摘されている。この件の進行は指摘者が進める」

 今まで進行役を務めていた男がそう言うと、ウダジマという男が立ち上がり、イナベに視線を向けて笑った。

「ウダジマです。皆様御存じの通り、クズスハラ街遺跡の奥部では担当者ごとに区域が割り当てられています。そして各自で区域の調査を実施し、発見された遺物の価値などから更なる調査の優先順位等、まあ予算などですね、それらが決定されます」

 ウダジマは説明をそこで一度止めると、意味ありげにイナベを見続けた。イナベが不機嫌そうに続きを促す。

「皆暇ではない。下らない間を置くのは止めてほしいのだがね」

「では、続けよう。イナベ。お前が担当する区域から旧世界製の情報端末が発見されたと報告に上がっているが、事実か?」

「事実だ。それが何だ?」

「それが虚偽の報告であることをここで告発させてもらう!」

「何だと!?」

 少し騒々しくなった部屋の中で、我に返ったイナベが声を荒らげる。

「ふざけるな! あれは都市の鑑定課を通した正式な報告書だぞ! 私がその報告書を改竄したとでも言うのか!? あれは間違いなく旧世界製の情報端末だ! 言いがかりだ!」

「あれが旧世界製の情報端末であることは否定しない」

「ならば何の問題がある?」

「問題は、発見場所だ。……他の遺跡で発見された遺物を、お前の担当区画に運び込んだ可能性がある! お前の担当区画の価値を引き上げるためにな!」

「な、なん、だと……!?」

 イナベが僅かに焦りを見せた。だがすぐにそれを振り払うように声を荒らげる。

「い、言いがかりだ! 何の証拠がある!」

「こっちでも情報をつかんでるんだよ」

「そんなもの、そっちででっち上げたものだろう! ありもしない疑惑を騒ぎ立てて、私の区画の評価を落とすつもりか? 捏造ねつぞうした証拠でも不明確な証拠をつかまされたと言い張れば、お前の不備を指摘されても逃げ切れるからな」

「まあ、お前ならそう言うだろうな」

 イナベは勝ち誇った笑みを浮かべるウダジマを見て不安を募らせながらも、虚勢の表情を浮かべ続けた。

(隠蔽は完璧だ! 露見するはずがない! ……いや、まさか、あの女が!?)

 ヴィオラがあの遺物を自分に渡したのは、全てこのためだったのではないか。自分を陥れるための作戦だったのではないか。イナベはそう疑いながらも、それを顔には出さなかった。遺物が確かに旧世界製の情報端末である以上、自分の意見が通るはずだ。そう考えて、すがって、表情を取り繕った。

 ウダジマが想定通りだと言わんばかりに笑う。

「お互いの情報を提示しても、どちらが正しいかなどすぐには分からない。証拠不十分で終わる可能性もある。だから、確実な情報を提示しようじゃないか。お前が鑑定課に出した旧世界製の情報端末だがな。全部統企連の総合遺物鑑定局に出所判明の調査依頼を出した! そしてその結果をこの場で報告してもらえるように頼んだんだよ!」

 イナベが凍り付く。そして動揺で僅かに震えた声を出す。

「お、お前、そ、そこまで……するか!? その調査依頼に掛かる費用が幾らだと思っている!?」

「高額な調査料を取られたがな。お前だって知っているだろうが、統企連の総合遺物鑑定局なら、多少のずれはあろうとも、クズスハラ街遺跡の奥部で発見された遺物かどうかぐらいは確実に分かる。では、報告をお願いしよう」

 イナベの虚勢が崩れようとしている。ウダジマがその様子を見ながら勝ち誇った顔で手元を操作すると、部屋の中央に男の映像が表示された。

「統企連総合遺物鑑定局の者です。細かい調査結果は後ほど送付しますが、調査結果の口頭での説明を御希望とのことでしたので、手短にお答えします。我々は十分な調査を行いました。その結果、指定された遺物が該当の場所周辺で発見される可能性は……」

 イナベはもう諦めており、恐らく自分をめたヴィオラと、その依頼元であろうウダジマに、内心で罵詈雑言ばりぞうごんを吐き続けていた。ウダジマはその様子を勝ち誇って見ていた。続きを聞くまでは。

「……十分に高いと結論付けました。以上です」

「……は?」

「……えっ?」

 ウダジマとイナベが内心を端的に非常に簡素な声で十全に発した。

「特に質問がなければこれで打ち切らせていただきます。何か御座いますか?」

 我に返ったウダジマが思わず叫ぶ。

「馬鹿な!? あり得ない! そんなはずがない! 何かの間違いだ!」

「統企連総合遺物鑑定局が正しく調査した結果になります。詳細は送付する資料で御確認ください。納得いただけない結果であっても、料金の返還は行いません。御了承を。他には何か? ……では、失礼いたします」

 男の映像が消える。ウダジマは信じられないものを見たように視線を彷徨さまよわせていた。

「馬鹿な……。あり得ない……。あの遺物の出所はヒガラカ住宅街遺跡のはずだ……。いや、最低でも、他所から運び込まれたのは確実のはずなんだ! ……!? イナベ! お前まさか、一度見付けた遺物を外に持ち出して、改めて運び込んだのか!? 俺を陥れるために!?」

 我に返ったイナベは内心を隠しきり、意味ありげに笑っていた。

「何を言っているんだ? 言いがかりはよしてくれ」

「それならあの動揺は何だ!?」

「自分を陥れる計画が準備万端だと聞かされれば、誰だって動揺ぐらいする。まあ、邪推した挙げ句に自爆しただけだったようだがな」

 イナベとウダジマの立ち位置は逆転していた。イナベは勝ち誇ったように笑い、ウダジマはひど狼狽ろうばいしている。それは競い合っていた者達の勝敗を示していた。

 進行役だった男が場を収める。

「2人とも、もう座りたまえ。イナベ。疑われるような真似まねは今後も慎んでくれ」

「そんなつもりは毛頭ないのですがね。しかしひどく邪推する者もいるようです。一層の注意を払いましょう」

 イナベが余裕の表情で着席した。

「ウダジマ。この疑惑は晴れたものとする。今後、余計な追及は慎むように」

 ウダジマは弱々しく黙って席に着いた。

「では、次の議題に移る。遺跡の管理者を名乗る者と取引をしたという者が発見されたことについて、ヤナギサワから説明が……」

 2人の男の進退などどうでも良いように、会議はそのまま続けられていった。


 自室に戻ったイナベが楽しげに笑っている。

「とんでもないことになったと思ったが、乗り切ったぞ! あの女、私を陥れるために私に接触してきたのではなく、ウダジマを陥れるために私を利用したのか? まあいい。目障りなやつが失脚したことに違いはないのだ」

 一しきり笑い、落ち着きを取り戻した状態で、イナベは総合遺物鑑定局の調査資料を見ながら事態の整理を考え始めた。

(それにしても、あの遺物の出所が本当に俺の担当区域だったとはな。驚きだ。……正確には担当区域の端、未調査部分だが。ウダジマのやつ、遺物の出所がクズスハラ街遺跡でなければそれで十分だと考えて出所判定の範囲をかなり広げたのか)

 冷静になったイナベが、自分が抱えている情報を紐付けていく。

(あのハンター。アキラとか言ったな。確か、ハンターランク調整依頼を強制的に引き受けさせられるほどの隠れた凄腕すごうでだ。それほどの実力者なら、この先の未調査区域から生還しても不思議はない。そして遺物の保管場所につながる隠し通路でも見付けたのなら、遺物の出所を隠しても不思議はない。出所が割れてハンターが殺到すれば、その隠し通路とかも露見しやすくなるからな)

 イナベはそこでアキラに関することを思い出して情報端末を操作する。

(このハンター、俺があの区域の調査をした時に、人型モンスターに最優先で襲われていたらしい。もしそれが、このハンターが未調査区域で遺物を収集した時に遺跡のシステムに顔が割れた所為だったとしたら。遺跡にとってただの不審者として扱われる他のハンターより、明確な犯罪者として捕獲の優先順位が上がっていたからだとしたら。遺物の出所は、この先の未調査区域になる。総合遺物鑑定局もその可能性が高いとしている。総合遺物鑑定局がどうやってそれを特定したのかは不明だ。ウダジマが料金をケチったから、情報料不足で開示されていない。まあいい。重要なのは調査の結果だ。過程ではない)

 イナベの頭にヤナギサワが配備を求めた人型兵器が浮かぶ。

(あの機体。随分と高性能らしい。ビル並みに大型のモンスターを近接装備だけで倒したとか。そして遺跡の調査に使用しても良いことになっている。……未調査区域のモンスターが幾ら強力でも、あれを十数機そろえれば問題ないはず。どちらにしろ遺物を本当に見付ける必要があるのだ。遺物の出所があの未調査区域なら、まだまだ遺物が残っていれば……。あのアキラとかいうハンターも巻き込めば……、あのドランカムの連中も合わせれば……、建前も、戦力も、十分なものに……)

 イナベの頭の中で数々の情報が組み合わさっていく。

「……これは、運が向いてきたか?」

 イナベは野心をき出しにして笑みを深めた。

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