第52話 陸上の覇者⑤

 体中に走る激痛で、僕は目を覚ました。

 痛みを感じると言うことは、あれから12時間経ち、今は朝の4時と言うことになる。


「イズミ? 痛むの?」


 呻き声が漏れてしまったのか、レイラを起こしてしまった様だ。


「だいじょうぶ……」


「脂汗までかいて何言ってるのよ。痛み止めはポーチの中?」


 レイラは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

 まったく、彼女を嫁にできる人は幸せだね。

 僕? 僕は……ん~どうなんだろう?


 なんてバカなことを考えていると、ナビちゃんがくれた痛み止めが効き始める。


 ふぅ~……一息つけた。さて、狩りの時間だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 装備を整え、船から出ると、最後の見張り番だった武さんが 焚き火の前にぽつんと座っている。

 なんか心ここに在らずって顔しているけど、ちゃんと見張りをしていたのだろうか?


「おはよう武さん。なんかボーっとしているけど、大丈夫?」


「!? 和泉さん……。昨夜はお楽しみでしたね」


 この友人は、何を言っているのだろうか?

 寝不足でトチ狂ったのかな?


「昨夜はって、痛み止めが切れるまで爆睡していたけど……何? 見張り番をした方が良かったってこと?」


「痛み止めが切れるまで爆睡? って事は朝までぐっすりだったのか?」


 さっきからそう言っているのに、いったい何なんだ?

 武さんの質問に頷きで答えると、今度は一転して上機嫌で朝食の準備に取り掛かり始める。

 本当に大丈夫かな?


 武さんだけだと心配なので、レイラも一緒に準備を手伝ってもらった。

 その間に僕は、右手のみで扱える様にハミングバードを調整し、装備を変更する。


 時間で起きたのか、匂いに誘われて起きたのか分からないが、朝食の完成と共にひなぞーが起きて来た。


 朝食が済み、全員が装備を整えると、最後のミーティングを開始する。


「とりあえず、いずんちゅが足止め、レイラとたけぞーが外野を片付けてると」


 ひなぞーが、みんなの顔を見ながら、確認をしていく。

 今回、僕の武器はヤツにダメージを与えられないと言う事で、サポートへまわることになった。

 そして、1番ダメージを期待できるひなぞーをメインにし、取り巻きを武さんとレイラが片付ける作戦だ。

 不安要素は多々あるが、それはやって見なきゃ分からない。

 僕達は、互いに右手を出し重ねていく。


「よし、気合いは十分だな?」


「応!!」


「相手は大きいとはいえ獣畜生だ」


「「応!!」


「やられたら、り返す。倍返しだ!」


「「応!!」


「いくよ! 僕達の合言葉は!」


「「見敵必殺サーチアンドデストロイ!!」」


「「「っしゃーーーー!!」」」


 若干1名を除き、気合いを入れ直す。

 レイラは、元々パーティが違うので、乗り遅れるのはしょうがないんだけどね。

 ただ、1人だけ何をしていいのか分からず、オロオロしているのはゾクゾク……違った、かわいそうなので、助け舟を出してあげる事にする。


「レイラ、右手を上げて。こう言う風に」


 レイラに挙手させると、僕の右手を勢いよく当てていく。

 まぁハイタッチだね。


「頑張っていくよ」

「怪我しない様にな」

「ふんっ」


 僕に続いて2人もハイタッチしていく。

 武さんは解るけど、何だかんだ言っても、ちゃんとやる所がひなぞーらしいよね。


「みんな……」


 レイラは、自分の右手を胸に抱くと、嬉しそうに微笑んだ。

 さて、これで全員の気合いが入ったね。

 それじゃ、イノシシ狩りだ!


 僕達は意気揚々と宿営地を出発した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 森の中を、島の中心に向かって歩く事数10分。

 僕達は、遂に標的のキング・フォレストボアを視界に収められる距離まで接近する事が出来た。


「取り巻きは2頭か」


「作戦通り、オレ達が相手だな」


 ひなぞーと武さんが相談している間に、僕は1本のマガジンを取り出し、ハミングバードに装填する。


 とりあえず今日の僕は、足止めが目的だ。

 焦らずにやれば失敗は無い。


 目を閉じ、深呼吸を繰り返す。

 意を決して、標的であるキング・フォレストボアを見つめる。

 しかし、いざ相手を見つめると、呼吸が荒くなり手にじんわりと汗をかきはじめる。

 そして、ナビちゃんの痛み止めによって完全に遮断されているはずなのに、左腕や胸が痛み始めた。


 もう1度アレをくらう?

 今度こそ死んでしまうんじゃないのか?

 そもそも、僕らが戦う意味はあるのか?

 こんなのもっと力のある先輩冒険者がやる仕事じゃないのか?


 痛いのは嫌だ。

 死ぬのは嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ……。


 後ろ向きな思考のループに落ちかけたその時、ふっと背中を叩かれた感じがした。

 振り向けば、3人が背中に手を置いている。


(安心しろ、いずんちゅ)


 ひなぞーが力強く頷く。


(今なら、痛みを感じることなく逝けるさ)


(ひなぞー!?)


 こいつなんて事言いやがるんだ!?


(そうさ、安心していいぞ。和泉さん)


 今度は武さんがそれはいい笑顔でサムズアップしてくる。


(骨は拾ってやるから、安心して逝ってこい)


(武さんまでか!?)


 もう何なん!? 友達って、友情ってこんなんだっけ?

 別の意味で涙が出てきそうだよ……。


(イズミの緊張を解そうとして言っているだけよ。それに、私たちが側にいてあげるから、大丈夫よ)


(レイラ~~)


 僕は、思わずレイラの腕の中へと飛び込んでいった。

 金属の鎧に包まれた体は、思った以上に冷たく、硬かった。それでも女性特有の良い匂いが、僕を優しく抱きしめてくれる。


「あ! 和泉さんテメェ! 離れろや!!」


 レイラに抱きついた瞬間に、武さんが立ち上がり、大声を出し怒鳴り始めた。

 するとどうなるか。


 答えは簡単で、敵にあっさりと見つかる。


 茂みから飛び出し、大声で怒鳴る人間。

 警戒するなと言う方が無茶がある。


 案の定、キング・フォレストボア他2頭のイノシシが鳴き声を上げ、威嚇を始めた。


「あーあ、バカのせいで見つかった」


「オレ!? オレが悪いのかっ!?」


「しょうがない、るよ。レイラ、バカのサポートよろしくね」


「和泉さんまで!?」


「ええ、任されたわ。イズミもヒナタも無茶しないでね。ほら、行くわよおバカさん」


「あぁレイラに『おバカさん』って言われると、ゾクゾクするよ」


 ランスを片手に飛び出すレイラと、その後を追う武さんおバカさん

 若干、武さんが気持ち悪かった様な気がするけど、まぁ今は目の前の敵に集中力しよう。


「さて……行きますか?」


「ああ、行くか。女と変態に負ける訳にはいかないしな」


 ひなぞーと1回頷きあうと、僕たちも茂みから飛び出し、キング・フォレストボア目掛けて走り出した。

 手の震えも荒い呼吸も、いつの間にか止まっている事に気が付いたのは、だいぶ後になってからだった。

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