第112話 本戦
――十六年前
ガキィン
ルイン王国王都にある闘技場に金属と金属のぶつかる音が響くと、グランツが持つ自分の背丈よりも大きい大剣が宙へ舞った。
弾かれた剣が手元を離れ、無防備な状態となったグランツの顔にキラリと光る刃が向けられる。
「勝負、ありだな。」
少年がまだ声変わりのしていない高い声で宣告する。
観客は王族達を中心に貴族が集まり、目の前の少年、カイル・モールズに声援と喝さいを送る。
この決闘はグランツから申し込んだ戦いだが、自分に味方するものなど一人もいない。
今の自分は貴族が誇る最強の剣士カイル・モールズの実力を見せるための引き立て役でしかなった。
「……いや、まだだ!」
だがそれでもグランツは抵抗しようと素手で構えを取る。それを見た周りの者達からは失笑の声が上がった。
その構えは素人から見ても分かるほど、お粗末な構えだった。
長年ルイン王国で最強を名乗ってきたグランツだが、それはあくまで剣士として、素手での戦いの心得などなく完全なくただの悪あがきでしかない。
しかし、それでもグランツは引くわけにはいかなかった。負けるわけにはいかなかった。この男にだけは……
「うぉぉぉぉぉ!」
グランツが雄たけびを上げながら無謀に、そして勇猛に、カイルへと突っ込んでいった……。
――
「あれから十六年か……」
ベッドに座り込んだブランが天井を見上げながらポツリと呟く。
今日は武王決定戦の本戦の日、時刻は早朝でまだ日は昇っていない。そんな早朝からベットに座り、思いふけるブランの手には長年の相棒である大剣が握られていた。
「……まさか、こんな形で再び会うことになるとはな。」
そう言ってブランがフッと笑う。
「おかしな話だ、相手が偽物だとわかっているにも関わらず、胸が疼いてきやがる。」
ブランが自分の胸に手を当てる。
元々ブランは、この大会で勝敗に関してはあまり興味を持っていなかった。近々剣士として引退を考えているブランとしては、その前に自分の実力が世界でどのくらい通じるのかを試して見たい、そんな思いで望んだ大会だった。しかし、その考えは一人の剣士の名によって変えられる。
今の目的はただ一つ。かつて敗れた相手カイル・モールズを倒す事、それだけであった。
しかし、その相手が自分の知るカイルではないことをブランは知っている。別に倒した所でリベンジを果たせるわけでも何かが変わるわけでもない。
ただ、それでも、もう二度と会うことのない息子の仇敵の名前がブランの心を疼かせた。
ブランが手に持つ大剣を片手で握ると、空いた手で
――こっちの剣はもう二度と使わないと思ってたんだがな……
二本の大剣を握りながらブランはゆっくり目を閉じる。
そして決意を固めると、ゆっくりと目を開け、立ち上がり片方の大剣を前に突き付けた。
「お前には、もう二度と負けんぞ、モールズ……」
――
数日間に渡って行われてきた武王決定戦は、一日の空きを挟んで佳境を迎える。
王都テトラに建つ巨大な闘技場は即席で作られた仮闘技場とは違い、その広さや創りは非常に繊細に作られており、まさに大会の終盤を飾るにはふさわしい場所であった。
そして、試合を見ようと続々と人が集まる闘技場の前で、一人の男の笑い声が響き渡る。
「フハハハハハ!バオス、帰還である!」
腕を組みながら高々に笑うバオスの声に周りの視線が自然と集まる。
「わかったから、そんなに大きい声出すな、恥ずかしいだろ。」
周りを気にしながらネロが、大声で笑うバオスに小さな声で自重するように促す。
「フハハハハハ、それよりネロよ。話に聞けば、どうやら土竜拳を習得できたようだな?」
「あぁ、まあな。ま、別に自慢する事じゃないけどな。」
そう言いつつネロは鼻を掻きながら少し得意げな表情を見せる。
「うむ、それもそうだな。普通そなたほどの実力者なら三日もあれば覚えられる技だからな。」
ーー……
その一言にネロの眉間に皺が集まる。
「フハハ、だが、それでも成長した事には変わりはない。その成果、今日は観客席でゆっくり見させてもらうとするか。」
そう言うと、バオスはマーレと共に先に観客席へと向かっていった。
「……相変わらず嵐のように騒がしい人だね。」
「あぁ……」
バオスの後ろ姿を見ながら、ネロが疲れた表情みせる。
「まあともかく、今日は遂に本戦だし頑張りなよ。」
「あぁ、そう言えば、今日は午前と午後に分かれて準決勝、決勝と立て続けに行われるんだったか?」
「そうだね。だから今日が大会最終日になるよ。」
「そうか……なら気合入れねぇとな。」
ピエトロのエールにネロが一度頰を軽く叩き、顔を引き締める。
そして先程から言葉を発していないエレナの方を見る。
「あ……」
すると、目と目が合うとエレナは何やら恥ずかしそうにそっぽ向いた。
「……なんだあいつ?」
「さあ?」
エレナの様子を見て二人が首をかしげる。そんな中、エレナの態度に透明化しているエーテルは小さくガッツポーズしていた
「フフフ、これはどうやらデートは上手くいったみたいね……」
――本闘技場
「さあ、皆様!お待たせしました!今日は武王決定戦本戦!長かったこの大会も今日で終わり、ついに武王が、決まります!そして、その本戦で実況を担当するのは皆さんお待ちかねの、この私……ミディール王カラクだぁ!」
「ふざけんなぁー!」
「引っ込め、バカ国王ー!」
「リグレットちゃんを出せー。」
開催の言葉ともにカラクは容赦ない罵声を浴びる。
「うう……俺、主催者なのに……」
「まあまあ、ここは私に任せて王は高みの見物でもしててくださいな。」
リグレットが、カラクを慰めながら席まで連れて行くと改めて挨拶を行う。
「えー、コホン、さあ、気を取り直して、本戦の実況はリグレットが担当させていただきます。ではまず、本戦を決めた四人に入場してもらいましょう。予選を勝ち上がってきたのは……この四人です!」
リグレットが手を挙げると選手入場口の扉が音を立ててゆっくり開く、そして中から四人の男女が現れる。
「では、まずはAブロック代表!この大会で一気に名を轟かせた十三歳と言う若さで勝ち上がってきましたミディール王国の伯爵ネロ・ティングス・エルドラゴ!」
自分の名前と紹介がされるとネロは黄色い声援を背中に受けリングへと進む。地元という事もあり、声援の声は非常に大きい。
「次にBブロック代表!先ほどのネロ選手とは正反対に今度は剣士歴四十年を超えるの大ベテラン。しかしこの歳にしていまだ衰え知らず!大剣を軽々と振り回します。異名は大剣のブラン!」
名前を呼ばれると、ブランがゆっくりと前へ進む。無表情を装っているが、身内であるリグレットに紹介文を読み上げられたのが少し恥ずかしかったのか、僅かに俯きになった。
「そしてCブロック代表!目にも留まらぬ槍さばきで予選を試合開始と同時に破ってきたオルダ王国聖騎士団団長、オルダのヴァルキリアこと、ミーファス・テッサロッサ!」
ミーファスがクールな表情で銀色の髪をなびかせながら歩く。その姿に女性陣から黄色い悲鳴が上がった。
「最後はDブロック代表!勝ち抜いてきたのは、最強の剣士の亡霊か、はたまたその名を騙る偽物か、わかっているのはその実力だけは本物だと言う事、今、この大会で最も注目されている男、カイル・モールズ!」
その名が告げられると入場した四人の中で一番の大声援が送られる。
そして先にリングに上がった三人も、その名を聞くと一斉に後ろを振り向きこちらに向かって歩いてくる仮面の剣士に注目する。
――こいつが……
――例の……
――亡霊か。
注目する三人の視線にもカイルは動じず、そのままミーファスの隣に並ぶ。
「さあ、全員が揃ったところで、これより抽選で対戦相手を選びたいと思います。では国王、お願いします。」
「うむ」
「カラクが立ち上がると、あらかじめ用意された選手の名の書かれた紙が入った小箱に手を入れる。」
――頼む
――この俺と
――モールズが当たりますように…
三人がカイルとの対戦を熱望し心の中で祈りを捧げる。
そして、カラクが小箱から二つの名前の書かれた紙を取り出し、リグレットに渡す。そしてリグレットが書かれている名前を読み上げた。
「さあ、決まりました!では本戦の第一試合目は……ネロ・ティングス・エルドラゴ選手対ミーファス・テッサロッサ選手です!」
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