第113話 異変後のミハゾノ街遺跡

 アキラ達は夜明け前にミハゾノ街遺跡に到着した。ハンターオフィスの出張所に近い場所に多数の車両がまっている。通常の車両の中に混じって武器商人のトレーラーや簡易的な診療所、ハンター徒党の簡易拠点のようなものも見える。

 交通誘導をしている警備員がアキラ達を止める。警備員が近付いてアキラ達に声を掛ける。

「出張所周辺の駐車は、車両通行を妨げないように全面的に規制されている。遺跡内部に進むために通り抜ける分には構わないが、邪魔にならないように注意してくれ。この辺にめる場合でも、通行の邪魔にならないように注意してくれ。それと、駐車場は既に満杯だ」

「分かった」

「一応言っておく。遺物収集に来たのなら、今日はお勧めしない」

「知ってるし、見れば分かるよ」

 アキラはミハゾノ街遺跡の方向を見ながら答えた。

 遺跡からは戦闘音が断続的に響いている。至る所から噴煙が上がっている。闇に沈む遺跡を炎が照らし続けている。ミハゾノ街遺跡は昨日とはまるで別物の姿をアキラに見せていた。

「だよな」

 警備員はそう言い残して去っていった。

 キャロルがアキラに尋ねる。

「それで、これからどうするの?」

「エレナさん達と合流する。問題はどうやって合流するかなんだよな……。遺跡の中を闇雲に探すわけにもいかないし」

 アキラが少し険しい表情で思案する。

『アルファ。ミハゾノ街遺跡まで来たけれど、結局エレナさん達との連絡は駄目なのか?』

 アルファが首を横に振る。

『駄目ね。全くつながらないわ。メッセージの返信もないし、通話要求はそもそもエレナ達まで届いていないわ。恐らくこの周辺の通信量が多すぎて、通信に制限が掛かっているのよ。あるいは、この周辺の基地局が停止している可能性もあるわ』

 このままこの場でエレナさん達と連絡が着くのを待っていても無駄になる可能性がある。アキラは少し悩んだ後、キャロルに尋ねてみる。

「キャロル。この遺跡のどこかにいるハンターを探す必要がある場合、キャロルならどうする?」

「探すってことは、連絡は着かないのね?」

「ああ」

「居場所の見当も付かないの?」

「残念ながら」

「待ち合わせの場所とか決めていないの?」

「それを決める前に連絡が着かなくなったんだ」

 キャロルが軽い落胆の視線をアキラに向ける。

「……アキラって、実は結構行き当たりばったりで、思いつきで後先を考えずに行動するタイプ?」

「…………はい」

 キャロルの指摘に、アキラが少し項垂うなだれながら少し小さな声で答えた。アルファはアキラの横で笑いを堪えていた。

 少々アキラの実力を高く見積もりすぎていたかもしれない。キャロルはそう判断して少しがっかりした表情でアキラを見ていたが、気を取り直してアキラの質問に答えるために考え始める。アキラの案内役として雇われているのだ。その仕事はするべきだろう。

「相手を探す方法だったわね。お互いを識別できる何か、例えばお互いの情報端末の識別コードを把握済みなら、ローカル通信の強度を限界まで上げて相手に気付いてもらう手があるわ。相手がこっちに気付いたら、相手にも一瞬だけ通信強度を上げてもらえば連絡が取れるわ。ただし、遺跡を彷徨うろついているであろう機械系モンスターが発信側の存在を察知する可能性が高くなるわ。勿論もちろん、探している方は常時信号を垂れ流す必要があるから、結構危険よ」

 一部のモンスターはハンターの装備品の通信機器が発している信号を探知して襲いかかってくる。荒野で通信が可能な場所は、基地局を地中に埋めて基地局間を有線でつなぐなどして、弱い信号でもつながるように試行錯誤してモンスターの被害を抑えているのだ。

 荒野に比べて逃げ場が少なくモンスターの数も多い旧世界の遺跡の中で、通信のためとはいえ非常に強い信号を発するのはかなり覚悟がいる行為である。そうせざるを得ない状況は、負傷などで自力での帰還が困難になったハンターが、救出部隊に自分の位置を伝えるために一瞬だけ試みる場合などだろう。

 アキラはキャロルの提案を実行するべきかどうか思案する。脳内でその結果を想像してみると、大量のモンスターに囲まれて応戦する自分達の姿が浮かんだ。

 そして運悪くその時にエレナ達がアキラとの通信を試みてきて、一部のモンスター達がエレナ達の所へ向かう光景がアキラの脳裏に広がる。アキラはエレナ達の方へ向かったモンスター達を撃破しようと包囲網を強引に突破してエレナ達の方へ向かうが、結果としてエレナ達へ大量のモンスターを引き連れてしまうことになった。

 アキラはそこで想像を打ち切った。

「その方法は危ないから止めておこう」

 キャロルが次の提案をする。

「それなら遺跡の中を地道に探すか、ハンターオフィスの出張所の近くで待つしかないわね。エレナ達が帰還困難者の救出依頼を引き受けているのなら、救出後に出張所の近くまで輸送ぐらいはするでしょう」

 アキラがどちらにするか悩んでいると、アルファが出張所の方を指差す。

『アキラ。あれを見て』

 アキラがその方向を見ると、どこかで見たことがある車両が見えた。シカラベ達が賞金首を討伐した時に使用していた装甲兵員輸送車だ。

『あれがどうかしたのか?』

 アキラには同系統の車両としか認識できないが、アルファには間違いなくシカラベ達が使用していた車両であることが分かった。

『あれはシカラベが使っていた車両よ。運転しているのもシカラベなら、連絡を取ってみたら? エレナ達について何か知っているかもしれないわ』

 アキラは情報端末を操作してシカラベにローカル通信で連絡を取ってみる。すぐにシカラベとつながった。

「シカラベだ。アキラか。ローカル通信でつないできたってことは、近くにいるのか?」

「ああ。ハンターオフィスの出張所に近い遺跡の外れにいる。エレナさん達と連絡を取りたいんだけどつながらないんだ。エレナさん達の居場所とか知らないか?」

 シカラベがあきれたような声で答える。

「安い回線でつなごうとするからそうなるんだ。ちょっと待ってろ。中継してつないでやる」

 アキラがそのまま待っていると、シカラベにつないだ情報端末からエレナの声が聞こえてくる。

「エレナよ。取りあえずそっちの状況を教えてもらえる?」

 アキラはエレナに自分達の状況を説明した。アキラ達の現在地。キャロルを雇ったこと。エレナ達に連絡を取ろうとしたこと。一応エレナ達にメッセージを送ったことも説明した。

「……ちょっと待ってね。……ああ、届いてるわ。そうか。こっちの回線だと優先順の変更に巻き込まれるのか。えっと、私達と合流するってことで良いのね?」

「はい。お願いします」

「分かったわ。それならシカラベと一緒にこっちに来て。私達はシカラベと組んでいるの。シカラベに付いていけば合流できるわ。詳しい話は合流してからにしましょう。待ってるわ」

「分かりました。詳しい話はそちらで」

 情報端末からの声がシカラベに切り替わる。

「アキラ。合流するならこっちに来て負傷者を運ぶのを手伝え。出張所の近くに停車している装甲兵員輸送車だ。そっちからこっちの場所は分かるか?」

「大丈夫だ。すぐに行く」

 アキラはすぐに車を移動させた。

 装甲兵員輸送車はハンターオフィスの出張所の近くに停車している。後部の扉が開き、負傷したハンター達が降りてくる。

 シカラベが死体袋に入っているハンターを運んでいる。死体袋の頭部の部分が閉められておらず頭部が外に出ている。顔の血色は既に死体と何ら変わらない。

 シカラベは装甲兵員輸送車の近くに車をめたアキラに気付くと、装甲兵員輸送車の奥を指差す。

「来たか。お前も奥の負傷者を運んでくれ。自力で歩けるやつは自分で歩かせろ」

 アキラが装甲兵員輸送車の奥を見る。同じように中身の頭部だけ外に出ている死体袋が数名分転がっている。死体袋の一部がへこんでいる者は、その部位が存在しないのだろう。

 アキラがシカラベに尋ねる。

「……負傷者か。取りあえず自力で動けないやつを運べば良いんだな?」

「ああ。死亡したかどうかの判断は医者に任せておけ。緊急時の仮死処理機能を事前に埋め込んでいるかどうかなんて俺達には分からん。医者が確認するまでは負傷者だ」

 アキラはクズスハラ街遺跡の診療所で見た光景を思い出した。アキラの治療をしたヤツバヤシという医者は、生身で下半身の無いハンターを重傷者として扱っていた。

 あんな状態でも助かる可能性があるのだ。自分のような素人が判断することではないのだろう。アキラはそう判断して負傷者を運び出すために装甲兵員輸送車の奥に向かった。

 アキラに続いてキャロルも装甲兵員輸送車の奥に向かおうとする。キャロルの姿に気付いたシカラベが驚きの声を上げる。

「……げぇっ!?」

 キャロルが楽しげな笑顔をシカラベに向ける。

「げぇっとは、随分な反応じゃない。久しぶりね」

 不味まずい反応をしてしまった自覚のあるシカラベが若干狼狽うろたえながら答える。

「そ、そうだな。……何でお前がここにいるんだ?」

「アキラに雇われたからよ。ぼさっとしてないで早く運んだら?」

 キャロルはそれだけ言ってアキラの後に続いた。シカラベが装甲兵員輸送車の奥に向かうキャロルを目で追った。

「何でアキラがあいつを雇ってるんだ?」

 シカラベは疑問を抱きながらも負傷者の運搬に戻った。


 アキラ達はハンターオフィスの出張所の職員に残りの負傷者を引き渡した。生存者が何名なのかは、アキラが気にすることではないだろう。既に死者であっても、ハンターオフィスに引き渡せばそれなりの扱いを受けるはずだ。死体のまま遺跡に放置されるよりは良い扱いだろう。

 シカラベが装甲兵員輸送車の後部ドアを閉める。そして何か言いたそうな目でアキラを見る。非難や嫌悪の類いの視線ではない。かといって、アキラがキャロルを連れてきたことを歓迎する視線でもない。扱いの難しい人物に対する視線に近い。アキラは気が付かなかったが、シカラベの視線にはアキラに対する同情に近い感情も込められていた。

 アキラはシカラベの態度を見て少し不思議に思い、キャロルに尋ねる。

「キャロル。シカラベと知り合いか?」

「そうよ。まあ、いろいろね」

「そうか」

 2人が知り合いであることぐらいはアキラでも分かる。シカラベのキャロルに対する態度などの理由を婉曲えんきょくに尋ねたつもりだった。

 伝わらなかったのか、話したくないのか、どうでも良いのか、キャロルの返事は知り合いだと認める短い返事で終わった。

 アキラが視線をシカラベの方に移す。シカラベから何らかの説明を求める視線だった。

 しかしシカラベもまたアキラの求める理由を話そうとはしなかった。

「すぐに出発する。アキラ達は俺の後に付いてきてくれ」

 シカラベは微妙な表情のままそれだけ言うと運転席に向かった。

 アキラは自分の車の運転席に座り、横目でキャロルの様子を確認する。キャロルから機嫌を悪くしたような雰囲気は感じられない。どちらかと言えば、この状況を面白がっている雰囲気が感じられる。

 取りあえずアキラはエレナ達と合流するために先導するシカラベの後を追った。

 アキラ達がミハゾノ街遺跡を進んでいく。道には機械系モンスターの残骸が散らばっている。ミハゾノ街遺跡に生物系モンスターは少ない。血痕は全てハンター達のものだろう。ハンターの死体も転がっている。機械系モンスターか、ハンターが運転する車両か、そのどちらかに、あるいは両方に踏み潰されており、死因はもう分からない。

 アキラ達が先に進むにつれて、遺跡に戦闘の痕跡が目立ち始める。夜の闇が隠していてもこれなのだ。日が昇ればよりひどい現状がはっきりと映し出されるだろう。

 アルファがアキラに敵の接近を告げる。

『アキラ。後方からモンスターよ。遠距離攻撃可能な車輪付き。左右の路地から出てくるわ』

『了解』

 アキラがハンドルから手を放して車両の後部に向かう。車体からCWH対物突撃銃を取り外して後方に向けて構える。そこにモンスターの姿はない。

 キャロルもアキラの動きを見て敵襲に備える。しかし後方を確認したキャロルには、目視でも情報収集機器の索敵でも敵は確認できなかった。車の索敵装置に反応があったのかと思い、制御装置の表示を確認するが、そこにもそれらしい反応はない。

 キャロルがアキラに敵がいるのか尋ねようとする。

「アキラ。敵の姿が……」

 アキラがCWH対物突撃銃の引き金を引く。発砲音がキャロルの言葉を遮る。路地から飛び出してきた機械系モンスターが通路に出た瞬間に撃破された。胴体部分に徹甲弾の直撃を食らった機体が着弾の衝撃で吹き飛ばされ、半壊しながら通路を転がっていく。

 アルファが注意を促す。

『甲A24式か。アキラ。注意してね』

『言われるまでもないけれど、念を押す理由を聞いてもいいか?』

『敵の機体は完全な都市防衛用で、設計通りに製造されていて、十分に整備されているわ』

『それは今まで倒した機械系モンスター達とどれぐらい違うんだ?』

『前にアキラが必死になって倒したキャノンインセクトとあの甲A24式を比較すると、落書きだらけの設計図を基にして無理矢理やり作成した銃で殴りかかってくる敵と、正しく製造されて正しく整備された銃で銃撃してくる敵ぐらい違うわ』

 アキラが思わず表情をゆがめる。

『大違いじゃないか!』

『だから、注意して戦って。敵が比較的小型だからって、前に倒した敵と似ているからって、油断しないでね』

『了解だ』

 アキラが気を引き締め直して銃を構える。アキラの視界はアルファのサポートにより拡張済みだ。肉眼では見えない路地の奥にいる敵の姿もしっかり認識できる。敵が通路に飛び出てくるまでの残り時間や、攻撃するべき優先順位なども合わせて表示されている。

 アキラが左右の通路から飛び出してくる甲A24式を、アルファの指示に従って次々と銃撃していく。一撃で最低でも戦闘力を失う程度には半壊、あるいは全壊し、通路の残骸達に加えていく。程なくして全ての機体がアキラ1人に撃破された。

 アルファが微笑ほほえんでアキラをねぎらう。

『お見事。良い調子ね』

 自分の実力で命中させたとは欠片かけらも思えないアキラが苦笑気味に答える。

『至れり尽くせりの状態なんだ。あの程度なら外さない。……これを自分の実力だけでできるようになる日はいつになるやら。先は遠いな』

『安心しなさい。アキラの腕はちゃんと上達しているわ。私の補正値も大分少なくなってきている。あの程度の距離なら、アキラが自力で命中させる日も近いわ』

『そうか。訓練の甲斐かいがあって何よりだ』

 アキラはキャロルが何か言っていたことを思い出して、銃を下ろすとキャロルの方に顔を向ける。

「何か言いかけていたけど、何だ?」

 キャロルは内心の動揺を隠して笑ってアキラを褒める。

「何でもないわ。アキラは射撃の腕もすごいのね。昨日は分からなかったわ」

「まあ、昨日は撃てばどれかに当たる状態だったからな」

 アキラは昨日のセランタルビルの内部を埋め尽くす機械系モンスターの群れを思い出して嫌そうな表情を浮かべた。

 キャロルは少し楽しそうに笑いながらアキラに尋ねる。

「その銃、ちょっと見せてもらっても良い?」

「良いぞ」

 アキラはCWH対物突撃銃をキャロルに渡した。

 キャロルは受け取った銃を確認する。表面上は軽い興味の目で見ているが、内心は非常に真剣な目で銃を確認していた。銃の製造コード、使用されている部品の種類、整備の状態などを念入りに確認する。

 キャロルはアキラのCWH対物突撃銃を後方に向けて構え、照準器をのぞき込む。照準器に表示されているものは至って普通の情報だけだ。キャロルが驚くような情報はない。普通の銃。キャロルはそう判断した。

 キャロルはCWH対物突撃銃を返すと、アキラに笑って尋ねてみる。

「ありがとう。良い銃ね。これがあれば私もアキラみたいに上手うまく狙えるかしら?」

「しっかり訓練すれば誰でもできるようになると思う」

 訓練次第で自分でも可能になるのなら、恐らく誰でも同じだろう。アキラはそう考えて、深くは考えずにそう答えた。

 キャロルが自然な感じで聞き返す。

「本当に?」

「ああ。銃撃の反動を押さえられる強化服の着用が前提になるけどな。俺もそれを生身で撃てる気はしない。生身で撃ったら反動で腕を折りそうだ」

 キャロルが少し自慢げに自分の強化服を指差す。

「それなら大丈夫よ。私の強化服は結構性能の高いやつだから」

「確かにそんな感じだな」

 アキラはキャロルの強化服を見て納得したようにうなずいた。

 アキラは銃座にCWH対物突撃銃を設置して運転席に戻った。キャロルも助手席にきちんと座り直す。

 キャロルは何でもないような表情を装いながら、アキラに対する考察を続けていた。

(あの銃は普通のCWH対物突撃銃。照準器は表示情報から判断すると情報収集機器と連動するタイプ。……自動照準機能はない。少なくとも振動する車体の上から移動体を狙撃して、しかも敵の出現とほぼ同時に一発必中させるほどの補助機能は付属していない)

 東部で販売されている銃には、命中補正のために簡易的な自動照準機能が付属している商品も存在している。弾道を計算してその上に敵がいる場合に自動で引き金が引かれるもの。引き金が引かれても弾道の上に敵がいなければ弾丸が発射されないものなど様々だ。

 キャロルはアキラの射撃の腕を、高度な自動照準機能によるものではないかと考えた。だがそれらしい機能は発見できなかった。強化服側の機能かもしれないが、恐らく違うと判断した。その手の機能は大抵銃側との連携が必要で、対応する改造部品が銃側にも組み込まれているからだ。

(そもそもアキラはどうやって敵に気付いたの? 恐らく運転席から移動する前にアキラは敵の存在に気付いていた。私の情報収集機器の索敵能力もかなり高性能なのに、私はアキラが銃を構えてもまだ敵の位置を把握できなかった。路地から飛び出てきたのが機械系モンスターではなく、バイクに乗ったハンターとかだったらどうするつもりだったの? それすら確認済みだったの? 遠距離攻撃持ちだから素早く撃破する必要がある機械系モンスター達だと分かっていたの? いつから分かっていたの? ……もしかして、初めから?)

 ハンターにとって索敵能力は重要な技能だ。敵の存在にいち早く気付き、敵の位置を的確に把握できれば、交戦の回避も容易たやすくなり、交戦時にも非常に有利になる。

 キャロルは無用な戦闘をできる限り避けるハンターだ。そのためキャロルは索敵の重要性を心得ている。昨日キャロルがアキラを誘ったのも、周囲に敵がいないことを確認したからだ。

 キャロルはアキラの射撃の実力に確かに驚いていた。しかしそれ以上にアキラの索敵能力に驚愕きょうがくしていた。

 キャロルはアキラの射撃能力を褒めて銃を借りた時、アキラの反応を確認していた。アキラが射撃の腕や銃を自慢するような素振りを取るかどうかの確認だ。本人の才能、厳しい修練、銃の性能、それらをアキラが誇示する様子を見せるかどうかだ。

 類いまれな才能、苦労して手に入れた技術、所持している高性能な装備などを自慢する者は多い。訓練の苦労話や装備の性能等を誰かに話すのは楽しいからだ。キャロルはそういう相手の自尊心を刺激しながら詳しい情報を引き出すことを得意にしていた。

 アキラにそのような傾向があれば、キャロルはアキラの索敵能力についていろいろ聞きだそうとしただろう。しかしアキラにそれらしい様子はない。装備の性能を、自分の実力を、誰かに話して誇示したい。その類いの態度をアキラから全く感じられなかった。

 キャロルが考える。アキラの銃の腕前はすごいで済む。しかし索敵能力の方はすごいを超えて異常だ。

 すごい程度の話ならば、アキラの機嫌を取りながら話を聞き出せば良い。しかし異常となると話は別だ。その異常な域に達している能力を持つ相手が、その原理や手段を聞きだそうとする人間に対してどのような態度を取るか、正確に見極める必要がある。それを知られてしまった者が、知った者を口封じに殺そうとすることは十分あり得るからだ。

 相手と秘密を共有できるほど親しい仲になる。又は聞き出しても問題のない状況で聞き出す。キャロルは相手が男性であればそのどちらの手段にも自信が有った。勿論もちろん、キャロルの副業を有効に活用するのだ。

 キャロルには相手を籠絡する技術と経験がある。キャロルはお互い全裸で武器もない状態ならば相手を問題なく撃退できる自信が有る。相手が生身を装った義体者や身体強化拡張者であっても、一度抱かれさえすればキャロルにはそれを見抜く自信が有る。

 キャロルはめ息を吐いた。

(……つまりアキラにはその手段は使えないってことなのよね。アキラがまだ子供とはいえ、女性に興味がない年齢には見えないのだけど)

 キャロルは横目でアキラを見る。今のアキラからは、昨日輸送機から外の景色を輝く目で見ていた時や楽しげに食事を取る時の、有り触れた子供の雰囲気は感じられない。アキラからは一定の実力を持つハンターの雰囲気が感じられる。大人びていると言っても良い。

(肝心な箇所が大人びていないと困るわ。色気より食い気のとしには見えないのだけどね。よほど偏った女性の趣味でもあるのかしら?)

 キャロルの想定は正しい。アキラは好みは非常に偏っている。敵か、あるいは敵ではない者に対して、アキラが異性に対する反応を示す可能性は非常に低い。キャロルはアキラにとって、今のところは敵ではない者に分類されている。容姿や性格以前の問題なのだ。

 キャロルは自分の魅力を欠片かけらも疑っていない。それだけの自負と実績があるからだ。だからこそ、その自分にまるで反応を示さないアキラの態度は、キャロルの自負を少し傷つけていた。

 キャロルが少しふて腐れたような態度でアキラに尋ねる。

「アキラはどういう女性が好みなの?」

 アキラが少し怪訝けげんな表情で聞き返す。

「何でそんなことを聞くんだ?」

「私が誘ってもアキラが無反応だからよ。普通なら、私が誘えば大抵のやつは誘いに乗るのよ?」

「誘いに乗りそうなやつだけを誘っているからじゃないか? 恋人がいるやつとかなら、誘いに乗らない可能性は高いはずだ」

「一応礼儀として、恋人がいる人は私から誘ったりはしないわ。向こうから誘ってきた場合は別だけどね。その結果、そのカップルが破局したとしても、私の所為ではないわ」

 キャロルは微笑ほほえみすら浮かべながらはっきり言い切った。

 アキラが少し嫌そうな表情で答える。

「なんてやつだ」

「それぐらい私が魅力的ってことよ。だから私に手を出さないアキラは、よほど特殊な嗜好しこうでも持っているのかなと思って」

われのない中傷は止めてくれ。女性の好みって言われてもな……」

 アキラは自分でもその手のことに疎いことは理解している。アキラが少しうなっていると、アルファが非常に自信の有る表情で自分自身を指差していた。アキラがうなるのを止めて答える。

「よく分からないな」

『分かるでしょう? ここに非常に分かりやすい実例があるんだから』

 アルファは外見を幾らでも変更できる。そのアルファはアキラの嗜好しこうに合わせて外見を設定している。つまりアルファの外見がアキラの好みなのだ。アキラがそれを自覚して答える。

「全く分からないな」

『強情ね。私の美貌や体型に希望や不満があるのなら、遠慮なく言ってちょうだい。幾らでも変えてあげるから』

 アルファは楽しげに笑いながらそう答えた。

 キャロルが急に顔をしかめたアキラを不思議そうに見ながら尋ねる。

「……分からないって態度には見えないけど?」

「口にすると、それを聞いた似た容姿の誰かが調子に乗る可能性があるんだ」

「ああ、そういうこと。……ちゃんと黙っているから教えてくれない? これでも口は固い方よ?」

「嫌だ」

「そう。残念ね。口に出せない内容なのかしら。そうだとしても、アキラが一度私に手を出せば、多少の嗜好しこうは私が上書きしてあげるわ。アキラが変な嗜好しこうを持っているならお勧めよ?」

「だから、われのない中傷は止めてくれ」

 アキラが嫌そうな表情を浮かべた。キャロルは楽しげに笑っていた。

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