このひとギャグキャラです(下手な不死身よりふじみ)

空飛ぶ道具は実のところ、珍しいものではない。

東方に限っても水袋に封じられて運ばれる空飛ぶ雲や、金属製のカブトムシの乗騎。火を噴く鉄の輪。西方に行けば空飛ぶ絨毯や、変わったところでは箒に跨って飛ぶこともあるという。もちろんそれらの道具を作ることができるのは、一握りの力ある魔法使いに限られるわけだが。飛ぶだけでいいならばある種の魔獣を飼いならす、という手もある。

だから、人の類にとって、空は決して手の届かない場所ではない。

けれど、女武者にとってはそこは、初めて足を踏み入れる世界だった。

―――凄い。

馬に乗っている時のような強風。ギシギシときしむ椅子の補強材の音。両手でしっかりと抱きしめた娘の体温。両足で壊さぬよう、されどしっかり挟み込んだ長椅子全体。

足元を流れていくのは広大な森林。それはたちまちのうちに険しい山脈に入る。

「―――雲に入ります!」

娘の声にを上げると、巨大な雲が見えた。長椅子は速度を緩めず、そこへ突っ込んでいく。

温度が、違った。

冷たい。昏い。湿気も強い。そして何より、重たい。

それも一瞬の事。

空に浮かぶ三日月での光で、雲を抜けたことを知った時。そこは、一面の雲海であった。星々の光。月灯り。それらに照らされた、静かな世界。女武者はその様子にしばし心を奪われる。

「あっ……いた!あれ!」

娘の叫びで我に返った女武者は、見た。遥か前方。点のようにしか見えぬ何かが飛翔しているのを。子供たちを連れ去った怪鳥に違いあるまい。

女武者は、しっかりと娘に抱き着いた。振り落とされてしまえば子供たちを救う事も出来なくなってしまう。

滓かな軋み音。修理した長椅子に取り付けられた添え木がきしんだのだろう。あまり猶予はない。

長椅子は、速度を上げた。


  ◇


飛翔を続ける怪鳥。その両足に捕まれた子供たちはぐったりとしていた。高空の低温と強風は容赦なく体温を奪い去る。それにやられたからだった。幼い兄妹は意識を朦朧とさせていたのである。

だから、背後より迫る救いの手に気付くこともなかった。


  ◇


「準備はいいですか!?」

娘の問いに返って来たのは肯定の意。

長椅子には(当たり前だが)翼がない。それは、鳥とは挙動が異なる、ということを意味していた。

だから、娘が選択したのは一気に突っ込む事。どちらにせよ、椅子はいつ空中分解してもおかしくはないのだ。

彼女は腰から剣を抜き放つと、宙へと放る。そのままくるくると落下していくかに見えた刃はしかし、ピタリと椅子に並走した。

よく観察すれば、その刀身には墨で眉と目、口が描かれているではないか。

眉目飛刀びもくひとうと呼ばれる魔法生物であった。

「―――っ!」

口訣と共に長椅子が加速。背後では、女武者が立ち上がる気配がする。

前方、巨大な怪鳥がみるみるうちに近づいてくる。恐るべき威容はしかし、こちらに気付く様子がない。

だから、死角より近づいた長椅子。その上で女武者が振るった太刀は、怪鳥の足を見事切断してのけた。


―――KKKYYYYYYYRRRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYY!?


鮮血をまき散らしながら落下していく左脚。それに長椅子は追随していく。一拍遅れて、怪鳥の悲鳴が上がった。

「―――くっ!」

出せる最大の速度を発揮し、長椅子は脚へと追いつく。急降下していく長椅子と脚。女武者は身を最大限に乗り出して、脚を。いや、それに囚われた兄を抱きとめた。

娘は振り返り、戦果を確認した。同乗する女武者が抱きしめる、兄の姿を。彼はぐったりしてはいたが、まだ息があった。この分であれば助かるだろう。

しかし、安堵している暇はなかった。救わねばならぬ者はもう一人いるのだから。

空を見上げる。負傷し、逃げ去ろうとしていく怪鳥。奴の速度はかなり上昇していた。このままでは逃げられてしまう。だが問題なかった。

先程投じた眉目飛刀。が怪物の眼前を飛び回り、進路を妨害していたからである。

椅子の軋み音が大きくなった。もう長くは持たぬだろう。急ぐ必要がある。

娘は、長椅子に鞭打って敵を追った。


  ◇


―――なんだ!何が起きた!?

怪鳥は混乱の極致にあった。何物も到達できぬ高空でを受けたのだから。

痛い。脚が切断されてしまった。出血で目がかすんでいく。力が抜ける。逃げられない。眼前を小さな物体が飛び回り、邪魔をしてくる。下手をすると目を潰されるであろう。

だから、怪鳥は一声叫ぶと賭けに出た。目を閉じ、強引に眉目飛刀を突破すると翼を畳んだのである。

急降下していく巨体。

頭部を浅く切り裂かれながらも、彼は敵から逃れることに成功する。目を開く。昏くてよく見えぬ。地表がぐんぐん近づいてくる。

その背後を、敵が。何やらニンゲンが身を寄せたものが追ってきた。

怪鳥に長椅子という概念はなかったが、昨日逃がした獲物が似たような形をしていたことは覚えていた。されど形が違う。人数が違う。どういう事か。

分からない。怪鳥の知能では何もわからなかったが、しかし奴らがこちらの獲物を横取りしようとしていることは確かだった。

このままでは逃げられぬ。

だから、怪鳥は敵の望みをかなえてやることとした。残った右脚に掴んだ獲物を、身軽になったのである。

小さな女の子が空中へと放り出され、そして怪鳥は速度を上げた。


  ◇


妹が目を覚ました時、そこは空中だった。

「―――へ?」

浮遊感。

というものを、妹は生まれて初めて体感していた。

状況を理解した彼女。助かる余地はない。このままきりもみしつつ地表に叩きつけられる。

このままであれば、実際にそうなっていただろう。けれど、そうはならなかった。

視界の隅に見えたのは、覚えのある姿。

こちらを急速に追いかけてくる長椅子と、それに跨った見覚えのある女性たちだったから。

「おばちゃん……っ!」

咄嗟に手を伸ばす。長椅子の娘からの手が伸ばされる。地表が近づく。それと同じくらいに、両者の手が近づいた。

地面に落下する前に、手と手はしっかり握りしめられる。

急停止。長椅子は、空中でとどまることに成功していた。

「……おばちゃあん……」

「だから、お姉ちゃんだってば」

妹を引っ張り上げる娘の手。妹は、娘へとしっかり抱き着いた。見れば、後ろに跨っているのは意識を喪失した兄と、そしてお師匠様もいるではないか。二人で助けに来てくれたのだ。

助かった。

そう思った矢先のこと。

―――みしり。

一同の視線が椅子に集中する。何やら、ひび割れの入った長椅子の木材。

とうとう、限界を超えたのだ。

「え?ちょ、待って、もう少しだけ。もう少しだけ頑張って、ねえ、ねえ!?」

現実は非情である。

ひび割れ音はどんどん大きくなり、そして。

椅子が、裂けた。

空中に投げ出される一同。

「あぁぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

皆は、下方。木々の生い茂った山肌へと落下していった。

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