第76話 ネロVSミーア

「ハァ……ハァ……着いた……」


 レクサスは馬車の下まで辿り着くと、馬車に入る前に地面へグタリとヘタリ込む。

湖から馬車までの距離は決して遠くはなかったが、今のレクサスにはそこまでたどり着く事が簡単ではなかった。


自分を守っていたモンスターが殺された今、レクサスを守るものはない。なんの力も無いままこの第一級危険地帯を歩いていたのだ。

 白龍はもちろん、普通のモンスターですら簡単にやられてしまうだろうこの場所で、レクサスは再三の注意を計りながら進んできた。


周りの気配に神経を研ぎ澄まし、辺りを何度も見回しながら物音を立てないように少しずつ馬車との距離を縮めてやっとの思いで最後のモンスターが生き残る馬車まで辿り着いたレクサスの身体からは、その距離間では考えられないほどの汗が流れて出ていた。


「ハァ、ハァ……何故私がこんな目に……あの小僧め、許さぬ……絶対に許さぬぞ……家に戻ったらブルーノ家の全権力を駆使して奴を捕らえ、原型が残らぬほどにぐちゃぐちゃにしてやる……ヒ、ヒヒヒ」


 見ず知らずの子供に自分が誇った力とプライドを壊されたレクサスは、狂ったように不気味な笑い声をあげながらゆっくりと腰を上げ、馬車の中へと入っていった。



――

 ホワイトキャニオンの中枢付近で行われているネロとミーアの闘いは、意外にもミーアの一方的な展開となっていた。


「こんのぉ!」


ネロが自分の方に向かって来るミーア目掛けて、怒り任せに殴りかかるがミーアに拳が触れた途端、ネロの拳はミーアの体をすり抜けミーアの姿はスッと消えて行く。


「クソッ、これもハズレかよ。」


 ネロは空ぶった拳を見つめた後、小さく舌打ちをして目の前光景に苛立ちを見せる。

 目の前に広がるのは無数に存在するミーアの姿、それはどれだけ倒しても直ぐにまた現れる。

 もちろん全て分身であり、本物は一人だけ、しかしその一人を探すのはネロにとっては至難のわざであった。


「ほらほらどうしました?早く行かないとレミーはここを出てしまいますよ?」

「クソ、面倒クセェ技使いやがって」


 ミーアの挑発に煽られるように近くにいるミーアを片っ端から攻撃するが全て空振りに終わる。そして今度はネロの背後にズシリと重い突きの衝撃が来る。


「確かに貴方は強いが技と言うものを持っていない、全ては力任せの攻撃、なのでこう言う戦いは苦手でしょう?一つくらい技を覚えてた方がいいですよ。」

「……ご忠告ありがとよ、テメェを倒した後でじっくり考えてみるとするぜ!」


 後ろから聞こえる声に返答しながら振り向きざまに回し蹴りをかますが、やはり手応えは感じられない。そして今度は少し離れた場所にミーアが姿を現す。


「……しかし、これだけ私の技を受けながら傷一つつかないとは……フフ、まあそれでこそ倒しがいがあります」


 ミーアが懐から何枚もの護符を取り出すとネロの顔つきが険しくなる、そしてその護符にミーアが念を込めると、護符に青い炎が灯り、燃え始める。


「護符……そうか、今までずっと後をつけていながら俺達が気づかなかったのもその護符の力か⁉」

「ご名答、これは我が同胞の府術師から授かった物です。ですがこれはここに入る前に使った気配を消す『絶気符』でなく『式神符』。この護符に自分の気を込めれば、式神を作ることができ、更に私の分身に取りつかせることで、限りなく私に近い分身が作れるのです。これでこちらの戦力は増し、更に貴方は本物の私がわからなくなるでしょう。」


 余裕の表れか性分なのか丁寧に説明するミーアにネロはますます腹立たせる。

 実力では圧倒的なのにこちらが完全に押されている。そしてその間にもどんどんここを離れるエーテル達に焦りも感じ始めている。


――落ち着け、あのネズミはきっとモンスターに気づかれないために、気配を消して慎重に動いているはずだ、ならば移動速度も落ちているはず、まだ焦る必要はない。


 先程から焦りを感じ始めた時、自分にそう言い聞かせて平常心を保っていたが、今のミーアがした護符の説明により嫌な予感が脳裏にちらつき始める。


もしミーアが言っていた初めに使った気配を消す護符をまだ持っているとしたら、あの獣人族は速度を落とすことなくホワイトキャニオンここを進んでいける。

 そうなるとあまり悠長にもしていられない、ネロの心境は焦りと冷静のはざまで大きく揺れていた。


そしてそう考えている間にも式神を憑依させた複数の分身と共にミーアから更なる攻撃を受ける。

 いくつもの方向から飛び交う斬撃の乱舞、しかし、まともに当たっているはずのネロの体には傷一つつかない。


「……やはり数を増やしてもこの程度の技では駄目ですか……ならば、私が持つ最強の技を……」

「最強の技……か」


その言葉にネロの頭に一つの考えが浮かぶ。


――使うか?アレを……いや、リスクが高すぎる。

 

 思いついた案を振り払い、すぐさま他の案を考える。しかし現状他の方法は浮かばないし、考える余裕もない。


――……仕方がない。


 ネロは決心がつくと道具袋の中から小さな果物ナイフを取り出し、剣のように構える。


 対するミーアは、レイピアを脇に構え小さく唸りを上げる、するとミーアから溢れる気が巨大な獣の形へと変わりはじめた


「この技は竜人族との戦争終結後に編み出した私の中の最強の剣技!これで貴方を倒してみせましょう!行きます!獣王殺神衝じゅうおうさつじんしょう!」


 幻影を含めた複数のミーアがレイピアをネロに向かって突き出すと獣の形をした気が一気にネロへと襲い掛かる。

 全方向から襲い掛かる攻撃に対し、ネロはその場から動かず果物ナイフを静かに気を込め目を閉じる。

そしてを目を開けると同時に体を捻りその場で回転する。


「天 翔 絶 風!!」

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