第181話 人型のモンスター

 アキラは人形の残骸を買取に出した後、仮設基地の食堂で休憩を取っていた。体力や負傷の方は追加の回復薬を服用したおかげで問題ないが、気力とやる気までは回復しない。本日のハンター稼業は終了と決めて、軽い気だるさを覚えながらぼんやりしていた。

 そこにキバヤシが現れた。上機嫌な様子でアキラの正面に勝手に座ると、楽しげな笑みを向ける。アキラはそれに面倒そうな表情を返した。

「何か用か?」

「そう邪険にするなよ。まだ帰っていないようだったから、聞き取りのついでに顔を出しただけだ」

「聞き取り? 言っておくが、弾薬費は絶対払わないからな」

 アキラは顔を軽くしかめながら断固たる意志を示した。キバヤシがそれを見て苦笑する。

「大丈夫だって。端末が途中でぶっ壊れて行動を追えなくなったからって、その間の分は自費になんてならねえよ」

 アキラが借りた端末は周囲の情報を仮設基地に常時送信していたが、ビルの最上階に入った時点で通信が途絶していた。これはあのビルの最上階の機能によるものだ。更に小型ミサイルの爆発で端末は壊れてしまった。これにより、ツバキと遭遇した出来事は仮設基地に一切伝わっていない。勿論もちろんアキラにはそれをキバヤシに話すつもりなどない。

「聞きたいことは簡単だ。お前が持ち込んだ人形達だが、どれもひどい状態だった。もうちょっと何とかならなかったのか?」

「ならなかった」

「そうか。分かった。聞きたいことはそれだけだ」

 随分とあっさり引き下がったキバヤシに、アキラが少し意外そうな顔を浮かべる。

「聞き取りって、そんなので良いのか?」

「良いんだよ。言っただろう? 俺はお前を気に入っているって。お前から根掘り葉掘り聞き出して機嫌を損ねる気はねえよ。既に随分楽しませてもらっているしな。初日にモンスターの群れを単独で殲滅せんめつ。今日は一人でビルを制圧した上に、旧世界製の人形を山ほど持ち帰ってくる。言っておくが、普通の感覚ならこの時点で十分異常だからな」

「普通の感覚なんか知るか。第一、弾薬使い放題の時点で普通じゃないだろう」

「それを含めてでもだよ。お前らしいな」

 キバヤシはいろいろとずれているアキラの様子を楽しんで機嫌良く笑っていた。

 その後アキラはキバヤシと雑談しながら今回の依頼のことや大通り周辺の状況などを聞いていた。

 今回の依頼に明確な区切りはない。期間はアキラのハンターランクが実力相応の位置に上がるまでだ。そのハンターランクにも具体的な数値は設定されていない。

 しかし既にキバヤシを楽しませるほどの成果を上げているのなら、もう終わりでも良いのではないか。アキラはそう思って尋ねてみたが、キバヤシからはそれを決めるのは自分でなく、もっと上の人間が総合的に判断するので分からないと答えられた。

 無制限の弾薬費を良いことに採算度外視で成果を稼げば、有能か無能のどちらかで判断されるとしても、相応のハンターランクに早く到達して依頼はすぐに終わる。アキラはそう考えていただけに少し意外だった。


 ティオルがクズスハラ街遺跡の廃ビルの一室で人形の残骸を食べている。アキラが倒したものではない。別のビルの備品で、ティオルが倒した機体だ。

 真っ白な部屋の中に金属を食い千切る音が響き続けている。ティオルの体は戦闘で大分破損していたが、食事を続けている間に少しずつ再生していた。

 そのティオルの前に、突如ツバキの姿が現れた。

「こんにちは」

 ティオルが即座に反応する。一瞬で飛びかかる体勢を取ると、ツバキの頭部を千切り飛ばそうと突進して勢いよく右手を伸ばす。だがその手は立体映像であるツバキの頭部を通り抜けるだけに終わった。

「礼儀がなっていませんね」

 ツバキの立体映像が消える。ティオルがすぐに攻撃態勢を取り、別の場所に、空中の何もない場所に襲いかかる。ティオルにはそこに立つツバキの姿が見えていた。

 時が止まったかのように緩やかに流れる世界で、ツバキがティオルを見ながらつぶやいている。

「拡張現実側の私も見えている。ネットワーク上の映像情報も知覚できている。なるほど」

 ツバキが表情を変えずに一言告げる。

「動くな」

 次の瞬間、ティオルの体が飛びかかろうとした体勢で固定された。石像のように硬直した体がそのまま慣性で前に進み床に激突する。そして全ての関節を完全に固定した状態のまま床を転がっていった。

「治安管理721の制御指示が有効。ということは、そこの警備生物からナノマシンを抽出したのか。どこの誰の手腕か知らないが大したものだ。しかし制御の乗っ取りには失敗している。いや、敵味方識別装置の偽装目的で埋め込んだナノマシンが変異を起こした結果か? 無差別に取り込み過ぎて競合も発生している。これではシステムとして破綻している」

 この部屋にいるのはティオルだけだ。しかしティオルには自分に近付いてくるツバキの姿が、羅列されている付加情報と一緒に見えていた。非認証接続継続中。接続防衛失敗。切断失敗。区画844上位管理体。非管理区域個体。不正侵入中。戦力差無謀。勝率皆無。即時退避推奨。ティオルはそれらの付加情報を認識していたが、状況の改善には全く役立たなかった。

 ティオルの拡張視界からツバキの姿が一度消える。そして立体映像の方の姿で再び現れる。そのツバキがティオルの頭に手を伸ばす。

「彼には話すら聞いてもらえずに断られてしまいました。ですから、代わりに貴方あなたに頼みます。貴方あなたもそんな不安定なシステムでは大変でしょう。報酬の先渡しです。お気になさらず」

 ティオルの視界に表示されている付加情報が変わっていく。非認証接続継続中。接続防衛失敗。切断失敗。制御装置再構築中。指揮系統再構築中。接続再構築。再構築完了。

 ティオルの体の硬直が解けて、床にぐったりと倒れた状態になる。数秒後、ティオルはゆっくりと立ち上がると、ツバキの前に立った。

「では、後はお願いします」

 ツバキは僅かに笑う。そして姿を消した。ティオルの視界の中には残された指示情報が残されている。区画防衛任務開始。ティオルはその指示に従って動き出した。


 ヤツバヤシが非常に険しい表情で表示装置を食い入るように見ている。

「……何が起こった?」

 表示されているのはティオルから送られていた情報だ。既に送信は完全に停止していた。その最後に送られてきた情報を見るヤツバヤシの表情には、ある種の興奮も含まれていた。

 ヤツバヤシはティオルを放置していると不都合な事態が発生しかねないとして対処方法を考えていた。しかしここでその方針を完全に変える。知的好奇心が不都合の隠蔽に完全に勝ったのだ。そしてその目的に沿って計画を立て始めた。


 アキラがシズカの店で消耗品の購入手続きをしている。シズカが少し険しい表情で確認を取る。

「アキラ。これ、相当な金額になっているけれど、本当に良いのね?」

 アキラが真面目な表情でうなずく。

「はい。開き直って金食い虫になった方が安全だし依頼も早く終わる。そう考え直しました。やってください」

 アキラは購入品の内容をかなり見直していた。今回の注文には小型大容量のエネルギーパックと高性能な修復用資材カートリッジが多数含まれていた。どちらもかなり高額な品だ。弾薬も高額なアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾などを大量に注文していた。個人携帯用の小型ミサイルの弾倉も大型の物を注文した。

 シズカが決済処理を進める。アキラもシズカも黙って処理の完了を待っているが、今回は前回と異なり処理中の表示から一向に進まなかった。

流石さすがに駄目だったか?」

 アキラがどことなく安心していると、キバヤシから連絡が入る。

「俺だ。随分高額な決済処理が入ったが、お前からの注文で、注文内容に間違いはないか? そっちの情報端末に内容を送ったから確認してくれ」

「確認した。注文したのは俺で、内容も間違いない」

 キバヤシが楽しげな声を返してくる。

「随分買い込んだな。決済部門から俺に確認が来るって相当だぞ?」

「俺が安全に戦うために必要な物だ。身の程を知れって苦情なら、俺はその程度の実力しかないやつだって判断してくれ。そうすれば、俺の依頼も早く終わるよな?」

「ん? 苦情じゃないぞ。決済は通す」

「通るのか……」

「額と量の所為で横流しの懸念が出ているだけだ。悪いが注文した品は一度仮設基地に運んで、そこで保管するようにしてくれ。具体的な保管場所は後で指定する」

「修復用資材カートリッジは強化服の修理用だから家にないと困るんだけど」

「じゃあそれは外して良い。上には俺から言っておく」

「わ、分かった」

 あっさり要求が通ったことにアキラが軽い戸惑いを見せていると、それを感じ取ったキバヤシの笑い声が返ってくる。

「言っただろう? お前の成果は普通の感覚なら十分異常だって。これぐらいは通るんだよ。俺の贔屓ひいきを加味したとしてもな。お前も少しは自分の実力を正しく認識した方が良いぞ? じゃあな」

 キバヤシとの通話が切れるのと同時に決済処理が完了した。

 アキラが僅かに苦笑する。自分自身の実力と、アルファのサポートを得た自分の実力。その差はまだまだ歴然としている。それを可能な限り縮めるために努力を続けているが、成長を実感するたびに隔絶した差を思い知らされているのも事実だった。

(……まあ、モンスターの群れの駆除は弾薬費無制限とはいえ自力でやったんだ。キバヤシはそれとアルファのサポート有りでやった人形達の撃破を一まとめにしていた。対外的な評価なら少しは差が縮まった。そういうことにしておくか)

 アキラは浮かべている苦笑に自嘲と自画自賛が半々と言った色を出していた。そこで自分を心配そうに見ているシズカに気付き、少しあたふたする。

「あ、えっとですね、何というか、注文の方は大丈夫そうです」

「アキラ。無理をしては駄目よ?」

「分かってます。無理をせずに安全に戦うためにたっぷり注文したんですから」

「そう。余裕を持つのは良いことよ。でも油断をしないように気を付けなさい」

「はい」

 アキラはしっかりうなずいた。シズカもそれに微笑ほほえんで返した。

 シズカは気付いている。アキラがそれを分かった上で、無理をせざるを得ない状況に追い込まれたことを。しかしそれを追及しても状況は改善しないとも理解しているので、優しくくぎを刺すのにとどめた。アキラがそれを気にとどめて、自分から危険に飛び込む機会を少しでも減らすように。


 アキラが再びクズスハラ街遺跡をバイクで駆けている。前回から数日間を置いての再開だ。その間に強化服や防御コートの修復を済ませて、体調の方もしっかり整えていた。仮設基地に予備の弾薬類も運び込んでいた。

 アルファは透明なサイドカーに座っているかのように空中に座っている。いろいろと際疾いデザインの旧世界製の戦闘服を着て、輝くような長い髪を存在しない風になびかせていた。

『アキラ。今日はどうするの?』

『どうしようか。まためぼしい建物に当たりを付けて遺物収集をしても良いんだけど、またビルの備品と戦う羽目になるのも嫌なんだよな』

 アキラがアルファの格好を見てふと思いつく。

『それって旧世界製の戦闘服だよな。この辺は遺跡の奥部なんだし、その類いの物がどこかにあったりしないかな』

『絶対にないとは言い切れないけれど、難しいと思うわ。もし見付けたらどうするの?』

『サイズの問題とかあるんだろうけど、着られそうなら着る。旧世界製ならすごく高性能だろうからな。見付けた遺物は全部売り払う契約になっているけど、一度売ってから差額を足して買い戻すとかすれば大丈夫だろう。そこは頼んでみる』

 アルファが自分の戦闘服を指差して揶揄からかうように楽しげに笑う。

『これ、女性用よ? 着るの? まあ、確かに高性能だし、理解はできるわ』

 アキラが軽く吹き出す。

『何でそれを着ることになってるんだよ。その類いの男性用の物を見付けた場合の話だ』

『女性用しか見付からなかったらどうするの?』

『売る。そしてその金で男性用の物を買う』

『費用対効果を考慮すると、デザインを無視すればどう考えても自分で着た方が良い場合は?』

 アキラが一瞬迷いを見せる。だがすぐに取り消した。

『そんなのは、その時に考えれば良いんだ。そのデザインの戦闘服の在りを知っているわけじゃないんだろう?』

 アルファが楽しげに笑いながら答える。

『知らないわ』

 アキラは初めから揶揄からかうのが目的だったと薄々気付いていたが、アルファなら知っていても不思議はないとも考えており、無駄に葛藤したと思いながら大きくめ息を吐いた。

『アルファ。取りあえず探索するビルの見立てだけ頼む』

『あら、今日は初めから私を頼るの?』

『また外れのビルを頑張って探索する羽目になるのも嫌だしな。当たりのビルを探すのも訓練の内なんだろうけど、そっちの訓練は別の機会にってことにしてくれ。今日は内部探査の訓練だ』

『分かったわ。こっちよ』

『早いな!?』

 アキラは視界に拡張表示された移動ルートに従ってバイクを走らせた。

 目的地に到着したアキラが怪訝けげんそうな表情をアルファに向ける。

『ここなのか?』

 アルファが自信を感じさせる笑顔でうなずく。

『ここよ』

『……そうか』

 アキラが視界を目的地のビルに戻す。そこには倒壊して瓦礫がれきの山と化した高層ビルの残骸が広がっていた。周辺の複数のビルを巻き込んで崩れているため、周囲に山となって広がっている瓦礫がれきはかなりの量だ。

『……この瓦礫がれきの山から遺物を見つけ出せってか? そりゃ探せばあるかもしれないけどさ』

『ちょっと違うわ。正確には、この瓦礫がれきの山に埋まった部屋への入り口を見つけ出すのよ。ビルの構造にもるけれど、重要な部屋はそれ自体が金庫のように非常に頑丈な造りになっているものもあるの。ビルが倒壊した程度では内部が押し潰されないぐらいにね。そこを目指すのよ。入り口への案内までは私がするわ。そこはまだ内部ではないからね』

 アキラが瓦礫がれきの山をバイクで器用に登っていく。そして指示された場所で降りるとバイクに迷彩シートをかぶせて瓦礫がれきに紛れ込ませる。その後に情報収集機器で足下を調べる。倒壊したビルの素材が情報収集機器による調査を阻害する性質を持っている所為で、内部の空洞を探すのは普通ならば非常に困難だ。しかしアルファには容易なことだった。

 アキラが強化服の身体能力で足下にある重い瓦礫がれきを何度か退かし続けると、視界の先にビル内部の通路の壁と扉が現れた。扉の脇に降りて扉を強引に開けて部屋の中をのぞく。真っ暗な内部に照明を当てると、部屋の底、本来は壁だった部分に様々な備品が転がっているのが見える。アキラは慎重に部屋の中に入った。

 部屋はかなり広い。横転状態のため、部屋の広さはそのまま底までの距離となっている。アキラは床に固定されていた机や備品などを足場にして少しずつ底へ降りていく。

『何というか、部屋の中の方向が普段と違うと戸惑うな』

 アルファは闇の中で宙に浮かびながら楽しげに微笑ほほえんでいる。

『あら、アキラは今までもビルの側面を駆け降りたり駆け登ったりしたから、もう慣れたと思っていたわ』

 アキラが自分の経験を思い出して苦笑する。

『そんな簡単に慣れてたまるか』

『それなら慣れておかないとね。足下注意よ』

 次の瞬間、アキラが足場にしていた机が揺らぐ。そして床から剥がれて底へ落ちていく。アキラは辛うじて別の机まで飛んでその端をつかんだ。

『……もうちょっと早く教えてくれ』

『今は自力で探索中でしょう?』

『……そうだけどさ。……分かったよ』

 アキラは楽しげに微笑ほほえんでいるアルファを見て文句を取りめると、別の足場に飛び移った。

 ようやく底に到着したアキラが目を輝かせる。底には部屋中の備品が積もっている。どれも旧世界の遺物だ。多少破損している物もあるが、頑丈な物も多い。高値が付きそうな物をリュックサックに手当たり次第に詰め込んでいく。

 リュックサックを満杯にしたアキラが頭上を見上げる。外の光までは遠い。

『……当たり前だけど、戻らないといけないんだよな。ロープぐらい用意しておけば良かった』

『一度取りに戻れば良かったのに』

『だから、もうちょっと早く教えてくれ』

『今は自力で探索中でしょう?』

 楽しげに笑っているアルファに、アキラは微妙な苦笑を返した。

 強化服でビルを駆け下り、バイクでビルを駆け上がったアキラは、ある意味で慣れてしまっていた。無意識に何とかなるだろうと思ってしまい、ロープを使用するという手段が頭から抜け落ちる程度には。

 アキラは四苦八苦して何とか外に戻った。両手にブレードを持って床に突き刺し登ったり、詰め込み過ぎて出入口を通らなくなったリュックサックから一部を泣く泣く捨てて通り抜けたりと、ちょっとしたことを思いつかなかった代償をたっぷり支払った。

 その後アキラは仮設基地に戻って持ち帰った遺物を買取所に持ち込むと、早速ロープを買いに行った。


 アキラがハンターランク調整依頼を始めてから2ヶ月ほど経過したが、依頼はまだ継続していた。購入する消耗品の量と質を上げ続けても決済は通り続けていた。

 遅くても1ヶ月程度で終わるだろう。そう考えていたアキラがシズカの店で愚痴をこぼしている。エレナ達がそれを聞いて軽く苦笑していた。

 アキラが愚痴をこぼしているのは、どちらかと言えばエレナ達がそう促したからだ。その内容を共通の話題にして、可能ならば助言などをして、友好を深めるために。

 しかしその愚痴の内容が、ハンターランク調整依頼を嫌々引き受けた上に、十分なランクまで上がったと思ったのに依頼がまだ終わらないという、ハンターランクを上げるために日夜努力をしているハンターが聞けば激怒しそうな内容だったのは、エレナ達にも予想外だった。

 サラが少し感慨深そうな表情をアキラに向ける。

「それにしても、ハンターランク調整依頼か。話を聞くことはあるけれど、実際に依頼が来た人を見たのは初めてだわ。アキラの実力なら不思議はないとはいえ、やっぱりアキラはすごいのね」

 良い意味で称賛されている。アキラはそれを理解しながらも、僅かな後ろめたさを感じていた。サラが思い浮かべているアキラの実力は、アルファのサポートで多分に底上げされたもので、自力とは到底言えないものだと理解しているからだ。その所為で、浮かべている表情も喜んでいるとは言いがたい苦笑いに近いものになっていた。

「……ありがとう御座います。でも考えようによっては、過度に高く見積もられた実力に応じた難度でのハンター稼業を強いられるってことでもありますから」

 エレナがアキラの態度に気付いて話の方向を変える。

「思い上がらずに慎重さを保つことは良いことよ。私ならランク上げ用の依頼なんて来たら舞い上がって変な失敗を仕出かしそうだけど、アキラは違うみたいね。大したものよ。私も見習っておかないといけないわね」

 アキラはエレナからの称賛には僅かな照れを見せた。サラは自分の時との態度の違いに僅かに嫌なものを覚えると、軽くねたような様子を出してその感情を自身に対しても誤魔化ごまかしながらアキラの背後に回った。そして密着しながらアキラの頭をでる。

「サ、サラさん!?」

「私もちゃんと見習っておくわ。ハンターランク調整依頼なんて私に来るとは思えないけどね。過ぎた謙遜は嫌みよ?」

「そ、そういう意味じゃ……」

「分かってるわ。心の狭い女の愚痴よ。でもそういう人は結構多いから気を付けなさい」

「は、はい」

 戸惑ってはいるが、嫌がってはいない。むしろその逆。サラはそのアキラの反応に満足して少しうれしそうに笑った。シズカとエレナがそのサラを見て含み笑いをこぼしていたが、サラは軽い気恥ずかしさを誤魔化ごまかすように少し自棄やけになってアキラの反応を楽しんでいた。

 話題が変わってしばらくした後、エレナからの話を聞いたアキラが少し不思議そうにする。

「人型のモンスター……ですか?」

「そう。最近クズスハラ街遺跡で人型モンスターに襲われたって話が増えているの。場所はあの後方連絡線の周辺よ」

「えっと、それはあれですか? 都市が強盗にくら替えしたハンターとかをモンスター扱いして対応しているとか……」

「それがちょっと分からないのよね。そうなのかもしれないし、違うのかもしれない。暴走した自動人形が彷徨うろついているのかもしれない。セランタルビルの時のように、死んだハンターの強化服を何かが動かしているのかもしれない。何というか、詳しい状況は不明なの。都市側からも注意喚起ぐらいしか出ていないわ」

「それが強盗にしろモンスターにしろ、少なくとも人型の何かが周辺のハンターを襲っているってことですか」

「そういうことよ。少なくともあからさまにモンスターという外見ではないらしいわ。アキラも気を付けなさい。相手が人に見えると、敵であっても初動を無意識に変えてしまうものだからね」

 敵がモンスターなら即殲滅せんめつ前提で行動する場合でも、敵が人なら拘束や制圧などの判断が生まれる。時にはその判断時間が致命的な状況の悪化を招くこともある。

「はい。気を付けます」

 アキラがしっかりとそう答えると、エレナも満足そうに笑って返した。


 アキラが帰った後の店内で、サラが少し不思議そうに疑問を口に出す。

「ねえエレナ。アキラって、自分の実力を高く評価されるのが嫌いなのかしら?」

「そうかもしれないわね。思い返せば地下街でも似たような態度を取っていたわ」

「そういえばそうだった。何でだと思う?」

「それは分からないわ。多分アキラにもいろいろあったのでしょうね。……何があったかは知らないけど、多分余り良い経験ではなかったのだと思う。サラ。分かっていると思うけど、下手に聞いちゃ駄目よ?」

「分かってる。……難しいなあ」

 命懸けで、採算度外視で助けてくれたと思えば、その縁をあっさり切り捨てようとする。今は何とかまた普通に話せるようになっている。軽いのか、重いのか、それは命か信念か。サラには分からないことだらけだ。

 辛うじて残った縁を手放す気などない。サラは扱いの難しい友人をおもって軽くめ息を吐いた。

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