第137話 望み通り


「もう変わり始めている?、わたしが、この醜いモンスターに?」

「はい。」


その一言に今まで一切隙を見せなかったメリルに動揺が見え始める。


「い、一体何を根拠に?」

「先ほども言ったように、私はあなたと初めてあった時、今まで最も恐ろしい人にあったと思いました。

それは、近くにネロ……いつも私を守ってくれていた人ががいないからだと思ってました、でもそれは違ったんです。あれだけ恐怖に感じていたのに、今ではそんな恐怖は全く感じない、それはまるで魔法が解けたように。」


 今思うと不自然なところは多々あった、人に植え付けられた恐怖はそう簡単に克服できるものではないし、そして今まで冒険をしてきて様々な経験をしてきたエレナが危機にさらされた程度で、そこまで恐怖するのもおかしい。それはまる何か力が作用したような感覚で、そしてエレナはそんな効果のあるスキルを知っていた。


「メリルさん。あなたは最後にステータスを確認したのはいつですか?」

「……一年前ね、私にはどうでも良かったから。」

「ではそれからステータスになんら変わりはありませんか?」

「変わるわけないじゃない、あなたも分かってるでしょ?ステータスに変化がみられるのは戦闘でレベルが上がったり、鍛錬をした時。覚醒といった例外もあるけどそれ以外は……」


ない。それはこの世界での常識だ。

そういいながら自分のステータスを確認すると、ステータスを見たメリルの瞳孔が開く。

そこにはステータスが大きく変化が見られ、今までついていなかった一つのスキルが付いていた。


「嘘、なにこれ?オーバーリアクション大袈裟な恐怖?」

「やっぱり。」


エレナは自分の考えていた推測が当たると、仮定として考えていたものを確信へと変える。


「オーバーリアクションは相手の自分に対する恐怖感情を増幅させるスキルで主に威嚇を得意とする魔物が持つスキルです。そしてメドゥーサの持つ相手を恐怖で石化させるスキル、ディスパーリアクション《絶望する恐怖》はそれの上位互換に当たるんです。」

「……つまり、このスキルを持つ私はもうメドゥーサとして覚醒しつつあるという事ね」

「はい。」


 エレナの説明にメリルは怒ることも悲しむこともなく、ただ無言で自分のステータスを見つめる。

それはただ、ひたすら現実を受け止めているように見えた。


「美の女神を目指したのに、気づけば醜悪の女神の一歩手間か………本当に笑えるわね。」

「メリルさん……」

「で、これから私はどうすればいいの?」

「え?」

「わざわざ教えてくれたって事はどうすればいいのか知ってるんじゃないの?」

「いや、その。」


不意に尋ねられると、エレナは慌てふためく、元々伝えようとしていたことはそこまででそれ以降のことは考えていなかった。


「えっと、あの、あ!ピエトロなら何か知ってるかも。」


困った時はピエトロと言わんばかりにエレナは提案する。


「ピエトロ……」


エレナが口にしたピエトロの名前を復唱すると、メリルは何かに気づいたようにハッとすると、まゆを釣り上げながら笑みを浮かべる。


「なるほど、そういうことか。」

「へ?」


そう呟くと、メリルはボイスカードを取り出し起動させる。


――


『やあ、メリル。そろそろかかってくるころだと思ってたよ。』


メリルがカードを起動させるとカードからはまだ声変わりのしていない明るい少年の声が聞こえてくる。

その第一声でメリルは全てを理解した。


「ということはあなた、知ってたのね、ピエトロ。」

『何のことかな?』

「とぼけないで、殺すわよ?今エレナから聞かされたわ、私が醜いモンスター、メドゥーサに覚醒しつつあるという事を」

『へぇ、それは大変だね?』


爽やかな声でとぼけるピエトロにメリルは、唯々大きな不快感を覚える。


「で?どうすればいい?勿論、あなたは知ってるんでしょ?」

『そこまでわかってるなら僕が言いたいことも分かってるよね?』


その言葉にメリルが側にいるエレナにしかめっ面を披露する。無論、エレナに対してしたつもりでは無い。

しかし、見せつけたい当の本人はカード越しなので見せることはできない、メリルは観念すると、大きなため息を吐いて白旗を揚げた。


「わかったわ、あなたとの交わしてた約束の報酬として魔物化メドゥーサかの防ぎ方を要求するわ。」

『わかった。じゃあ、戻り次第教えるよ。』

「今教えなさいよ。」

「今教えたところで、必要なアイテムがないから、対処できないよ。僕が持ってるから。まあ待っててよ。」


 ピエトロカード越しから小さく笑い声聞こえた、まるで計画通りと言わんばかりに。

 いや、実際計画通りだったのだろう、今思えばあの話を持ち掛けてきたときの条件は不自然だった。

 ピエトロは具体的な報酬は言わずにメリルの欲しいものを上げると言って来た。

 恐らくこうなることを踏んでいたのだろう。


「いつから私が変わり始めてることに気づいてたの?」


そう尋ねると、ピエトロは簡単に白状した。


「君が血の湯浴みをし始めた時から時だから一年ほど前からかな?正確にはそうなるだろうと予想していただけだけど。まあ、作戦を思いついたのはネロやエレナに出会ってからだけどね。」

「……嫌な男ね。」

「君ほどじゃないよ」


 皮肉の効いた言葉にメリルも苦虫を噛んだ表情になると、ボイスカードの交信を切った。


「と、いうわけで、これであなたの望み通りになったわね、血の湯浴みも止まるしピエトロも手に入らなくなったわ。」

「え?え?」


 まだ状況を理解していないエレナはメリルの言葉にただ混乱するばかりだ。


「協力の報酬を魔物化を止める方法の教えてもらう条件にしたのよ。ま、仕方ないわね、あんな化け物になる位なら我慢しないと。それにピエトロに関してはまだ、可能性はあるからね。」


――そう、血の湯浴みはもう出来ないけど、ピエトロに関しては今後この先にチャンスが訪れる可能性はゼロじゃ無い。

メリルは自分にそう言い聞かせた。


「あ、あの、メリルさん。」

「なに?」


 改めてエレナが真剣な表情で話しかけてくるエレナをメリルは面倒くさそうな眼で見る。


「私、あなたの考えが理解できませんでした。自分の望みを叶えるためなら人も父親も平気で犠牲にしようとするあなたの考えが」

「……」

「でも、あなたのその、美しくなりたいと言う思いだけは本当に尊敬できたんです。だから……」


 エレナが図鑑を開け、印のついたページをメリルに見せる。


「私の調べた血の湯浴みの代わる美容効果のあるものについて、良ければ話を聞いてみませんか?」


 エレナの提案をメリルは無言で聞いていた。

 普段のメリルならモンスターなんて基本醜悪なものしかいないと考え、その提案も一蹴していただろうが、自分の筋書き通りにいかない計画に自棄になりつつあることと、自分の事を理解できないと言いながら、真剣に考えてくれていたエレナに対し、メリルはその話を聞き入れた。


「……いいわ、それも面白そうね。」


メリルがエレナの話に乗ると、エレナは深遠な表情を崩しパッと笑顔を振りまき、今まで調べた事について語り始めた。


――ま、たまにはこういうのも悪くないわね。


 美しさとは違う愛らしい笑顔を見せるエレナを見て思った。

 そんな表情を自分に見せる人間は今まで側にいなかった。

そして何よりここまで自分の事を考えてくれる相手に出会ったことがなかった。


 そしてここより悪徳令嬢、残虐姫と囁かれていた、メリル・ゲルマが変わり始める。

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