第154話 海の先
――ヘクタス宮殿
「ダルタリアン付近に巨大な龍だと?」
ダルタリアンに派遣した兵士からの報告を受けると、ベリアルは眉を顰める。
「はい!話によればなんでも山並みの巨大さを誇る二つ首の龍だそうです。そしてそれの出現と同時にダルタリアンにはモンスターが押し寄せて来て街は混乱状態に陥っているとの事。」
「二つ首の龍……」
――まさか、バルオルグスか?
その言葉にベリアルは真っ先に物語に出てくる龍を思い浮かべる。
――確か王家に伝わる記録文書の中にバルオルグスの封印について書かれていた記録があったが、今は無きテスの国の文字が使われ結局誰も解読できないままでいたはず、だが実際はレゴールの奴が解読していたのか?
「その龍は今どうしている?」
「ハッ、出現と同時に海に向かって強力な攻撃を放った後、次にダルタリアン方面に進路を向けて動き出したとの事、現在はダルタリアンに滞在していたと思われる冒険者らしき者たちが応戦しているようです。」
「冒険者らしき者?」
「はい!遠目からだったので姿はよく見えなかったようですが、魔法使いの格好をした幼い少女ともう一人何者かが戦っている様です。」
――成程、ダイヤモンドダストの奴らか。
戦っているのは恐らくダイヤモンドダストのリンスとリグレット、二人の実力なら対応できても不思議ではない。
そして二人で対応できる相手なら問題ではない、そう結論付けるとベリアルはそれ以上深く考えなかった。
「それで、いかがなさいますか?」
「放っておけ。」
「はい?」
「放っておけと言ったのだ、今ダルタリアンは混乱していると言ったな?ならば今ならカーミナル嬢の身柄の確保も容易いだろう。」
「しかしそれでは――」
「くどいぞ、どうせすぐにはヘクタスまでは来れんのだ、それまでにはスカイレスが帰ってくる。焦る必要はない。」
「わ、わかりました……」
ベリアルに強引に押し切られると兵士はそれ以上何も言わなかった。
「それよりナイツオブアークの奴らはどうした?」
「は、それがずっと連絡が繋がらないままで……」
「裏切ったかそれとも死んだか……まあいい、今は作戦を優先せよ。」
「ハッ!」
兵士は指示を聞くと玉座の間から退出する。そして今度は入れ替わりに大臣が入って来る。
「なにかありましたか?」
「なに、大した問題ではない。それよりそっちこそなにか問題でも?」
「はい、実はスカイレス将軍の件なのですが……」
その名前を聞くと、ベリアルの表情が曇り始める。
「任務に出てからもう数日……未だに連絡がありません、任務の際には毎日欠かさず報告をよこしていた将軍が音信不通になると……もしや、何かあったのではと。」
大臣からの報告に不安と苛立ちにかられるベリアルだが、その心境を隠す様に大臣の言葉を鼻で笑った。
「フン、あのスカイレスにか?奴は私が作った最高の剣士だぞ?無駄な心配は控えろ。」
「ですが……いえ、わかりました。」
大臣は反論しようとするが今のベリアルの表情を見て言葉を収める。
ベリアルは余裕の態度を見せ、心境を隠し通していたつもりであったが、実際は見て分かるほど表情に現れていた。
――おのれ、スカイレスめ……一体何をしているのだ。
徐々にベリアルの心は不安と苛立ちで覆いつくされていく。
――鉱山の町 オルグス町外れ
「よし、逃げ遅れはいないな。」
レイジとレンジを中心にオルグスの男衆が町からの避難遅れがいないかを確認する。
「なら、このままテットに向かおう。」
「……それにしてもなんだ、あの化け物は?まさか、あれもホーセントドラゴンの一種か?」
レイジたちが鉱山の上から顔を出す巨大な二つ首のモンスターを眺める。
レイジたちはいつものように鉱山で鉱石を掘っていたが、突如町一帯が不気味な紫色の光を帯び始め、至急作業を取りやめ町の人々全員で避難を始めた。
そしてその後、ダルタリアン側から巨大なモンスターが姿を現したのだ。
「さあな、ただ普通でないのは確かだ。しばらくは町には戻れないだろう」
「しばらくっていつまでだよ?あんなバケモンをどうにかできる奴いるか?」
「それは……」
「大丈夫。きっとお兄ちゃんが倒してくれるよ。」
バルオルグスを見ながら不安そうに会話する二人にコルルが割って入って来る。
二人はコルルが自分達を励まそうとしていることに気づくと、顔を見合わせて小さく笑った。
「……そうだな、大人の俺達が不安がってちゃいけないよな。」
「ああ、我々は信じて待つしかないあの怪物を倒してくれる者がいると……」
――
「くたばりやがれ!この蜥蜴野郎!」
ネロが力一杯地面を蹴りその勢いでバルオルグスの懐に激しく体当たりをする。
空気をも揺らすその衝撃に押され、バルオルグスの巨体が少し後ろへ後退する。
『グオオオオオオ!』
しかし相変わらずダメージを受けた様子はなく、バルオルグスは低い唸り声を上げながらネロに対し腕を振り下ろして反撃する。
「チッ」
ネロが、バルオルグスの攻撃を眈々と避ける。
体が大きい分バルオルグスの動きは鈍いがその分攻撃範囲と破壊力は凄まじく、気づけば辺りの地面一帯は隕石でも落ちたように荒れ果て、大陸を分担していた山脈の一部が無くなっていた。
――やっぱり、ダメージはないか。
まるで傷一つ負わないバルオルグスにネロが苛立ちを増やす。
「次は私……」
今度はネロの後方からリンスが巨大な弓矢を作り出す。
「ヴァリアブルアロー!」
光で出来た巨大な矢でバルオルグスの肩を貫く。
しかし矢の当たった部分は傷一つついていない。
「やはり駄目……」
リンスが沈んだ表情で矢を受けた場所を見つめる。
「落ち込むのはあとだ、また、来るぞ!」
「うん。」
ネロの言葉にリンスが気を取り直し、再び詠唱を始める。
バルオルグスの体に靄がかかり始めると二頭の口から、そして背中から大量のモンスターが次々と出現する。
「クソ、なんなんだ?こいつら。」
一度の出現で百体近くのモンスターが現れる。
現れるモンスターのほとんどに翼が生えており、上空から襲いかかってくる。
ネロとリンスは襲い掛かってくるモンスター返り討ちにするが、中にはネロ達に目もくれずその場から飛び去るモンスター達も数多くいた。
――相手にしないモンスターまでいちいち構ってられっか。
範囲の広い攻撃方法を持たないネロは襲いかかってくるモンスターだけを倒していく。
「チッ、人手がたりねぇ。」
何十体と言う数のモンスターを相手にしながらバルオルグスの相手をするのにも限界を感じ始める。
すると、突如激しい突風が吹き飛行するモンスター達に襲いかかる。
「この攻撃は……」
「リグ!」
リンスが名前を呼ぶと吹き荒れる風の中からリグレットが現れる。
「二人とも、お待たせ。助けにきたよ……と言っても正直私程度で力になれるかわからないけど。」
「そんな事ない、リグは十分な戦力。」
「ああ、あんたの攻撃範囲は広いからな、このモンスター相手には心強いぜ。」
「そうかな?」
二人にそう言われるとリグレットは少しこっ恥ずかしそうに頬を掻く。
「よし、じゃあ行くよ!」
リグレットが再び風と同化すると、その場で竜巻となり、周囲を飛ぶモンスターを一散していく。
「……チッ、やっぱ同化はなかなかやっかいな能力だな。」
リグレットの攻撃でモンスターが一掃されるとそれをバルオルグスの中で見ていたテリアが肩から姿を現す。
「テリア、テメェ!」
姿を現したテリアにネロが突撃するが、テリアはすぐにバルオルグスの体に引っ込み、そして別の部位から現れる。
「ハハハ、どうだ、楽しんでるか?それにしてもお前らなかなかやるではないか!思ったより手こずっているぞ。特にネロ・ティングス・エルドラゴ、貴様にはな。」
上から目線の物言いに、ネロは苛立ちを募らせる。
「当たり前だ、俺は世界最強なんだからな。」
「ククク、世界最強か……その割には俺に傷一つ付けられていない様だが?」
「昔は剣で倒されたんだろ?ならそのうち弱点も見つかるはずだ。」
「そのうち、か……」
ネロの言葉にテリアが邪な笑みを見せる。
「随分と余裕があるのだな。エルドラゴは。」
「……どういう意味だ?」
「どういう意味かって?そうだな、なら一つ問題を出そう。先ほどまで
その問いに対しネロはモンスターの飛び去った方を見る。そこには広大に広がる海がある。
「海……」
「そうだ、そしてその海を超えた先には何があると思う?」
テリアの言葉にネロは海を越えたさらに先を見据える。
――この海を越えた先……
「……まさか⁉」
「ハハハハやっと気づいたか!そうさ、奴らが向かったのはお前の故郷ガガ島だ。エルドラゴ伯爵。そして、向かったのはモンスターだけではない……」
――ガガ島 カーミナル伯爵邸
リングは屋敷のベランダで海から押し寄せてくるモンスターの大群を眺めていた。第一陣とも言えるモンスター達はすぐその場まで迫ってきており、その後ろに第二、第三の大群が控えているのが見える。
「伯爵、島の住民とゲルマに捕まっていた者達の避難及び、モンスター迎撃準備完了しました!」
先程、娘のエレナと共に帰ってきた者達中の一人であるアドラー冒険者のポールが報告をくる。
リングは目の前の光景から視線を離さず、後ろにいるポールにねぎらいの言葉をかける。
「そうか、ご苦労……そしてすまないな。折角避難しに来てもらったのに戦いに巻き込む形になってしまって。」
「いいえ、押し掛けたのはこちらの方ですから。仲間の怪我の手当て及び、休める部屋も貸していただいて、感謝の言葉もありません。」
「なに、エレナの連れなら無碍。」
リングがそういうと、エレナを攫おうとしていたポールは、少しいたたまれない表情をみせ、不意にリングから視線を背ける。
「私はこの島の領主としてここを離れるわけにはいかないが、君達はもし危険だと感じたらエレナとアリサを連れてすぐに船に乗ってくれ。」
「……わかりました。」
「伯爵、大変です!ミディール方面から複数の船が現れ、エルドラゴ伯爵領土の沖に着陸しました。」
「なに?」
部屋のノックもせずに慌てて報告にきた兵士の言葉を聞いて、リングが険しい表情を見せる。
話だけ聞けば味方の援軍とも考えられるが、援軍要請を出したのはつい先程で、国王と将軍補佐のバルゴは不在とのこと。
こんなに早く動くはずがない、それにもしミディールの軍なら港に着港するはずだ。
「……どうやら敵は我々を徹底的に潰す様だな。」
――ガガ島 エルドラゴ領土
島の西側に停泊した船から次々と荒くれ者達が降りてくる。
数はおよそ五百人近くおり、集団のその先頭には山賊王の異名を持つ男バラバモンがいた。
「へへへ、まさかこんな形で、あのガキに復讐する機会が訪れるとはな、ブルーノ様々だぜ。」
下品な声でバラバモンが笑う。
大会でネロに敗れた後、バラバモンは数人の部下と共にミディールの街の外で息をひそめていた。
そしてそんな時に接触してきた来たのがブルーノ公爵家からの使者だった。
内容は自分に恥を掻かせた子供、ネロ・ティングス・エルドラゴの屋敷の奇襲、時期も本人不在の時を狙うと言うまさに復讐には最高の条件だった。
「あれが屋敷か。」
船を止めた場所から北の奥地に目を向けると丘の上に立派な屋敷が立っているのが見える。
「流石貴族様のお屋敷だ、なかなか立派じゃねえか。きっと仕えてるメイドたちも上玉だろうな。」
バラバモンがニヤリと笑うと、 部下の方に顔を向ける。
「さあ野郎ども!仕事の時間だ!あの丘にある屋敷にある金、女、物資、奪えるもの全てを奪い取れ!」
「「「「おう!」」」」
五百人の荒くれどもが声を揃えて返事をすると、屋敷へと進軍を開始する、しかし……
「待ちなさい!」
その山賊の軍勢を前に一人の獣人族が立ち塞がる。
「なんだてめえは?」
「私はSランクパーティー、ダイヤモンドダストのメンバーのロールよ!私がいる限りネロ君の家には一歩も近づけやしないんだから!」
ロールが名を名乗ると、Sランクパーティーという肩書きに後ろから少しざわつきが聞こえるが、それをかき消すようにリーダーのバラバモンが一歩前に出る。
「ほう、兎の獣人族の女か、悪くねぇな。だが俺達の相手をするには体が足りないんじゃないか?」
バラバモンの言葉に山賊たちは男たちが足並みを揃えて一歩一歩ロールへ近づく、しかしロールは一歩も後ろには引かない。
「誰であろうと、何人であろうとここは通さない。」
「へへへ、そうか。じゃあたっぷり楽しませてもらうとするか!」
山賊たちがロールへ一斉に襲い掛かる。
――
「きっと今頃はもう始まってる頃だろうなあ。」
「てめぇ……何やってんだぁ!」
テリアから計画を聞かされたネロが怒り狂い大声で怒鳴りつける、しかしテリアはそんなネロを見て高らかに笑った。
「ハハハハ、そうだ、お前のその顔が見たかったんだ!いいぞ、もっと苦しめ、そして絶望しろ。」
――クソ……早く向かわないと、でもどうやって?
状況を打開するため、ネロが必死で思考を巡らせる。
――どうするどうするどうする?泳いでいくか?駄目だ、そんなんじゃ間に合わない、ならリグレットに風になって送ってもらう、いやそれでも遅い。
「……そうだ、エーテルだ!ダルタリアンにいるエーテルの魔法を使えばまだ間に合う!」
「あっ」
絶望的な状況から僅かな望みを見出すとネロはすぐさまダルタリアンに向かおうとする。
「待って!」
しかしそれをリグレットが止める。
「なんだよ!こっちは一刻も早く戻らないといけないんだ!」
ネロが八つ当たり交じりで声を荒げる。
リグレットはその声に怯み、言いにくそうに口を開く。
「その……実はさっき連絡があって……ロールと一緒にエレナちゃん達が。ガガ島に向かったって……」
「……は?エレナが……ガガ島に……どうして?」
リグレットの言葉にネロの瞳孔が大きく見開く。
――そしてエーテルも、もう街にはいない?
……終わった……
ネロは放心状態となり、その場で膝から崩れ落ちていった。
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