第465話一遍上人語録 別願和讃(3)
過去遠々のむかしより 今日今時にいたるまで
おもひと思ふ事はみな 叶はねばこそかなしけれ
聖道・浄土の法門を 悟りとさとる人はみな
生死の妄念つきずして 輪廻の業とぞなりにける
哀しいかな、遠い過去より今日今時まで、何一つ自分の思い通りになったことはない。
自力で修行して悟りに至る、あるいは阿弥陀如来の本願で浄土に往生する
それで悟り悟ったと自負する人は、生死の妄念は尽きることがない。
結局は、また苦しみの輪廻から逃れることはできない。
どこかに阿弥陀如来に頼むと言いながら、どこかに自力救済を誇る気持が消えない限り、生死の妄念は残ると言うのだろうか。
一遍上人の言葉は、奥が深い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます