第158話 起爆

 アキラが家でくつろいでいる。強化服は空き部屋に置いた格納棚に収納されている。アルファは前のように強化服の制御装置等の掌握作業を続けていた。

「アルファ。強化服の調整ってどれぐらい掛かりそうなんだ?」

『明日の夜ぐらいには終わるわ。荒野に出るのはその後ね』

「結構掛かるんだな」

『以前のものより格段に高性能な強化服だからね。それにやることは単純な制御装置の乗っ取りではないのよ。強化服の性能を限界まで引き出せるように新しい制御ソフトを一から構築しているようなもので、それを考えれば驚異的な早さなのよ?』

「そうなのか? すごいんだな」

 アルファの話は事実なのだが、アキラは少し驚いた程度の弱い反応しか示さなかった。アルファが少し不服そうな態度を見せる。

『アキラの専門外のことだから仕方ないのかもしれないけれど、もう少し反応が欲しいところね』

「そう言われてもな。俺がその手のことに驚けるだけの知識を得るまで気長に待ってくれ」

 アキラはまだまだ一般教養も危うい状態だ。そして正しく驚くために必要な知識はどれも専門的なものばかりだ。

『大分先になりそうね』

「そうだな」

 この手の知識からアキラの興味を引くのは当分は難しそうだ。アルファはアキラの素っ気ない返事からそう判断した。

 アキラの情報端末に通話要求が届く。通知元を確認するとヴィオラからだった。

「アキラだ。何か用か?」

「……シェリルのことについて話があるのよ。少し良いかしら?」

 ヴィオラの口調には僅かな乱れがあった。平静を装っているが完全には無理で、内面の焦りが僅かににじみ出ている。アキラはそう感じ取っていぶかしむ。

「何だ? シェリルの徒党絡みのことならシェリルに話せ。俺に先に話を通して何かの許可を取るような真似まねは止めろ」

「違うわ。むしろそうしなかったために起こった事象について、ちょっとした説明をしたいのよ」

「一体何だ?」

 更にいぶかしむアキラに、ヴィオラが言いづらそうな間を置いてから続ける。

「……シェリルがエゾントファミリーの拠点に監禁されているわ。このままだと殺される恐れもあるわ」

 アキラの表情が僅かに険しくなった。

 ヴィオラがどこか言い訳がましい口調で事情を説明する。アキラへの御機嫌取りのためにシェリルにエゾントファミリーとの伝を紹介したこと。なぜかシェリルが出向いた先でそれを断って相手の機嫌を損ねたこと。それは予想外のことであり自分の不手際ではないこと。それを私は悪くないと弁明するかのように、僅かに焦りがにじんでいるような口調で話した。

「……そういう訳で、私は別に貴方あなたの恋人を危険にさらす気は全くなかったの。分かってもらえたかしら」

 アキラが少し素っ気ない口調で答える。

「状況は、分かった」

 ヴィオラの口調が僅かに安堵あんどにじませたようなものに変わる。

「そう。下手な誤解をされると困るから連絡したんだけど、良かったわ」

「話はそれだけか?」

 ヴィオラの口調にまた焦りが加わる。

「もう一つあるのよ。あのアルナってスリだけど、あの子もエゾントファミリーの拠点にいるわ。保護されているのか、監禁されているのかは知らないけどね」

 アキラの声が不機嫌なものに変わる。

「それで?」

「……知っているかもしれないけど、私もシジマと一緒にアルナを捕まえるなり殺すなりしようとしたのよ。でも残念ながらドランカムのハンターに邪魔されて失敗したわ。アルナがスラム街のそこらにいるのなら、また試しても良いけれど、流石さすがにエゾントファミリーが保護している人物にそんな真似まねをするのは無理なのよ。だから、もしアキラが、あの時はアキラは私達に何も頼んでいないことになっているけれど、内心私達がアルナを殺してくれることを期待しているのなら、……御期待には添えないわ。分かってもらえないかしら?」

 普段の余裕を感じさせようとしながら、恐る恐る都合の良い意見を通そうとしている。ヴィオラの口調はその意図を感じさせるものだった。

「前にも言った通り、俺は何も頼んでいない」

「そう? そうよね。話はそれだけよ。……私が言うのも何だけど、アキラもこれ以上アルナを狙うのは辞めた方が良いわよ?」

 アキラの機嫌が明確に悪くなる。

「……どういう意味だ?」

「そんなに機嫌を悪くしなくても良いじゃない。労力の問題よ。たかがスリを殺すためにエゾントファミリーを敵に回すなんて割に合わない。それだけよ。勘違いしないで。アキラではエゾントファミリーには勝てない。そういう話ではないわ。単純に割に合わない。そういう話よ。それに私の情報だと、カツヤってハンターがアルナをドランカムの人員にしようと幹部に掛け合っているらしいのよ。流石さすがにその幹部も渋っているらしいけど、ごり押しされるのは時間の問題らしいわ。スラム街のスリを殺すのと、ドランカム所属の人員を殺すのではわけが違うわ。あそこは最近クガマヤマ都市とも仲が良いらしいから、下手をすると都市ごと敵に回すことになるわ。幾らアキラでも流石さすがにドランカムを敵に回すのは無謀よ。アキラでもそれぐらいは分かるわよね?」

 ヴィオラの口調は話している間に少し流暢りゅうちょうなものに変わっていた。だが自分の立場を思い出したように、僅かな沈黙の後に再び僅かな焦りを含む口調で話を終えようとする。

「それだけよ。じゃあね」

「待て」

 機嫌の悪いままの声を出すアキラに、焦りと僅かなおびえが混ざった声が返ってくる。

「な、何かしら?」

「そのエゾントファミリーの拠点の場所を教えてくれ」

「そんなものを聞いてどうするの? いえ、何でもないわ。すぐにアキラの情報端末に地図とか位置情報とかを送るわ。じゃあね」

 ヴィオラは少し慌てた様子で通話を切った。そこからは会話を続けて藪蛇やぶへびにならないようにする焦りが感じられた。

 アキラが情報端末を置く。そして軽く項垂うなだれたように頭を下げて大きなめ息を吐いた。顔を上げたアキラの表情からは不機嫌さが消えており、代わりに覚悟が浮かんでいた。

 アキラが強化服を仕舞しまっている部屋に向かう。アルファがアキラの考えを読んで少し表情をしかめる。

『アキラ。さっきも説明した通り、強化服の調整はまだ終わっていないわ』

「別にアルファのサポートを受けられないってだけで、強化服として使えないってわけじゃないんだろう? まあ、使えないのなら最悪防護服の代わりにするよ。AAH突撃銃とA2D突撃銃を生身でも使えるように改造しておいて良かった。他のは車の銃座に設置して使うよ」

 アキラが本気で言っていることはアルファにも分かった。アキラは強化服がない時にもAAH突撃銃だけでシジマの拠点に乗り込んだことがあるのだ。装備の充実や実力向上の程度を考慮すれば、相対的にはその時の無謀さと然程さほど変わらないのかもしれない。ならば一度そうすると決めたアキラを、装備を理由に止めるのは難しいだろう。アルファはそう判断して別の手段を考える。

『シェリルを助けに行くの? スリを殺しに行くの?』

「一応両方だ。まあ、ついでだ」

 シェリルを助けに行くついでにアルナを殺すのか、アルナを殺しに行くついでにシェリルを助けるのか、それは本人にも正確には分かっていない。どちらか片方だけなら動かなかったかもしれない。だがその両方を合わせれば、アキラが動く十分な理由になっていた。

『スリを殺すかどうかは、もう一度ゆっくり考えるようなことを言っていた気がしたけれど』

「言ったけど、そのゆっくり考える時間はなくなったみたいだからな」

 猶予はなくなったのだ。アルナがドランカム所属の人間になる前に殺さなければ、ドランカム自体を敵に回す覚悟が必要になる。今ならまだエゾントファミリーを敵に回す覚悟で済むかもしれない。既に手遅れかもしれないが、行動に移るなら早い方が良いことに違いはない。つまり、今だ。

 アルファが少し真面目な表情をアキラに向ける。

『前にも言った通り、それは私のサポート外。私がそれに付き合う義理も義務もないのよ?』

 アキラが立ち止まってアルファをじっと見詰め返す。それなら付き合わなくて良い。以前のアキラなら特に気にせずにそう答えていた。アルファもその返答を予想した上で、説得を続けるつもりだった。

 だがアキラは軽く笑ってその予想を覆す。

「好きなだけ甘えて良いって言っただろう? 頼むよ」

 アルファがかなり意外そうな表情を浮かべる。そしてどこか楽しげに苦笑した。

『仕方ないわね。分かったわ』

「助かる」

『変な言質を取られてしまったかしらね』

「下手なことを言うものじゃないな」

『全くだわ』

 アキラとアルファは少し楽しげに笑い合った後、すぐに出発の準備を始めた。

 アキラが準備を終えて車の運転席に乗り込んだ。助手席には既にアルファが座っていて、揶揄からかううように話しかけてくる。

『それにしても、アキラは私を良いように扱う手段を少しずつ覚えてきたようね』

 アキラも冗談交じりの態度で答える。

「それはあれだな。日々の教育の成果だな」

『あら、私の所為だって言いたいの? 教える内容を間違えたかしら』

 アルファが表情を普段の微笑ほほえみに戻し、気を切り替えるように告げる。

『ヴィオラからエゾントファミリーの拠点が送信されてきたわ。場所も分かったことだし、行きましょうか』

「了解だ」

 アキラは準備を済ませるとすぐに出発した。


 ヴィオラがある場所で微笑ほほえんでいる。アキラにエゾントファミリーの拠点の情報を送った直後だ。

「……これで良しと。送信内容を前もって用意していたと思われないように少し時間を空けたけど、開けすぎだったかしら」

 ヴィオラの表情にはアキラと話していた時の焦りなど全くない。あの態度は全て演技だ。平静を装っているように装っていたにすぎない。ヴィオラはいつもの余裕と平静さで、いつも通りにかたっていた。

「そろそろあっちの方にも連絡しますか。……さて、どうなるかしらね?」

 これから起こることを想像して、ヴィオラは楽しげに笑った。


 エゾントファミリーの拠点はさくで覆われている。さくの内側はスラム街に接している場所とはとても思えない豪邸とその庭が広がっており、外側はありふれたスラム街か、あるいは荒野が広がっている。

 さくの外に住む者達は、さくの内の光景を見て、エゾントファミリーの力を実感する。そしてその力を得るために組織に加わるのだ。

 既に日が沈み始めている時刻。門の警備をしている構成員達が近付いてくる車に気付いた。構成員達が車へ銃を向ける。車は門の近くまで来た辺りで彼らに止められた。

 数名が銃を構えたまま車を取り囲む。男が運転席のアキラを見て脅しと嘲笑の両方を顔と声の両方に乗せる。

「おいガキ、めてんのか? ここはお前みたいなガキが来る場所じゃねえぞ。とっととせろ」

「シェリルがここにいるって聞いて迎えに来たんだ」

「シェリル?」

 男は組織の下っ端で詳しい話など全く分からないが、それでもそれらしい名前のやつがボスに呼ばれていたことは知っていたので、中に連絡を取ろうとする。

「お前、名前は?」

「アキラだ」

 男がアキラを何度か横目で見ながら上司らしい者と情報端末で連絡を取っている。

「……え、あ、はい。そう名乗っています。シェリルを迎えに来たとか言っています。……いや、そう言われても、俺にはただのガキとしか……、いえ、確かにスラム街のガキとは違って装備は真面まともというか、ハンターだって言われれば、そうかと思うぐらいで……、いや、別段そんなに強そうには見えませんね」

 男が一度話を止めてアキラに尋ねる。

「お前、本当にアキラか?」

「その本当のアキラってのが誰のことかは知らないが、俺の名前はアキラだ」

「シェリルの徒党の後ろ盾をやっているハンターがアキラって名前なんだが、お前か?」

「一応そうだ」

 男が仲間から送られてきたアキラの画像と目の前のアキラを見比べる。確かに同一人物に見えるが、上の人間が説明したようなすごいハンターには見えない。いぶかしみながら再度上と連絡を取る。

「……ええ、はい、確かに画像のやつです。……分かりました」

 男が通話を切って周りの仲間に視線で指示を出す。アキラを取り囲んでいた者達が銃を下ろして離れていく。

「そのままそこで待ってろ!」

 アキラは運転席に座ったままうなずいた。アルファが大人しくしているアキラを見て軽く笑う。

『問答無用で突入すると思っていたわ』

『交戦せずに目的の片方が片付くなら楽で良いだろ?』

勿論もちろんよ。残りの方も楽に済めば良いのだけどね』

『そっちはこいつらがあのスリの身柄を確保している理由次第だ。ここの連中がスリの被害に遭って、見せしめに殺そうとしているだけなら放っておくよ』

 アルファが少し意外そうな様子を見せる。

『アキラはそれで良いの?』

『別に、あいつを殺すのは俺だ、なんてこだわりがあるわけじゃないからな。過程がどうであれ死んでくれればそれで良い』

『それなら楽で良いわね』

『ああ』

 アルファとしてもそれでアキラが満足するなら問題ない。アルナがアキラとは無関係な事情で死ねば新たな厄介事を招くこともないだろう。そう判断して、状況をその方向へ推移させる方法を思案し始めた途端、それはあっさり破綻した。

 男達が別の車の接近に気付いて警戒を高める。窓もなく全面を装甲で覆っており、カメラ等で周囲を確認する種類の戦闘車両だ。車体上部には機銃も付けられていた。

 車が門の近くで止まる。横開きのドアが開いて武装した少年が出てくる。カツヤだった。

 カツヤが警戒している男達を威圧する。男の一人がその威圧にひるみ、それを誤魔化ごまかすように叫ぶ。

「何だてめえは! ここがどこか分かってんのか!? 死にてえのか!」

 カツヤが怒りをあらわにして男達をにらみ付ける。男達に銃を向けられているが、たじろぎすらしていない。

「アルナをさらったのはお前らだな! 返してもらいに来たぞ!」

「何言ってやがる! どこの馬鹿だ!」

 男の一人がカツヤの車両に付いているドランカムのマークに気付いて顔をゆがめる。

「お前、ドランカムのハンターか!」

「そうだ。俺はドランカムのカツヤだ。どんな理由でアルナを連れ去ったのか知らないが、黙って返すっていうなら今なら許してやる。返さねえって言うのなら……」

 大きな力を持つエゾントファミリーだが、流石さすがにドランカム所属のハンターを殺せばいろいろと面倒なことになる。カツヤを包囲しようとしていた男達の動きが鈍る。連絡係の男が慌てて上に連絡する。

「……はい! 緊急で……、カツヤっていうドランカムのハンターがここに……」

 カツヤが尻込みしているような男達の態度を見て不満そうに表情をゆがめる。自分が現れただけでそこまでたじろぐのなら、初めからアルナをさらったりするな。そう考えているのだ。

「……え、あ、はい、確かに画像のやつです。こいつがカツヤで間違いないと思います。あのアキラってやつとは違って、ガキのくせになんか随分強そうで、装備もそこらのハンターとは全然違っていて……」

 カツヤが軽く頭を抱えているアキラにようやく気付いた。そしてアルナがエゾントファミリーに連れ去られたこととアキラがこの場にいることを関連付けると、憎々しい目つきでアキラをにらみ付ける。

「……そういうことかよ」

 カツヤはアキラがエゾントファミリーに頼んでアルナをさらわせたと決めつけていた。

 アキラもカツヤにとっくに気付いている。嫌そうな顔で大きなめ息を吐いていた。

『なんでこいつがここにいるんだよ』

 アルファも残念そうにしている。これでめ事の回避は不可能になったからだ。

『あのスリを助けに来たのでしょうね』

『なんであのスリがここにいるって知って……』

 アキラはヴィオラからの情報との関連性を疑って言葉を止めたが、確証もなく、自分は勘も良いとは思っていないので、取りあえずは別の可能性を優先させる。

『……まあ、ドランカムの情報網とかがあるのかもな。エレナさんの話だとあいつはちょっとした幹部扱いらしいし、その手の情報の入手手段でもあるのかもな』

『それで、すごにらまれているけれど、どうするの?』

『そうだな……』

 アキラは車から降りると、上と連絡を取り続けている男の前まで行って話に割り込む。

「おい」

「何だ、邪魔するんじゃねえ! 黙って待ってろ!」

 アキラが男の通話先の相手にも聞こえるように大きな声ではっきりと伝える。

「ここにアルナがいてまだ生きているのなら、殺すから俺に引き渡せ。あるいはすぐに殺せ」

「は!? お前何を言って……」

 男がアキラの宣言に困惑していると、今度はカツヤが割り込んでくる。

「ふざけるな! そいつにアルナを渡したら絶対に許さないからな!」

 男が更に困惑しながらアキラとカツヤを見る。片方は殺すために、もう片方は助けるために、どちらもアルナを寄こせと言っている。大したことはない雰囲気の少年が少し険しい表情で、既に実力者の風格すら感じられる少年が激しい怒りの表情で、同じ要求を突きつけている。

 組織の幹部でもない男には決定権などないが、自分で決めて良いのならどちらにするか、男はその選択を態度に出しながら上に状況を伝えていた。

 アキラが男の態度を見て、分かっていたことをつぶやく。

「……まあ、だろうな」

 この時点でアキラは大人しくする選択を完全に捨てた。今まで通り、いつも通り、今回も自分の要求は通らない。カツヤだけが中に案内されてアルナが引き渡される。そう決めつけた。

 アキラはついさっきまで、シェリルとエゾントファミリーのめ事に対しては、比較的部外者寄りの立ち位置だった。だから大人しく正面から取次ぎを頼み、それでシェリルが戻ってくれば、彼らを敵とは見做みなさなかった。

 だがもう違う。彼らは自分がアルナを殺すのを邪魔している。そう認識した時点で、アキラはエゾントファミリーを完全に敵と見做みなした。同時に相手への対応も、敵に対してのものに変わった。

 アキラが男の横を通り過ぎて、閉じられている門の正面に立つ。アルファがめ息を吐く。

『結局こうなるのね』

『もうあいつには二度引いているんだ。二度あることは三度ある、にしてしまうと、これからも何度でも、になりそうだからな。もう引き下がれない。三度目の正直にしておかないとな』

 以前と異なりアキラの装備は充実している。少なくとも引き下がる理由になるほど致命的ではない。時間制限もある。アルナがより大きな力の庇護ひご下に入る前に殺す必要がある。アキラはもう引き下がる理由を思いつけなかった。

『前にも話したけれど、その強化服はまだ掌握途中で、私の制御が中途半端なの。私のサポートを完全に受けられるとは思わないでね。アキラもその強化服に慣れていないのだから十分注意すること。分かったわね?』

『分かった』

 アルファがどこか優しげに笑う。

『それなら、存分にやりなさい』

『了解だ』

 アキラの強化服は既に稼動状態だ。渾身こんしんの力で放たれた痛烈な蹴りが頑丈な扉にたたき込まれる。3億5000万オーラムの強化服が生み出す身体能力から放たれた蹴りの衝撃が扉に加わると、轟音ごうおんとともに扉が派手に吹き飛ばされた。

 突然のことに男達が唖然あぜんとしている中、アキラの車がアルファの運転で走り出す。車はアキラをき殺す勢いで敷地内に突入する。アキラは上に軽く飛んで車を避けると、そのまま車に飛び乗った。

 アキラが車の銃座に取り付けていた武器を外して装備し直す。

『アルファ。シェリルとスリの場所とか分からないか?』

『残念ながらやかたの外にはいないということしか分からないわ。ヴィオラからの情報に拠点内の見取図が含まれていたけれど、シェリルとスリの位置までは記載されていなかったわ』

『乗り込んで適当なやつから聞き出すしかないか』

『私も探すから見つかったら教えるわ』

『頼んだ』

 車はそのまま拠点の庭を勢いよく進んでいく。内部の者達がアキラを銃撃し始める。アキラも車から取り外した強力な火器で応戦する。発火炎マズルフラッシュの光が闇夜やみよに無数に飛び散った。


 アキラが扉を蹴破って中に入った後、我に返ったカツヤがアキラに向けて銃を構えて乱射した。だが既にアキラとの距離を大分離されている上に、慌てて撃ったので命中しなかった。

「くそっ!」

 悔しそうに顔をゆがませるカツヤに、周りの男達が銃を向ける。カツヤの言い分としてはアキラを狙っただけなのだろうが、やっていることはエゾントファミリーの拠点への発砲であり、明確な攻撃行動だ。もう相手がドランカムのハンターだろうが放置はできない。

「てめえ! ふざけやがって!」

 男達がカツヤを殺す気で引き金を引く。それに反応したカツヤが回避行動を取りながら反撃する。銃弾が飛び交う中でカツヤはその実力を示した。銃弾を浴びた男達が即死し、あるいは致命傷を負い、次々と崩れ落ちていく。

 既に立っている者はカツヤだけだ。眼前の凄惨な光景を作り出した者が、血に染まった地面に伏している者達を見て、言い訳をするように吐き捨てる。

「アルナをさらったお前らが悪いんだからな!」

 カツヤは険しい表情で車に乗り込むとすぐにアキラの後を追った。

 地と血に伏していた死にかけの男が、残った力を振り絞って情報端末を操作していた。襲撃を知らせる緊急警報を送信して、恨みを込めた表情のまま息絶えた。


 ロゲルトがアルナを尋問している。部下がアルナの頭に銃口を押し当てている状態で、動揺と恐怖がにじみ出ている表情から虚言を見抜こうとしている。

 ロゲルトはアルナに同じ質問を何度も繰り返して、回答内容の差異に注意を払っていた。アルナからカツヤに助けられた時の状況を詳しく聞き出して、そこに誰かの意図が混ざっていないか、何らかの作為が存在していないか、そもそも作り話ではないか、念入りに確認していた。

 ロゲルトがおびえながら答えるアルナの様子とその回答内容から結論を出す。

(こいつはうそを吐いていない。少なくともこいつはそう思っている。当日の行動に計画性もない。こいつがカツヤに助けられたのはただの偶然。カツヤがこいつを助けたのも、連れの女に良い格好を見せようとしたと考えれば辻褄つじつまは合う。たかがスリに2000万オーラム払うって言われても引き渡しを拒否したのは、金で女を売るって悪評を恐れただけかもしれないな。あるいは引っ込みが付かなくなったのか。結構稼いでいるハンターなら2000万オーラムを小銭と考えても不思議はない。それに相当な女好きって話も聞く。十分あり得る。……こいつらが裏でヴィオラと手を組んでいる可能性は、ないか)

 カツヤとアルナに関する情報は全てヴィオラの自作自演かもしれない。ロゲルトはそう懸念していたが大分薄れた。ヴィオラの流した情報でそう動かされた可能性も、アルナがアキラを狙った理由を聞いて薄まった。恐らく偶然。そう判断できる内容だったからだ。それでも確実に偶然だとは断言できないところがヴィオラのたちの悪さを表していた。

「もう一度聞く。お前はカツヤと非常に親しい仲で、何かあれば助けてくれると約束もしている。そうだな?」

 アルナがおびえながらも僅かに意気を強めて答える。

「そうよ! 絶対助けてくれるわ!」

「だがお前はこんな状況だ。助けられなかったってことじゃないか?」

「……それは、私の所為よ。危ないから出歩くなって言われたのに勝手に出歩いたから……」

 アルナはドランカム保有のキャンピングカーの中にいたのだが、あるハンターにこの車を使うからと追い出されてしまった。ドランカムの敷地内でどうすれば良いか思案していると、今度は警備員に部外者だと認識されて敷地の外に追い出されてしまった。敷地の外であたふたしていると、カツヤがアキラを探してスラム街の方へ行ったという話を耳にしたので、不安に押し流されてそのままスラム街の方へ行ってしまった。そしてスラム街の近くでロゲルトの部下にさらわれたのだ。

 アルナはそれを不運の連続だと思っているが、実際はヴィオラがそうなるように情報を流していたのだ。アルナがいた車を偶然使おうとしたハンターも、その近くを歩いていた警備員も、ヴィオラが流した情報で知らないうちに都合良く動かされていた。カツヤの話をしていた誰かは、名前も知らない者から金をもらってアルナの近くで指示通りに雑談をしていた者だった。

 ロゲルトが項垂うなだれているアルナを見てヴィオラへの畏怖を高める。アルナは自分がさらわれた理由も過去に自分に金を盗まれた者の恨みだと思っている。ロゲルトがそう説明したからだ。裏でヴィオラが画策していたとは欠片かけらも気付いていない。

 ロゲルトがアルナの心を折るようにわらう。

「まあいいさ。そのカツヤが本当にそこまでお前を大切に思っているのなら俺達にも好都合だ。お前が俺達に迷惑を掛けた分、そのカツヤにしっかり借りを返してもらう。断られたらお前を殺して憂さを晴らすだけだ。お前が大切な人質になることを期待してるぜ?」

 ロゲルトはアルナの表情からその期待値を計る。期待できそうだと判断して笑い、部下と一緒に部屋から出て行った。

「……カツヤ。……助けて」

 監禁場所に一人になったアルナが悲痛な表情でつぶやいた。

 部屋から出たロゲルトの情報端末から緊急の連絡を知らせる音がする。ロゲルトが険しい表情で応える。

「俺だ。何があった?」

 連絡した部下が非常に慌てた声を返す。

「ボス! 襲撃だ!」

「どこの連中だ? まさか、ハーリアスのやつらか!?」

 ロゲルトは部下の慌て振りからそう判断したが、報告を聞いて驚きの表情を浮かべる。

「何だと!?」

 襲撃者はアキラとカツヤ。その報告はロゲルトには余りにも予想外だった。更に一緒に送られてきた通話記録を聞いて大きく表情を険しくゆがめる。

(どういうことだ!? なぜどちらもあいつがここにいると知っている!? 露見するにしても早すぎる! 当日だぞ!? しかも引き渡し交渉もせずにいきなり襲撃だと!? 不自然すぎる!)

 ロゲルトがその不自然を解消させるものに気付いて表情を鋭くさせる。

(……まさか、ヴィオラが俺に話を持ちかけたのは、俺にアキラ達を利用させるためにではなく、アキラ達に俺達を襲撃させるためか? 交渉の余地などない。そう認識させる情報があいつらに渡っているのか? そうだとしたらどうやって襲撃を唆した? たった2人で俺達に勝てるとでも思って……)

 ロゲルトの表情が一瞬固まる。その後、激怒の表情で情報端末越しの相手に指示を出す。

「すぐにその2人を殺せ! 投降させる必要はない! 拠点の外にいる戦闘要員を全員呼び戻して全力で対応しろ! 格納庫の機体も全て出撃させろ!」

 ロゲルトの部下が程度を越えた指示の内容に困惑した声を返す。

「待ってくれ。ガキ2人に幾ら何でも大げさだ。第一、あの機体はハーリアスとの抗争用のとっておきじゃ……」

 急な指示に渋る部下をロゲルトが怒鳴りつける。

「ガキが2人だけで俺達を敵に回すわけがねえだろうが! 恐らくヴィオラがハーリアスとつながっている! 混乱に乗じて連中の部隊が来るはずだ! 急げ! 俺が格納庫に着く前に機体の準備を済ませておけ!」

「わ、分かった!」

 部下が慌てた様子で通話を切った。ロゲルトが非常に厳しい表情で周りの幹部級の部下達に指示を出す。

「俺は格納庫に行く。お前達はすぐに部隊を編制して迎撃に移れ。金でこっちに付きそうなハンター連中も雇え。総力戦だ。万一ガキどもを始末してもハーリアスの部隊が現れない場合は、そのままハーリアスの拠点に俺達から攻め込む」

「了解。シェリルとアルナとかいうガキの方も始末しておくか?」

 冷静な部下達を見てロゲルトも冷静さを取り戻し、僅かに思案する。

「……いや、一応人質として使ってみろ。交渉もせず忍び込みもせず、正面からいきなり襲撃してきたんだ。本気で助ける気はないのかもしれないが、試すぐらいはしておけ」

 ロゲルトはそれだけ指示を出すと格納庫へ走り出した。他の部下達も指示通りに動き始めた。

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