第121話 覚醒

「ヘルグライダーが……折れた?」


剣の刃が回転しながら落下し、地面に突き刺さると、スカイレスは手元に残った折れた剣を見つめる。

 ネロの方は少し痛みに顔を歪めるも、戦闘態勢を崩さずそのままスカイレスに拳を向ける。


「さあ、どうする?」


 ネロの問いかけにスカイレスはしばらく黙り込む。

 そして、折れた剣をその場で放棄し、スカイレスは拳を構えるネロに背を向けた。


「……この剣が折られた以上今出来ることは他にない、今回はここで退かせてもらおう。」

「待てよ、そのままはいそうですかで行かせられるわけねぇだろ。」


 呼び止めるネロを無視してスカイレスが跳躍でその場から瞬時に離脱する。

 ネロもすぐさま後を追おうとするが、後ろから聞こえてきた呼び止める声に踏み留まる。


「おい待て、ネロ」

「カラク、なんでテメェがここにいんだよ?」


 ネロが呼び止めたカラクをキッと睨む、カラクは睨んでくるネロに対し真っすぐな目線で返す。


「それは俺がこの試合の実況であり立会人であるからだ。」

「試合……」


 その言葉でネロは今までの戦いがただの催し物だったことを思い出し周囲を見渡す。

 周りの地面は酷く荒れ、建物の壁はあちこち崩れ落ち、観客席には最早観戦してる者は数える程度しか残っていない。


「そう、これは試合なんだ。だから敗者に追い打ちをかけることは許されない。」

「……そっか、試合だったな……」


そこでやっとネロは腕を下し、握りしめていた拳をゆっくりほどいた。


「ああ……そして勝ったのはお前だネロ。この大会、お前の優勝だ。」


――優勝……


 今のネロにとってはあまりにもどうでもいい言葉だったが、優勝の言葉を聞くと、緊張の糸が切れたのかネロは、唐突に襲ってきためまいにその場でバタリと倒れ込むと、呼びかけるカラクの声を遠くにそのまま意識を失っていった……



――


 ネロとスカイレスの壮絶な戦いが終わって一週間、街は未だに大会の話で持ち切りだった。

 周囲をも巻き込んだネロとスカイレスの決勝戦を最後まで見ていた者はネロの関係者とレクアルドやミーファスと言った実力者のみ。

ただの観客であった国民の中にはおらず、あちこちで試合の結果を想像する。


一応結果は王の口から直接伝えられたが、ネロがミディール出身だという事もあって国が誤魔化しているのではないかと言う話が出ており信用されていない。


ただ、それでもネロの強さとカイル・モールズの亡霊の存在はカラクの思惑通り、今や世界中に知れ渡っていた。


 そして当のネロ本人は体に残った毒の治療と、将軍の就任式のため、城に滞在していた。


――


「はい、今日の分だよ。」


 城にある客室の一部屋でピエトロから差し出された歪な色をした液体の入った瓶を見ると、ネロは無言でただひたすらそれを睨みつけていた。


「そんなに睨んだって味は変わらないよ。今日で最後だから、さあ覚悟を決めて一気に飲み干しなよ。」

「んなこと言ってもなあ。」


ピエトロが催促を促すがネロは決断できず渋い表情を見せる。


 スカイレスとの戦いでネロが最後に傷つけられた剣、通称魔剣ヘルグライダーはかつてあった魔法都市の遺産の一つで、七種類の毒の効果が付与してあり浄化するには一つ一つ解毒していくしかならなかった。


本来なら、その毒に体が持たずそのまま苦しみながら死んでいくのだが、ネロの驚異的な体力と、症状と剣の情報だけで作り出したピエトロの解毒剤により、七日間に分けて毒を浄化するという方法で治療っしていきネロの体内の毒は順調に浄化していった。

そして今日が最後の毒の浄化の日なのだが、この数日飲まされ続けた解毒剤の味にネロはちょっとしたトラウマを植え付けられていた。


「……ちなみにこれ、何が入ってるんだ?」

「聞いた後でも飲めるなら言うよ」


ピエトロのがいつものように笑顔で答えるが、何故か今日はその笑顔に恐怖を感じた。


「まーったく、だらしがないわね。そんなのさっさと飲み干しなさいよ。」


 二人のやり取りを見ていたエーテルが話に割って入って来る。


「剣で切られようが炎で包まれようが平気なくせして不味いのが無理ってどうかしちゃうわね。」

「うっせえな!だったらてめえが飲めよ」

「だって私毒平気だし―」


 毒無効化スキルを持つエーテルが舌を出して答えると、ネロがぐぬぬと唸り声をあげながら再び解毒剤と向き合う。

そして覚悟を決めるとギュッと目を瞑り、そのまま一気に液体を飲み干した。


「……オェェ!」


ネロはいつもの様に噎せ返った。


「はい、お疲れ様。これで一応毒の浄化は終わったよ。」

「……本当かよ?」

「それを確認できる人もちゃんと呼んでいるよ。」


 ピエトロがそう言った直後、ちょうどこのタイミングで部屋の外からノックの音が聞こえてきた。


「ピエトロー、呼んできたよ。」

「……完璧なタイミングね。」

「これも計算したのか?」

「さて、どうだろうね?」


 ピエトロが笑ってはぐらかすが、その笑顔が答えを物語っていた。


――この予言者め……


 ネロがノックの音に応えるとゆっくりと扉が開き、入ってきたエレナの後ろからオゼットがゆっくりと入ってくる。


「あんたは、確か……」

「ルイン王国のプリーストのオゼットさんだよ」


ピエトロがオゼットを改めて紹介すると、オゼットがゆっくりと頭を下げて挨拶をする。


「ネロ様、此度は武王決定戦優勝おめでとうございます。」

「あ、ああ……」


丁寧なオゼットの挨拶にネロは少しぎこちなさそうにする。


「今日は試合後の身体の状態を見て欲しいとのことでしたね?では、早速体の状態を確認させていただきますので手を出して下さい。」

「手?」


 ネロがオゼットの言葉に従い手を差し出す、するとオゼットはネロの手を両手で優しく包み込んだ。


「ケアルラサーチ」


 オゼットの手がネロに触れると魔法が発動する。

 するとオゼットから発した光がそのままネロを包み込み、不意に手を握られたネロは少し頬を赤く染める。


「あー!あー!あー!」

「エレナ、耐えるのよ!アレは治療の一環だから手を握った事にはならないわ!」

「……うるせぇな。」


 騒ぐエレナ達を見てオゼットが小さな笑みを浮かべる。


「フフ、すぐに済みますのでご安心を。あ、ですが一つ言い忘れたことがありました。私が手に触れている間、出来るだけ無心でいてもらえませんか。」

「無心?」

「はい、まあこれは魔法とは関係なく、私の持つスキルのせいなのですが……とりあえずお願いします。」


ネロが少し疑問に思いながらも無心になるように心がける。

しかし、意識すればするほどいろんなことを考えてしまうのが人間で言うものである。


――……なんか恥ずかしいな。


「フフ、無心ですよ?」


――と言われても……


女性に手を握られている姿を友人達にジッと見られ続けるのはやはり恥ずかしい。

ネロは頭の中でひたすら無心無心と唱える。


――なんか余計意識してしまうな。


変に意識して体をソワソワさせるネロにオゼットがクスリと笑う。


「まあ、言われてもなかなかできないものですからね、では気を紛らわすために何かお話でもしましょうか?」

「じゃあ、オゼットのことを聞かせてよ。」


――なんでお前が答えるんだよ。


「フフ、いいですよ。」


 エーテルの要望に快諾すると、オゼットは魔法をかけながら自分のことについて語り始める。


「私はルイン王国のごく普通の平民の家、イクタス家の長女として生まれました。ただ、私自身は普通とは違い、病気で生まれつき目が見えませんでした。」

「目が見えなかったの?それってすっごい不便じゃない?」

「そうですね、確かにそれなりの不自由はありました。ですが、いつも家族や幼馴染の男の子に支えられていたのでそれほど苦に思ったことはなかったです。」

「それに今は見えているんですよね?」

「はい、私がプリーストととして覚醒すると共に自然と目も見えるようになりました」

「覚醒?」


 聞きなれない言葉にネロが食いつく。


「覚醒は何もなかった者が突如、スキルやステータスや魔法に目覚めることだよ。理由は血筋だったり自分に大きく影響を与える出来事だったりと様々だけど。」

「血筋って事は……もしかしてカーミナルの血を受け継ぐエレナも凄い魔法使いになれたりするの?」

 

今度はピエトロの解説でエーテルが食いつく。


「可能性はあるだろうね、ただ覚醒するにはそれなりの場数が危機的経験が必要だって聞くけどね。」

「じゃあ、オゼットさんもそんな経験を?」


エレナの言葉に一同がオゼットを見る。

オゼットはその言葉を頷き肯定した。


「……はい、そうですね、私の場合、きっかけは今からおよそ十五年前、騎士団学校に通ってた時でした。」

「十五年前……」

「それに騎士団学校って……」


 明るく話し叩いたエーテル達から一気に笑顔が消える。

 その話はほんの少し前に聞いたばかりでだったからだ。


「はい、皆さんお察しの通り、私が騎士団学校に入学してから二年後、彼が入学してきました。」

「カイル・モールズ……」

「……」

 

 皆が大会中ずっと口にしていた剣士の名前、亡霊の正体がスカイレスとわかってからは口にすることも無くなっていたが再びその名前を口にする。

 ネロも名前を聞くや自然と目線が下に落ちた。


「私はある日、モールズ様に不注意でぶつかってしまい、彼と彼を取り巻く生徒から粛清と言う名の暴力を振るわれました。」

「なにそれ!酷い!」

「その、彼らはオゼットさんが盲目という事を知っていたのですか」

「恐らくは……」


 オゼットの話に皆が怒りを見せる中、話を聞いたネロは、当時の事を思い出していた。


――そうか、思い出した……あの時の盲目の女……確かその後男が一人仕返しに来てベルベットが返り討ちにして――


「え⁉」


 当時の事を振り返り自然と俯きになっていたネロの横で、突如オゼットが声をあげる。

 何事かと顔をあげ見てみるとオゼットは何故かネロの方を見て驚愕していた。


「なんだ?どうかしたのか?」

「え?いや、その……」


 オゼットがネロと目が合うと、目を反らし言葉を濁す。


「まさか、ネロの身体に異変が⁉」

「あ、いえ、その……とんでもないステータスだなぁと思いまして。」

「なんだ脅かすなよ。」

「申し訳ありません……」


――ま、このステータス見れば普通は驚くか……


その理由にネロも納得すると、そのまま話を戻す。


「それで、その事がきっかけで覚醒したと?」

「はい、その一件で今まで守られてばかりだった私初めて傷つく痛みを知りました、そしてこの痛みからみんなを守りたい、そう思った時、私の中で力が目覚めたのです。」

「傷ついたことで起きた覚醒ですか……なんだか腑に落ちない話ですね。」

「ええ、でももう昔の話ですから。」


 オゼットが話を終えると同時にネロの周りを包んでいた光がオゼットの中へと戻っていく。


「さて、話も終わったところでちょうど終了です、麻痺攻撃の影響も毒の反応も見当たりませんよ。」

「よかったね、ネロ!」

「しかしその割には浮かない顔をしているね」

「いや……別に。」


――済まなかった……なんて、俺が言っても意味がねぇよな。今の俺じゃ……


「……あの、ネロさん。あなたは……」


 オゼットが何かを言おうとした時、それを遮るように扉の外からノックの音と共に兵士の声が聞こえてきた。


「失礼します!これより、将軍就任式を行うので、エルドラゴ伯爵、及び関係者の方々は玉座の間にお集まりください。」

「……忙しねぇな」


 ネロが頭を掻きながらゆっくりと立ち上がる。


「せっかくだしあんたも来るか?」

「あ、いえ、私ももうすぐ国に帰りますので」

「そっか、そう言えばなんか言おうとしてなかったか?」

「あ、いえ、もういいんです……ただ、ネロ様に一つ聞いていいですか?」

「あん?」

「ネロ様は平民のこと、どう思いますか?」


ネロはその言葉に今一度深く考え込む。

普通の人に聞かれるのとは違い、かつて自分が痛めつけた平民であるオゼットからの質問には重みを感じた。

そして熟考した後、ネロは今の自分の本心を告げた。


「別に、身分なんてどうでもいいよ、うざい奴なら平民だろうが貴族だろうが王だろうが、ぶっ飛ばす。それだけだ。」

「……」

「フフ、ネロらしいね。」

「でも少し前までのネロじゃ考えられなかった言葉だよ、変わったねネロは」

「うるせぇ!」


 ネロ達とのやり取りを見てオゼットが優しく笑みを浮かべる。


「じゃあ、俺達は先に行くぜ」

「はい、ではまた……」


 ネロ達はオゼットに見送られるとそのまま玉座の間へと向かった。

 そして、部屋に一人残ったオゼットは誰もいない部屋でポツリと呟いた。


「あなたの謝罪の言葉……しっかり受け取りましたよ。モールズ様……」

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