第147話 元凶


ダルタリアンの街から東へと突き進んだ先にある山脈地帯。

それはヘクタス方面とダルタリアン方面を分離する山脈であり、ちょうどその反対方面には炭鉱の町、オルグスがある。

向かい側に鉱山がある一方、ダルタリアン方面には辺りに特徴的な物はなかった。


 山脈の山には人が通れそうな道もない為か、ダルタリアン側からその山を人々が訪れることは殆どなかった。


 しかし、そんな山脈地帯にこの地の領主ゲルマは一人の男と訪れていた。

 男は自分と同じ身分であり、現在手を組んでいるブルーノ公爵家次男、テリア・ブルーノ。

普段から交流があるわけではないが、ブルーノと同盟を組んでからは何かと接触してきた男だ。

 そしてゲルマはテリアに連れられる形でこの山にある言われている、とある場所へ向かっていた。


「はぁ、はぁ……例の場所にはまだつかんのか?」


長時間の乗馬に疲弊しきったゲルマが尋ねる。

普段は馬車にしか乗らないため、慣れない乗馬はゲルマの体力を酷く奪う。

行けるものなら馬車で行きたかったが、行き先の場所が場所だけに他の者を連れていく事が出来なかった。


――クソ、こんなんだったら馬車で向かって、着いたところで口封じに乗り手を殺せばよかった。


今更ながらそんなことを考える。


「大丈夫です、もう着きますよ。ほら話してるうちに……」


自分と同じ体型ながら息一つ乱れていないテリアが前方を指さす。

するとそこには小さな洞穴が見えた。


「おお!アレが……」

「ええ、あれこそ、バルオルグスの封印場所ですよ。」


その言葉を聞くとへばっていたゲルマが息を吹き返し、馬の腹を強く蹴って洞穴まで勢いよく馬を走らせていった。


洞穴の中へ入ると、二人は馬を降り中を歩いていく。


「ここにバルオルグスが封印されているのか?」

「ええ、正確には魂の封印場所ですが。」

「魂?」

「はい、かつての英雄ジーザスは、神鳥レアードから授かった竜殺しの剣で、バルオルグスの肉体から魂を切り離したのです。」

「なにぃ?では次は肉体を探さねばならないではないか!」

「いえ、それなら心配ございません。肉体ならすぐそばにありますよ?ほら、そこに……」


そう言ってテリアが上を指さす。


「ん?肉体などどこにも――」


そう言ったところでゲルマが何かに気づく。


「ま、まさか⁉」

「ええ……この巨大な山脈こそ、かつてのバルオルグスの肉体なのです」

「な、なんじゃと⁉」


 テリアの言葉を聞くと、ゲルマは辺りをキョロキョロ見て回る


「この山脈は元々ここまで大きくなかったのですが、ジーザスが持つ同化能力により魂の無くなったバルオルグスの肉体を山と同化させたのです。そして、それにちなんでバルオルグスから名前をとって付けられたのが炭鉱の町『オルグス』です。」


 テリアからバルオルグスの雑学を聞いたゲルマは上機嫌に笑い声を洞穴に響かせる。


「フハハハハハ、素晴らしい、素晴らしいではないかバルオルグス!これほど巨大なモンスターを我が意のままに操れるなど世界を取ったも同然ではないか!」


眼を欲望で輝かせ、高らかに笑うゲルマ。そしてテリアの方を振り向く。


「しかし本当に良いのか?父を裏切り、私一人にこの場所を教えて?」

「ええ、構いません。もし父に教えたところで大した恩賞ももらえませんからね。だからその代わり……」

「ああ、わかっとるわい。わしが貴様にたーんと、褒美をやろうではないか。」


下品な声で笑いながらゲルマが足取り軽くし、テリアの先を歩く。

そんなゲルマの背中を見ながら、ふとテリアが足を止めた。


「……ところでゲルマ様に一つ聞きたいのですが、ゲルマ様はこの最強のモンスターともいえるバルオルグスを手に入れたら一体何をしますか?」


少し真面目な声色でテリアが尋ねる。

ゲルマは雰囲気の変わったテリアに気づかず、歩きながら上機嫌に答える。


「フフフ、そうだなぁ、まずはこの忌まわしき帝国を一度滅ぼし、新たにワシの帝国を作り上げる」

「ほうほう、それで?」

「そしてやがては全世界をも支配し、世界中の人間をワシの前に跪ずかせるのだ!」

「……なるほど、で、その後は?」

「え?えーと、そうだなぁ……とりあえず黄金の宮殿を作らせ、そしてそこに世界各国から選りすぐりの美女をかき集めワシに毎日献上させようかの。」

「……」

「おお、そうだ!どうせならばメリルを王妃にして、ワシの妻として迎えよう、例え血の繋がりがあろうがワシがルールとなれば問題はないはずだ。フフフ、夢が広がるな。」


今後を想像して不気味に笑うゲルマにテリアがポツリと呟く。


「……所詮はこの程度か」

「なに――」


その瞬間、ゲルマの背中を剣が貫いた。


「き、貴様……何を……」


ゲルマの体を貫通した剣をテリアが勢いよく引き抜くと、ゲルマはそのまま地面へと倒れる。


「ゲルマ様、残念ながらあなたにバルオルグスは渡せません。私があなたにバルオルグスを委ねようと思ったのは、あなたが実に醜く邪な考えを持ち、私が満足できるほどの絶望を見せてくれると思ったからです……。しかし、所詮あなたの欲望は一般的な下種程度のようだったみたいですね。」


冷たい口調でそう言い放つと、テリアが倒れたゲルマの腰につけていた袋を探り、中から三つの素材を取り出す。


「アルカナと王者の牙、そして賢者の石。魔竜の楔を作る素材はしっかり揃っているようだな。前回魔法大国テスはアルカナと王者の牙だけで作り、結果想像を超えるバルオルグスの力に国は制御できず滅んだようだが、今回は制御する力を強める賢者の石も使った、必ず成功するだろう。これほどの素材を集めてくれたことに感謝しますよ、ゲルマ様」

「き、貴様……」


見下しながら冷たい笑みを見せるテリアをゲルマは倒れたまま睨み付ける。


「あー、でもどうせならバルオルグスを復活させてから殺せばよかったかも。……そうすれば自らの手で溺愛している娘を醜い魔物に変えることができたのに……。」

「な!おい、待て……どういうことだ……貴様メリルになにか――ぐはぁ!」


そう言いかけたゲルマにとどめを刺すようにテリアが顔を強く踏みつける。


「言いがかりはやめていただきたいですね、あの女は自分で魔物になる道を歩んでいたんだから。まあ、血の湯浴みの話を持ちかけたのは俺だけどね。」


その後もテリアは笑いながら何度もゲルマを踏みつけ、ピクリとも動かなくなったのを確認すると、そのまま奥へと進んでいった。


――


「兄さん……の勝ち?」


レゴールからの言葉にピエトロの声が震える、その一言でピエトロは一連の事を理解した。


「まさか兄さんが、バルオルグスを……?」

『そこにないと言うことはそう言うことだろう。』

「でも、どうして兄さんが封印場所を?」

『それはお前なら分かってるんじゃないか?』


ピエトロの瞳孔が大きく開く。

封印場所については自力で探すのは難しく、手掛かりは古代文書の一項目にのみ書かれていた。

そうなると答えは一つしかない。


「まさか……」


ピエトロが頭の中でここ数年のテリアの行動、言動に一つの過程を当てはめながら思い出す。

すると一つの答えが浮かび上がってきた。


『フッ、いつまでも私と無駄話をしておいて良いのか?』


レゴールの煽るような言葉に通信を切ると。ピエトロはダイヤモンドダストのメンバーの方を振り向く。


「ピエトロ様?どうだった?」


先ほどのやりとりを聞いていた、三人を代表してリグレットが心配そうにピエトロに尋ねる。

ピエトロはそんな三人に対し申し訳なさそうに告げる。


「みんな、ゴメン……作戦は失敗した。」

「……どう言うこと?」

「白龍の卵はテリア兄さんが封印場所へと持って行った。」

「はあ!?どうしてあの豚が?」

「まさか……全て演技だったってこと?」


現状を理解できず眉をしかめるロールに対し、今の一言で察したリンスがポツリと呟く。


「ああ、どうやら兄さんは周りの目を欺くために長い間無能を演じてたみたいだ。恐らく……この日のためだけに。」


ピエトロが冷静な口調で言うが、体は悔しさのあまり小刻みに震えていた。

予想と推測に自信を持つピエトロがそれを逆手に取られ、見事に出し抜かれたそれは今までにないほどの屈辱だった。


「それは非常にマズイわね。早く私達も封印場所へ向かわないと。」

「封印場所はダルタリアンの近くだ、普通に行けば四日はかかる。今から行っても間に合うかどうか……。」

「あー、もう!正確な場所さえわかれば私が風と同化して先に行けるのに!」


為すすべのない状況にリグレットが地団駄を踏む。

全員に焦りと動揺がはしる中、リンスが口を開いた。


「……大丈夫、任せて。あの場所は定期的に見回りに行くから場所はわかるわ。」

「リンスちゃん?」


リンスの一言に全員がリンスに注目する。

普段の独特な喋り方ではなく普通に話すリンスに少し戸惑いを見せるするとリンスが杖を前に出し詠唱準備を始める。


「みんな、私のそばに集まって。」


三人が言われた通りにリンスの側によると、リンスが詠唱をし始める。

すると、辺りの景色が歪み始める。


「え⁉なにこれ⁉」

「この呪文は、テレポーテション⁉」


全員が驚いてるのもつかの間、気が付けば辺りは見た事のない景色が変わり、目の前には洞穴があった。


「ここは、文書に記されていたバルオルグスの封印場所⁉」

「リンスちゃん、どうしてこの場所を?」

「事情は後、まずはバルオルグスの復活を阻止しないと。あれだけは絶対復活させてはダメ……。」


――


ピエトロとの通信が途絶えた後、レゴールは何やら楽しそうに笑う。


「フフフ、なかなか面白いことになってきたようだ。」

「どう言うことだ?何が起きている?」


状況を把握できていないネロが笑うレゴールに尋ねる。


「どうやら我が息子、テリアがピエトロより先に白龍の至宝を持ち出しバルオルグスを復活させようとしているらしい。」

「テリア……あの豚か!」


ネロがかつてセグリアで出くわした醜く太った男を思い出す。


「でもあんな奴がどうして。」


ネロが記憶しているテリアは、前世でも嫌っていた典型的な無能な貴族だ。とてもではないが、ピエトロをだし抜けるような男ではなかった。


「ふむ、貴公もテリアと面識があるようだな。だが貴公が知っているのは恐らくあいつの表の顔だろう、普段は無能なふりをして影に隠れていたが、あいつは我が一族の中で誰よりも優秀で頭が切れ、そして誰よりも歪んだ感情を持ち合わせている。毒もヒューマロイドボムに関しても研究していたのはテリアだ。」

「なんだと!」

「奴は恐らく、バルオルグスを使って世界を滅ぼすつもりだろう。私が強さに執着していたように奴は絶望に執着してたからな。」


そう言うとレゴールは再び楽しそうに笑う。


「ククク、奴こそ我ら一族の血を最も濃く受け継いでるのかもしれんな。そう、我らアドラーの一族の血を……」










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