第145話 予想と不安

 ネロがコロシアムで戦い始めてから数時間、研究所へと侵入していたピエトロ一行は順調に進んでいた。

 侵入時は辺りに多数の兵士や警備用のモンスターが徘徊しており、物陰に隠れながら慎重に足を進めていたが、時間が経つにつれその数も減っていき四人は進む速度を速める。


「大分警備が手薄になって来たね。」

「それだけネロが頑張ってくれているって事さ」


ネロを倒す為に警備のモンスターを投入する、ここまでは予定通りだ。


 ただ、ここから先はそうはいかないだろう。

 ピエトロは奥にある頑丈そうな素材でできた巨大な扉を見つめる。

 その扉は研究所の最奥部、父レゴールが研究のために世界各国から集めたあらゆるものが保管された部屋へと続く扉で、目的である白龍の卵もそこに保管されている。


 そしてもちろん、そんな場所が簡単には入れるわけもない。

 その部屋の手前には父の作った合成獣の最高傑作と言われているモンスターが守護獣として立ちふさがっており、そこを抜けない限り最深部へは行くことができない。


「この扉の先には守護獣と呼ばれる父さんが作ったモンスターがいる、その強さは多分白龍よりも遥かに強い、皆んな、頼んだよ。」

「了解」

「任された。」

「……白龍の卵は必ず潰す……」


 護衛の三人が扉の前で軽く体をほぐす。


そして、万全の状態になるとピエトロが頑丈そうな扉に手をかける。

扉に鍵などはかかっていない、守護獣がいるから鍵など不要と言うことだろう。

ピエトロが巨大な扉を両手で力一杯押し開けた。

そして同時に全員が戦闘態勢に入る、しかし……


「……なにもいない?」


そこには巨大なモンスターが動けるくらいの広い空間が広がっていたが、モンスターらしき存在は見当たらなかった。

恐る恐るその広い空間を歩いていくが、何かが現れる気配は一向になく、ピエトロ達は簡単に最奥部の部屋までたどり着いてしまった。


――まさか、僕達が来ることを見越して先に保管場所を移したのか?


そんな不安を抱いたまま最奥部への扉を開く、しかし中は大量の資料が並べられた棚やモンスターの素材が保管されたままで残っていた。


「うわぁ、何これ?変な言葉がびっしり。」

「これってもしかしてベヒーモスの角?」


全員が中を詮索していく。中の物を見る限り何処かへ移そうとした形跡はない。


――なら、守護獣はどこへ行った?


答えは一つしかない。


「……そんな馬鹿な、いくらネロが強いからといってもここの警備を任せていたモンスターも使うなんて……」


 完全に予想が外れた、だがこれは悪い予想ではない。


――そうだ、悪いことじゃない。寧ろこれで僕らは難なく白龍の卵を取り返せるんじゃないか。


自分の予想がただ外れただけ、そう言い聞かせるが何故か不安は消えない。

ピエトロはその不安を払拭するため、そのまま白龍の卵が保管された箱に手をかける。


――大丈夫、恐らくここに入っているはずだ。


ピエトロがゆっくりと箱のふたを開け、中身を確認した。

しかし……


「卵が……ない……。」



――


「キシャァァァァ!」


 リング上に埋め尽くされた巨大なカマキリのようなモンスターが悲鳴のような咆哮をあげながらネロの周りをとり囲む。


――気持ち悪っ。


 目の前の大量の昆虫型モンスターをネロは見て渋い顔を見せる。

 虫が苦手な訳ではないが、数が集まると何故が気持ち悪く感じてしまう。


――まあ、いいや。いい実験台になるぜ。


 ネロがニヤリと笑うと、両方の腕を後方までめい一杯広げて、目を瞑ると手のひらに気を溜める。


そして、モンスターが一斉に襲いかかると、同時にネロはその両手を一気に閉じる。


獅子の型 獅子爪爪ししそうそう


手のひらが合わさり、バチン!と大きな音を立てると、その瞬間、コロシアムが揺れ動き辺りに衝撃波が生じてリングにいた大量のモンスターを一掃した。


「……なんか違うな。」


ネロが首を傾げながらバオスから貰った奥義書を開く。

開いたページは奥義書かれた最後のページ。


獣拳最終奥義 獅子の型 獅子爪爪


両方の手のひらに気を獅子の爪のように纏い、そのまま閉じる事で周りの空気を圧縮すると同時にあらゆるものを切り裂くという獣拳の最終奥義である。


全ての技を覚える事を諦めたネロは、ならば最終奥義だけでも覚えようと初級、中級、上級を飛ばして一気に最終奥義を練習していた。


しかし、初級の技ですら数ヶ月かかった、ネロが最終奥義など簡単に覚えられるわけもなく、このリングで何千体というモンスター相手に試し続けているが、結局一度も成功はしていない。


「まあ、いいか、次!」


まるでネロの要望に応えるように扉が開くと次は他のモンスターとは違い雰囲気のある漆黒のドラゴンが登場した。


「今回は一体だけか。」

「すまないな、これが最後なんだ。」


不服そうに呟いたネロの言葉に答えが返ってくる。よく見るとドラゴンの後ろに男が一人控えていた。


「テメェは、レゴール!」


先ほどまで観客席にいた親玉である男が戦場とも言えるリングに自ら上がってきていた。


「……こんなとこにいていいのかよ?戦いに巻き込まれてもしらねぇぞ?」

「フッ、気にするな。このカイザードラゴンは私が作った最高傑作の合成獣で本来は研究所の守護獣でもある。そんなモンスターをわざわざ貴公に投入したんだ、その戦いを見るためならそれくらいのリスクは百も承知だ。」


そう言ってレゴールがドラゴンの後ろで戦いを見学する。


「ああ、そうかよ。ならばそこでテメェの最高傑作が瞬殺されるのを見てやがれ!」


ネロが速攻で突っ込むと。ドラゴンの顔面めがけて蹴りを入れる。その瞬間、ドラゴンの顔は跡形もなく吹き飛んだ。


「へ、どうだ。」


そうやってレゴールにドヤ顔を見せる。

しかし、レゴールは笑みを浮かべたままだ。


すると、吹き飛んだ顔がすぐに再生される。


「な!?」


油断したネロにドラゴンの巨大な爪が襲いかかる。

間一髪で、その爪を避けるがネロは一度態勢を整えるため距離を取る。


「そいつは頑丈さ、そして再生機能が秀でた、まさに守りに特化した私の最高傑作のドラゴンだ。倒すには一瞬で、この巨体を粉々にしないと倒せんぞ?さあどうする」


レゴールの言葉にネロが舌打ちをする。こういう負けることはあり得ないが勝つのも難しい相手はネロの苦手分野である。


以前にもこんな状況はあったがあの時は条件が違う、前回苦戦した相手、ホーセントドラゴンは、物理攻撃が聞かないという相手で魔法で倒す事が出来た。

しかし、今回は物理も魔法も効くが、その代わり一撃で巨体を跡形もなく消滅させないといけないらしい。

だが、獣拳は初級の土竜拳しか使えず、魔法は一直線を重点に攻撃するウォータレーザーと敵を分析するサーチのみ。


どれも広範囲の攻撃は望めないものばかり。


そうなるとネロの使える技の中ででそんなことが可能な技はネロの技の中では一つしかない。


「……あまり使いたくないんだがな。」


そう言いながらもネロはナイフを取り出す。


「ほう、ナイフとな?まさか剣技でも使うのか?」

「ああ、とある天才《・・》が生み出した最強の剣技だ、とくと味わえ!」


ナイフに気を込め体を捻りその場で回転する。


「天翔絶風!!」


目の前に爆発が起こると、その爆風で土煙が舞い、目の前の視界を覆う。

そして土煙が消えると、目の前にいた漆黒のドラゴンは跡形もなく消え去っていた。


「俺の……勝ちだな。」


少し吐血しながらもネロは小さく笑う。

そんなネロの姿を見るとレゴールは、誰も観客がいなくなったコロシアムで一人拍手を送った。


「ああ、貴公の勝ちだ。素晴らしいものが見られた、感謝しよう。」


レゴールの拍手の音がコロシアムに響く。

もっと動揺や焦る姿を予想していただけにこのレゴールの反応にネロは唖然としていた。


そして、レゴールは立たずむネロに一歩一歩近づいていく。


「私を殺すのは構わない、しかしその前に少し貴公と話がしたい」

「話だと?」


レゴールの言葉にネロが警戒を緩めずに問う。


「……理由は?」

「別に大したことではない。私が貴公に魅せられた、それだけの事だ。」

「……はあ?」


その言葉にネロは思わず固まってしまった。


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