第二話 ちゅーとりある:ぜろ

おなかすいた(素)

夜の街道を行く、三つの人影があった。

一つは女。極東で作られたと思しき甲冑をまとい、腰に反りのある刃―――太刀を帯びた武人である。太刀の鞘を覆っている尻鞘は虎の尾から作られたもの。鞘を保護するものである。だが何より彼女が目を引いたところは、その麗しい頭部が胴体と生き別れていたところであろう。

女武者だった。

身に着けている甲冑は宿から回収したもの。先の戦闘では鎧を身に着ける暇もなかったため、太刀一本で立ち回る羽目になり、結果的に敵に捕らえられた。尻鞘は先の戦いのである。人虎の尻尾のなれの果てだった。

彼女に続いて歩いているのは幼い兄妹。荷物を背負い、懸命に歩いている。

先の死闘の後。

襲撃を受けた村は壊滅状態となっていた。生き残りはここにいる者以外の誰一人としていない。兄妹の両親も含め、村人すべてが犠牲となったのである。生きたままむさぼり食われたのであろう遺体もあった。

女武者は丸三日かけて犠牲者を埋葬し、死者の霊を念入りに弔ったが、残された兄妹の処遇には困り果てた。彼女は死者である。正確に言えばつい先ほど死んだわけだが。聞けば余所に身よりもないらしい。こうなると女武者以外に幼い子供たちの面倒を見れるものもおらぬ。

仕方なく、兄妹を引き連れて、女武者は旅だったのである。

目的のある旅ではあった。羽化登仙。すなわち肉体を脱ぎ捨て、より高次の生命たる神仙リシへと転生する儀式に相応しい霊地を求めて、彼女はこの地へやってきたのた。極東の島国より、ここ。大陸へと。

それがのっけから難航しているわけだが。

不幸中の幸いで、兄の方は見鬼けんきの資質があった。死者と会話できるのである。預ける先が見つからぬ場合、弟子にとってもよいかも知れない。もはや何十人目だか数えるのも面倒だが。

それより心配なのは妹の方である。先の出来事に衝撃を受けたか、ろくに言葉を話さぬのだ。女武者の姿におびえているだけならよいのだが。

子供たちをいたわりながら、女武者は進んでいった。


  ◇


その日の行程が終わり、東の空が白み始めたころ。

三名は野営の支度を始めていた。

女武者が取り出したのは半球状の鉄鍋である。もはや彼女自身には無用の長物と化した代物だが、もちろん生者たる兄妹には糧が必要だ。

水を張った鍋の中にぶち込まれていくのは干飯ほしいい。野草。魚醤。干し肉。薬味。などなど。

死せる身だから味などすでに分からぬが、数え切れぬほど野営してきた女武者だからその辺は勘で調理できた。

やがて、太陽が昇った頃。

できあがった粥が椀によそおわれ、兄妹に振る舞われた。

「……ぁ」

「なんて言ってるの、兄ちゃん」

「慌てないでいいからゆっくり食べろ、だとさ」

子供たちが美味そうに食事を頬張るのを、女武者は穏やかに見ていた。陽光がもたらす強烈な不快感を表情に出さず。

やがて子供たちが食事を終え、毛皮にくるまって眠るのを確認した後。

女武者は地面を掘り、寝床を整えた。






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