第9話 命の値打ち
ここは地獄の一丁目、そこに大きなカバンを持った男がひとり立っている。
男の名前は原田政夫、生前は名うての詐欺師であったらしい。もちろん、そう名乗る名前も本当かどうかは分からない。
彼は、次から次へと人を騙しては金を稼いだ。それは彼の肺に癌が見つかった後も、休むことなく続けられた。
しかし、そんな彼も病にはかなわなかったようである。
原田政夫は二週間苦しんだあげく、とうとう最後は誰にも看取られることなくこの世を去った。
まあ、散々悪事を重ねてきたのだから、それも仕方がないかもしれない。男はそんなことを思いつつも、まだこの世への執着心だけは捨てて切れていなかった。
「お前が原田政夫か?」
大きな赤鬼が男に尋ねる。その鬼が座る大きな石でできたイスの後ろには、見渡す限りのロウソクの炎が。
男は返事をする代わりに、その赤鬼に尋ねた。
「ここが地獄の入り口というやつですか?」
「そうだ、ここから先がお前達の世界で言う地獄と言うところだ」
赤鬼は低い声で、静かに答える。
男は今度、赤鬼の後ろでその炎を灯している無数のロウソクについて尋ねた。よく見ると、それらはどれひとつとして同じものがないようだ。
細く長いのもあれば、太くて短いのもある。炎も同じで、煌々と光り輝く炎もあるかと思えば、今にも燃え尽きてしまいそうなものもある。
「これらのロウソクはいったい?・・・」
男の質問に、赤鬼はニタリと笑いながら答える。
「お前達の世にいる、悪人共の命だ。今ではもう、ロウソクが何本あるのかさへ数えきれんがな」
男は試しに、その中の一本のロウソクを指さしその赤鬼に尋ねる。
「あの他のものよりひと際太く、大きな炎の輝きを持つロウソクはいったい・・・」
赤鬼は苦々しい顔をしながら答えた。
「あれは、お前達の国の総理大臣のものだ。こうやって吹き消そうとしてもなかなか消えるものではない」
なるほど、そう言えばあの総理大臣、汚職に問題発言やおまけに女性スキャンダルとマスコミに連日のように取り沙汰されても、何食わぬ顔をしていたものだ。
男は妙に納得しながらも、その大きなロウソクの隣にある、今にも消えそうな小さなロウソクを今度は見つめた。
赤鬼はすばやくそれに気付くと、男が尋ねる前にこう答える。
「その小さなロウソクはお前のものだ。そして、消えかかっている灯りは、お前の命の炎だよ」
男はギョッとした。
それほどまでに、そのロウソクの炎は弱々しく揺らいでいたからである。
赤鬼は言葉を続ける。
「だが不思議なのは、ここへ来た人間の炎は消えているはずなのだが、よほどお前は前世に未練があるらしいな。未だに燻り続けている」
赤鬼が言うとおり、男はこの世に未練があった。何せ、稼いだお金のほとんどを、男はまだ使っていなかったのだ。
その男の執着心は、地獄にお金の詰まったカバンを持ってきたことからも伺い知ることができる。
男は、赤鬼に懇願した。
「もし、私が生き返れるなら、このカバンの中のお金をすべて差し上げましょう。ですから、私を元の世界へと戻して下さい」
鬼は薄ら笑いを浮かべながら、言葉を返す。
「地獄の沙汰も金次第というわけだな。しかし、お前が後生大事にしている金など、ここではただの紙切れ同然。それよりも、ひとつ約束をしてもらえるだろうか?」
「生きて戻れるなら何でもします」
男は必死の思いで答えた。
赤鬼は閻魔から預けられた「地獄人帳」を広げると、ひとつ大きなため息をつく。
「近頃の悪人はなかなか死ななくて、地獄の閻魔様もほとほと困っているのだ。お前は前世に戻ったら、国を動かすような立場の人間となり、そして、隣の国と戦争を始めるのだ。そうすれば、お前の命は消えることがないであろう・・・」
「しかし、私でもそんな立場の人間になれるでしょうか?・・・」
男は首を傾げる。
「詐欺師としてのお前のその話術と、そのカバンの中の金にものをいわせるのだ」
赤鬼はそう言うと、男の隣にある、あの首相のロウソクをもぎ取り、男のそれへと挿げ替えた。
「頑張ります、必ずや総理大臣となって戦争を起こして見せます!」
男はそう言うと、喜び勇んで地獄の階段を一目散に駆け上がっていった。
その男が見えなくなると、赤鬼はポツリと呟いた。
「今の総理大臣もここから戻るときは随分と大きなことを言っておったが、今度の男もどうなるかことか。いずれにしても、しょせんお前達人間の命など、何の値打ちもないのだから・・・」
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