モンスター識別に失敗すると余計な目に遭います(くっころにおいて最重要技能)
絶叫を上げた娘は、踵を返すと走り出した。あ、あの兄妹を置いてきてしまった。助かるまいがやむを得ない。それよりまずは自分の命である。
振り返ると、追いかけてくる女の姿。首がない全裸の女体が全力疾走している光景は恐ろしいなどという表現では到底言い表せぬ。こっちくんな!?
後ろに注意を引かれていた娘はだから、前方の危険に気が付かなかった。そう。木々の先にある、自分の身長ほどもある大きな段差に。
「―――へ?」
一瞬の浮遊感。
ごろごろごろ、と転がった娘に大きな怪我がなかったのは僥倖である。とはいえ彼女の災難はまだ終わっていなかった。
「いててて……へ?」
見上げた先には何やら大きな塊がある。そいつの上からぶら下がっているのは提灯だろうか。
―――なんで提灯?
娘の疑問に、答えの方が勝手にやってきた。親切である。
振り返った塊。馬車ほどもありそうな図体のそいつは、ユーモラスな入道の顔だった。ぴんと伸びた髪の先端から釣り下がっている提灯が場違いである。
妖怪変化の類。おそらく古道具が化けて出た付喪神であろう。
『ぬうううううう?にいいいんげえええんのおおおおにいいいおおおおいいいがあああ、すううううるうううぞおおおおおおお?』
やたらと間延びした声。怪物の様子に、娘はとうとう腰を抜かした。やばい。これは大変にまずい。食われる。間違いない。
『いいいいいたあああああああああああ!』
そいつがぱっくりと口を開き、こちらへと迫ってくる。のがれる術はない。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
とっさに身をかばった娘。目を閉じた彼女は、待った。己の死の瞬間を。
それからしばらくして。
―――あれ?何も起きない?
薄く目を開けた彼女がまず目にしたのは、背中。
血の気のない、麗しい女人の背である。
目をもっとしっかりと開くと、全景が見えた。裸身の女人が、怪物の口に片手片足でつっかえ棒をしているところが。
そして、その女には首がないことが。
女は自分の何倍もの怪物の口を支えたまま、残るもう一本の腕を振りかぶった。それは、勢いよく相手を殴りつける。
次に起きたことに、娘は目を丸くした。
怪物が、転がったのである。ごろごろと。
『ぎゃああああああああああああ!?』
ぶん殴られた妖怪変化はそのまま退散していく。それを見送ると、首のない女は振り返った。こちらへと。
彼女が差し出した手。それを見て、娘は自分が生き延びたことを悟った。
◇
「こ……殺されるかと」
夜の森。娘は火を挟んで座る相手へばつが悪そうに告げた。危険な方へ向かった自分を制止しようとしてくれた相手である。先の醜態は恥ずかしいとしか言いようがない。
相手の姿を観察する。
美しい顔立ちの女性だった。綺麗に切り揃えられた前髪が印象的である。そして引き締まった肉体と、己より立派な胸部。
だが、何よりも目を引くのは、彼女の首が胴体と生き別れている、ということ。斬首されたものの自力で生き返ったらしい。不死の魔法を自分にかけたのだ。この一点だけを見ても、娘と相手───女武者との魔法使いとしての格の差は明白だった。
彼女は弟子と共に旅しているらしい。先ほど木のうろに寝ていた兄妹がそれである。今、彼らは共に焚き火を囲んでいた。
土を落とし衣をまとった女武者は、火にかけた鍋から器に料理を装うと、まず娘へ。そして兄妹へと手渡す。
「……い、いただきます」
匙で一口。
キノコと山菜、干肉の入った汁は、おいしかった。塩気が少々足りなかったが。
横では、子供たちも「いただきます」と食事に取りかかっている。その様子は微笑ましい。
やがて一息就いた頃。相手より一通りの事情を聞いた娘は、自分も事情を語り出した。
「町からの帰りに、魔物に襲われて、空から落っこちて……椅子が壊れて、あ、私、魔法で飛ぶのに椅子を使うんですけど、あ、荷物どうしよう……」
そこで思い出した。椅子を修理したとしても、あいつがいるのだ。怪鳥が。迂闊に飛べば今度こそ奴に食われるかもしれぬ。それ以前にここでできる応急修理では、山積みの物資を運べまい。強度が足りぬのだ。困った。
頭を抱える娘。
そこで助け船を出したのは女武者だった。
「…ぁ……」
「え?ほんとですか!?」
女武者曰く、陸路で荷物を運ぶのを手伝ってもよい。その代わり幾ばくかの生活物資を売ってはくれまいか、とのことだった。
もちろん否応などあろうはずもない。このままでは捨てていかねばならなかった荷物である。
娘は頷いた。
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