第154話 狂人の判断基準

 レイナが必死に模擬戦を続けていた頃、カナエがアキラの情報端末に表示されている調整内容の項目を見て笑っていた。

「アキラ少年。これはちょっとやりすぎじゃないっすかね?」

「そうか? でもレイナの勝率も悪くないと思うぞ」

「それはあねさんが厳選した装備のおかげっす。少年はこの調整内容で勝てるっすか?」

「……重要なのは勝ち負けじゃない。良い訓練になるかどうかだ」

 アキラ自身もこの調整内容で十分な勝率をたもてるとは余り思っていない。相応の無理を支払う必要がある。ただそれを正直に答えるのも何となく気が乗らず、誤魔化ごまかすような返答をした。

 カナエがアキラの少々子供っぽい返答を少し意外に思い軽く笑う。

「まあ、確かにそうっす。でもあの勝率を前提とする難易度だと、かなりの賭けや無茶むちゃが必要になるっす。その動きや判断に馴染なじんでしまうと、実戦でも無意識に同じ賭けや無茶むちゃをしかねないっす。個人的にはもう少し低難度で勝率10割を保つ訓練を推奨するっすけどね」

 アキラが意外そうな表情を浮かべる。何となくだが無理無茶むちゃ無謀を体現したような人物に見えるカナエから、そんな慎重さを表す言葉が出るとは思っていなかったのだ。

「なんすか、その表情は?」

「何でもない」

「私も訓練の教官として意見を言う時は、ちゃんとそれに適したことを言うっす。お嬢に訓練を付ける時もちゃんとやっているっすよ?」

「だから何でもないって」

 アキラは不満げな様子のカナエから視線をらしている。シオリはどことなく楽しげな様子だ。

「……まあ、それは良いっす。ところで少年、暇っすよね? 軽く手合わせでもしないっすか?」

「嫌だ」

「まあまあ、そう言わずに。これも訓練っすよ。交換条件みたいなものっす」

「交換条件?」

「そうっす。少年はお嬢が模擬戦をしている間は模擬戦ができないっす。これは訓練の機会をお嬢が奪っているとも言えるっす。そのおびに格闘戦の訓練でも少年に付けようっていう私の善意っすよ。彼らを相手に銃撃戦の訓練はできても、格闘戦の訓練はできないっすよね? ちゃんと訓練を付けてあげるっす。本来なら金を取る訓練を、交換条件ってことでただにするっす。良い機会じゃないっすか。どうっすか?」

 一理有るような無いような説明を聞いてアキラが悩み始める。確かにアキラが格闘戦の訓練を積む機会は少ない。強化服を利用して行うアルファとの訓練にも、相手が実在していないために限度がある。格闘戦の技術を実戦で殺し合う以外の方法で積めるのであれば確かに良い機会だ。その訓練相手がカナエでなければ。

 アキラは悩んだ末に注意深く尋ねる。

「カナエが俺の訓練に付き合う。そういうことで良いんだな? 俺の訓練である以上、俺の要望に従ってもらう。具体的にはカナエには物すごく手加減してもらう。そして頭を狙うのはそれがフェイントであっても無しだ。それでいいなら、付き合ってもらう」

「良いっすよ! いやー、言ってみるものっすね! 早速始めるっすよ」

 カナエが浮き浮きしながら観戦場所から飛び降りた。

 シオリが少し意外そうにしている。

よろしいのですか?」

「まあ、訓練自体は真面目に付けるつもりのようだし、気兼ねなく戦える格闘戦の訓練相手が貴重なのも事実だしな」

 強化服を着用しての格闘戦は下手をすると相手を殺しかねない。しかし生身で戦うのもそれはそれで危険だ。強化服を着用した上でそれなりの出力で戦える都合の良い相手ではあるのだ。

「万一の場合は助力いたします」

「あー、その時はお願いします」

 アキラはシオリに軽く頭を下げた。

 アキラとカナエが対峙たいじして構えている。カナエはかなりうれしそうに楽しげに笑っている。

「私は要望通り手加減するっすけど、少年は殺す気で全力を出して良いっすよ。さあ、いつでも良いっす!」

 アキラは呼吸を整えて緊張を抑えている。訓練とはいえ相手は間違いなく格上だ。油断はできない。

『アキラ。私はどの程度サポートした方が良い?』

『訓練なんだ。無理はしない。だから基本的に何もしないでくれ。助言だけ頼む。後は本当に危ない時だけにしてくれ』

『分かったわ。頑張ってね』

『ああ』

 アキラはカナエとの距離をゆっくりと詰めていった。

 訓練の名目でアキラと手合わせ兼値踏みを試みたカナエだったが、その目論見もくろみは崩れ去った。アキラが一方的に押されていたからだ。

 アキラは何度も足を払われて転倒し、つかまれて投げられ、避けきれない突きや蹴りを寸止めされる。アキラからの攻撃は軽く躱され、受け流され、防がれて、反撃を受ける。見所などどこにもなかった。

 初めは楽しげだったカナエの表情もすぐに曇り始める。相手への落胆や失望が浮かび、つまらなそうに名目である訓練相手を務めていた。

(……期待外れっす。わざと手を抜いているようにも見えないし、これが少年の実力っすか。スラム街の遺物販売店を襲った強盗8人を、1人で返り討ちにした子供のハンターがいるって話を聞いたから、もしかしたらアキラ少年かもしれないって思ったっすけど、別人すかね)

 観戦している休憩中の者達も、一方的に倒されているアキラを見て動揺したり軽い失望の表情を浮かべていたりしている。アキラが彼らに自分の実力を弱く装う理由もないだろう。カナエは彼らの態度とアキラの様子から思い、やはりアキラの実力はこの程度だと判断して大分やる気をなくしていた。

 レイナが模擬戦を終えて戻ってくるのを見て、カナエが訓練の打ち切りを決める。

「少年。お嬢も戻ってきたっすから、これぐらいにするっすよ」

 アキラが息を整えながら答える。

「ありがとう御座いました」

「どういたしましてっす。まあ、筋は悪くないと思うっすから、後は精進あるのみっすよ」

 カナエがレイナを出迎えようとしていたシオリに近付き、怪訝けげんそうに尋ねる。

あねさん。正直に言って、あの程度の相手に苦戦したっすか? ちょっとどうかと思うっすよ?」

 シオリは全く気にせずに、そ知らぬ顔で軽く流す。

「好きに言ってなさい」

 カナエがシオリを注意深く観察するようにじっと見ている。シオリは澄まし顔だ。

「何? お嬢様の気も済んだようだから、借りた装備を返して礼を言って帰るわよ」

あねさんはアキラ少年の実力をあの程度とは思っていないっすね? そして少年を真面目に戦わせる手段に心当たりがあるっすね」

 僅かに嫌そうな面倒そうな表情を浮かべるシオリを見て、カナエが楽しげに笑う。

「で、どうすれば良いっすか?」

「カナエの我がままに付き合う気はないわ」

「良いじゃないっすか。私がアキラ少年の車を見つけたからこの場に来られて、お嬢の良い訓練にもなったんすから、ちょっとぐらい手伝って下さいっすよ。お嬢がカツヤ少年の派閥から追い出された所為で、多人数を相手にした訓練が難しくなっていたのにっすよ? お嬢の役に立ったじゃないっすか」

「元々お嬢様の役に立つのが私達の仕事でしょう?」

「私は違うっすよ? お嬢の護衛が仕事であって、そのついでに訓練を付けているだけっす。止めても良いんすよ?」

 シオリがめ息を吐く。レイナの訓練を持ち出されてはシオリも断りにくい。だが黙って協力するのもしゃくに障るので、別方向から対応する。

「それなら私がアキラ様と交渉するから100万オーラム払いなさい」

「か、金を取るっすか」

「当然よ。お互いに業務外のことを手伝う仲でもないでしょう? 別に嫌なら良いわよ」

「あー、分かったっす。お願いするっす」

 シオリの性格から考えて自分をだまして金をむしろうとは思わないはずだ。それにアキラの本当の実力にも興味がある。それならその程度の金は惜しくない。カナエは少し悩んでからそう判断した。

「取引成立ね。カナエの給料から引いておくわ。交渉に失敗しても引くわ」

「えー、そりゃないっすよ」

 シオリは不満げなカナエを置いてアキラの前まで行く。カナエを諦めさせるための嫌がらせに近い返事だったのだが、取引が成立した以上やるべきことはやると決めて、アキラに微笑ほほえんで依頼を申し出る。

「アキラ様。もう一度カナエと格闘戦の訓練をしていただけないでしょうか? これはアキラ様への依頼になります」

 アキラが不思議な様子を見せる。

「もう一度って、十分やっただろう?」

「いえ、条件が異なります。カナエがアキラ様の訓練に付き合うのではなく、アキラ様がカナエの訓練に付き合う形式でお願いいたします。報酬額は50万オーラム。全額前払い。期間はアキラ様が50万オーラム分働いたと判断するまで。条件は以上となります。如何いかがでしょうか?」

 アキラはいろいろと見抜かれていることに僅かに顔をしかめた後、この依頼を受けるべきか悩み始めた。シオリが続ける。

「差し出がましいことを申し上げますと、カナエに過度に押され続けていた光景で訓練を終えるのはよろしくないかと思います」

 シオリがそう言ってエリオ達に視線を向けた。アキラも釣られてそちらを見て、無意識にエリオ達の様子を探る。確かに無様を見せた。エリオ達の一部は、下手をすると格闘戦なら自分と戦っても勝ち目がある、と判断しているかもしれない。アキラは何となくそう思った。

 シオリがアキラの思考を誘導してから更に続ける。

「私情をお話しいたしますと、お嬢様はセランタルビルで他の方々と遜色のない実力を披露したアキラ様と同等の実力を身に着けることを当面の目標としております。その目標には高くあってほしいとも思っております」

 アキラがレイナの様子をちらっと見る。レイナは少し残念そうにも見える複雑な表情を浮かべていた。

「随分高そうな装備をしているし、装備込みの単純な戦闘力なら、もう俺より上なんじゃないか?」

「そうでしょうか? 少なくとも私はそうは思いません。また、実力とは単純なものではありません。装備の性能のみで決まるものでもありません」

 アキラは僅かに間を置いてから、根負けしたような様子を見せた。

「分かったよ。依頼の期間は本当に俺の独断で勝手に決めるからな。文句は受け付けないぞ」

「それで問題御座いません。ありがとう御座います」

 シオリはアキラに丁寧に頭を下げると50万オーラムをその場で支払った。振り込みなどではなく現金が必要になった場合に備えたものだ。アキラはそれを受け取って一度車両に戻ると、リュックサックから回復薬を取り出して飲み込む。

『アキラ。受けて良かったの?』

『まあ、アルファのサポート有りでも試してみたいとは思っていたし、エリオ達に変な勘違いをされると困るのも確かだ。それに……』

『それに?』

『負けっぱなしもしゃくだしな』

 アキラがそう言って少し不敵に笑うと、アルファも不敵に楽しげに笑った。

『それもそうね。それで、どれぐらい無理をする気なの?』

『報酬分ぐらいは無理をしよう。一応依頼だしな』

『分かったわ。アキラも事前に回復薬を飲むぐらいやる気のようだし、強化服の設定も変更しておきましょう。カナエが油断していたらあっという間に倒して、私達の実力を見せつけてやりましょう』

 随分とやる気を見せるアルファを見て、アキラも少し楽しげに笑った。

 アキラとカナエが再び対峙たいじしている。アキラは前回の開始時と同じ真剣な表情だが、カナエの方はどこか半信半疑の表情だった。

「いつでも良いっすよ。今回は私の訓練である以上、アキラ少年には今度こそ全力を出してほしいっす」

「別に前も手を抜いたわけじゃないんだけどな」

「まあ良いから、とっとと来るっす。そっちは頭も遠慮なく狙って良いっすよ」

「了解」

 アキラが前回と同じように間合いをゆっくりと詰めていく。その動きを見てカナエがやはり期待外れだと僅かに落胆の色を見せた瞬間、アキラは強化服の出力を限界まで上げた状態で地面を蹴り、素早く鋭く滑らかな動きで一気に距離を詰めた。

 突如別人の動きになったアキラへの驚きがカナエの反応を僅かに遅らせた。だがそれでも地力が異なる。カナエは右手で突きを入れようとしているアキラの視線や動きを見て、余裕を持ってその攻撃を防ごうとする。

 カナエは自分の腹部を狙った強力な蹴りを辛うじて両手で防いだ。

(……右の突きはフェイント!? 右腕も視線もしっかり頭を狙っていたっすよ!? ちょっとフェイントが上手うますぎないっすか!?)

 カナエが両手でアキラを押し返しながら反撃に移る。メイド服の裾から伸びた蹴り足が鋭く弧を描く。それをアキラは上体を反らしながら僅かに退いてかわした。

(……攻撃の直後に強く押し返されたのに体勢が全く崩れていないっす! それにこの反応! 蹴りの動作の開始直後に回避行動に移っているっす! しかも蹴りを目で追っていないっすか!?)

 カナエは蹴りの勢いを利用して軸足を跳ね上げると、意図的に体の軸をずらして軌道を変えた蹴りを放つ。アキラはそれも素早く身を低くして躱す。そして両脚が地面から離れているカナエに殴りかかる。

(……甘いっすよ!)

 本来なら空中を飛んでいる状態のカナエにアキラの攻撃を回避するのは不可能だ。だがカナエの両手足の装備には力場装甲フォースフィールドアーマーが仕込まれていた。

 左手足に発生させた力場装甲フォースフィールドアーマーを押して体を強引に移動させてアキラの攻撃をかわす。更に一瞬だけ展開した力場装甲フォースフィールドアーマーを足場にして空中という体勢の崩れを無理矢理やり立て直して反撃に移る。

 次の瞬間、カナエの回避行動を読んでいたとでも言わんばかりに、アキラの痛烈な蹴りがカナエの腹部に突き刺さった。カナエはそのまま吹き飛ばされて地面に背を着いた。

 横たわっているカナエから少し離れた場所でアキラがゆっくりと呼吸を整えている。攻防は数秒で、気をらして他所を見ていればあっという間に終わってしまうものだ。だがそれを目の当たりにした者達に与えた衝撃は大きかった。レイナとエリオ達は唖然あぜんとしていた。アキラ達の戦いを理解することもできなかったからだ。

 シオリは少し意外そうな表情をしている。半分ぐらいは予想通りだったからだ。

 カナエが身を起こす。怖いほどの笑みを浮かべてしっかりと立ち上がる。それを見てアキラが僅かに険しい表情を浮かべる。

『あれだけ蹴飛ばしたのにダメージ無しか』

『装備と実力。その両方に大幅な差があるのよ。仕方ないわ』

『それもそうだな』

 アキラが気を切り替えてカナエに宣言する。

「終わりだ」

 カナエがあふれんばかりの戦意で笑顔を形作って楽しそうに答える。

「……何を言ってるっすか。これからっすよ。アキラ少年の本気に驚きはしたっす。大したものっす。でもこの程度で勝ちを確信するほどめてもらっては困るっすよ」

「いいや、終わりだ」

 その返事をめられていると捉えたカナエが非常に楽しげな笑みを浮かべる。

「その勘違い。すぐに潰してやるっすよ」

「そうじゃない。依頼の期間が終わったんだ」

 カナエの表情がその意味を問うものに変わる。

「受けた依頼の期間は、50万オーラム分働いたと俺が判断するまでだ。今ので50万オーラムぐらいは働いた。依頼達成で、終わりだ。これ以上は付き合わない」

 カナエは怪訝けげんそうにしていたが、意味を理解すると非常に不満そうな表情を浮かべた。

「えー! 私の心にここまで火を付けておいてお預けって、そりゃないっすよ!」

「断る! 回復薬も強化服のエネルギーもただじゃないんだぞ!」

「分かったっす! じゃあ後で追加分を払うっすよ! それでどうっすか!」

「駄目だ! 俺の強化服は大分調子が悪くなっているんだ! これ以上付き合ったら壊れかねない! 新しい強化服が届くまで保たせるつもりなんだ。絶対に付き合わないからな。無理に続けようとするなら、車で逃げながらDVTSミニガンで拡張弾倉が空になるまで撃ち続けてやるからな」

 アキラがカナエの意欲を根こそぎ刈り取りそうな対処方法を宣言すると、カナエは非常に残念そうな様子を見せながらも諦めた。

「分かったっすよ。はあ……。あー消化不良っす。でもあれで50万オーラムって、ちょっとぼり過ぎじゃないっすか?」

「あの一撃を食らって無傷な相手への評価と考えれば安すぎるぐらいだ」

 強化服の操作方法を追従式から読み取り式に戻して、意識を集中して体感時間を圧縮して、アルファのサポートを受けた上で強化服の出力を限界まで上げて、更に回復薬を事前に服用して身体への負担を押さえる必要があるほどの無茶むちゃな動きをして、ようやく食らわせた一撃を受けてほぼ無傷。アキラはカナエを十分評価していた。

 カナエはアキラの実力を認めたが、そうすると今度は前回の内容に不満を覚える。

「それにしても、あれだけ戦えるなら前の時ももっとやる気を出して戦ってほしかったっす。依頼を受けないとやる気が出ないタイプっすか?」

「真面目にやっていたぞ? 俺の訓練だから不必要な無理をしなかっただけだ。あれでもちゃんと俺の訓練になっていた。さっきのはそっちの訓練で依頼だから、必要なことをしただけだ。前にも言った通り、回復薬も強化服のエネルギーもただじゃないんだ」

 カナエが少し思案した後で、表情を少しだけ真面目なものに変える。

「アキラ少年は実はこっそり超人を目指している方っすか?」

 アキラが僅かに顔をしかめる。

「そんなつもりはない。前にも似たようなことを聞かれたけど勘違いだ。俺を生身で戦車を殴り飛ばすのを目標にしているような連中と一緒にしないでくれ」

「……そうっすか」

 カナエが何かを含むような楽しげな笑みを浮かべた。そこには相手への確かな好感が含まれていたが、それは好敵手や無自覚な同類へ向ける親愛に近いものだ。アキラはそこにネリアの笑みに近いものを、これから殺す相手を口説こうとする人間の笑みに近いものを感じて、僅かに嫌そうに顔をゆがめた。

 その後レイナ達はアキラに礼を言って去っていった。アキラは少々疲れ気味の顔を浮かべていた。

『アルファ。何か疲れたから、今日の訓練はこれぐらいにしても良いか?』

『良いわよ。すぐ帰る? それともエリオ達だけで模擬戦を続けさせる?』

『そうだな……、続けさせるか。あいつらには貴重な訓練の機会なんだ。俺のやる気がなくなったから帰るってのもな』

『分かったわ。それなら二手に分かれて戦わせて、アキラには観戦しながら客観的な視点で彼らの改善点でも探ってもらいましょうか。そういう考察力も大切だからね』

 エリオ達だけで再開した模擬戦はその後もしばらく続き、アキラが再び参加することもなく切りの良い時間で終了となった。

 今日はエリオ達が体力の限界を迎える前に訓練を終えた初めての日となった。


 寄り道を終えたレイナ達が荒野を都市に向けて進んでいる。カナエが運転しながら機嫌良く話している。

「いやー、ちょっと消化不良だったっすけど、寄って良かったっすね。お嬢の腕試しにもなったし、アキラ少年の強さも分かったっす。正直あそこまでとは思っていなかったっす。あねさんが苦戦するわけっすね。それでお嬢。手応えはどうだったすか? 途中から見てなかったっすけど」

 レイナはかなり満足げな様子を見せていた。少なくとも、途中から見ていなかったと言われたことをどうでもいいと思うぐらいには。

「大変だったけど、今の自分がどこまでできるか、それをつかめたような気がしたわ。それが装備のおかげであってもね」

「装備込みでの実力を把握するのも重要なことっすよ。アキラ少年も強くなるには装備と訓練が大切で、二者択一なら装備って答えていたじゃないっすか」

「そうだったわね。訓練用のシミュレーションだとはいえ、模擬戦で苦戦したのは相手の装備がすごかったからだったわ。物凄い高性能な装備の素人にごり押しされて負けたって感じだったわ。まあ、私も程度の差はあっても同じなんだろうけどね。装備はシオリがそろえてくれたから大丈夫。後は訓練か。私がアキラのように強くなるには、まだまだ訓練が足りないわ。シオリ。カナエ。これからもよろしくね」

 吹っ切れたように前向きに進もうとするレイナの様子に、シオリも機嫌良く答える。

「お任せください。お嬢様のお役に立つのが私の仕事ですから」

 しかしカナエは逆に少し険しい表情で答える。

「お嬢。アキラ少年と同程度の強さを目指すのは良いっすけど、アキラ少年のように強くなるのは駄目っすよ。あれは参考にしては駄目な例っす」

「……どういうこと?」

 不思議そうに聞き返すレイナに、カナエが少し真面目な表情で補足する。

「いろいろとイカれているってことっすよ。アキラ少年の強化服はお嬢のもののような高級品じゃないっす。基本性能も着用者の負担軽減性能も低い。だから普通は着用者の安全のために出力の上限を落としているっす。でも恐らく少年はその辺の制限を改造でもして取っ払っているっすね。身体への負荷は相当なものになっているはずっす。その負荷だけで、まあ普通は死ぬっすね。あねさんの依頼を引き受けた前と後で少年の動きが別人になっていたっすよね? あ、見てたっすか?」

「見てたわ。突然強くなって驚いたけど……」

「あれがその負担を許容するかどうかの違いっすよ。少年が回復薬を事前に服用していたのは、そうでもしないと死にかねないからっす」

「そ、そんなにひどいの? そうは見えなかったけど……」

「何なら後でお嬢も一度試してみるっすか? お嬢の強化服の設定を変えれば試せるっすよ?」

 カナエは軽くそう言ったが、シオリが非常に厳しい口調で口を挟む。

「カナエ。ふざけたことを言わないで。お嬢様。本当に危険です。絶対に止めてください」

 レイナはシオリの態度からその危険性を正しく理解して表情をゆがめた。カナエが軽く笑いながら続ける。

「一度ぐらい体験するのも経験だと思うっすけどね。まあ、それぐらい負担になるっすよ」

「確かにそこまで危険なら、その戦い方が駄目って言われるのも分かるわ」

 納得する様子を見せているレイナに、カナエが首を軽く横に振って続ける。

「違うっすよ。そこは大して問題じゃないっす」

「えっ? シオリからも止められたし、そういうことじゃないの?」

あねさんだって似たような切り札は持っているっす。いざという時にそういう戦い方を選択肢に入れるのは悪くないと思うっす。問題は、それだけの負担の掛かる危険な手段を、別段危機的な状況でもないのに何の躊躇ちゅうちょもなく使用できる思考、価値観、判断基準を持つアキラ少年の異常さっす」

「い、異常って……」

「少年の強化服はあねさんと戦った後に買い換えたものなのに、もう大分調子が悪くなっていて買い換えるって話だったっす。強化服って普通はそんなすぐに悪くなったりしないっすよ。つまりそれだけ強化服自体に負荷が掛かる戦闘を何度も経験しているってことっす。それだけでも普通の感覚の持ち主なら十分イカれているって言って良いっすね。加えて、私以外の人からも超人を目指しているって勘違いされているような生活を無自覚に続けている。こう言っちゃ悪いっすけど、ちょっと頭がおかしいっすね」

 シオリが少し険しい表情で口に出す。

「カナエからそう言われるなんて、相当ね」

「まあそこまでとがっているからあねさんも苦戦したんでしょうけどね」

 カナエはそこまで語った後で、急に不思議そうな表情を浮かべる。

「……ただまあそうすると、やっぱり疑問が出るっすけどね。そういう人物なら多少は強そうに見えても良いと思うし、アキラ少年は実際にかなり強いっすけど、何でああ弱そうに見えるっすかねー。訳あってそう擬態しているとも思えないっす。お嬢。何か心当たりとかないっすか?」

「わ、私?」

「アキラ少年と初めて会った時に、雑魚だと侮って突っかかっていったって聞いたっすよ? 雑魚だと判断した理由とか何か思いつかないっすか?」

 レイナがかつての失態を蒸し返されて顔をばつが悪そうにゆがめる。そのまま考え続けている間にその表情が純粋な疑問に対するものに変わっていく。

(言われてみればどうしてかしら。曲がり形にもあの場に呼ばれるハンターで、装備もそれなりだったはず。気に入らない相手だったから? いえ、それはアキラに話しかけた後のことで、その前からもう弱そうに見えていたような……、だから私達と一緒にいるように勧めて、それを断られてイライラして……。アキラが子供だから? でもとしは私達と大して変わらないはず……)

 シオリもアキラの実力を見抜けなかった失態の理由を探っていた。そしてアキラの実力をシカラベに尋ねた時のことを思い出して、シカラベも自分達と同じようにアキラの実力を見誤っていたことに気付く。

 もうこれは偶然ではない。何かがあるのだ。その何かの仮説すら思いつかないが、アキラの実力を見誤らせる何かが確かに存在する。シオリはそう判断してアキラへの警戒を更に高めていた。

あねさんは何か思いつかないっすか?」

「それを聞いてどうするの?」

「お嬢の護衛として、一見弱そうな相手を軽んじて油断しない為っすよ」

 シオリが澄まし顔で答える。

「特に思いつかないわ。自分の失態を恥じるばかりよ。カナエもそうしなさい」

「分かったっす」

 カナエがシオリの微妙な変化に気付いて薄く笑う。

(知れば知るほど分からないことが増えていく興味の尽きない少年っすねー。何とかして一度じっくり手合わせする機会でもできないっすかねー)

 そしてアキラへの興味を更に深めて楽しげに笑った。

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