第146話 狂った探求心
レゴールからの予想外の言葉にネロは戸惑い、眉を顰める。
ネロはブルーノ公爵家に宣戦布告をし、そして向こうが誇る合成獣達を次々と倒し全滅させた。
本来ならば総戦力を潰されたことで焦りや悪あがきでもを見せるものだと考えていたが、
レゴールは本当に満足そうな表情でネロを称賛した。
その反応は考えていたのと全く真逆のもので、逆にネロの方が困惑を見せていた。
「そんなに警戒する必要はない、もう我に貴公をどうにかする方法なんてないのだからな。私はただ話したいだけなのだよ」
「……話って、なにを話すんだよ。」
「ふむ、そうだな……では先ず私のことを少し話そうか。」
ネロからの質問に少し考えてからそう答えると、今度はレゴールが問いかける。
「貴公は何故私が
「それは対立する帝国に対抗する戦力を作るため――」
ネロの答えの途中でレゴールが首を横に振る。
「違うな、ゲルマはともかく少なくとも私自身は帝国と対立しているつもりなどない。」
「え?」
「私は国なんぞに興味なんてないからな。」
「ならなんで……」
「私が興味あったのはいわば力そのものだ。」
「力そのもの?」
ネロの繰り返した言葉にレゴールが小さく頷く。
「そう、私は力を手に入れて何かをするのが目的ではなく、ただ純粋に最強と呼べるほどの力とはどれほどのものなのかを見てみたくて、自ら力を作り出そうとしていたにすぎない。」
「……それで合成獣を作ったり、バルオルグスを復活させようとしていたのか?」
その問いにレゴールは小さく頷く。
「そうだ。ベリアルの奴は最強部隊を作る為に才能ある人間を育てていたみたいだが私は違う。どれだけ名のある戦士でも人の強さには限界があり、それはこの世界の長い歴史が物語っている。英雄物語の『ヴァルハラの大戦』で世界を滅ぼそうとした魔王ヴァラン、そして『竜殺しの剣』で大国を一夜で滅ぼしたバルオルグスなど、いつも世界の脅威となっているのは魔族やモンスターだ。それらを倒し生き延びてきた人間だが、個々の強さでは生身の人間がモンスターに勝つのは不可能だ。だから私はモンスターを作ろうとした、人間が束になっても敵わない最強のモンスターをな。」
「そんなくだらないことのために……てめぇ、自分が何してきたのかわかってんのか!」
ネロが今まで出会って来たブルーノの被害者の話を思い出し声を荒げる。
それに対しレゴールは反対に落ち着いた声で答える。
「ああ、もちろんわかっているとも、自分がどれほど極悪非道なことをやっているか……私とて腐っても人の上に立つ身分に生まれてきた身だ。民が国にとってどういう存在かは嫌というほど教わってきた。」
「だったら何で!――」
「例え非道と言われようともやらずにはいられないのだよ。それが探究心というものだ。」
自分の思想を悠々と語るレゴールにネロが拳を震わせながら睨みつける。
「……狂ってやがるな。」
「ふふ、狂っているか……確かにその自覚はある。しかし自覚があるからこそ常に命を狙われる覚悟を持てているのだよ。たとえ私に歯向かうようなものでてこようが、私がそのものに殺されることになろうが、私はその全てを受け入れる覚悟ができているからこそ今も落ち着いていられる。そしてそれは私と同じく多くの命を奪ってきた息子たちにも言えるだろう。」
ネロはその言葉にレクサスの話を思い出す、レゴールはレクサスが死んでもあまり関心を見せなかったと聞いていた。
だがそれは関心を持たなかったのではなく殺されるのを素直に受け入れていたという事なのだろう。
「私の計画は順調に進んでいた、研究の成果により合成獣たちは長い年月の中最強に近づき、そしてゲルマと手を組みバルオルグスの復活目前まで漕ぎ着けていた……だがその全てが今、ほんのわずかな時間で灰になった、貴公によってな。」
レゴールはそう言って嬉しそうな笑みをしながら残念そうに言う。
「私の長年作り続けてきた何千体という合成獣を、武器も防具も身に付けずに傷つくことなく瞬時に倒し私に強さを見せつけた。その無双の強さは私の長年の研究の成果とあらゆる考えを全て否定したが、間違いなく最強と呼べる強さであった。そう、私は最強の力を見ることができたのだ、そしてそんな力を見せてくれた貴公に感謝したい。」
改めて感謝の言葉を口にするレゴールにネロは只々苛立っていた。
敵を倒して敵に喜ばれる、しかも相手は外道と呼ぶにふさわしい男だ。
――こんなに敵を倒して腹が立ったのは初めてだ。
ネロは今にも殴りかかりたい気持ちを抑えるため一度大きく息を吐き深呼吸をする。
「……テメェの下らねえ夢のためにどれだけの犠牲を出したかと考えると今この場で殺してぇところだが、それを決めるのは俺じゃねぇ、お前は将軍の名において、ミディールへと連行する。」
「ふむ、バルオルグスを見ることができなかったのは少し残念だったが貴公を出会えたので良しとしよう……」
ネロの言葉にレゴールはあっさり両手を上げて降伏を宣言する。ネロはそんなレゴールの態度に軽く舌打ちすると、捕まっていた護衛を呼び、レゴールを拘束させた。
「将軍、ご苦労様でした。」
「……ああ、お前らの方は大丈夫か?」
「はい、コロシアムに出ていた冒険者で少し毒を受けた者もいたようですが幸い軽いものなので大したことはないかと。」
「そうか、なら次は――」
――……毒?
その言葉を聞いた瞬間、ネロの頭の中で先ほどのレゴールの話と旅先で聞いてきた話に一つの矛盾に気づく。
「……連行する前に少し聞きたいことがある。」
「なんだ?」
「お前は力だけが望みと言っていたな?なら、何故毒やら人間爆弾なんて作っていたんだ。」
それはピエトロに作らせたという遅効性のある毒と人間を使った偽装爆弾、ヒューマノイドボムの事だ。
その研究によりピエトロは仲の良かった少女を自らの作った毒で殺し、罪なき妊婦が実験の被害にあっていた。
しかし、レゴールの話が本当ならばその二つの実験は最強のモンスターを生み出す研究には必要性がないはずだ。
レゴールはその話をネロが知っていることに少し意外そうな表情見せると、その件について口を開く。
「そうか、その事も知っているのか。残念ながらあれは私が研究していたものではない、あれは――」
レゴールが答えようとした瞬間、ネロのボイスカードが光りだす。
――ピエトロのやつか。
答えが気にはなったが、ネロはボイスカードの方を優先した。
「ピエトロか?今丁度お前の親父を拘束したところだ。」
『……そう、じゃあ作戦は成功したんだね?』
「ああ、とりあえずブルーノのモンスター達は全滅した。」
『……ご苦労様、なら父さんに代わってくれるかい?』
ピエトロから少し元気のない労いの言葉を受け少し疑問に感じるも、レゴールにカードを渡す。
――まあ、敵対していたとはいえ実の親を捕まえたんだから当然か。
とりあえずネロはそう解釈した。
「ピエトロからだ。」
「ピエトロ?……成る程、そう言うことか。」
今の一言でネロとピエトロの関係に気づくとレゴールは小さく笑みを見せてカードを手に取る。
「私だ。」
『……父さんかい?』
「ああ、ちょうど今お前の仲間に壊滅させられたところだ。それで、敗者である私に何の用だ?」
『……白龍の卵のある場所を教えてほしい。』
「ああ、それなら研究所の奥に保管してある今なら守護獣もいないから簡単に入れるはずだ。とっとと持っていくがいい。」
『いや、すでに入っているんだけど見つからないんだ。』
「なに?」
ピエトロの言葉にレゴールは眉を顰める。
どうやら本当に知らないようで、レゴールは眉間にしわを集めながら考える……しかし。
「フ、フフフ……フハハハ!そう言うことか、やはり最後はあいつが勝つか。」
何かを察したのか先ほどまで観念した様子だったレゴールが突然高らかに笑った。
『父さん?」
「フフフ、どうやら、神は私のような外道にも慈悲をくれるようだ。」
「……どういうことだ?」
突如笑い出すレゴールにネロが問いかける。
しかしレゴールは笑った理由をそのままボイスカード越しのピエトロに答えた。
「残念ながらピエトロ、この勝負……テリアの勝ちのようだ。」
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