なおこの世界の生物にタンパク質が含まれてるのかどうかは作者にも謎である(輪廻さんも驚異の世界だと言っている)
「くちゅんっ」
夜闇は深く、寒気は鋭い。分厚く着こんだ上に杖と腰の短剣で武装した見張りの若者は、まだ子供と言ってもいい年齢だった。
彼は周囲を見回す。
なみなみと水を湛えた泉は大きい。村全体の水源を兼ねているのだから当然ではあるが。この水源はここより先に行くことはない。その全てが、作物と住民のために用いられる。畑や防砂林。村の家々。そういったものが、月と星灯りによって照らし出されている。
こんな夜は悪霊や魔物、
頭を振って思考を切り替える。縁起でもない。悪霊に憑かれるのも、怪物に喰われるのも、もちろん頭がおかしくなるのも御免だった。
若者は、一緒に警戒している相棒へと顔を向ける。表情を見るに彼も同じことを考えていたらしい。
「……こんな晩は何か出そうだな」
「やめろよ。
もっと別の事を話そうぜ」
「別のことか……
そういえばあの旅人。美人だったよな」
旅人。すなわち女賢者が魔法を使う際、ちらっとヴェールを外したのを見ていた若者は頷いた。
「ああ。あれはよかったなあ……肉付きがよくて」
「そうそう。魔法使いじゃなきゃ嫁に貰いたいところだ」
「それだよな」
砂漠の民は迷信深い。魔法使いは生活になくてはならぬが、しかしすぐそばにずっといるというのもそれはそれで気味が悪かった。何しろ彼らは不可思議な術を操り、余人が伺い知れぬ世界の秘密を探り、目に見えぬ霊と言葉を交わす。ある意味で人間ではないのだ。ほどほどの距離感を保ちたかった。
もっとも、今日訪れた客人が生物学的にも生きた人間ではない、などとは彼らも想像すらしていなかったが。
「しかし冷えるな」
「ああ。…うん?」
ぼちゃん。若者の耳に入ったのはそんな水音。
「聞こえたか?」
「魚だろう」
泉の水源は遙か北の山中である。そこから
とはいえ。
「魚だとしたら相当でかいぞ」
「確かにな。見に行くか」
意見の一致をみると、偵察に出かける両名。どうせ夜は長い。それに巨大な魚を捕らえることができれば明日の食卓が豊かになる。小さな野望である。
そんな彼らに降りかかった不運は、抱いた野望の大きさに見合ったものとはいいがたかった。
月明かりの下。ナツメヤシの林を抜けて水場へと近づくと、若者は跪く。
「……何もいないな。そっちはどうだ?」
返事は、なかった。
「どうした?」
振り返った若者の眼前には、ぼうっとその場に立った相棒の姿。つい先ほどまでと何ら変わりない姿である。ただ一点。
真上から、巨大な
「―――ひぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
めちゃくちゃに振り回された杖に驚いたか、巨大な顎の怪物は相棒を離すと後退する。
その段階で、若者はようやく相手の全貌を見た。
月明かりに照らされたそいつを一言でいえば、魚。二足歩行し、両腕を持ち、全身が鱗に覆われた人型は3メートル近くにもなる。
歯をガチガチと震わせながらも相手を睨みつける若者。大丈夫だ。さっきの悲鳴で大人たちもやってくるはず。杖を振り回して相手を威嚇する。
―――SSSSSSSHHHHHHHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
半魚人の口を開いての威嚇は、若者のそれの何百倍もの威力を持っていた。尻もちをつく若者。
ばしゃり
手が、水についた。駄目だ。これ以上下がれない。やられる。
じりじりと寄ってくる
にもかかわらず彼が後退したのは、引きずり込まれたから。水中から伸びた新たな手が、若者を水中へとひぱったのである。今度は悲鳴すら上げず、水中へと消えていく若者。
若者が水の中へと消えたことを確認した
後には血塗れの相棒だけが残された。
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