第16話 シェリルの徒党

 アキラがシェリルの頼みで一緒にスラム街を散策している。そこそこ武装した少年と、スラム街の基準では少々上等な服を着ている少女。駆け出しハンターとその取り巻きと考えれば、別に珍しいものでもない。

 それでも時折興味深そうな視線が向けられる。その光景に何らかの意味を見いだした者がいるのだ。

 シェリルの案内でスラム街をいろいろ見て回る。シベアの縄張りだった辺りを重点的に回った後は、そこから大分外れた場所も散策範囲に加えていく。

 スラム街はそれなりの広さがあり、大小様々な徒党の縄張りが入り組んでいる。それらの縄張りはそれぞれの秩序で動いており、その秩序を知らない者、秩序に組み込まれていない者が下手に彷徨うろつくのは危険だ。アキラの寝床だった路地裏も一応はどこかの徒党の縄張りだ。アキラがある意味で見逃されていたのは、そこが勝手に住み着いている者を一々排除するような重要な場所ではなかっただけだ。

 アキラもその程度の知識は持っていた。そしてその知識の無い場所には近付かないようにしていたので、スラム街で長年過ごしていたとはいえ、知らない場所は多かった。

「この辺には来たことがないけど、スラム街にしては随分小奇麗だな」

 周囲には比較的頑丈そうな建物が立ち並んでいる。露店の数も多く、整備不良に見える拳銃、一部刃こぼれしているナイフ、更には簡単なアクセサリーなど、出所不明な様々な品が店先に並べられている。客の姿もそれなりに見られる。この光景は、それらの商売環境を成り立たせる経済、治安、秩序が維持されている証拠であり、ここを縄張りとしている徒党の力の証明でもあった。

 アキラが見慣れない場所に少し興味深そうな視線を向けていると、シェリルが笑って軽く説明する。

「この辺りの建物は、都市が下位区画を拡張しようとして一度しっかり建てたんだそうです。でもそれが頓挫して放置されていたのを、この辺りのまとめ役が占拠したって話です」

「へー」

 路地裏で寝泊まりしているだけでは手に入らないスラム街の豆知識と、それを知っているシェリルに、アキラは軽く感心した。そして何となくアルファに尋ねてみる。

『今の話、アルファは知ってたか?』

『いいえ。知らなかったわ』

『そうなのか? アルファにも知らないことはあるんだな』

 何となくだが、アルファなら何でも知っている気がする。そう思っていたアキラにとって、知らない、という答えは少し意外だった。それが僅かに顔に出る。しかし話の続きを聞くと、その顔もすぐに変わる。

『私にも知らないことぐらいあるわ。ちなみに、この辺りの開発が頓挫したのは元々そういう予定だったからよ。都市側はこの辺りを真面まともに開発するつもりなど初めからなかったの。それでも都市の主導なら強引な開発も容易だから、誰かが資金を出してそういうことにしたのでしょうね』

『……知ってるんじゃないか』

『知らなかったのは、それが一般的にどう伝わっているかよ。誰かが不当に占拠している、ということにして、裏で何かやっているのでしょうね。その何かが発覚しても、関係者が責任逃れを出来るような工作も含めてね』

 その一般的ではない方の情報をアルファはなぜ知っているのか。アキラはそれが少し気になったが、聞かないことにした。気にするだけ無駄だからだ。

 アルファは間違いなく異常な存在だ。自分にしか知覚できないということ以外にも、少し考えるだけで不明な点が山ほど出てくる。しかしそれを意図的に気にしないようにしていた。

 アキラにとって重要なのは、アルファが自分の味方だということだ。非常に得体の知れない存在であることに間違いはない。だが自分の味方であるという要素の方がはるかに重要だ。

 スラム街の薄汚れた子供に、自分に手を差し伸べる者などいない。自分を助ける者などいない。アキラはずっとそう思っている。今もだ。極めてまれな例外が存在すると知っただけであり、その程度で世界に対する見方が変わることはない。

 だからこそ、アキラはその例外であるアルファの異常性など気にしない。それを気にすることでアルファを失うぐらいなら目を背ける方を選ぶ。少なくとも、今は。

 不意にアルファが少し悪戯いたずらっぽい笑顔を浮かべる。

『それにしても、アキラとシェリルが並んで歩いていると、デートみたいね』

 アキラが軽く吹き出し、思わず視線をアルファに向けた。突如吹き出して視線を誰もいない場所に向ける人物は十分に不審者だが、シェリルはえて反応を示さなかった。既にアキラから、聞くな、と言われているからだ。その疑問から目をらすことで日々の安寧あんねいを得られるのなら、シェリルは幾らでも黙っている。

『デートって、それは違うだろう?』

『いいえ。合っているわ。反論するのは勝手だけれど、私に討論を挑むなんて無謀よ?』

 微妙な顔を浮かべながらも反論を諦めたアキラを見て、アルファが楽しげに笑う。

『という訳で、デートなのだから何か買ってシェリルにプレゼントしましょう』

『……分かったよ。何か買えば良いんだな?』

 アキラも別に無理に逆らうつもりはない。危険なことでもないのだ。その意図は分からなくとも、手持ちの金を少々使っただけでアルファが満足するのならそれで良い。何よりも、意地を張って下手に反論した結果、シェリルにプレゼントを贈る利点を延々と説明され続けるような面倒事は避けたい。そう思って近くの露店に向かう。シェリルもアキラに付いていく。

 露店の店先には様々な売り物が雑多に置かれている。そこに並べられていた整備状態の怪しそうな銃がアキラの目にまる。治安の悪いスラム街では、確かに銃も重要で大切な物ではある。

(……いや、違うか)

 アキラは軽く首を横に振った。そのような銃を贈って後で暴発でもすれば嫌がらせと変わらない。そもそもデートの最中にその相手に送る品ではないだろう。そう考え直し、もっと無難な物を探そうとする。だが誰かに物を贈った経験など無い所為せいで、無難な物など分からない。しばらく悩み、決まらず、アルファに助けを求める。

『アルファ。どれにすれば良いんだ?』

『自分で考えなさい』

 楽しげに笑ってそう答えたアルファに、アキラが不満の意思を念話に乗せて返す。

『……前に分からないことがあったら聞けば教えてくれるって言ったじゃないか』

『だから答えたでしょう? アキラが自分で選んだものを贈る。それが答えよ』

『そういうことか? そういう話か? そういう問題か?』

『そういうことで、そういう話で、そういう問題よ。変なものを贈って微妙な表情をされるのも勉強の内よ。頑張りなさい』

 アルファは楽しげに微笑ほほえんでいる。アキラは内心でめ息を吐くと、諦めて露店の商品の物色に戻った。

「何を探しているんですか?」

 シェリルは軽く話題を振った程度の感覚で声を掛けただけだった。それに対してアキラが少し難しい顔と僅かに躊躇ためらうような口調を返す。

「……ここにあるもので、何か欲しいものはあるか?」

「えっ?」

「あー、ほら、昨日の説明で俺がシェリルを贔屓ひいき……違う、面識がある……違う、何だっけ?」

「懇意にしている、ですか?」

「そう、それ。その証拠がいるんだろう? それなりの物をもらう仲だって。何かプレゼントするから、その証拠の品にでもしてくれ。どの程度役に立つかは分からないけどな」

 アルファからは自分で選べと言われたが、贈り先の相手からそれについて尋ねられたので、アキラはそれを言い訳にして、もう直接本人に聞くことにした。変なものを贈って微妙な顔をされるなど、アキラも出来れば避けたいのだ。

 シェリルはかなり驚いていた。まさか自分へのプレゼントを選んでいるとは欠片かけらも思っていなかったのだ。そういう気配りを持つ人物だとは全く思っていなかった。

 その人物眼は正しく、アキラはアルファに言われてやっているだけだ。シェリルもそこまでは見抜けない。その分だけ驚きも大きかった。

「……で、どれにする?」

 シェリルは返事の催促で我に返ると、少し大袈裟おおげさうれしそうに笑った。

「その、プレゼントでしたら、アキラが見立てていただけますか? その方が効果が高いですから」

 本音を言えば、出来る限り高価な品を、と答えたい。高価な品であればあるほど、それだけの品を贈られる相手であるとして、懇意の証拠としての効果も高くなる。必要なら後で換金も出来る。

 だが現在の仲で下手に高価な物を強請ねだっても機嫌を損ねるだけだ。加えて露店の品では値段の上限も高が知れている。そこでシェリルは別方向から攻めることにした。

 貴方あなたが私のために真剣に選んでくれたこと。それが何よりもうれしい。それを口調と表情と仕草から出る雰囲気で強く伝えて、アキラの好感度を稼ぎに掛かった。

 だがその細かな機微はアキラには届かなかった。麗しい少女に強い好意を乗せた表情と声を向けられても、アキラはその顔を緩ませるどころか、更に悩ましいものに変えた。

「……分かった。それなら俺が変なものを選んでも文句を言うなよ? 自分で選ぶなら今の内だぞ?」

 シェリルは相手の予想外の反応を内心で意外に思う。しぶとく最後の確認を取ろうとするアキラの態度からは、いつもならば確かにある反応、好感度が上がった手応えなど全く感じられない。

 それでもアキラのどこか必死な様子から、自分のセンスで選ぶのを何とか避けたいことぐらいは簡単に分かった。内心の怪訝けげんな思いを隠しつつ少し考える素振りを見せると、笑って相手の反応に合わせる。

「どんなものでも文句なんか言いませんが、そうですね、ではアクセサリー類を選んでいただけますか? そういう品の方がそれらしいので」

「そうか。分かった」

 アキラがあからさまに少しほっとしたような態度を見せる。

(……やっぱり銃は駄目だったか)

 アキラは選択肢が狭まったおかげで変なものを選ぶ恐れが減ったことに安堵あんどすると、少し表情を緩めてプレゼント選びを再開した。その後もしばらく迷った後、そこそこ高そうに見えるペンダントを選んでシェリルに贈る。アクセサリー類で、買取所に持ち込めば高値で売れそうな品という基準から選ばれたものだ。

「ありがとう御座います。大切にします」

「ああ。まあ、好きにしてくれ」

 シェリルは出来る限りうれしそうに笑って礼を言った。だが無駄に疲れた気がしていたアキラの反応は薄かった。

 その後もスラム街をしばらく見て回り、日が落ち始めた頃に解散となる。シェリルが去り際にアキラに深く頭を下げる。

「アキラ。今日はありがとう御座いました。それと、これからもよろしくお願いします」

「ああ。シェリルも気を付けて帰ってくれ」

「はい。アキラもお気を付けて」

 シェリルが名残惜しそうに笑って去っていく。内心ではアキラの好感度をほとんど稼げなかったことを残念に思いつつ、懇意の証拠となる品を一応手に入れられたことには満足していた。そしてアキラに背を向けてからは、これからのことを考えて真面目な顔を浮かべていた。

 アキラはしばらく黙ってシェリルを見送っていた。そしてシェリルの姿が消えてもそのまま帰ろうとしないアキラの様子に、アルファが不思議そうに尋ねる。

『アキラ。帰らないの?』

『ん? ちょっとな。……ついでだし、初日だし、まあ、念のためだ』

 アキラはそれだけ答えると、宿とは逆の方向へ歩いていった。


 シベアの徒党の壊滅後、その縄張りはどこの徒党のものでもない空白地となっていた。周辺の徒党もいきなり武力制圧を試みるような真似まねはしない。下手な真似まねは徒党間の抗争を招いて不要な被害を増やすだけだ。まずは周辺の徒党間で交渉し、空白地を分割するなどの利害調整を済ませるのが先だ。力尽くでの奪い合いはその交渉の場で派手にめてからになる。血を流すのはその後だ。

 シベア達の拠点だった建物はその空白地の中心となる場所だ。拠点にはシベア達の金や物資が集められていたが、徒党の生き残り達が他の徒党へ加入する際の手土産として大半を持ち去ったので、僅かに残った物に大した価値などない。

 それでも建物自体の価値は十分に残っている。スラム街の住人が占拠すればその利益は大きい。だが今は人気も無く閑散としていた。誰かが勝手に中に入ると、周辺の徒党に他のどこかが建物の占拠に動き出したと判断されて、抗争の引き金となるからだ。どこの徒党にも属していない者が寝床にするだけでも危険だった。

 そのしばらく無人だった建物で、シェリルは人を待っていた。特定の誰かを待っている訳ではなく、呼んでもおらず、そもそも来ないかもしれない。だが来る可能性は高いと判断し、緊張を抑えてじっと待っていた。

 しばらく待っていると、予想通り待ち人が表れる。シェリルが内心の不安と緊張を隠しながら、彼らに不敵で自信のあふれた笑顔を向ける。

「いらっしゃい。私の拠点にようこそ」

 彼らはシベアの徒党の生き残りだ。他の徒党に加入できた者も全員が順風満帆な訳ではない。今までと勝手が違って馴染なじめない。立場等の扱いが悪い。手土産だけ取られて追い出された。そもそも他の徒党に加われなかった者もいる。徒党の壊滅後、その構成員達が抱える羽目になった問題は多い。

 そのような者達がアキラと一緒にいるシェリルの姿を見掛ければ、当然確認に来る。

「お前の拠点ってどういう意味だ? いや、そんなことより、何でお前があのガキと一緒にいたんだ? シベアを殺したのはあのガキだろう?」

 そう言って脅しの入った怪訝けげんな顔を向けてきた男に、シェリルは余裕の笑みを返した。

「私の拠点ってのはそのままの意味よ。今日からここは私の徒党の拠点。アキラと一緒にいたのは、私がアキラと話を付けたからよ。その結果、今日から私がここのボスになったの。だからここは私の拠点なの」

「アキラ? あのガキのことか?」

「そうよ。良い名前でしょう? それで貴方あなた達はこんな場所に何の用? 忘れ物でも取りに来たの?」

 シェリルはあからさまに小馬鹿にする態度を見せていた。確実に反感を買うことを分かった上で、えて調子に乗っているかのような態度を見せているのは、そうすることが出来るほどの後ろ盾を得たのだと相手に伝えるためだ。

 その効果は十分に現れた。男達の態度に反感と警戒が増す。

「……あのガキと一緒にいるお前を見たからそのことを聞きに来たんだよ。それで、話を付けたってどういう意味だ?」

「1から10まで説明しないと理解できないの? 私がボスだって言ったでしょう? アキラと話を付けて、私の徒党にいろいろ協力してもらうことになったのよ。でもほら、アキラはハンター稼業が忙しいから、いろいろ面倒なことは私が指示するってこと。彼の代理だとでも思ってちょうだい。ただほら、アキラにもいろいろ体面とかあるから、表向きは私がボスってこと。で、実際の指揮も私がするから、やっぱり私がボスなのよ。分かった?」

 彼らの一人が少し興奮気味に声を荒らげる。

「シベアを殺したのはあのガキだろうが! あのガキがシベアを殺しさえしなければ、こんなことにはならなかったんだ!」

「子供1人を殺すのにあれだけの数をそろえて、しかも返り討ちに遭って死んだ馬鹿がどうかしたって? 馬鹿じゃないの?」

「おいシェリル。あんまり調子に乗るんじゃねえぞ? あのガキが幾ら強かろうが、今はお前1人なんだ」

「は? 本気で言ってるの?」

 すごんできた男に対して、シェリルは小馬鹿を通り越してあきれすら感じさせる態度を返した。すると男達が引きつった顔で辺りを探し始める。アキラが隠れていると思ったのだ。

「探しても無駄よ。言ったでしょう? ハンター稼業が忙しいって。ここにはいないわ」

「てめえ……」

 馬鹿にされたと思った男がシェリルに近付く。だがシェリルの次の言葉で足を止めた。

「私が貴方あなた達のことをアキラに話していないとでも? 私は貴方あなた達がここに来ることを予想していたのよ? 私が殺されたら貴方あなた達を殺してもらうように頼んでいないとでも?」

「……あのガキがお前のためにそこまでする理由があるのか? お前が死んだって鼻で笑うだけだろう?」

 男はシェリルの言葉を半分はったりと決め付けて、半ば探るように軽く威圧した。だがシェリルの余裕の笑みは崩れない。

「理由ならちゃんとあるわよ? 私はアキラのお気に入りだもの。ほら、プレゼントだってもらったの。アキラがお気に入りを殺されて笑って済ませるとでも? 本気で言ってるの?」

 シェリルが胸のペンダントを指で摘まみ、見せ付けるように少し揺らして見せる。その自信満々に微笑ほほえむ姿から、男達は虚栄を感じ取ることは出来なかった。シェリルの話を完全に信じた訳ではない。だがアキラの報復で殺される危険を考えれば、半信半疑となった時点でもう強気には出られなかった。

 言い争っていた男が舌打ちをして拠点から出ていく。残りの者達も大半がその後に続いた。そして数名の子供だけが場に残った。

 険しい表情のまま帰ろうとしない子供達に向けて、シェリルが意図的にとげのある笑顔を浮かべて声を掛ける。

「用がないなら、私の拠点から出ていってくれない?」

「……分かってるだろう。俺達を徒党に入れてくれ」

「私がボスだと認めるのね? 私の指示にちゃんと従うのね?」

「……ああ。お前がボスだ。指示には従うよ」

 シェリルが薄く笑う。

「そういうことなら歓迎するわ。でも今日は帰って。私もいろいろ忙しいの。その内にアキラに紹介するから、明日の夜にまたここに来なさい」

 子供達は出来れば外より安全な拠点の中にとどまりたかった。だがボスと認めた者の指示にいきなり逆らう訳にもいかず、顔を見合わせると仕方無く出ていった。

 一人だけになったシェリルは拠点の奥の部屋に入ると、そこで耳を澄まし、物音などから自分以外に誰もいないことを確かめる。そして5分経過し、10分経過して、ようやくここには自分しかいないと確信した。

 その途端、シェリルの表情ががらりと変わり、必死に隠していた緊張と恐怖が全面に表れる。そのまま叫びそうになるのを辛うじてみ殺した。深呼吸を繰り返して何とか平静を取り戻そうとする。

「……危なかった! ……危なかったわ! 殺されるところだった! でも、生き延びたわ!」

 シェリルはアキラという後ろ盾を得た。だがそのアキラも常にそばにいる訳ではない。シェリルにはそばにアキラがいない状態でも殺されない環境が必要だ。その環境構築の第一歩、命を賭けた初手がようやく終わったのだ。

 これで恐らく大丈夫。少なくとも現状で打てる手は全て打った。後はもう賭けだ。そう考えながら、ゆっくりと床にへたり込む。緊張が緩むと同時に疲労を覚え、そのまま倒れ込むように横になる。意識が睡魔に飲まれていく。

(……昨日はお風呂にはいれたのに)

 眠りに就く直前、ふとシェリルはそんなことを考えた。


 拠点の外では、先ほどの者達の一部がそのまま帰らずに残っていた。

「おい。本当にやるのか? シェリルの話が本当ならヤバいぞ? 相手はハンターだぞ? そこらでモンスターと殺し合ってる連中だぞ? 大丈夫なのか?」

「だからってあのガキにこの拠点を渡せって言うのかよ。この拠点を手に入れれば俺達の地位だって上がるんだ。あのガキの言っていることだって、どうせただのはったりだ。あるいはそのハンターに適当なことを言われただけだ。もらった物を自慢してたが、あんなものそこらの露店で売っていそうな安物じゃねえか。お気に入りだなんて言われて調子に乗っているだけだ。今の内にあのガキを殺せば有耶無耶うやむやになるさ」

「で、でもなあ……」

 男達はシェリルの襲撃を計画していた。だがその意欲には各自に大きな差があった。不安げな者。焦りをにじませている者。それらをごまかすように嘲りと不機嫌さをあらわにしている者。大まかな意思は共有しているものの、統率は取れていない。

 シェリルが一度は壊滅した徒党をアキラと話を付けて復活させたことにより、拠点とその周辺の縄張りは空白地ではなくなった。スラム街の慣例から判断すると、アキラが襲撃の報復としてシベア達の徒党を縄張りごと乗っ取ったことになる。ではその縄張りのためくだんのハンターと殺し合うかと問われれば、それが割に合うかどうかの判断も含めて、当面静観というのが通常の判断となる。

 だがシェリルの話をどこまで信じるかということを加味すると、ここでシェリルを殺して拠点を制圧するという選択肢も生まれる。仮に一部本当だったとしても、そのハンターも徒党の構築にどこまで前向きかは怪しいのだ。シェリルを殺せばいろいろと有耶無耶うやむやになる可能性は十分にある。

 成功すれば、その利益は大きい。拠点と縄張りをどこかの徒党に引き渡せば、その徒党での地位は大幅に引き上がる。その利益とハンターの報復の危険性が男達の判断、半信半疑の割合を乱し、彼らを積極的な者達と消極的な者達に分けていた。

「シジマさんだってここを欲しがっているんだ。ここをシジマさんに渡せば俺達の地位は安泰だ。それをあんなガキにさらわれてたまるか。そうだろう?」

「でもシェリルの話が本当で、そのハンターにそれがバレたらどうするんだよ。ヤバいって」

「そのハンターが近くにいるのなら、さっきシェリルが連れてきていたはずだ。やるなら今の内なんじゃないか?」

「どこかに隠れていたりは……」

「しねえよ。第一シェリルが本当にそのハンターと話を付けたかどうかも怪しいんだ。抱かれている最中に適当なことを言われただけかもしれねえ。金もねえガキとの約束なんか、ハンターが一々守るかよ」

「そ、それもそうか……。でもなあ……」

 相談にも満たない意見の言い合いだったが、それでも意欲の偏りを大きくする効果はあった。男達が実行に移すがわと退くがわに大きく分かれる。そして実行に移すがわの代表格の男が相手のやる気の無さに舌打ちする。

「分かったよ。俺達だけでやるから、お前らはそこで突っ立って見張りでもしてろ。それで良いな? ここにいるんだ。それぐらいはしろよ」

「まあ、それぐらいならな。分かった」

「よし。いくぞ」

 襲撃者達はお互いにうなずいて銃を構えると、拠点の中に突入しようと動き出した。

 次の瞬間、彼らは銃撃された。頭部を撃ち抜かれて即死した者も、胴体に被弾して即死は免れた者も、運良く重傷で済んだ者も出たが、襲撃者達はその全員が地面に崩れ落ちた。

 退くがわの者達が悲鳴を上げながら周囲を見渡す。すると少し離れた路地の影から銃を構えたアキラが出てきた。そのまま彼らの近くまで来て足を止める。

 アキラは平然としていた。人を殺した直後にもかかわらず、乱れも動揺も見られなかった。そのアキラの様子を見た男達が僅かに震え出す。

「お、お前は……」

 アキラが端的に告げる。

「俺はシェリルと話を付けたハンターだ。言うまでもないが、念のために警告しておく。シェリルに手を出すな。分かったな?」

「わ、分かった」

 アキラが軽くうなずいて引き返そうとする。その途中、地面に転がっていた男達の一人が恐怖と苦痛に震えながら最後の力を振り絞って銃を向けてきたので、歩きながら銃口を向けて引き金を引き、数発撃って念入りに即死させた。残りの生存者達にもとどめを撃って明確な死体に変えておく。その光景を見て、結果的に賢明な選択をした無傷の男達が小さな悲鳴を上げた。

 そのまま帰ろうとするアキラの背に男の声が届く。

「……お、おい、シェリルと話を付けたんなら、何であの時一緒にいなかったんだ?」

 アキラが振り返る。そして平然とした顔で近くの死体を指差す。

「見れば分かるだろう?」

 アキラはそれだけ言って立ち去った。

 男が表情をゆがめてつぶやく。

「あの時いなかったのはわざとかよ。たちが悪いな」

 アキラはシェリルを襲おうと考える者達をおびき出すためわざと一緒にいなかったのだ。男達はそう判断した。そして仲間の死体を見て表情をゆがめる。襲撃に加わっていれば、自分も死体に加わる羽目になっていたと戦々恐々としていた。

 平然と銃を突き付けてくるたちの悪いハンター崩れが死んだと思えば、平然と殺しを行うもっとたちの悪いハンターが後釜に座った。そう思った男が思わず愚痴をこぼす。

「……簡単に殺しやがって。やっぱりハンターはどいつもこいつも腐ってやがる」

 男は無意識にそう口に出したことに気付くと、慌てて周囲を見渡した。そしてアキラの姿が無いことに軽く安堵あんどの息を吐いた。

 生き残った者達が顔を見合わせると足早に去っていく。その場には誤った選択をした者達の死体だけが取り残された。


 宿への帰路で、アルファが先ほどのことを軽く尋ねる。

『アキラ。あれで良かったの?』

『ああ。初めからシェリルの護衛をずっと続ける暇なんか無いんだ。あの脅しが利いて、シェリルの運が良ければ、しばらくは死なずに済む。後はシェリルの運次第だろう。……アルファはあれじゃ不満なのか?』

 この様子ならばアキラがシェリルを理由にして無駄な危険を冒す確率は低い。アルファはそう判断し、アキラという人格への理解を少し進めた。

『いいえ。アキラがそれで良いなら私は構わないわ。それより、明日は今日の分も合わせてしっかり訓練をするからね』

『わ、分かったよ』

 アルファは少し不敵に、楽しげに、脅かすように微笑ほほえんでいた。その様子にアキラは訓練の厳しさを想像して、表情を引きらせた。

 外の状況など知らないシェリルが拠点の前に転がっている死体に驚いたのは翌朝のことだった。

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