第78話 追加の来客

 雨は降り続けている。強くもならないが、弱くもならない。

 アキラは定期的に部屋の外に出て周囲を警戒している。何かあればすぐに部屋に戻れる距離を保ちながら、周囲の状況を確認する。情報収集機器も室内なら正常に動作している。雨宿りに来たモンスターと鉢合わせることもなかった。

 アキラが何となく思ったことを話す。

『このまま何も起こらなければ良いんだけどな』

 アルファが苦笑して答える。

『アキラがそういうことを話すと、何かの前触れのような気がするわね』

『何も起こらない。楽勝だ。雨がんだらとっとと帰ろう』

『それはそれで駄目な気がするわ』

『分かったよ。黙っていれば良いんだな?』

 楽しげに笑うアルファの横で、アキラは少し不貞腐ふてくされたように表情をゆがめた。

 アキラが何度目かの巡回の後で部屋に戻ってくるとシェリルが機嫌を損ねていた。

 シェリルは分かりやすく不機嫌な表情をしていたが、アキラに気付くと微笑ほほえんで迎えようとする。しかし内心の苛立いらだちのためか、その笑顔は少々ぎこちないものだった。

 アキラはシェリルの隣に行く前に、近くにいたエリオに尋ねる。

「なあ、何かあったのか?」

 エリオは横目でシェリルを見る。シェリルは笑顔でエリオを見ていた。余計なことを言うなと、その目が雄弁に語っていた。

 エリオは先日シェリルの機嫌を損ねたばかりだ。これ以上シェリルの機嫌を損ねるわけにはいかない。しかしアキラの機嫌も損ねるわけにもいかないのだ。

 殺しに躊躇ちゅうちょがなく、殺した相手の拠点にその死体を持って乗り込む危険人物。敵対さえしなければ無害。そう自身に言い聞かせておかないと、話しかけるだけでもかなりの勇気が要る人物。それがエリオの知るアキラだ。シェリルが手綱を握っているので一応安全だと思ってはいるが、機嫌を損ねたくない相手には違いないのだ。

 アキラの機嫌を損ねず、シェリルの機嫌も損ねないように、エリオは注意してアキラの質問に答える。

「ちょっとしため事というか、言い争いがあったんだ。もう済んだよ」

「そうか」

 アキラはそれだけ言ってシェリルの隣に座った。

 エリオはアキラの機嫌を損ねなかったことにまずは安心する。そしてシェリルの様子を横目でうかがう。シェリルは笑顔を崩さずにエリオを見ていた。

 あからさまににらまれているわけではない。だから機嫌を損ねてはいない。きっと大丈夫だ。エリオはそう考えて、取りあえず祈ることにした。

 シェリルは自身の心の支えであり精神安定剤でもあるアキラが戻ってきたのですぐに機嫌を戻した。アキラはそのシェリルの様子を見て、大したことはなかったのだろうと判断して、め事について気にするのを止めた。

 次の巡回まで休もうとしていたアキラの前にセブラがやって来る。シェリルの機嫌が再び悪くなる。

 セブラがアキラに話しかける。

「ちょっと話があるんだけど……」

「ないわ。戻りなさい」

 シェリルが話に割り込み、セブラをにらみ付ける。

「俺はアキラに話してるんだよ」

「徒党のボスは私よ。その私が戻れと言っているのよ。戻りなさい」

「そういうことになってるだけだろ? どう見てもボスはアキラじゃねえか」

 シェリルとセブラがにらみ合う。

 シェリル達の中には、ボスであるシェリルを単なるアキラの代理だと考えている者もいる。後から徒党に加わった者ほどその考えが強い。また先に徒党に加わった者ほどシェリルよりもアキラを恐れて重要視している様子がその誤解を助長させていた。

 つまり、アキラに話を通せばシェリルの意思は無視できる、そう考えてしまう者もいるのだ。それはある意味では正しいのだが、手段としては誤りだ。

 アキラは基本的にシェリル個人を助けているだけであり、シェリルの徒党を助けているわけではない。よって誰かがシェリルを飛び越してアキラにじか談判したところで、その誰かの意見が通ることはまずないのだ。

 アキラが軽くめ息を吐いた後に言う。

「で、話って何だ?」

 アキラが話を聞く姿勢を示したことで、セブラが軽くシェリルをわらう。シェリルはより強くセブラをにらみ付けたが大人しく引き下がった。アキラが話を聞こうとしているからだ。

 セブラが話を続ける。

「ああ、話ってのは、なかなか雨がまないし、その間にこのやかたを探索しようって思ってさ」

 アキラは黙って話の続きを待っている。セブラはアキラの返事を待っている。二人の間に沈黙が流れる。セブラの表情から笑みが消え、怪訝けげんな表情に移り変わった頃、アキラが口を開く。

「……それで?」

「それでって、だから探索に行かないか?」

 アキラがどこかあきれたようにセブラに答える。

「行かない。俺は仕事中、シェリル達の護衛中なんだ。もしかして、気が付かなかったのか?」

 セブラが苛立いらだちながらアキラに言う。

「だから、俺達の護衛だろ!?」

「違う。シェリル達の護衛だ。シェリル達ってのは、シェリルを指示系統のトップにして組織的に行動する人間のことだ。シェリルの意思を無視して勝手にどこかに行こうとするやつは対象外だ」

 暗にお前を護衛する気はないと言われたセブラが表情をゆがめる。だがすぐに挑発的に言う。

「何だ、怖いのか? それとも自信がないのか?」

「怖いし、自信はないな」

 セブラの挑発の言葉をアキラはあっさり肯定した。セブラがたじろぎ、横で聞いていたシェリルも驚きの表情を浮かべた。アキラが話を続ける。

「モンスターは怖いんだ。だからモンスターなんて呼ばれるんだ。そんなことも知らなかったのか? それと、護衛にも優先順位はあるんだ。まずは最優先でシェリルを守り、シェリル達を一緒に守る。そのシェリル達の安全を担保した上で、自分からモンスターに食われに行くようなやつまで守り切る自信は欠片かけらもないな」

 アキラはセブラの無謀さを馬鹿にした上で、セブラを真っ先に見捨てると宣言した。セブラが更にたじろぎ、最優先で守ると言われたシェリルがうれしそうにしている。

 アキラが面倒めんどうそうな表情で続けて言う。

「探索に行きたければ行けよ。俺は止めない。俺の仕事はシェリル達の護衛だ。そこにお前の自殺を力尽くで止めるなんてことは含まれていない。好きにしろよ」

 全く脈のないアキラの返事を聞いて、セブラはアキラを護衛にしてこのやかたを探索することは諦めた。しかしまだこのやかたを探索したい気持ちがセブラには残っていた。

 この立派な建物に相応ふさわしい高値の遺物がまだ残っているのではないか。それを見つけ出してこっそり売り払えば、自分もすごい武器が買えるのではないか。そんな武器さえあれば自分もすごいハンターとしてもっと良い生活が送れるのではないか。セブラはこのやかたに来てからずっとそう考えていた。

 セブラのどこまでも都合の良い願望を実現させた人物が目の前にいるのだ。そのためにセブラはより強くどこまでも都合の良い考えにとらわれていた。

 セブラは少し黙って考える。そして彼なりに要求を下げて、アキラが装備しているAAH突撃銃を指差して話す。

「……な、なら、その武器を貸してくれ」

 セブラも武器無しでやかたの中を探索しようとは思えない。言い換えれば、武器さえあれば自分でも何とかなると考えてしまっている。セブラの認識では、装備以外は自分と然程さほど違いのないアキラが何とかしているからだ。

 アキラがセブラへのあきれを強めて答える。

「何言っているんだ? 貸すわけないだろ?」

「使ってないじゃないか!」

「本気で言ってるのか? それが俺がお前に武器を渡す理由になると、本気で思ってるのか? 大丈夫か? 実は錯乱してないか?」

 アキラにはセブラに武器を貸す理由など欠片かけらもない。アキラがセブラに武器を渡すことは、何の意味もなく装備を失うこととほぼ同義だ。その銃口がアキラに向かう可能性を考えれば、単純に失うよりも悪い。

 アキラはあきれを通り越して、セブラの正気を疑い始めていた。

「なあ、お前は一応まだぎりぎり辛うじて俺の護衛対象だ。大人しくしている限りはな。これ以上ごちゃごちゃ言うようなら、俺の仕事の邪魔をしていると判断して護衛対象から完全に外す。分かったらせろ。邪魔だ」

 アキラは最後に少し口調を強めて言うと、セブラから興味をなくしたように視線を外した。

 セブラは悔しそうな表情で少しだけアキラを見た後、部屋の反対側に戻っていく。そして壁を背にして座り込むと、うつむいてぶつぶつつぶやき始めた。

 シェリルは上機嫌になっていた。アキラが自分の味方をしてくれたことを心地く感じて、機嫌良く微笑ほほえみながら、軽い優越感すら感じながら離れていったセブラを見ていた。


 雨は降り続いている。

 アキラが再び部屋の周囲を巡回していると、アルファがアキラの前に回り込んで窓の外を指差した。

『アキラ。あれ』

 アキラがやかたの外を見る。アルファによる視覚拡張により、アルファが指差す先にあるものが強調表示される。そこにはこちらに近付いてくる車の姿があった。

『他のハンターか? 面倒なことにならないと良いけど……』

 良い予感は外れ、嫌な予感は当たる。アキラはそれ以上予想するのを止めて、シェリル達に状況を伝えるために部屋に戻ることにした。


 アキラ達がやかたで雨宿りをしてからしばらった頃、一台の車がヒガラカ住宅街遺跡を目指していた。荒野仕様の屋根付きの車だ。車の側面にはハンター向けに車両を貸し出す業者のレンタル車であることを示す社ひょうが大きく記されていた。

 車には3人のハンターが乗っていた。後部座席に座るギューバとコルベ、運転席に座るデイルの3人だ。

 ギューバがデイルに言う。

「なあ、やっぱり直接クガマヤマ都市に戻った方が良いんじゃねえの?」

「言っただろ。雨が降っている間は駄目だ」

「大丈夫だって。あの遺跡からは随分離れたし、あのやばいモンスターはもういただろ?」

「途中で遭遇するかもしれないだろう。何よりこの車はレンタル車だ。攻撃を受けて自動帰還機能が動いて操縦不能になったらどうするんだ。最悪この車があのモンスターを引き連れて都市に戻ろうとするかもしれない。そうなってみろ。都市にあんなモンスターを連れてきたってことで、防衛隊にモンスターごと殲滅せんめつされるぞ」

「考えすぎだろ」

 ギューバはデイルの判断を考えすぎだとして一笑に付した。デイルは不機嫌になる自分を抑えた。

 今度はコルベがデイルに尋ねる。

「それで、何でヒガラカ住宅街遺跡を目指してるんだ?」

「あそこにデカいやかたがあっただろう? そこで雨宿りだ」

「別にあそこまで行かなくても、雨がむまで適当にめれば良いだろう」

「この雨がいつむか分からないんだ。俺は狭い車内じゃなくて広い場所でゆっくり休みたいんだよ」

「我がままだな」

 コルベの軽口を聞いたデイルの眉間にしわが寄る。今回限りの付き合いだと、デイルは自分を抑えた。

くそ仲介が! ふざけたやつらを紹介しやがって! 絶対抗議してやる!)

 デイルは心の中で自身の苛立いらだちと不満を、ギューバ達を紹介した仲介業者に吐き続けいた。

 デイル達3人は普段から組んでいるハンター達ではない。デイル達が登録している仲介業者を通して暫定的にチームを組んでいるだけだ。

 東部にはハンター同士の仲介を生業にする業者が数多く存在する。攻略する遺跡の難易度、一緒に受ける依頼の内容、報酬の分配方法、装備、ハンターランク、経歴、年齢、性別、人柄、その他様々な条件で絞り込み、互いの希望に一致するハンターを紹介するのである。

 多くのハンターが仲介業者を活用している。優良な仲介業者が紹介するハンターは、比較的信用できるからだ。素行の悪いハンターは、極端な例では組んだ相手が次々と行方不明になったり死亡したりするハンターは、仲介業者も登録や紹介を断る場合が多い。紹介後に多々問題を起こすハンターも同様だ。そのような過程で淘汰とうたされ、比較的信用できるハンターが残るのだ。

 企業が世間体を気にする依頼をする場合、素行の良いハンターに優先して依頼することもある。優良な紹介業者に登録されているハンターはその対象に選ばれやすい。既に実績があるからだ。

 ハンターを強力な武装を持つ強盗に変えないための統企連の経営努力も有り、今では優良な紹介業者に登録されることはハンターのはくの一つでもある。

 デイルは基本的に個人で活動している。必要なら仲介業者を介して短期的に他のハンターと組むことにしている。

 デイルはある筋から得たかなり稼げそうな遺跡を探索しようとしていた。その旧世界の遺跡の場所だけは伝で手に入れたのだが、生息しているモンスターの種類などの情報は得られなかった。そのため、自分一人で遺跡探索に向かうのは難しいと判断して、仲介業者に追加戦力のハンターを求めたのだ。そして業者から紹介されたのがギューバ達だった。

 結果論だが、デイル達の遺跡探索は失敗に終わった。大した遺物も手に入れられずに、急いで遺跡から脱出する羽目になった。しかもその過程で強力なモンスターと遭遇してしまい、遺跡から慌てて逃げてきたのだ。

 デイルは遺跡探索に失敗した原因をギューバ達の所為だと考えている。

(ギューバはろくに索敵もせずに遺跡の中をふらついてモンスターに見つかりやがる! コルベは隠れもせずにぶっ放して状況を悪化させやがる! 俺一人で行った方がましだった! こいつらとは二度と組まん!)

 それらはデイルの主観にすぎない。ギューバとコルベは、慎重すぎて機敏に動けなかったデイルの行動や判断こそが最大の失敗の原因と考えていた。

 単に彼らの相性が悪かっただけかもしれないが、とにかく遺跡探索の失敗は3人に大きな不和を残していた。

 やかたに到着して車をめたデイル達がアキラ達の車に気付く。

 デイルがアキラの車を見て言う。

「先客か。まあ、この雨だしな。考えることは同じか」

 ギューバが迷彩シートに覆われている荷台を見て話す。

「随分積み込んでるな。どこの遺跡の遺物だ?」

 荷台には旧世界の遺物らしいものが大量に積まれているが、迷彩シートに覆われているので正確な内容までは分からない。

「ここのだろ?」

 コルベの返事を聞いたギューバが、馬鹿にしたかのように答える。

「ここにはもうゴミみたいな遺物しか残ってねえよ。そんな物を態々わざわざ牽引けんいん式の荷台まで用意して運び出すわけがねえだろうが」

 コルベが不満げに話す。

「じゃあどこの遺物なんだよ」

「知るか」

 ギューバは短く吐き捨てた。

 デイル達はやかたの中に入り周囲を探索する。少々モンスターの死骸が多いものの不審な点はない。そしてデイル達は通路の先にアキラの姿を見つけた。

 アキラは部屋の入り口に立ち、CWH対物突撃銃とDVTSミニガンを持って周囲を警戒している。アキラもすぐにデイル達に気付いた。

 アキラはデイル達がある程度近付いてきた所で声をかける。

「悪いけど、雨宿りなら余所よそに行ってくれ。この部屋は俺達が使ってるんだ」

 デイルは敵意がないことを示して軽く手を上げる。

「落ち着けって。俺達もハンターだ。遺跡からの帰り道に雨宿りに来ただけだ。お前達も遺跡探索の帰り道とかだろ? 敵対する気はないよ」

 ギューバ達も銃を下ろす。アキラも銃を下ろしてデイル達に対する警戒を下げた。

 アキラがデイル達に話す。

「俺もハンターだけど、今日は依頼を受けて護衛としてここにいるんだ。用がないならここから離れてほしいんだけど……」

 不確定要素を減らしたいアキラは、できればデイル達にここから離れてもらいたかった。

 しかしデイルが食い下がる。

「そう言うなよ。これも何かの縁。情報交換とかしようじゃないか」

 デイルは遺跡攻略などの話を、主にギューバ達に対する愚痴などを、いろいろと誰かに話してストレスの解消をしたかった。それに人脈はハンターにとっても重要だ。ハンターを遺物収集要員ではなく純粋な護衛として雇えるほどの人物ならば、可能なら縁をつないでおきたい所でもある。

 ギューバが愛想良く笑って話す。

「遺物の交換でも構わないぞ。それに護衛に雇われているなら、俺達に会うかどうか決めるのはお前じゃなくて雇い主の方じゃないか?」

 ギューバは荷台に積まれていた遺物の中身が気になっていた。持ち主に遺物の交換を持ちかければ、その中身を知ることができるかもしれない。ギューバはそう考えたのだ。

 アキラは少し悩んだ後、一応シェリルに確認することにした。他のハンターとの縁はシェリル達にとっても重要だろう。アキラが勝手に決めることではない。そういう判断からだ。

「……確認を取るから待っていてくれ」

 アキラはそう言い残してシェリル達のいる部屋に入った。

 シェリルはアキラから事情を聞き、デイル達と会うことにした。アキラとしては少々意外だったが、シェリルがそう決めたのなら別段文句もない。アキラはデイル達を部屋の中に入れた。


 デイル達を部屋に入れた後、シェリルは軽い自己紹介を済ませてからデイル達と談笑を続けていた。アキラはCWH対物突撃銃とDVTSミニガンを握ったまま、警戒をおろそかにせずにシェリルの横に黙って控えていた。

 シェリルと主に話しているのはデイルだ。デイルはシェリルとの会話を非常に心地く感じていた。

 シェリルは相手を見てよく笑い、相手の話に興味があることを示すように目を輝かせる。話の続きを促す相槌あいづちを繰り返し、相手の不満に共感を示し、相手が苦労して得た成果を称賛する。

 シェリルは自信の美貌が相手に与える影響を理解しており、髪も肌も日々の手入れを欠かさずに磨き上げている。身に着けている旧世界製の衣服は、その着こなしもあってかなり高級そうに見える。他の子供達の服がスラム街の人間にしては上等という程度なので、その高級感はより際立っていた。

 そのシェリルが相手への好感を匂わせながら談笑している。デイルは遺跡探索失敗のストレス発散を兼ねてシェリルと話し続けている。デイルは年下の美少女との会話に酔いれていた。

 シェリルへの興味が強くなってきたデイルは、自分の自慢話をほどほどに切り上げると、こんどはシェリル達について聞き始める。

「それで、ええと、シェリルは何かの代表をやってるんだって?」

「はい。クガマヤマ都市の下位区画の、小さな区域の代表と言いますか、徒党のちょうをしております」

「若いのにすごいんだな。何て名前の徒党なんだ?」

「小さな徒党ですので、名前は付けておりません。名前を付けるとそれだけで目立つこともありますので。余計な不和の原因とならないように、慎みを持った活動を心がけております」

「へー。いろいろ大変なんだな」

「いえ、危険な荒野で恐ろしいモンスターに立ち向かうハンターの皆様の苦労に比べれば、私の苦労など微々たるものですよ。モンスター討伐の報酬や、皆様が収集された遺物の価値に見合うものでは御座いません。最近はどのような遺物を見つけられたのですか?」

「そうだな。最近は……」

 デイルは最近売り払った遺物を思い出しながら話を続けた。

 シェリル達の会話に加わらずに一歩離れた位置にいるアキラは、軽い驚き、冷や汗に近いものを覚えていた。その内心を表情に出さないように注意しながら、アルファに確認の意味を含めて尋ねる。

『なあ、アルファ。もしかしたら、俺の勘違いかもしれないけれど……』

『シェリルは自分達の情報を不自然ではない程度に隠しつつ、相手の情報を根こそぎ聞き出そうとしている。それは私もアキラと同意見よ。多分意図的にやっているわ』

『……だよなあ』

 談笑の内容の大部分はデイル達に関することだ。たまにシェリル達の話に変わるが、いつの間にかデイル達の話に戻っている。そしてデイルは恐らくそのことに気付いていない。

 デイルはシェリルに様々なことを話している。例えば旧世界の遺跡の話ならば、遺跡の構造、遭遇したモンスター、発見した遺物の内容などだ。普通なら聞かれても答えないこと、他のハンターに教える場合は情報料を取っても不思議はないことまで、シェリルからの共感と称賛の言葉を求めて話し始めている。

 そしてシェリルはデイルの期待に応えて共感と称賛の言葉を笑顔で返している。デイルの口はどんどん軽くなっていた。

 アキラはそのデイルの様子を見て、自分の過去の行動を反芻はんすうしながら尋ねる。

『俺もシェリルといろいろ話しているけど、変なことしゃべってたりしてないよな?』

『大丈夫だと思うわ。アキラが迂闊うかつなことを言いそうだったら私が止めるしね』

『そうか。まあ、俺が知られて困ることなんて、アルファに関することぐらいだしな。大丈夫か』

『アキラが不意に私の方を見て、それをシェリルが目で追っていたことはあったわ。アキラには考え事をしていると変な方向を見る癖がある。その程度には思われているかもね』

『……まて、それはアルファの変な格好の所為だろ? 俺の所為か?』

『別にアキラの所為とは言っていないわ。それに変な格好とは失礼ね。そんなことを言うと、視線くぎ付けの気合の入った変な格好をするわよ?』

 アルファは揶揄うように不敵に笑ってそう答えた。

『悪かった。止めてくれ』

 アキラはすぐに謝った。アキラの度肝を抜くような得体の知れない変な格好をしているアルファの姿など、アキラも見たくはないからだ。

 自身の武勇伝を自慢げに語るデイルを横目に、ギューバは同じく一歩引いた形でシェリル達を観察していた。

 部屋の中に入ったギューバは自分の予想とは大きく異なる光景に少し驚いていた。部屋の中でハンターのチームが休憩していると考えていたのだ。外にめてあった車は一台しかなかった。詰めて乗っても6名程度だろう。そのハンター達が部屋の中にいて、下っ端のアキラが見張りをしていたと思っていたのだ。

 他のハンターを武力要員として雇い、雇い主であるハンターが見つけた遺物を独り占めにする。そのような活動方針をとるハンターもいる。ギューバはアキラもそのような雇い主に雇われたハンターだと考えていた。

 しかし部屋の中に入ったギューバが見たものは、アキラの雇い主らしい身形の良い少女と、貧相な服を着た子供達だった。アキラ以外のハンターの姿はない。それどころか戦力に換算できそうな人間すらいない。

 ギューバはデイル達がシェリルと話している間も、部屋の中を見渡したり、他の子供達の様子を確認したり、アキラの様子を確認したり、会話内容からシェリル達の正体を推察したりしていた。

 ギューバは断片的に手に入れた情報からある程度の推察を済ませると、デイル達とシェリルの会話に割り込む。

「ちょっと良いか? 先に提案したが、これも何かの縁だ。お互い遺物収集の帰りなんだ。遺物の交換でもしないか? 量は少ないが、俺達もそこそこ良い遺物を手に入れてきたんだ。どうだ?」

 旧世界の遺跡で見つけた遺物を、何でもかんでもハンターオフィスの買い取り所に持ち込むハンターばかりではない。付き合いのある買取り業者が好む種類の遺物を効率よく集めるために、ハンター同士で遺物を交換することはよくある。ギューバの提案自体は、基本的に利益のある話だ。

 しかしシェリルはギューバの提案を申し訳なさそうに断る。

「申し訳御座いません。私達が集めた遺物は価値の低いものばかりでして、皆様の遺物とは釣り合わないと思います」

「なに、買取り業者にも好みや癖がある。そっちの買取りルートでは低価値でも、こっちのルートでは良い値が付くかもしれない。価値なんか気にしないでくれ。絶対に交換しなければならないわけでもないしな」

「積込みの手間などもありますので」

「提案しているのはこっちだ。それぐらい手伝うって」

「……いえ、雨がみ次第すぐに出発する予定で、再度積み込む時間も惜しいぐらいでして……」

 断るシェリルにギューバが食い下がっている。デイルは何とかして断ろうとしているシェリルを不思議に思いながらも、シェリルへの好感とギューバへの反感もあってシェリルの擁護に回る。

「おい、無理強いすることじゃないだろ」

「……。そうだな。悪かった」

 デイルに説得されたギューバはあっさり引き下がった。

 シェリルが遺物交換を嫌がった理由は、デイル達が低価値の遺物しか持っていないシェリル達を見て落胆するのを防ぐためだ。

 シェリルはデイル達が自分を誤解していることに気付いている。恐らくデイル達は、シェリルをある程度大きな規模の徒党のちょう、又はある程度の金を保持している人物だと認識している。シェリルはそう判断した。

 実際のシェリルは、小規模の徒党のボスでしかなく金もない。本来のシェリルはここにいることすらできないのだ。アキラが用意した移動手段を利用し、アキラに護衛されてシェリルはこの場にいる。そしてそのための経費は事実上アキラが支払っている。シェリルが支払う依頼の報酬額など微々たるものであり、それすらもアキラの恩恵の上で稼いだ金なのだ。

 荷台に積まれている低価値の遺物を有り難がる程度の、スラム街に幾らでもいる力も金もないただの子供。デイル達がシェリルをそう認識した場合、シェリルへの態度を一変させて、最悪襲いかかってくる可能性は十分にある。少なくとも、シェリルはそう考えていた。

 デイルの好感度を稼いでおいて良かったと、シェリルはひそかに安堵あんどする。おかげでデイル達の誤解はまだ解けていない。

 それがシェリル達にとって、本当に良いことだったかどうかは分からないが。

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