第37話 悪事の片棒

 「おい、出口のところにいるサングラスをかけた男が見えるか?あれが俺の相棒だ。奴はコートの中に散弾銃をしのばせている。俺が一声合図をすれば、血の雨が降ることになるんだぜ。さあ、わかったら、とっとと二千万円用意しな」

 男は、銀行のカウンターレディーにそう言うと、持っていた布袋を二つ手渡した。


 彼女は震えながらも、机の横にある小型の一時保管金庫から、一万円札の札束をいくつか、その袋の中へと入れ始める。


 「おい、早くしないか。本当にぶっ放すぞ!」

と、その時、男の後ろから誰かが話しかけてきた。

 「お客さん、強盗はいけませんな。お金がご入用でしたら、私におっしゃっていただかないと」

 振り向いた男の先には、この銀行の支店長がニコニコしながら立っている。


 男は、ずれ落ちそうになった付け髭をあわてて片手で押さえると、その支店長に尋ねる。

 「言ったら用意してくれるとでも言うのか?」

 「事と次第によっては・・・」

 支店長はニコリと微笑む。

 男は相棒を呼び寄せると、先程のカウンターレディーに頭を下げてあやまった。

 支店長は、この場は私が引き受けるからというように手で制すると、彼女を奥へと下がらせる。


 「お金は私が何とかいたしましょう。ただ、あなた方も騒がず、誰にも危害加えないということをお約束してください」

 「金さえもらえりゃ、文句はねえ。神様でも仏様にでも誓うぜ」

 男はもう一度、この支店長に二千万円を要求する。しかし、支店長はその男達一人一人を見詰めると、大きく首を横に振った。

 「それでは困ります。あなた方に持っていってもらうお金はこれです」

 そう言うと、支店長は二人の前にトランクケースを四つ積み上げた。彼は無造作に、そのひとつの鍵を開ける。


 「こ、これは・・・」

 「あ、兄貴―、さ、札束がこんなに」

 二人は絶句した。

 トランクの中には一万円札の札束で一億円。四つのトランクで、締めて四億円ということになるのだ。

 「どうです、これでもまだ不足ですか?」

 支店長は、少し意地悪そうな言い方で二人を見る。


 「だけどよ、こんなにあったら、持って行くことが出来ねえよ」

 トランクケース一つの重量でも相当なものなのだ。それを一人で二つも抱えるとなると、これは到底無理というものだ。


 呆れ顔の支店長は聞き返す。

 「逃走用の車も用意してなかったのですか? まったく、あきれた銀行強盗ですな」

 「・・・」

 「では、わかりました。銀行の車をお使いなさい。そうすれば荷物も運べるし、だいいち、怪しまれる心配がない」

 「車はどうしたらいいんだ? 返さなきゃあ、困るだろう?」

 男は何でも望みをかなえてくれるこの支店長に、少し申し訳ないような気がしてきた。

 支店長は、車もお金も保険に入っているので、何も心配ないと二人に伝えると、最後に一つだけ約束をしてくれないかと頼んできた。


 「いいですか、必ずそのお金はあなた達で使い切ってしまうように」と。

たった、これだけであった。


 二人は二つ返事で了解すると、支店長から車のキーを受け取る。なんだか気味が悪いぐらいに事が運んだ気もしたが、彼らにとっては、その懐疑心も振り払われるぐらいの金額でもある。

 二人の強盗は車を飛ばすと、県境にある自分達のアジトへと向かった。


 「兄貴―、とりあえずほとぼりが冷めるまで、ここでじっと隠れていやしょう」

 「そうだな、今ごろ警察も血眼になって、俺たちの行方を捜している頃だろうからな」

 「それにしても上手くいきやしたね、兄貴」

 「ああ、狐に摘まれたみたいな話しだな」

 その日、二人はささやかながら、成功の祝杯をあげた。 



 次の日、相棒の大声で目が覚める。

 「兄貴―、昨日の奴がテレビに映ってますぜ。俺達にお金をくれたあの銀行の・・・」


 なるほど、そこには昨日、彼らが強盗に入った銀行の支店長が、大勢の報道陣に囲まれている姿が映っていた。二人は、早速自分達のことがばれたのかと、心配そうに見つめたが、どうやらそうではないらしい。


 「大物政治家H氏の隠れ口座が、この銀行にあるというのは本当ですか?」

 「業者からの賄賂のうち、一部が支店長のあなたにも渡されていたとありますが?」

 「これから警察がこの銀行を捜査するということですが、隠された四億円は、まだこの銀行の中にあるんじゃないんですか?」


 矢継ぎ早に、新聞記者達の質問がその支店長に浴びせられた。ところが彼は、まったく涼しい顔で、その記者達に淡々と、かつ誠実に答える。

 「私には、もちろんこの銀行にもまったく身に覚えのない話しであります。私達は常日頃、地域のお客様のお金だけを大切に取り扱わせていただいております。もし、警察がいくら捜したとしても、取途不明なお金など、一円たりともありません。まして、政治家の裏金として四億円などと・・・」


 支店長はカメラのファインダーを覗き込むと、何とも言えない笑みをたたえる。

 その善良な微笑みに、記者の中には警察の間違えではと報道する者もいた。


 「じゃあ、兄貴、俺達はこいつらの・・・」


 そう、この相棒にもはっきり見えたのだろう。そう弁明する彼の微笑んだ顔の裏に、書いてある別のことが・・・


 『証拠はもうないんだし、今回は捕まらなきゃ御の字だ。それに、裏金は政治家H氏といっしょに、また作りゃあいいのさ』と・・・

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