第三話とつけるの忘れてた(しくじる先生)
すり鉢状の穴が、震えた。中心に座する
それはすり鉢全体に伝わり、必死でしがみついている者たちが無惨に落下していくという結果となった。
「───ひぃぃぃぃ!?」
悲鳴を上げながら滑っていく老人は、幾度となく自分を噛み砕いてきた怪物の大顎に、此度も挟み込まれた。
おぞましい音と共に肉と骨が砕け散り、そして蜃気楼の肉体は消失していく。
隊商たちは皆が記憶を取り戻していた。彼らは既に何度も死んでいたのである。それも無自覚に。最初は一人だったのがふたり。三人。二十人と増えた。後から食われた犠牲者も蜃気楼に取り込まれていくのだ。今後も増え続けるのであろうか。彼ら自身が犠牲者であり、また新たな犠牲者を引きずり込むための生き餌なのだ。それを思い出すのは決まって、死の直前だが。あの怪物が死すまで、この地獄は続くであろう。
老人は、今度こそ真に死することを願いながら消えていった。
◇
───まずい。
女賢者は考える。
足場が悪い。いかな
そこまで考えて女賢者は苦虫を噛み潰したような表情になった。
―――彼らはもう、死んでいる。
隊商の男たちは死者だ。今悲鳴を上げているのは、とうの昔に死んでしまった人々の影にすぎない。
それでも。
女賢者は覚悟を決めると、斜面を強く蹴り飛ばした。空中で身を捻り、抜剣しながら素早く呪句を唱える。
魔法は怪物の口に女賢者が飲み込まれる寸前、完成した。
閉じようとする凶悪な顎。鋏のように伸びるそれが女賢者の肉体をかみ砕かんとするのを、剣が切り飛ばした。
───GGGYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?
万物に宿る諸霊が女賢者へと与えた助力は、剣を包む
───行けるか。
女賢者の思考。それが甘かったのを知る羽目になったのはこの直後のことであった。
───GGGGUUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!
怪物は、吠えた。力あるそれに弾き飛ばされた女賢者は、すり鉢の内側に叩き付けられる。
それで終わらない。
体勢を立て直そうとした女賢者の背中から腹部へと衝撃が走る。
自らの腹へと目をやった彼女は、見た。そこから突き出している剣の切っ先を。
───あああああああああああああああああああああああああああ!?
女賢者はパニックに陥った。いかに
さらに、第二第三の刃が背中より突き抜ける。
振り返った女賢者が見たのは隊商の男たち。
「あ…こんなつもりじゃ……」
彼ら自身何をしたのか分かっていないのだろう。呆然とした表情だった。
しくじった!
女賢者は自責する。彼らは
最後に駆け下りてきたのは長の男。
彼の刃は、女賢者の首を、刎ねた。
宙を舞う生首。くるくると落下したそれは、空中で口元を覆い隠していたヴェールが剥がれ、麗しい顔立ちを露わにして転がった。
茫然自失する男たち。
だから彼らは理解が出来なかった。転がった生首。怪物の方へと向いたそれの唇が動き出したことも。
剣で貫かれた首なし死体が、
そいつの傷口へと首なし死体が腕を突っ込んだ直後、
何も理解出来ぬまま、彼らは
◇
穴の底。敵をしとめた女賢者は剣を納めると、自らの生首を右手で拾い上げた。左手は炭と化して消し飛んでしまったから仕方ない。さすがに相手の体内へと
消滅しつつある隊商たち。彼らへと視線を巡らせた女賢者は、目当ての相手を見つけ出した。
隊商の長。彼へと、女賢者は口を開く。
「……ぁ…」
「…すまなかったなぁ……あんたには迷惑をかけた………それに、感謝してもし足りない…俺たちを解放してくれて……」
「………ぅ」
「ありが…とう……」
言い終えると、長は虚空に消えていった。他の犠牲者達と同様に。
それを見届けてしばらくしてから、女賢者は斜面を登り始める。
地上に出たところで、彼女は地平線に光を、認めた。全てを照らし出す、太陽神の優しき加護を。
それを一瞥し、女賢者は場を去った。後にはなにも残らぬ。ただ、陽光の照らす大地があるのみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます