第178話 見出されたハンター

 君臨していた2大組織が壊滅したことで、スラム街は勢力図の大規模な再構築を余儀なくされていた。その状況で中小の徒党の幹部達が集まって話し合いをしている。主な議題は壊滅した2大組織の縄張り、今は巨大な空白地となった区域の扱いだ。

 武力で奪い合うわけにもいかない。しかしいろいろな利権も絡むため、お互いに簡単に引き下がるわけにもいかない。その所為で話し合いはほとんど進んでいない。

 だがこのまま何の進展もないままの状態が続けば、都市が空白地一帯を焼き払い兼ねない。既にエゾントファミリーの拠点跡地にモンスターが住み着いたといううわさまで流れている。会議の参加者は焼却処理までの残り時間を気にして焦りを見せていた。その焦りは交渉に妥協の余地を生み出したが、速やかな決定を促進するほどではなかった。

「いい加減決めようぜ。空白地に隣接する組織間で等分。それで良いじゃねえか」

「ふざけるな。てめえのところが得するだけじゃねえか。こっちは連中に貸して回収不能になった債権が山ほどあるんだ。その分の縄張りだけでも手に入らねえと割に合わねえんだよ」

「縄張りに飛び地なんて作っても更なるめ事の種になるだけだろうが」

「拠点だって建物だけでも価値はある。ハンター連中が見向きもしない物だって、きっちり扱えば十分な金になる。お前らだって回収してえだろう。このままだと全部灰だぞ?」

「拠点を奪えばその周辺は当然そいつの縄張りになる。どこが取るんだ? お前だとでも言い出すつもりか? ふざけるな。り合いもせずに渡せるか」

 組織の幹部同士が利害、体面、野心、立場などを出して言い争っている。下手に引けば今後も風下で、勢力拡大のために利益をつかもうと前に出れば他組織から槍玉やりだまに挙げられる。その繰り返しだった。

 ある中規模徒党の幹部が、らちが明かない議題に指向性を与えようと思い付きを口にする。

「抗争に実戦レベルで関わった組織に空白地を得る権利があるのなら、権利を持っているのはエゾントファミリーとハーリアスの残党連中、そしてそこの新入りってことになる。だが残党連中はこの場にいない。つまり新入りの総取りってことになるな。その筋を通すなら、新入りの意見を聞きたいところだな」

 幹部達の視線が徒党間会議の新入りに、シェリルに集まった。

 シェリルはヴィオラとキャロルを連れて会議に参加していた。ヴィオラ達は座っているシェリルのそばに配下のように立っていた。

 他の徒党の幹部達が向ける様々な意図を乗せた視線を浴びながら、シェリルが愛想良く微笑ほほえむ。

「では、全部頂けますか?」

 余りに予想外な答えに幹部達が半ば唖然あぜんとして硬直する。僅かな沈黙がざわめきに変わり、戸惑いが広がる中で怒気をあらわにした者が声を上げる。

「全部渡せだと!? ふざけるな!」

 シェリルは微塵みじんもたじろがずにその男に微笑ほほえみ返す。

「では、どの程度なら頂けますか?」

「ど、どの程度って……」

 具体的な範囲を口に出せば、他の幹部達を対象に含めた言質となる。男が思わず言いよどんでいると、別の者が口を挟む。

「仮に全部手に入ったとしても、お前のところであの広さを管理できる訳がねえだろうが。常識的に考えろや」

「そうですね。では、シジマさん。頂いた縄張りの管理を委託しますので、代わりに管理をお願いします。空白地からシジマさんのところで管理可能な広さの範囲だけ頂く。私達の取り分としてはこれでどうでしょう? シジマさん。縄張りが生み出す利益とその管理費の調整は後日ゆっくり交渉しましょう」

 シジマは急に話を振られて驚いていたが、それ以上に話の内容に驚き、更に皆の視線が自分に集まっていることに気付いて内心たじろいでいた。しかし表面上は平静を保っていた。

 ある男がシジマの徒党の組織力で管理可能な範囲を想定して、その広さや利権の多さに、それを他組織に奪われ兼ねない状況に表情を険しくさせる。

「ちょっと待て。何で急にそんな話が出てくるんだ? 第一どうしてシジマのところなんだ? 管理を委託するなら他のところでも良いだろう。事前に取決めでもしていたのか?」

「そういうわけではありませんが、以前アキラを含めて交渉した際に、シジマさんとはこちらと仲良くすると約束しましたし、アキラからもそれを反故ほごにするようには言われていませんので」

 シェリルがアキラの名前を出すと、幹部達がそれぞれ異なった様子を見せる。恐れ、警戒、興味、疑心、嘲り、各自が保有している情報をその態度に映し出していた。

 アキラを比較的軽んじている者が、軽い探りを含めて皆に同意を求めるように少し大げさな態度を見せる。

「アキラか。そこの新入りの後ろ盾をしているハンターだっけ? 俺も話は聞いたけどよ。それもどこまで本当なんだか。いや、別に雑魚とは言わねえけどさ。いろいろ出回っている話も、そっちの女がたっぷり誇張して流してるだけなんじゃねえか?」

 幹部達の視線がヴィオラに集まる。少し懐疑的な視線が増えていた。この女ならやりかねない。皆そう思っているのだ。

 ヴィオラはいつも通りの余裕で挑発的な笑みを浮かべている。そしてその表情のまま情報端末を取り出して操作する。すると幹部達の情報端末に一斉に通知が届いた。ヴィオラの仕業であることは明らかなので、皆が通知の中身を確認する。中身は何らかの映像への接続先だった。

 その映像を閲覧した幹部達が驚愕きょうがくする。そこには黒い人型兵器と交戦しているアキラの姿が映し出されていた。場にざわめきが広がり、映像の感想があちこちから沸き上がる。

「おい、何だこのイカレ野郎……」

「こいつ、人型兵器と生身でり合ってるのか? いや強化服ぐらいは着てるんだろうが……」

「ちょっと待て、これ、まさか勝ってるのか? 冗談だろう……?」

 映像は様々な場面の切り貼りだったが、アキラがここにいる者の基準で十分狂人の範疇はんちゅうであることを証明するには十分な内容だった。

 一人の男が動揺を隠しきれない様子でヴィオラを問いただす。

「この映像が本物である証拠は? お前が適当に改竄かいざんしてるんじゃないか?」

 ヴィオラは挑発的に少し小馬鹿にするように笑っている。

「私の情報を信じられないのなら、裏取りぐらい自分でやりなさいよ。一応都市の社外秘映像だけど機密レベルは低い方だから、そっちの情報ルートの伝を持っていれば、ちょっと金を積めば同じものが手に入るわよ?」

 問いただした男はそれで映像が事実だと確信した。少なくともこの映像は都市が信頼するに足る情報精度を保持している。他の者達も程度の差はあれどそうと認識した。

 別の男が少し平静を欠きながら矛先をシェリルに戻す。

「……お前の後ろ盾は別にしてだ。空白地を全部寄こせってのは強欲が過ぎるんじゃないか?」

 シェリルは内心を抑えきって微笑ほほえみを保っている。

「全部頂けるのなら断る理由はないというだけですよ。ただ、私もアキラから借金を抱えていますので、頂けるなら頂いて何らかの金策に充てたいと考えています。一度縄張りを頂いた後なら、それを他の徒党に売り払うという手段も使えますので。以前にも抱えきれない分の縄張りをシジマさんのところに売りましたしね」

「借金って、幾らだ?」

「40億オーラムほどです」

 場に再びざわめきが広がる。

「……40億って、何の冗談だ?」

「冗談ではありません。ただ、算出したのはヴィオラだと答えておきます」

 シェリルはそう答えた後で、僅かに敵意を乗せた視線をヴィオラに送った。ヴィオラは楽しげに微笑ほほえみ返した。その様子を見た者達は、シェリルがヴィオラの何らかのえげつない手段によって借金を背負わされたと判断した。

 ある男が難しい顔で思案を巡らしている。事前に得ていた情報と、この場で手に入れた情報。その落差に驚きながらも、それらの情報を基に自分の組織の利権を増やそうと考え続けている。

 アキラは人型兵器とり合うほどの実力者で、単身助けに行くほどにシェリルに入れ込んでいて、たかがスリを殺すために拠点に乗り込むほどに狂っている。そのような者が恋人の借金返済を邪魔する相手にどのような感情を抱くのか。自身が40億オーラムという大金を得る機会を潰そうとする障害にどれだけの敵意を抱くのか。それを考慮した上で、シェリルを相手に縄張り争いをするべきか。

 男は思案を終えると、広大な空白地を巡るこの争いの方針を転換した。

「新入りが縄張りの管理を委託するのは構わんが、別にシジマのところでなくても良いんじゃないか? シジマのところと仲良くするって言ったが、別にそんなデカい利権を保証するようなものとは思えない。違うか?」

「まあ、そうですけど」

「だろう?」

 男は笑ってそう答えると、比較的仲の良い他組織の者達に目配せした。同意はすぐに取れた。シェリルが縄張りの管理を委託する相手をシジマから合同で奪う連合が一瞬で組まれる。

「……それなら」

 男が先んじようとした時、シェリルが少し困った表情を浮かべながら続ける。

「でも、アキラと交渉して、引き下がらせて、金まで支払わせた人って、私はシジマさんしか知らないんですよね」

 皆の視線がシジマに一斉に集まる。シジマは辛うじて平静を保った。だが口を開けるほどの余裕はなく、何らかの勘違いが積み上がっていく様子を目の当たりにしながら、黙って僅かに視線をらした。その状況でシェリルが更に続ける。

「ああ、他の方がシジマさんと交渉して一緒に管理する分には問題ないと思います。そうすれば管理可能な縄張りも増えると思いますから。助かります」

 男達の視線が交差する。幾つかの派閥が生まれたが、場を牽引けんいんするほどの差は出なかった。

「……一度休憩にしないか?」

「……そうだな」

 反論は誰からも出なかった。幹部達が会議場としていた部屋から出て行く。当然だが本当に休憩を取る者はいない。この場では話せないことを話し合うために、それぞれ場を移しただけだ。

 シジマは真っ先に部屋を出て行った。取り囲まれるのは不味まずいと理解しているのだ。まずは他の者から距離を取り、その後に裏でいろいろ暗躍していたはずだと決めつけたヴィオラに連絡を取った。

 シェリル達は部屋に残っていた。シェリルは少し疲労を見せながら大きく息を吐いている。ヴィオラは情報端末でシジマと話している。そしてキャロルは、少し楽しげな様子でシェリルを見ていた。

「キャロルさん。どうかしましたか?」

「ん? 何でもないわ。もしヴィオラに妹でもいたら、シェリルみたいな子なんだろうなって思っただけよ」

「……止めてください」

 本気で嫌そうな表情を浮かべるシェリルを見て、キャロルは楽しげに笑っていた。

 その後、一定の方向性を得た会議は少々の対立はあったものの緩やかにまとまっていった。その中でシェリル達の徒党は十分な利権を手にしていた。


 アキラがクズスハラ街遺跡の大通りをバイクで走っている。この大通りはクガマヤマ都市が建設した仮設基地から遺跡の奥へ続いており、現在も駐留部隊などによって整備が続いている。遺跡奥部攻略の要となる重要な道路だ。

 アキラがキバヤシから受けたハンターランク調整依頼の内容は、粘り強い交渉を日が落ちるまで続けた結果、この大通り周辺でのハンター稼業となった。具体的には汎用討伐、遺物収集、周辺の哨戒しょうかいや偵察を兼ねた情報収集、救援要請時の援護などだ。基本的に好き勝手に行動するという柔軟性に富んだ内容になっている。

 一応制限もある。依頼中に収集した遺物は全て仮設基地内の買取所に持ち込むこと。収集した情報も一緒に引き渡すこと。救援要請を基本的に無視しないこと。大通りにモンスターの群れが出現した場合、そちらの対応を優先させること。アキラは弾薬費等の条件と引換えにそれらの内容を飲んだ。

『まあ、大通りの周辺で好き勝手にやってくれってのは助かる。弾薬費も向こう持ちだしな。言い換えれば、ランク上げの依頼ってことを考慮しても、そんな条件が通ってしまうほど、この辺が危険だってことなんだろうけどさ』

 アルファが軽く補足する。

『この大通りは以前にアキラを襲った大型機械系モンスターの巡回ルートを既に横断しているから、そういう意味では十分危険よ』

『そうなのか? ということは、道を通すためにあれを何とかしたのか。すごいな。どうやって倒したんだろう』

『整備した大通りを使用して、戦車や人型兵器を多数派遣したのでしょうね。後方連絡線を維持できていれば、都市防衛隊の戦力ならそこまで難しい相手ではないわ。だからこの大通りの維持に大金をぎ込んでいるのよ。ほら、今もいろいろやっているでしょう?』

 アルファが大通りの脇を指差した。アキラがそちらを見ると、大通りに接している廃ビルを改造して防壁の代わりにするための工事や、脇道を塞いでモンスターの侵入を阻止する作業などが行われていた。

『当たり前だけど、すごく金が掛かっていそうだ。それだけ金をぎ込んでも利益が見込めるからやっているんだろうけど。……クガマヤマ都市ってクズスハラ街遺跡攻略のために作られたって聞いたけど、なるほど、都市ができるわけだ』

 旧世界の遺跡が東部にもたら莫大ばくだいな利益。それらが生み出す途方もない大金。アキラはその一端を感じ取って軽い感嘆を覚えていた。

 大通りには一定間隔で強固な防衛線が引かれている。前線がモンスターの襲撃で崩壊した場合に備えて、敵の更なる進行を食い止めるための戦力が常に確保されており、そこには強固な簡易防壁が設置されていた。

 アキラはそこで検問をしている部隊の者に、腕に着けている端末を見せていた。仮設基地で借りたこの端末は、以前地下街での依頼の時に借りたものと同様のものだ。今回の依頼でもこの端末を使用しており、端末は検問を通過する通行証も兼ねている。ハンターが遺跡の奥まで楽に進もうとしてこの大通りを使用する際には利用料が必要で、その徴収にも使用されていた。なおアキラは今回の依頼中は無料となっていた。

 警備の男は自分の端末でアキラの端末を読み取ると、少し興味深そうな視線でアキラを見る。

「へー。お前がアキラなのか」

「そうだけど……」

 男が少しいぶかしむ様子を見せたアキラを見て軽く笑う。

「あ、良いぞ。進んでくれ。まあ頑張りな」

 アキラは男の態度を気にしないようにして検問を抜けた。しかし後から気になってしまった。

『アルファ。あれって何だったと思う?』

『私にも分からないわ。気にせずに進みましょう。一度戻って確認するほどのことでもないでしょう?』

『まあ、そうだけどさ……』

『彼らの中でアキラの話でも出回っているのかもしれないわね。キバヤシがアキラに見せた映像でも見たり、その話を聞いたりしたのかもしれないわ』

 アルファは楽しげに微笑ほほえんでいるが、アキラは僅かに顔をしかめた。

『あれは社外秘だって話だったぞ?』

『彼らが都市の職員なら、社内の話でしょう?』

『……勘弁してくれ。あの戦闘を基準にして応援要請とかを回されるのは御免だ』

『引き受ける義務はないのだから、その時は依頼を受けた義理の分だけ戦って逃げれば良いのよ』

『そうだな。そうしよう』

 アキラは気を切り替えて進んでいった。


 男の同僚がアキラの応対に素通りと呼ぶには多すぎる時間を掛けたことを不思議に思って声を掛ける。

「何かあったのか?」

「いや、何でもない。昨日飲んでた時に話題に出たハンターを見掛けたってだけだ」

「あいつ、そんなに珍しいハンターなのか?」

「あいつがっていうか、あいつに目を付けているやつがってところだな。ほら、キバヤシだよ」

「あー、そういうことか。まだ子供みたいなのに。へー」

 同僚の男は納得したように軽くうなずいた。その表情にはキバヤシという存在と、その存在に目を付けられたハンターに抱く微妙な感情が浮かんでいた。

 キバヤシの無理無茶むちゃ無謀好きは悪評でもあるが、同時に才能のあるハンターを見つけ出す手段として微妙に重宝されている。見いだされたハンターの大部分は望外の栄華に目がくらみ、無理無茶むちゃ無謀の果てに荒野に飲み込まれて生涯を終える。しかしほんの一握りではあるが、その栄華をつかむ者も確かにいるのだ。

 たとえキバヤシの悪癖の所為で3桁を超えるハンターが巻き添えになろうとも、最前線で活動するほどのハンターとの縁を確保できれば十分釣りが来る。その判断により、キバヤシは都市やハンターオフィスからいろいろと大目に見られているのだ。弾薬費等をほぼ無制限で肩代わり等というアキラの少々異常な優遇処置の根拠もそこにあった。

「それで、あいつはおめでとうの方なのか? それともお気の毒の方なのか?」

「さあな。今のところは死んでないんだし、おめでとうの方で良いんじゃないか? まあ、いつお気の毒の方になっても不思議はねえんだけどさ。俺はあんな境遇は御免だね」

「俺もだ。命あっての物種だからな」

 男達は軽く笑って警備に戻った。


 アキラが遺跡の大通りをある程度進むと、分かりやすい境に辿たどり着いた。地面には瓦礫がれきが散らばっている。人型兵器が周囲を警戒している。視界の先では大型防壁の設置作業が進められている。一応都市が確保済みの場所ではあるのだが、一般的な作業員を派遣するには危険な場所なので作業が進んでいないのだ。倒されたモンスターの死骸なども放置されたままだった。

 アキラはそこで一度バイクをめて、進む方向を考え始める。

『さて、ここからどうするか』

 アルファが簡単な指針を提示する。

『派手に戦いたいのなら、このまま真っぐ進んで進路の確保のために前線で戦っている人達と合流すれば良いわ』

『却下だ』

『安全に遺物収集を進めるなら近くの建物にでも入りましょうか。周辺の建物は制圧作業済みかもしれないわ。その時にめぼしい遺物は持ち出されたと思うけれど、念入りに探せば結構残っているかもしれないしね』

『いや、それもちょっとな。無理も無茶むちゃもする気はないけど、初めから稼ぎの低そうな場所を選ぶのは違う気がする。……稼げそうな場所を探しながら、周辺を少し範囲を広げて彷徨うろつくか』

『一応確認するけれど、今回の依頼中は基本的には私のサポートなしで頑張るのよね?』

『ああ。アルファを頼ってモンスターを無駄弾も使わずに撃破し続けたりしたら、また変に目を付けられそうだからな。あの黒い機体を倒したのは俺の実力ではなく偶然だったと判断してもらうためにも、俺の自力での実力を確認するためにも、取りあえずは自分でやってみる。アルファのサポートが必要な時は適宜頼むよ』

 アルファが微笑ほほえみに軽い挑発を乗せる。

『それなら今回は今までアキラが積み重ねてきた訓練や実戦の成果を見る良い機会ってことね。私のサポートなしでどこまで頑張れるか、そばでたっぷり見せてもらうわ』

 アキラも軽く笑って返す。

『了解だ。頑張るよ』

『微妙な内容だったら、これからの訓練を更に厳しいものにしてあげるわ』

『これ以上厳しい内容にしたら、訓練のたびに手足が千切れるんじゃないか?』

『その時は500万オーラムの回復薬が役に立つわね』

 アルファは楽しげに笑っている。アキラは少し引き気味の表情でバイクを走らせた。大通りから脇道に入り、廃ビルの間を通って遺跡奥部の探索を始めた。


 ヤツバヤシが診療所の自室で顔をしかめている。

「まずいな……」

 大型の表示装置にはティオルに埋め込んだ発信器の反応位置が表示されている。一緒に送信されている各種情報の内容も表示されている。その位置はクズスハラ街遺跡を示していた。

「埋め込んだ爆弾は時間経過でも起爆するはずなんだが、そっちも無効化されたのか、あるいは爆弾そのものが完全に解体されてしまったのか……」

 ヤツバヤシはティオルの生死そのものは重要視していない。その内にどこかで死んで適当に処理される分には問題ないと思い、今まで状況を楽観視していた。しかし当初は僅かな懸念事項だと判断していたことが、今は大分現実味を帯び始めていた。

 ティオルの反応は都市が遺跡の後方連絡路確保作業を続けている大通りの周辺を示している。何らかの事態が発生して、そこに派遣されている部隊がティオルを生死問わず確保してしまい、更に何らかの疑念を抱いてティオルを詳しく調査した場合、ヤツバヤシにとって不都合な事実がいろいろと露見する可能性があるのだ。

「まっずいなー。何らかの手段でティオル君を回収した方が良いか? でもなー」

 ヤツバヤシは実際に回収に動いた場合に発生し兼ねない別の実害を思い浮かべた。それはこのままティオルを放置した場合に発生する実害より大きかった。しかし回収に成功した場合に得られる利益を考慮すると、黙って放置するのも惜しいとは思うのだ。

「どうしようかなー」

 ヤツバヤシは迷っていた。そして迷った末に折衷案のようなものを組み上げ始めた。

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