第111話 デート

――午前十時

 ネロは約束の時間なると、待ち合わせ場所である広場へと向かった。

 同じ宿に泊まっているのに何故わざわざ待ち合わせなどするのかと不満を抱きつつ、ネロは広場へ足を進める。


――しかし、あいつも何を考えているんだか……


元々三ヵ月前まではいつも二人で行動していたので、それを今更デートなんて言われてもピンとこない。

それどころか、デートなんて言ったらエレナの性格からして意識しすぎてテンパるのは目に見えている。

 まあ、恐らく原因はエーテル辺りからの入れ知恵だろう。


 宿を出てから暫く道なりに進むと、 エレナと待ち合わせの広場が見えてくる。

 ネロは広場に到着すると、エレナの姿を探して辺りを見回す。すると、以前マーレが絡まれていた場所辺りに案の定、顔を真っ赤にして石像のように固まっているエレナを見つけた。


「よう」

「ひゃっ⁉」


 ネロが固まっているエレナの背後から声をかけると、その声に対し裏返った悲鳴で返事を返したエレナがビクッと肩を振るわせる。そしてカチカチになりながらぎこちない動作でネロの方を振り向く。


「オ、オ、オ、オハヨウ、ナロ。」

「……ナロじゃない、ネロだ。」


 想像以上に緊張しているエレナにネロは不安そうに表情を曇らせる。


「あ、ご、ごめんなさい、え、えーと、と、取り敢えず、露店の方へに行ってみましょうか。」


 簡単な挨拶を済ませると、エレナがまるでネロから逃げるように、そそくさと歩き始める。

ただ、そちらに露店はない。


「いや、そっちは逆だ。」

「っっっ⁉︎」


 ネロが露店のある通りとは逆の道へ行こうとするエレナの手を掴み引き留める。

 すると手を握られたエレナが声にならない悲鳴をあげ、顔を更に紅潮させた。


――……大丈夫かよ。


 どんどん顔が赤くなっていくエレナにネロは心配を拭えずにいた。


――


「……」

「……」


 沢山の客と商人の声が飛び交う賑やかな通りを、二人が無言で歩く。

 いつもならエレナがあちこちに興味を持っては話題にし、会話は途絶えないが今日はずっと顔を真っ赤にしながら俯いている。


――……仕方ねぇな


 無言に耐えれなくなったネロが、何か話題になりそうなものはないかと周りを観察する。すると、エレナの頭に着いている変わった模様の花の髪飾りに目が止まる。


「あれ?そういや、お前今日髪飾りしてるんだな。」

「え?……あ!気がついたんだ?これ、この前島の露店で見つけて買ったやつなんだけど……どうかな?」


 ネロが髪飾りについて触れると、話しかけられたエレナが慌てふためきを見せるも、髪飾りに気づいてくれた事に少し嬉しそうな顔をする。

 そして髪飾りを触りながら少し恥ずかしげに、そして不安そうに似合っているかを尋ねた。


「……珍しい花だが、少しパッとしないな。若い女が付けるとしたら少し地味な気がする。」

「え……あ……そ、そうだよね、アハハ……」


 余りいい評価とは言えないネロからの感想を聞いたエレナが苦笑いを見せた後、再び俯き加減になる。


――……

「でも、まぁ、女子らしさには少し欠けるが、エレナらしさは出てるし、俺はいいと思うぞ。」

「え?」


 ネロの言葉にエレナが思わず顔をあげ立ち止まる。しかし今度はそう言ったネロの方が少し恥ずかしくなったのか、立ち止まるエレナを放っておいて少し早歩きで足を進める。


「ど、どうした?放っていくぞ。」

 

 ネロの言葉に少しキョトンとしたエレナだったが、その後嬉しそうな笑みを浮かべた後、ネロの後をついて行った。


――

 露店にあった店を一通り見て回り、通りを抜けると、今度は音楽隊や大道芸人といった者達が集う、待ち合わせしていた広場とは違うまた別の広場にたどり着く。


「見て見て!あの人、口から火を吐いたよ!」

「なんか辛いもんでも食ったんだろ?」

「じゃあ、アレは?剣を口から飲み込んだよ?」

「剣を食べ物と間違えたアホだろ。」


 調子を取り戻したエレナが大道芸人達の芸を見て、いつものようにはしゃぎ始め、ネロもいつものように適当に受け答えしながら見て回る。

 そして目につく大道芸をを大方見終えた頃には、時間は正午を過ぎていたので二人は近くの料理屋で休憩していた。


「ふー、楽しかった。」


 世界各国から集まった大道芸の珍しい芸を見れたエレナが、上機嫌に果汁を絞ったジュースを飲むと一息つく。


「そいつは、何よりだ。」

「ネロは、楽しかった?」

「……まぁ、それなりにな。」

「そっか、良かった。楽しんでるのが私だけじゃなくて」


 そう言ってニッコリ笑うエレナ。

 ネロはエレナが落ち着いたのを見計らうと、今日のことについて話を切り出した。


「で?どういうつもりだったんだ?」

「え?何が?」

「いきなりお前がデートとか言い出すなんてよ、あのハエの入れ知恵か?」


 デートという単語に反応したエレナの顔が赤くなるが、少し耐性が付いたのか、そのまま赤くなりながらもネロの質問に答える。


「あ、うん、確かにエーテルに言われたってのもあるけど、その……私も誘おうと思ってたから。最近、少しネロが元気ないみたいだったから元気づけようと思って。」

「俺が、元気ない?」

「うん、前に酒場でカイルさんの話題が出たあたりから」

――⁉︎

「皆がカイルさんの事を悪く言い始めた時、なんだかネロの表情が暗くなったように思えて……」


 エレナの言葉にネロが驚き目を細める。

 確かにカイルの事でいろいろと考えていたネロではあったが、人前では悟られないように隠してきたし、表情には出してこなかった。もし仮に自然と顔に出ていたとしても、他の者達が誰一人気づいていない中、それに気づくほど自分の事を見ていたエレナに少し心が動いた。


「それにカイルさんの話を聞いてふと思ったんだ、カイルさんってなんだか考え方が昔のネロに似てるって。」

「そ、それは……」


全く関連性のないネロとカイルの二人の関係性をエレナが導きつつある。もしかして全てバレるのかもしれない、そう考えているとネロの鼓動を打つ脈がどんどん速くなる。


「ねぇ、もしかしてネロは……」

「……」

「実はカイルさんに憧れてたんじゃない?」

「……え?」

「ほら、だってそれなら今までのネロの平民嫌いもカイルさんの影響って事で納得がいくもん。」


 エレナのその答えにネロの鼓動の音がどんどん静まっていく。


――まあ、普通前世の記憶があるなんて気づくわけないよな。


 その質問に対してネロは否定をしようと思ったが、よく考えると否定したところで本当の事なんて言える訳もなく、また、この方が辻褄も合うし、都合がいいので話を合わせておく。


「ま、まあな。」

「やっぱり、そうなんだ。」


ネロが肯定すると、推測が当たったエレナが嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ところで、ネロは今でもそう思っているの?」

「え?」

「その、カイルさん、みたいな考え方を……」


 その言葉にネロは言葉が詰まる。

 恐らく今のネロならカイルの時みたいな仕打ちをする事はないだろう。だからと言ってかつての自分と考えが変わったのとは、また違うとも感じていた。

カイルもネロもどっちも俺、その事を踏まえて、今の自分の考えを答えた。


「……そうだな、確かに今でも俺とカイルの考え方は同じだと思う。……ただ、きっとカイルの奴も、俺と同じ出会いと経験をしていたら、今頃は考え方が変わってるんじゃねえか?」


 そんな答えを出したネロの顔には自然と笑みを浮かべていた。

 そしてその笑みを見たエレナも釣られるようにクスリと笑った。


――

 巨大な都市で開かれる祭りを全て見終えるころには、西に夕日が沈んでいた。


「ふう、今日は一日歩き疲れたー。」

「……あぁ、やっぱ慣れたとはいえ一日中人ごみの中はきつかったな。」


 宿に戻った瞬間、疲れが一気に来ると、二人が大きく息を吐いた。


「じゃあ、私は一度部屋に戻るね。」


 エレナがそのまま自分の部屋に戻ろうと背を向ける。


「あ、ちょっと待て。」


 するとそこでネロがまたエレナを手を掴み引き留める。


「なに?」


 今朝とは違い、エレナは平然と振り返る。


「その……今日はありがとうな。」


 ネロが視線を反らし、頬を掻きながら素っ気なくエレナにお礼を言う。


「ううん、こっちも楽しかったから。」


 珍しく言われたネロのお礼の言葉にエレナが笑顔で返す。


「あとこれなんだが……。」


そう言ってネロがポケットから小さな箱を取り出しエレナに渡す。


「なにこれ?」


 エレナが不思議そうにその箱を開ける。

 すると中には、銀色のブローチが入っていた。


「えっ⁉︎これって……」

「その、変な髪飾りだけじゃやっぱりパッとしないからな。それを付けたらもう少し女子らしくなれんだろう。」


 今朝エレナに言ったことを少し気にしていたネロが詫びを兼ねて買っていたブローチ。

 それを渡すとネロは早足で部屋へとと戻っていった。


――……


 そしてエレナは、初めてネロからもらったプレゼントを片手にそこからおよそ三十分、微動たりともせずその場で立ち尽くしていた。

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